八十三話 「今のはナシー!!!!」
「いいわ! あたしも一度戦ってみたかったわ!」
魔物化したラフティリが俺目掛けて飛んでくる。
水色の鱗で身体を覆い、水色の翼を生やしながら飛び掛かってくるラフティリは自称水龍として名を馳せるフィドロクアに似ていた。
「まだ話が終わって無いから待ってね、ラフティーちゃん」
「むえっ!」
勢いよく飛んできたラフティリだったが、ブラリの放った雷魔法が命中し地面に落ちた。
あれは少し痛そうだ。
「血気盛んなのは良いけどせめて魔力体になろうよ。折角修練場を使わせてもらっているんだから有効活用しようね」
修練場にいるため、クラス対抗戦の時に使われる魔力体を利用する事が出来る。
魔力体なら、本来は怪我をするようなダメージを受けても込められた魔力でダメージを代用する事が出来る。
魔力体に込められた魔力が尽きたら修練場に備え付けられている控室に戻される事にはなるが、怪我を恐れる事なく本番さながらの戦いをする事が出来るため、ここで模擬戦をするなら魔力体を使っておいた方がお得だ。
「早く控室に向かうわよアズモ!」
バトルジャンキーなラフティリは俺の返事を待つ事なく、控室に向かって走って行ってしまった。
ほっといたら、何をしてくるのか分からないしここは早く話を終えてラフティリを追いかけるべきだろう。
「ラフティーの為に手短に伝えるぞ、ルクダは熊の魔物で魔法で身体強化をしての近接戦が得意。尻尾も使ってくる事は無いし、俺が知っている限りは遠距離魔法も得意では無かったから実践で使って来る事は無いだろう」
「じゃあ遠距離から攻撃していけば大丈夫そうだね。スフロアちゃんの方は?」
「スフロアは……強いぞ。家が家だからな。接近戦も魔法もそれなりに熟せるが、スフロアは何といっても毒針だな。一度でも刺されたらその時点で終わる」
「二人共近づいて戦うのは避けた方が良さそうだね。それなら僕は魔法の練習でもしておこうかな」
「それなら良い練習相手が用意出来るぞ」
近接戦闘が強くて、魔法も程々に使えて、一撃一撃が必殺級の相手。
戦うには強すぎる相手だが、近づかせないという練習を兼ねるなら良い相手になるだろう。
「おいで、スズラン」
「ナーン」
俺達の召喚獣ことスズランだ。
スズランは一見、白色の普通の猫だが、アズモの実家の近くの森に主として君臨していた化け花キンディノスフラワーの球根を触媒に召喚した恐ろしい召喚獣だ。
すばしっこくて、肉球から放たれるパンチは大地を揺るがす程の威力で、遠距離から超高威力のビームを発射する事が出来る。
俺達よりも圧倒的に強い召喚獣だ。
「スズラン、ブラリの相手をしてやってくれ。ビームも使っていいけど、修練場を壊すような攻撃はしちゃ駄目だぞ。後、ブラリの強さを見て程々に合わせる事」
強すぎて一方的になる恐れがあるので、スズランにそう命令しておいた。
「ナーン」
「スズランちゃんか……僕この子に一発も魔法を当てられる自信ないよ? 召喚術の授業で見ていたけど、それはもう物凄い暴れ方だったよね」
「まあだからこそ、良い練習にはなると思うぞ? 本気を出さないようにも言っといたし」
「ナーン」
「ほら、スズランは胸を貸すぜって顔をしているぜ?」
ブラリの足元まで近づいたスズランは、ブラリを見上げ鳴いた。
口を堅く結び、目を見開いたスズランは可愛いが迫力があって少し怖い。
「顔が凛々しすぎるねえ……」
ブラリは少し後ずさりながら、スズランと目を合わせていた。
「まあ、スズランは賢い召喚獣だし要望があったら言ってみてくれ。きっと全てやってくれるよ」
「心強いけど、本当に凄い召喚獣だね……」
「じゃあ俺はラフティリを追いかけてくるから頑張れよ!」
ブラリにそう言い残し、遠くで「早く来なさいよ!」と言っているラフティリの元へ走って行く。
ブラリもスズランと本格的な訓練をするなら魔力体を使う事になりそうだが、ブラリは控室に向かう事無くスズランを頭に乗せながら、スフィラと話していた。
スフィラの練習法についても何か喋っているのだろう。
「遅いわよ! 待ちくたびれて干物になるかと思ったわ!」
「活きの良い魚ジョークとか出来るんだな」
「よく分からないけど、パパが待たされた時に使うと良いって教えてくれたわ!」
フィドロクアの仕込みだった。
珍しくラフティリが洒落を言って来ると思い少し感動していたが、フィドロクアが言ったと考えると少し微妙な気持ちになった。
「控室でさっさと魔力体発動させとこうぜ」
「分かったわ! やり方は忘れたから任せるわね!」
「だろうな! 任せろ、アズモさんに!」
俺も忘れているので、ラフティリも絶対忘れているだろうなと思っていた。
しかし、こちらには記憶力最強のアズモがいる。
普段は字がまだ満足に読めないから、記憶力無双が出来ていないが、魔力体の纏い方なら見させてもらったのでアズモが完璧に覚えている。
「お前ら……少しは自分の頭で考えてみろ」
「あたしは馬鹿だから完璧に忘れたわ!」
「俺の頭はアズモの頭と同じだから」
アズモは、ラフティリの前でなら喋る。
正体を明かしたというのもあるが、ラフティリが貶されても気にしない底抜けにアホな奴だから心を許しているのだ。
「しょうがないから私に任せろ」
「任せたわアズモ!」
そして、アズモは少し気を良くしていた。
嫌味など微塵も含んでいないラフティリのストレートな言葉で気持ちよくなっている。
ラフティリは裏も表も無く接しやすい良い子なのだ。
なんだかんだでアズモはラフティリを気に入っており、部屋にラフティリが我が物顔で寝泊まりしてくる現状を口に出していないだけで嬉しく思っていたりする。
「コウジが頭の中でうるさい」
「早く魔力体起動してよアズモ~!」
アズモが、ラフティリとの仲を微笑んでいた俺に抗議してきそうになったが、控室の奥でぴょんぴょん跳ねているラフティリに呼ばれ向かっていった。
控室の奥には、簡易的なベッドと魔力炉、そして転移装置がある。
魔力炉には既に魔力がくべられており、転移装置と繋がっている。
魔力装置に手をかざすと、その手をかざした人の魔力量や身体能力から黄色の魔力体が球となって出て来る。
それに触れると、魔力体が透明になり纏う事が出来る。
転移装置を起動し、魔力体の魔力が切れた時の転移先を簡易ベッドに設定。
そうすれば、魔力体のセットは完了だ。
戦闘で負うダメージは魔力体が肩代わりしてくれ、魔力体の魔力が切れると簡易ベッドに自動転送される。
ここまで全てアズモがセッティングしてくれた。
ちなみに、十五組の面子ではアズモとブラリ、スフィラ、ムニミーがこの操作を行う事が出来る。
「助かったわアズモ、それじゃあ勝負よ勝負!」
今度こそ、ラフティリとの模擬戦が始まる。
ラフティリがさっきと同じように、翼を生やし突っ込んでくる。
様子見で、最近ラフティリを半殺しにしたディスティアのブレスを真似て黒煙のブレスを吐いて目くらまし兼、突撃出来ないようにブレスでベールを作った。
ブラリとの喧嘩の時に初披露した、目くらましブレスの裏から本命の炎ブレスを飛ばす攻撃をする。
直後「むえー!」というラフティリの鳴き声が聞こえた。
「今のはナシー!!!! 五回勝負よ!! 五回勝負ーー!!!!」
控室からラフティリの叫び声が聞こえた。
「えぇー……。あいつ黒煙に突っ込んで来たのかよ……」
ラフティリは魔力体だと「攻撃を食らっても痛く無いわ!」となり、
敵の攻撃に普通に突っ込んで行くようになる癖があります。
今まではそれでもギリギリどうにかなっていたのですが、今回は流石に駄目だったようです。




