七十五話 「むえー、蘇ったわ!」
「早くしないとラフティーちゃんが干からびちゃう!」
ルクダは部屋へ服とタオルを取りに行き、ラフティリを背負ったまま浴場へ向かった。
ラフティリはその間、「むえー」と鳴くだけで、身動き一つ取れずにいた。
生徒指導の加減を間違えられたのだ。
アズモ、ブラリ、スフィラ、ラフティリの四名は学内での喧嘩及び、器物の破壊多数により四日間の学校謹慎となった。
謹慎の間は、自クラスへの登校が認められず生徒指導室で過ごす事になる。
初等部に在籍する生徒はまだ幼い事もあり、手が付けられないような子が非常に多い。
だが、指導室送りになる程の問題児はそこまでおらず、例年各学年から二、三人出れば多い方であった。
しかし、今年の新入生は一味違かった。
一年十五組、問題児クラスの出現により今年の指導室は大変賑わう事となる。
ブラリ・スイザウロ、十五組のリーダーであり、この国の王子であるブラリの意向により問題児が各クラスに散る事無く一クラスに集められた。
集められた問題児は相乗効果を発揮したのか、お互いに高め合いながら事を為し十五組から毎日のように指導室送りになる事態に陥った。
初めに十五組から指導室送りになったのはブラリだった。
スイザウロ学園には、この国を象徴する者の像がいくつか展示されている。
勿論、その中にはこの国の現魔王であるブラリの父親、マルカルロの像も置いてある。
あろう事かブラリはその像に悪戯を仕掛けた。
入学して直ぐの時期に、「この像は美化し過ぎだね」と言い、水魔法で手を加えてより本人に近く精工な像にしてしまった。
元の像よりも再現度が高く、教師や用務員間で上々な評価を得られたが、学園の所有物ましてはこの国の魔王の像に悪戯をしたというのは許されざる行為だった。
ブラリは入学して間もなく、謹慎期間に突入する事となった。
尚、像に関しては十五組のアズモ・ネスティマスがホームシックを起こしたのか、学園に展示されていた竜王ギニス・ネスティマスの像を土台から剥ぎ取り寮の自室に持ち帰るという事件を起こし同じく謹慎となった。
そして、生徒指導室と言えばムニミィメムリ・キリダグラミが欠かせない。
彼女の件を出さずに、生徒指導室を語るのは不可能というのが初等部教師の間では常識として広まっている。
彼女はとにかく、備品を破壊する。
破壊した備品数は入学してから今までで三桁は下らない。
平均して一日に一つ器物を損壊させてきた。
キリダグラミ家は研究科として名が知れていた。
人間・魔物両方の国において、彼女の一族の研究品は重宝されている。
飛行船で現在使用されているエンジンから市内に張り巡らされた水道まで、至る所で彼女の一族によって生み出された物が利用されている。
キリダグラミ家は日常生活を送るのに欠かせない物から、便利な物まで様々な物を手掛けて来た。
当然、若干六歳のムニミィメムリも将来を期待されていた。
ムニミィメムリはキリダグラミ家の一員として、研究を日夜欠かさず期待を裏切らないように努力している。
だが、研究に失敗は付き物と言うのか、彼女はよく失敗をしていた。
ただ失敗して物が作れなかった、新しい知識が増えなかった等なら良かったが、彼女は失敗をすると何故か物を爆発させる悪癖があった。
彼女曰く、失敗品を残して置きたくないかららしいが、その結果として机や椅子、教室の一部等を毎回破壊するため元も子もあったものではない。
ムニミィメムリは備品を破壊しては、生徒指導室に行き反省文を書く。
その繰り返しをひたすら行っていた。
もうしませんという反省文を毎日書きに来る。
元々、生徒指導室はそこまで使われる教室では無く、教員に関してもその日手が空いている者が担当するようにしていたのだが、ムニミィメムリを始めとした十五組の出現により、生徒指導室は連日使用される事になった。
その為、生徒指導教員を定める事となった。
抜擢されたのが、ディスティア・ネスティマス。
竜王家の四女であり、次男のテリオ・ネスティマスと同じように副担任を任されるはずだったが、素行が悪すぎた為手持ち無沙汰となっていた所を生徒指導教員に選ばれた。
言葉遣いが悪く、フレンドリーで、ガサツで、通り名が不気味な彼女は、ブラリやアズモ等の一部生徒を除き、ほとんどの生徒から恐れられる存在であった。
それを教師陣に期待されての抜擢である。
そして今回、謹慎を言い渡された四名はディスティアから課題を出されていた。
課題が終わったら、提出して帰宅。
しかし、ラフティリだけは課題をやらずに提出した。
生徒指導室登校となる生徒が複数人居た場合、臨時で生徒指導室とする予定だった教室を全てブラリの策略によって破壊され、四名は一カ所に集まった。
そうして、クラス対抗戦の打合せを行った四名は特別課題をした後に提出をして揃って学園から出て来た。
ところが、あろう事かラフティリは名前以外何も書いておらず白紙だった。
それに気付いたディスティアが校門まで追いかけて来て、逃げようとしたラフティリを折檻した。
ディスティアは弟妹と戯れる時と同じようにディスティアへ黒煙のブレスを吐いた。
そしたら、思いの外効き過ぎてしまったのだ。
だが、当然である。
アズモが産まれるまでは、ディスティアの弟妹は全員百歳超えの化け物揃いだった。
屍龍の黒煙ブレスを食らってもピンピンしているような輩しか居なかったのだ。
ラフティリはそれを耐えるには幼過ぎた。
まだ彼女は六歳の女の子なのだ。
黒煙に身を包んだラフティリは、煙が晴れると全身を真っ黒くして出て来た。
回復手段を持たないディスティアはそんなラフティリを見てオロオロしたが、直後にラフティリが「むえー……」と鳴いたので、アズモが「こいつは私が持って帰る。水に浸ければどうにかなるだろう」と言い尻尾を掴んで寮まで引きずって来た。
「皆どいてどいてー! ラフティーちゃんが通るよー!」
「むえー……」
ルクダはそんなラフティリを浴場まで運び、襤褸切れのようになった服を脱がす。
ルクダは服の脱がし方には心得が有った。
調子に乗ったスフロアが、アズモの服をスルスル脱がすのを見て学んだのだ。
見事な脱衣術を披露し、ラフティリが元々着ていた服はもう使えないと判断してゴミ箱に捨てた。
ルクダ自身も服を脱ぎ裸になり、同じく裸のラフティリを抱えて浴場へと繋がるドアを開ける。
「よし、準備出来たよ! 今助けるからねラフティーちゃん!」
「むえー……」
そのまま浴場にラフティリを投げ込もうとしたが、アズモの台詞が脳内に蘇って来た。
『身体を洗わない、入る前にかけ湯もしない……そんな状態で風呂に浸かる奴はクズだ。俺の国だったらそいつはニホントウで小間切れにされる』
ルクダにとってアズモの言っている事はよく分からなかったが、汚い状態で風呂に入るのは駄目だと言っていた気がした。
「洗えば良いって事だよね!」
「むえー……?」
ルクダはラフティリを背負いシャワーへと向かった。
風呂椅子にラフティリを座らせ、温水を浴びせる。
ルクダは誰かの身体を洗う事には心得が有った。
先程のアズモの台詞の続きだ。
『じゃあ、洗われるのから逃げなければいいじゃない』
身体を洗われる事を避け風呂に逃げ込もうとしたアズモにスフロアが放った台詞である。
『洗うから。自分で洗うから。スポンジを泡立てるのを止めろ』
『でも、アズモったら、自分で服を脱ぐ事も出来ないのに身体を洗えるのかしら?』
『そのくらい出来るわ、舐めんな。もう石鹸の出し方も分かったんだ。こうすりゃ良いんだろ』
アズモはそう言い、一度風呂桶に逃げかけたが冷静になり再び風呂椅子に腰を落ち着かせた。
スフロアはそんなアズモの背後を陣取った。
これ以上ない程、目を光らせながら。
『油断したわね』
『あ、お前止め……ああああああああ!!!』
ルクダはこんな光景を何回か見て来た。
その為、少しだけ心得が有った。
「まずは全身を濡らせばいいんだよね!」
ルクダは、ラフティリの全身に余すことなく温水をかけた。
シャンプーや、石鹸を使う前に温水で一通り汚れを落としておく。
段々と、ラフティリの黒ずんでいた髪は水色に戻っていき、身体から黒色が引いて行った。
水を得たラフティリは艶々していく。
「む……」
「あ、ラフティーちゃんが正気に戻りそう!」
温水で全身の汚れを一通り落とし終えたルクダは、シャンプーを手に取り泡立てる。
そして、ラフティリの頭を洗い始めた。
「痒い所はござらんますか!」
「ござらんわー」
「次は身体をござるね!」
「ござったわー」
髪の泡を丁寧に流す。
生え際や、襟足等の流し忘れやすい箇所もルクダは見落とす事なく丁寧に流していった。
そして、今度は石鹸とスポンジを取り泡立てる。
ラフティリはスポンジで磨かれ綺麗になっていく。
ルクダは黒い汚れのある個所を丹念にスポンジで擦り、ラフティリの全身を肌色に戻す。
泡をシャワーで流すと、いつも通りのラフティリが現れた。
若干、輝いているようにも見える。
「次はあたしの番ね! ルクダは椅子に座っていて!」
「うん、お願いラフティーちゃん!」
洗う方と洗われる方を交換し、次はルクダが洗われる事になった。
ラフティリは大雑把な性格をしているが、要領は良い。
ルクダの真似をして、ルクダの身体を完璧に洗いきった。
全身を綺麗に洗い終わった二人は湯に浸かる。
「むえー、蘇ったわ!」
「良かったねー!」
二人で並んで座り、談笑をしだす。
話していると、やがてアズモ達の話になった。
「そう言えば、あたしをここまで運んで来たアズモは何処に行ったの?」
「アズモちゃんなら、スフロアちゃんと一緒に部屋に行ったよ。何を話しているんだろうねー」
「そうなのね。なら、コウジと話していると思うわ!」
まだルクダはその説明を受けておらずコウジの存在を知らない。
そのため、ラフティリがポロっと口を滑らせた名前はルクダの知らない物だった。
ラフティリから、コウジの名前を聞いたルクダは首を傾げる。
「コウジって誰……?」
流石にふざけ過ぎたかもしれないですね。
裏話ですが、
ラフティリの「むえー」って口癖はフィドロクアが仕込みました。
フィドロクア「ラフティーちゃんは可愛いから『むえー』ってのを覚えるといいぜ」
ラフティリ(二歳時)「どうしてなの?」
フィドロクア「可愛い子が可愛い事を言ったら何でも許されるからよぉ」
ラフティリ「分かったわ!」
といった感じです。
残念ながら、許される事は稀となってしまいましたが…。
励みになりますので、諸々してくれると活力になります!
よろしくお願いします!




