六十九話 ブラリの昔話 悪魔になってしまったんだ1
残酷な描写あります。
「…………あぁ分かりました。人間って殺すべき生き物だったのですね」
瞳を黒く濁らせながら、ダフティがそう言う。
僕の妹であるダフティは決してそんな事を言う子では無かった。
僕と違って習い事を真面目に受け、魔法も勉学も戦闘もそつなく熟せる優等生。
僕以上に習い事の先生に期待されていて、家の者にも愛想よく接して可愛がられていて、小さい生き物が好きな僕の大事な妹。
どうして家で入試対策をしていたはずのダフティが、このダンジョンの最深部にいるのかは全く分からない。
いつもなら昼を過ぎて暫く経ったこの時間は先生に今日の纏めや分からなかった所を聞いたり、面接対策をお願いしたりしているはずだ。
何故、ダフティが今目の前にいるのか。
何故、優しいダフティが人間を殺すなんて事を言ったのか。
何故、ダフティの身体が黒く淀んでいっているのか。
何もかも分からない。
胸の中で静かに目を閉じるフィラフトを少し強く抱きしめる。
「……ダフティ、なんだよね」
刺激をしないように冷静に語り掛けた。
ここで下手な事を言ったら良くない事が起きる気がした。
「はい。兄様は妹の顔も忘れてしまったのですか?」
「まさかダフティがこんな所に現れる訳が無いと思ってそう言っただけだよ」
そう言い、フィラフトを地面にそっと横たわらせた。
全身が灼ける痛みに耐えなんとか立ち上がり、ダフティを見つめる。
黒い靄と相対しているみたいだった。
ダフティは双子だが、僕と見た目も全く違かった。
ボサボサの黒髪を生やした僕と、癖の無い綺麗な白髪を生やしたダフティ。
黒いどんよりとした目の僕と、宝石のように綺麗な白い目のダフティ。
よく外で昼寝をしていたせいで日に焼けて肌が黒い僕と、ずっと家で過ごしているせいで肌が真っ白なダフティ。
黒と白の性格も真反対な双子だった。
だけど目の前に立っているダフティはひたすらに黒かった。
瞳が黒く濁り、目線が僕に向いているのに何処を向いているのか分からない虚ろな目。
拉げて歪んだ黒い角に、だらんと垂れた黒い尻尾。
服を突き破り背中から出現したドス黒い翼。
黒い翼から、同じく黒色の靄が継続的に吹き出ている。
靄は全身に纏わり付き、ダフティの白い肌を黒く侵食していた。
まるで、黒い靄で人の姿を形作っているようだった。
さっきの言葉は、目の前の存在がダフティとかけ離れていたから出た言葉でもあった。
だけど、目の前に居る黒いのは正真正銘僕の妹だった。
「私だって兄様みたく全てを忘れて遊びたくなる時もありますよ。兄様は私が好きで勉強をしていると思っていたのですか?」
靄が翼からより一層強く出始める。
原理は分からないけどダフティの感情とリンクしてあの靄は出ているようだ。
「まさか。僕が帰って来るとワクワクしながらお土産話を聞いてくるから、冒険に興味があるし、憧れていると思っていたよ」
「なら、どうしていつも私を置いて行ってしまうのですか? いつも一人で行ってしまって、私は大人に言われるままに楽しい事を我慢しているのに楽しんで帰って来て兄様は酷いです」
ダフティの翼から出て来た黒い靄が僕の頬を掠めた。
靄には感触があり、灼けた頬が痛む。
靄は全て質量を持った物質なのかもしれない。
この量の靄が感情の高まりで全て撃ち出されでもしたらひとたまりも無い。
言葉の選択を間違えないように冷静に会話をしなくては。
全身が痛むし、フィラフトの事もある。
本当は早くダンジョンを出たい。
もしかしたら、まだフィラフトの助かる道があるかもしれない。
竜王様の元に早く持っていけばどうにかなるかもしれない。
竜王家の長男は何でも治せる奇跡の魔法を持っているという噂がある。
だけど、目の前で暴走しかけているダフティの事もそのままには出来ない。
きっとダフティは魔物と異形の間で揺れている。
僕ら魔物が生命の危機に瀕したり、大事な者が亡くなったり、抑えられない程の感情に支配されたら発現する能力、異形化。
もしもダフティが異形化してしまったら、僕は家族を二人も一気に失う事になるかもしれない。
異形化は強さの代わりに理性を失くし、本能のままに暴れる危険な力。
そんな力に妹を呑ませては駄目だ。
散々酷使した頭を必死で働かせる。
「……それは僕の行く場所に危険があるからだよ。ダンジョンにはどんな危険が待ち受けているか分からない」
「私は兄様よりも強いですよ。言われるがまま、大人の言う通りに、自分の気持ちに蓋をして、真面目に習い事をしているのですから。ですが、今日は飛び出して来てしまいました。兄様とフィラフトが窓から飛び出して私も我慢が出来なくなりました。今日は兄様とフィラフトと一緒に冒険が出来ると思いました。飛ぶフィラフトを追いかけてダンジョンに辿り着いた時はワクワクしました。長い列を並び、受付の方に止められましたが、魔王の息子である兄様がここに入ったので連れ戻しに来たという事を伝えたら入れました。兄様とフィラフトの気配を辿ってやっと追いつけたと思いました。ボスを一緒に倒す事はもう叶わないと思いましたけど、一緒に帰る事は出来ると思いました」
ダフティがブツブツと呟く。
呪詛のように淡々と口から言葉を発する。
「なのに、どうして……! どうして、こんな事になっているのですか!! どうして、フィラフトは倒れているのですか!!! どうして、兄様はそんなに傷ついているのですか!!!」
靄が縦横無尽に放たれる。
壁が傷つき、照明が割れ、地面に穴が出来る。
「それはダンジョンが危険な場所だから——」
「——嘘を吐かないでください。ここまで来るのに私は一人で来られましたよ。スフィラも居ましたけど、私が立ちはだかる敵を全て一人で倒しました」
「スフィラも来ているんだね……」
「今は私とお話ししてください」
スフィラという言葉が聞こえたから、ボス部屋の方を向きかけた。
しかしそれは、ダフティの発する靄に身体をがっちりと拘束され出来なかった。
首も動かせなければ、手も足も動かせない。
「兄様が行く場所には危険があるのかもしれません。ですが、それはこのダンジョンには当てはまりませんよね。私がここまで一人で来られたのに、兄様とフィラフトが一緒に居てこの場所で苦戦するはずがありません。そこの人間にどんな酷い事をされたのですか?」
「僕もフィラフトもエクウスにやられた訳じゃないんだ。この部屋の壁にスイッチがあってそれを僕が押しちゃったから——」
「——だから、嘘は止めてくださいよ」
「話を聞いてよ、ダフティ! 僕のせいなんだ! こうなっているのは全部僕のせいなんだ!」
ダフティの異形化を阻止するために必死で会話を試みる。
ダフティはいつも僕の話を楽しそうに聞いてくれる。
それなのに今は、ちっとも聞いてくれなかった。
こうしている間もダフティの異形化は進んでいるのかもしれない。
早く何かを言って止めなければいけない。
「見てみてよ、壁にスイッチがあるんだ! それを押したら台座が動いて階段が出て来るんだ! エクウス、動けるならスイッチを押してくれ!」
僕ら兄妹のやり取りを聞いているはずのエクウスに声を掛ける。
スイッチを押して階段が出現したらダフティも話を聞いてくれるかもしれない。
話を聞いてくれたらダフティの暴走も止める事が出来るはずだ。
「……あぁ、この人間だった物はエクウスって名前だったのですね」
「…………え?」
視界に球体となった黒い靄が入り込んで来る。
球体となって浮く靄からは、赤い血が滴っていた。
靄は段々と晴れていき、中にある物の姿が少しずつ見える。
黒色の靄の中から肌色の物体が少しずつ露わになる。
やがて、それと目があった。
虚ろな目をしたエクウスだった。
すみません、また6000字超えそうになったので二つに分割します。
あと一話昔話が続きます。
今度こそ終わります。




