六十八話 ブラリの昔話 きっと毎日が楽しいんだろうな12
「——ブモオオオオ」
背後で再度、絶望の声が聞こえた。
咆哮により、安心感が一瞬で掻き消される。
獣頭の化け物は確かに殺した。
だけど、まただった。
階段からまた新しいのが出て来た。
座っている場合では無い。
慌てて立ち上がり構えようとするが、遅かった。
化け物は炎の吐息を吐いて来た。
再び、全身が熱に侵される。
今度の吐息は、溜めが足りなかったのか、青では無く赤い炎。
威力もさっきよりは幾分ましなのかもしれない。
だけど、もうこの熱さの中身体を動かせ無かった。
自分で水の魔法を使いたいが、全身が灼ける痛みで魔力の操作が出来そうにない。
「クソ! 階段を閉じなきゃこいつは無限湧きするのか!?」
エクウスが斧を振りながらそう叫ぶ。
あの化け物は僕が階段のスイッチを押してしまったから、再び現れた。
本当に何をやってしまったんだろうか僕は……。
ダンジョンに入る前にあれだけトラップに気を付けろとエクウスに言われたのに、全く何の用心も無しにスイッチを押した結果がこれか。
再び、水を全身にかけられ炎が消える。
炎が消えても耐えられそうに無い程、全身が痛む。
だけど、自分の不始末は自分でつけなければ。
足に力を込めて立ち上がり、構える。
「エクウス。冒険楽しかったよ」
「……? あぁ、俺も楽しかったぜ! ここを乗り越えてまだ冒険しねえとな!」
「フィラフト、ダフティ達にごめんって伝えといて」
「何を言って……!?」
「階段のスイッチを押さなきゃ、この化け物が無限に出て来る。正直、今ここにいる化け物もまともに戦って勝てるとは思えないんだ。……だから、こうする」
僕はそう言い、化け物に飛び込んだ。
いきなり飛び込んで来た僕に対応出来ない化け物はそのまま僕と一緒に階段を転げ落ちて行く。
「スイッチを押して、エクウス!!」
下の階に転がりながらそう叫んだ。
転がっていて分かったが、この階段は下がれば下がる程広くなっていく。
階段内は暗く、光が宝物庫からしか差し込んで居なかった。
惑わしの鍾乳洞窟は、各階に色とりどりの光る鍾乳石があり壮観だったが、宝物庫から下はひたすら暗闇が続くのかもしれない。
そして、階段には獣頭の化け物が無数に居た。
みな一様に光を目指し階段を上っていた。
ずっと暗い所に居て、急に光が差し込んで来たらそりゃそっちに向かって歩くよね。
エクウスがスイッチを押すまでの時間を稼がなきゃ……。
階段を転げ落ちながら残っている魔力を無理やり操作し、威力も速度も何も調整していない雷魔法を放つ。
魔力をほぼ全て使い空中に放電したのと、階段が終わり床で止まったのはほぼ同時だった。
僕のいる場所のすぐ近くが、まばゆく光る。
雷魔法は霧散する事無く、空中に漂う。
上を目指し階段を上っていた化け物が一斉にこちらに振り向く。
そして、我先にと光に向かって突撃してきた。
一緒に転がって来ていた化け物も僕の事を放り投げ、光に向かって歩き出した。
「うっ……!」
放り投げられ、地面を何回か跳ね床を転がる。
魔物化により肌が硬質化しているから、このくらいのダメージは痛く無いはずだが、全身が焼け爛れているせいで全身を鋭利な物で抉られたような痛みを感じて気を失いそうになる。
「でも、これで時間を稼げたよね……」
地面に蹲りながらそう呟いた。
エクウスが宝物庫のスイッチを押したら、台座が元の位置に戻る。
そしたら階段が閉じ、ここにいる化け物が皆を襲う事は無い。
そして、僕はここに閉じ込められる。
スイッチを何も考えずに押して階段を出現させたのは僕だ。
その報いを受けただけ。
「はー、こうなる事が分かっていたらもっと遊んだんだけどなー……」
僕はダフティと一緒に魔王家に産まれた。
はっきり言って魔王家は、抑圧の強い家だった。
同年代の他の子が保育園や幼稚園に行っている間に僕とダフティは言語や魔法の勉強をし、他の子が遊んでいる間に僕とダフティは兵士と戦闘訓練をした。
街を出るのには許可が必要で、出られたとしても護衛が必ず付く。
僕はダフティとスフィラ以外の同年代の子と遊んだ事が無かった。
この家に産まれたからには、しょうがない事だと物心がついてすぐに理解した。
この国の未来を担う為に、他の子が享受する幸せを僕らは我慢して勉強をしなければならない。
そう理解してはいたけど、どうにもやる気が起こらず、フィラフトが来るまではよく家を抜け出して一人で冒険をしていた。
お陰でダフティに比べて僕は勉強の進みが色々と遅くなったけど、あの時は家のしがらみから解放された気がして楽しかった。
僕がここで死んでも、魔王家にはダフティがいる。
僕よりも優秀な、僕の妹。
ダフティが居たら、きっとこの国の未来は明るいだろう。
天井を見上げ、手を伸ばす。
鍾乳石を持ち帰ってダフティに今日の事を喋りながら見せたかった。
家に帰れたら短剣はやっぱりスフィラにあげただろうな。
使わないよりは使った方が良いに決まっている。
父さんは呆れるかな、勉強から抜け出して何をしてきたんだって怒られそう。
でも、よくボスを倒したなとも言ってくれそうな気がする。
父さんは、僕らが本当は他の子みたいに遊びたい事を知っている。
だから、僕は何度も家を抜け出す事が出来た。
母さんは驚くだろうね。
小竜を拾って来たと思ったら、今度はダンジョンなのって言われそう。
父さんに似て、やんちゃに育っちゃったから家でジッとしているのが苦手なんだよね。
フィラフトとは今日した冒険を二人共大きくなったら懐かしい話として喋りたかった。
今はまだ言葉を理解する事しか出来ないみたいだけど、賢いフィラフトならその内喋る事も出来るようになるだろう。
エクウスとビスティー、カドウス、そして僕とフィラフトの五人でお酒を飲みながらそんな話をしたかったな。
手を上げているのが辛くなり、自然と手が落ちて来る。
あぁ、僕も魔王になりたかったな……。
竜を従える王として、この国で名を馳せたかった。
もう身体に力が入らない。
意識が薄れていくのが分かる。
ここで意識を失ったらもう二度と目が覚める事は無いだろう。
今まで体験して来た出来事が走馬灯のように駆け巡る。
一番古い記憶は、ダフティと大きなベッドで一緒に寝ている記憶。
傍には母さんが居て、僕達を慈しむように見ていた。
僕が自我を持ったのに気付くと、直ぐに魔法の訓練が始まった。
動けないし、喋れないから、父さんに抱えられながら魔力を流してもらい魔法の感覚を掴むだけだった。
暫くして一人で動けるようになり、身体を動かす訓練も始まった。
父さんの近衛隊長に初めて攻撃を当てられた時は嬉しかった。
あまりにも喜び過ぎて、ダフティがむくれて頬を膨らませたのを覚えている。
フィラフトを森から拾ってきて家族が増えると、魔王家は賑やかになった。
ダフティがとにかくフィラフトから離れず、駄々を捏ねるからいつしかフィラフトは僕達の習い事に同席するようになった。
それで一緒に授業を受けていたら、フィラフトは魔法を使い出し始め竜の凄さを知った。
抑圧の強い家ではあったが、楽しかった。
段々と目が閉じて行く。
どうやらもうお別れのようだ。
「——ギャウ!!!」
フィラフトの声が聞こえ、落ちかけていた意識が戻る。
直後、浮遊感が僕の身体を満たした。
目を開けると、僕は宙に浮いていた。
フィラフトが僕の服を噛み、フラフラと飛んでいた。
「そんな、フィラフトまで犠牲になる必要は無いのに……!」
フィラフトがまだ短い手を僕の脇に入れ、僕の事を抱える。
「ギャウ!」
フィラフトは飛びながら、障害になりそうな獣頭の化け物をブレスで牽制する。
ブレスが当たった化け物はこちらを向き、石を物凄い勢いで投げてくる。
石が当たりそうになると、フィラフトは翼を畳み僕に当たらないようにした。
フラフラと飛ぶフィラフトは良い的だった。
投げられて命中した石の衝撃が僕にまで響いて来る。
フィラフトは白い綺麗な身体を赤色の血で汚しながらフラフラと宝物庫から漏れだしてくる光を目指し飛び続ける。
フィラフトはまだ小さく、僕を抱えて飛ぶなんて出来るはずが無かった。
だから、大きくなったら背に乗せてねってお願いをしていた。
実際、フィラフトは飛べてはいるがフラフラしている上にかなり遅かった。
石の衝撃が届く。
フィラフトに守られている僕ですら、この衝撃を受けるという事はフィラフトが受けている攻撃はもっと痛いはずだ。
「ギャウ……!」
しかし、フィラフトは無数の石を身体に受けながらも飛び続ける。
フラフラと飛び続け、僕は誰かの手に引っ張られ宝物庫の床に転がった。
最後に、フィラフトが階段下に向かって極大のブレスを吐き出した。
フィラフトの色と同じ、眩い光のブレスだった。
ブレスが止む前に台座が動き、階段を塞ぐ。
化け物はもう宝物庫に上がれなくなった。
「お前ら無事か!?」
僕を引き上げたのはエクウスだった。
エクウスが、僕らに駆けよりながらそう言った。
だけど、僕はエクウスの問いに答える事無く、フィラフトに近寄る。
フィラフトは地面に力無く横たわり血を流し続けていた。
「フィラフト……!」
「ギャウ……」
「どうして、僕の為に……!? ねえ、どうしてフィラフト!?」
フィラフトの近くで蹲り、床を力任せに殴った。
僕のせいで誰かが死ぬのが嫌だったから、僕が犠牲になろうとした。
なのに、結果はどうだ。
僕では無くフィラフトが地面に横たわっていた。
「ギャウ……」
フィラフトはよろよろと身を起こし、僕の胸に飛び込んで来た。
出会った時と同じように僕の胸に顔を擦り付けてくる。
全身が焼けているせいで、あの時と違って勢いは無いはずなのに、あの時と同じように痛かった。
僕もあの時と同じようにフィラフトを抱きしめる。
「ギャウ!」
最後にフィラフトは元気に一声鳴き、動かなくなった。
「うっ……うああああ……!」
涙が出てきて止まらなくなった。
「……兄様?」
「え……?」
ここで聞こえるはずの無い声が聞こえ、振り向く。
宝物庫の入口にはダフティが立っていた。
「ど、どうして、ダフティがここに」
泣いているせいで上手く喋れなかったが、突然現れたダフティにどうにか声を掛ける。
「どうして、ボス戦後の宝物庫で兄様とフィラフトがボロボロになっているのでしょうか」
ダフティが今までした事の無い表情をして、虚空を見つめる。
目がどこを向いているのか全く分からない。
「ボスを倒したら、もう何も無いはずですよね。それなのにどうして、私の兄様は全身が黒く焦げて、フィラフトは倒れてしまったのでしょうか……」
「ダフティ……?」
ダフティの肌の色がドス黒く染まっていく。
額には曲がった角が生え、黒い尻尾も生えて来る。
一瞬、魔物化を使ったのかと思ったが、魔物化では無かった。
僕らは鬼の魔物だ。
角は生えてきても、尻尾など生えてこない。
それに、どういう事かダフティの背には黒くて禍々しい翼が生えて来ていた。
「…………あぁ分かりました。人間って殺すべき生き物だったのですね」
そう言ったダフティの瞳は、黒く濁っていた。
話がとても重くなってきたので、
一発ギャグでも書いて笑いをかっさらいたかったのですが、
何も思いつきませんでした。
すみません。
次回でブラリの昔話は終わります。
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