九話 「力が欲しくはないか?」
「アズモが毒にやられているんだが」
スフロアの毒を確かに身体に注入したが、少し刺すような痛みがあっただけだった。
俺にとってはスフロアの毒はそんなもんだった。
だけど、アズモにはそれだけでは済まなかったみたいだ。
「成程。アズモの方は毒にやられていたか。コウジが大丈夫だったようだから、状態異常を回復する魔法はかけずにいたが……」
親父はベッドに座っていた俺を持ち上げる。
「父上ぇ……。助けてぇ……」
アズモは身体を必死に動かして、親父にしがみつくように丸くなる。
「すまないな。気付かなくて。……調子はどうだ、アズモ」
「な、治ったかもぁ……この世の終わりかと思った……」
心なしか、先程までよりもアズモよりも生き生きとしているように感じる。
親父の魔法でちゃんと治ったのだろう。
それにしても……。
俺は左手をチラリと見る。
穴が開いていたはずなのに完璧に塞がっている。
現代日本人として生きた俺の感覚としては考えられない事態だ。
この世界の病気や怪我に対する治療はかなり高水準だと思う。
魔法が存在するからなのか、科学力が高いのか……。
俺の住んでいるアズモ家も、保育園もだが、日本の技術力と比べて遜色がないように思える。
電気・水道も通っているし、火も使える。
おまけに、マナというこの世界特有の魔法の媒体になる物が各家や施設に供給されているらしい。目に見えないから俺にはよく分からないが。
「コウジ、考察は良いがそろそろ話をしてもいいか」
あっ。ごめん、親父。
この世界で見る物の全てが俺には未知な物で好奇心が暴走する。
今俺が耳元と襟元に付けているこの機械も本当はどんな物なのか気になるし……この世界は日本よりも発展しているのか。それだけ知りたい。
「ふむ……。我としてはあの二人の女の子もお前達の事を心配していたから、早く話を終わりにして解放したいのだが……しょうがないな」
というか俺、言葉を口に出していないよな。
また親父は俺の脳内を覗いているのか。
「ああそうだ。すまないな。こうした方がアズモとコウジと喋りやすいのでな」
そりゃそうか、俺の口は一つしかない。
アズモか俺の片方は言葉を口に出さずに頭に浮かべた方が良いか。
じゃあ今は、俺は口を使わないようにするか。
家族以外の人と話す時は俺がほとんど喋ってしまっているしな。
「分かった、コウジ。私に任せろ」
ああ。任せたぞ。
……そう言えばなんで今まで保育園に居た時はどっちが喋るかの相談なんてあまりしていなかったのにあんなに上手く会話が出来たんだ?
「そろそろ良いか? 二人共」
あ、ああ、ごめん。
教えてくれ親父、どっちの世界が発展しているんだ。
「結論から言うと、分からないというのが、我の答えだ」
え。
あんなに溜めといて分からないとか言っちゃうのか。
「例をあげよう。お前達に付けたその機械。翻訳機と言う機械が日本にもあるだろう。だが、現時点では我の作った翻訳機の方がはるかに高性能だ。しかし、その翻訳機はコウジの記憶を覗いてそのような物が日本にあるという事を知れたからこそ作れた物だ」
作れる技術はあったが、発想がなかったという事だろうか。
というかこの機械って親父が作ったのか。
「流石、父上!」
たぶん今のアズモの目はキラキラと光っているだろう。
「協力者が何人かいるのだがな……。そしてコウジの言っている事で正解だ。コウジの世界にも歴史があるように、こちらの世界にも歴史がある。辿って来た道は違うが時が経てば技術が発展する。そしたら、二つの世界に同じような物が出来るかもしれない。コウジの世界にしかない物があるかもしれない。この今我達がいる世界にしか存在しない物があるかもしれない。比べようがない。だから分からないというのが我の答えだ」
この今俺が身に着けている機械だけで技術力の違いを考えていたが、そうか……この機械以外にも様々な物が両方の世界にある。
片方の世界にあって、片方の世界にはない物もきっとあって比べるのが難しいんだ。
俺の世界では、空には飛行機やヘリコプター。
海には船や潜水艦。道路には車が走っている。
この世界には何があるんだろう。
とても気になる。
「父上! この世界には漫画やゲームってあるのか!」
「ああ。確か人間の国にはそんな娯楽品があったな」
「やった!」
……せっかく郷愁とまだ見ぬ世界への憧れで気持ちを満たしていたのにアズモにぶち壊された気がする。
「い、異世界人の私にとってはそこが大事なのだ!」
「はいはい。二人共良いか、我が話をしても」
親父が手を叩きながら、軽口をたたきだした俺達を制する。
俺とアズモはすぐに黙った。
「では、本題に戻ろう。サソリの……スフロアという奴だったか。スフロアの家に蟲毒というのがあるように、ネスティマス家にも掟がある。それは……」
ゴク、と鳴った喉は俺なのかアズモなのか。
二人共集中して聞いていた。
「それは……我よりも先に死んではいけない。という掟だ」
…………それだけ?
「他にもある。家族で殺し合いをしてはいけない。やりたい事があれば自己責任」
……他には?
「その三つで全てだ」
はあ。成程。
「どうしたコウジ。言いたい事がありそうだな」
あるけど、言っていいのか。
「構わぬ」
まず、スフロアの蟲毒っていう壮絶な家の事情の後に勿体ぶって言う事だったか。
そりゃ確かに全部大事な家庭ルールだよ。
でもそんな掟とか溜めに溜めてから言う必要ってあったのか。
サラリと言っちゃっていい内容ではなかったのかって。
「ふむ、どうやらコウジはこの掟を甘く見ているようだな」
「なんて奴だ。父上の決めた掟なのだから素晴らしい物に決まっているだろう」
だって、どう聞いたって蟲毒には霞むだろ。
「一つ目の我よりも先に死んではいけない、という掟。我は日本の長い歴史よりも先輩だ」
日本の歴史より……という事は二千歳より上という事か?
それは凄い。これは俺もそのくらい長い、永久にも感じる時間を生き抜けって言われているという事か。不死になれって。
「我よりも長生きして欲しいという考えで一つ目の掟を裁定したが、そういう事だ。そして二つ目。これは見てもらった方が早い」
「恐らく、フィドロクアなら今も我を監視しているか。フィドロクア……聞いているのだろう。今から我を殺す気で技を使ってこい」
親父がそう言った瞬間ヌルッ、と。
さっきまで何も居なかった所に急に何かが現れた。
血走った目をした青い魚。
そんなのが救護室中に無数に現れる。
水が無いこの空間を泳ぐように、一か所へ。
今俺達がいる所を包囲するように集まってくる。
ゾワゾワと全身から嫌な予感が溢れ出す。
汗が止まらなくなり、息が出来ない。
この魚一体一体が、今の俺では太刀打ちできないくらいに強いのが感覚で分かった。
もしこの魚が本気で俺を喰いに来たら、俺は骨どころか、髪の一本すら残さずに喰いつくされる。
魚の一匹が俺の目の先にまで接近する。
目から食う気なんだ。この魚は。
「前衛に牽制用の魚150匹。中衛に身体に爆弾を埋め込んだ突撃用の魚50匹。後衛に口一杯にエネルギーを蓄えた銃撃用の魚100匹といった所か?」
親父は俺を抱えたまま、眼前まで迫って来ていた魚を片手で握り潰した。
そしていつの間にかあった分厚い黒い幕のようなもので、俺を包み込む。
次、俺の視界が晴れた時には空中を泳いでいる魚は一匹も居ない。
床に夥しい数の魚が転がっていた。
親父が魚を握り潰してから、時間にして数瞬だった。
「陣形は悪く無かった。だが、一匹一匹が貧弱だな。数にリソースを割き過ぎて強さが頭から抜けていたのではないか」
「お前が強すぎんだよ。クソ親父」
魚の一匹が起き上がって空中をまた泳ぎ出したかと思ったら、それだけ言ってまた床に落ちた。
「相変わらずフィドロクアは口が悪い。パパと呼べと言ったはずなのだが」
い、異次元すぎる……。
今目の前で起こった出来事はなんだったんだ。
あの魚はフィドロクアっていう奴が生み出したのか?
親父は何をしてあの魚の群れを殲滅したんだ?
あの黒い幕は親父の翼?
「困惑しているようだな、コウジ。アズモは驚きすぎて声も出ないか。今のがお前達の兄に当たるフィドロクアの技だ。上から32番目の我とママの息子」
あれが、フィドロクア兄さんの……。
「あいつみたいな好戦的なのが何故か我の子供には多くてな。家族を守るために二番目の掟を作った。破った者が出たら我か、一番目から十番目の子の誰かがそこに向かって仲裁するようにしている」
好戦的なのが多い……。
俺がルクダと入園初日に戦っていた時の感覚を思い出す。
本来俺は争い事なんて好きでは無かったはずなのに、身体を動かすのが、ルクダと戦うのが楽しくて仕方が無かった。
……これは確かに二番目の掟は大切だ。
「一番目と二番目の掟が如何に大切なのかが分かっただろう」
ああ。嫌という程思い知ったよ。
その掟がなきゃ俺はちょっとした弾みで兄弟に殺されてしまいそうだ。
「そうか、なら良い。では最後の三番目だ。これこそが今のコウジに一番伝えたかった事だ」
親父は俺達の事を改まって見つめると、言葉を紡ぐ。
「スフロアという娘を救える力が欲しくはないか?」
今回の物語後半のアズモは書いていないですが、「流石父上!!!」という台詞を連呼してます。
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いつも読んでくれている皆様ありがとうございます!!
まだまだ続くのでこれからもよろしくお願いします!!!
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