七話 「明日にはもう死んでいるかもしれないの」
入園二日目からシカトかぁ。
教室に入って挨拶したのに誰からも帰ってこないなんてトラウマもんだぞ。
小学生の時に仲の良いクラスを作ろうという事で朝教室に入る時は挨拶をしてから入ろうねって言われていたのにいざ挨拶をしても何も返って来なかったあの日の俺が未来永劫封印しようと決めたトラウマが蘇るぞ?
『ずいぶんピンポイントな思い出だな。私もコウジの記憶を見たからそれを知っているが……』
今更だけど、冷静になって考えると俺のしてきた事を見られているって恥ずかしいな。
軽く弱みの一つや二つ握っているだろ絶対。
『全くもってその通りだが』
そこは否定しようぜアズモ……。
『しかし、先行きが怪しいのではないか? 昨日私がやめとけって言ったのに、仲間外れにされていそうな者に声を掛けるから』
仲間外れにされている奴に話しかけると仲間外れにされるってか。
でもなぁ、それは本当に考えにくいんだよ。
だって俺らは二歳児だぜ?
二歳児がそんないじめのような事をすると思うか?
『なんだその訳の分からない二歳児に対する絶対的な信頼感は。二歳児でもいじめという概念を知らないだけでそういう行動をとるかもしれない』
そういうものだろうか……。
昨日俺とバチバチしたルクダとかは二歳児特有のあどけなさ満載だったじゃないか。
あんな子がいじめをするなんて考えにくい。
『分からないぞ。無邪気さを装っていて案外狡猾な二歳児なのかもしれない。ほらコウジお前が読んでいた漫画にそんな女子が居ただろう。確か小悪魔系だとか……』
やめろ。やめてください。
そうか記憶を見られているという事は、俺が読んだ本も知っているのか……。
急に恥ずかしくなってきたぞ。
だがルクダの名誉のために一つだけ言っておこう。
きっとあの子は天然健気系に育つ。
『それは本当に名誉を守れているのか? 天然というのも小悪魔系と同じ特殊な属性なのに、そこに不憫系の代名詞でもある健気も付けるなんて……なんてやつだ』
……アズモ。お前やけに詳しいな?
記憶を見ているとは聞いたが、異世界人、それも二歳児であるアズモが日本のカルチャーにそこまで造詣が深くなるか。
『い、いや、ほら、私達って存在が謎な物ってこの前コウジも考えていただろう。それの影響でちょっとだけな?』
……ちなみに俺はヤンデレが好きだ。
『なんて奴だ。見損なったぞコウジ。ヒロインの属性としてメンヘラとヤンデレはあり得ないだろう。あんな奴らは物語を引っかき回すだけの存在に過ぎん。だいたいヤンデレが好きだと? 主人公に暴力を振るっちゃう系ヒロインが可愛いのは分かる。だがヤンデレはバイオレンスだ。暴力が行き過ぎている。主人公を殺すどころかその先にまで及ぼうとする奴まで出てくる始末。幼馴染一途系の純愛物でも見て心を清めてこい』
尻尾を出したな。
『び……』
ヤンデレを釣り餌みたいに使ってしまったが、俺はちゃんと好きだ。
一応反論として言っとくと主人公を好きすぎてたまらない一途な女の子だ。
『な、なにをぅ——』
「あ、アズモちゃんおはよう……。ごめんね、言うのが遅れて」
アズモ、ストップ。
天然健気系ヒロインの登場だ。
アズモと楽しく談笑していたら、ルクダが近くに来ていた。
『小悪魔系ヒロインだが』
はいはい。どちらでもいいけど余計な事は言わないようにしてな。
『む……』
「ルクダちゃんおはよ。誰も俺に反応してくれないから心の中で号泣していたよ」
「もの凄く楽しそうにニヤニヤしていた気がしたけど……。ご、ごめんね。」
「えっ」
おい、アズモ。ニヤニヤするな。
『してないが。コウジが原因じゃないのか』
俺なのか?
さっきの脳内会話ではアズモの方がニヤニヤしていた可能性が高い気がしたんだけどな。
ニヤニヤというよりかはニヤァって感じだけど。
『お前が私と二心同体じゃなかったら今のでバイオレンスした。そういうのが好きなのだろう』
ヒェッ。
デレてない奴の暴力はただの暴力だからな。
「あ、あのっ! アズモちゃんとスフロアちゃんってどういう関係なんですか!」
ルクダは恐る恐るという様子で尋ねてくる。
顔は若干俯いているが、目はこちらとしっかりと捉えている。
『やはり小悪魔系ヒロイン! コウジとスフロアが昨日楽しそうに話していたのを見て牽制に来たのだ! 気を付けろコウジ! 束縛もしてくるタイプの地雷系だと見た!』
喧しいので、ヒートアップしているアズモは無視する。
「スフロアちゃんとは昨日初めて会ったって感じだけど……?」
「やっぱり……。あのね。スフロアちゃんってね。どんな種族だと思う?」
「どんな種族ね……」
クラスを見渡してスフロアを探す。
スフロアは端っこの方でお行儀よく椅子に座って本を読んでいた。
この質問には一体なんの意味があるんだろうか。
スフロアの特徴と言えば、黒い髪、白い肌……。
『片目、幸薄、ボッチ……』
属性を述べるんじゃない。
後はそうだな。魔物的な特徴として一番大きいのはお尻から生えている黒い尻尾か。
尻尾が生えている魔物と言ったらそりゃ、ファンタジーの代名詞ドラゴンだな。
俺には尻尾なんて生えてないけど。
『異世界知識弱者が……。もっとなんかあるだろ』
尻尾が生えているって特徴だけで種族を当てるのは難しいんだって。
だいたいそんな事言うならアズモはスフロアの種族に見当がついているのか?
『ふむ。私もほとんど日本特有の知識しかないが……』
ツッコミ待ちか?
なんで異世界人のアズモが俺と同じ日本知識しかないんだよ。
『しょうがないだろ。二歳の時にはもうコウジと一緒だったのだから。その時までに身に着けていた知識なぞ皆無に等しい。そしたら必然的にコウジと同じ知識となる』
言われたら確かにそうか。
なんだか、アズモの物心が付いた時くらいに俺が憑依したみたいだな。
『そんな事はどうでもいい。私に推理を披露させろ』
あ、はい。
『長々とやっているとルクダが痺れを切らして答えを言ってしまうかもしれないから単刀直入に言う。あれは猫だ』
猫か。
何故そう思うんだ?
『理由は二つある。一つ目は、あの片目キャラって所だな。古来より、獣系を擬人化する時は毛深いという設定がよく盛られる。毛深いと言っても、本当に毛深くしたら一部の人達にしか刺さらなくなるからそこまで毛深くはならないのが常なのだが。そこで先人達はどんな人間にもある髪の毛を使って表現しだした。片目が隠れているのに適した獣と言ったら、何が出てくる? そう猫だ』
…………一応、二つ目は?
『二つ目は、あのボッチキャラだな。あれは私と同じように人と絡むのが嫌いな人種なのかと思ったがあれこそが猫を表しているのだ。あのスフロアというやつは予想だが、この保育園に長く在籍していると思う。普通五カ月もしたら誰かしら友達が出来るだろう。それなのに、スフロアには友達がいないように見える。あれは猫特有の警戒心の強さを表していると見た。よってスフロアのモチーフになった魔物は猫で間違いないだろう』
…………。
お、スフロアの尻尾よく見ると先端が針みたいになっているな。
「よく分かんないけど、ハチかな?」
俺はアズモの推理を完璧に無視して、ルクダにそう答えた。
何と言うか、アズモの説を言うのは気が引けた。
『おい。何故無視する』
アズモが脳内で抗議をして来るが、ここはアズモの名誉のためにノーコメントで行かせてもらおう。
「残念違うよ」
『ほら見ろ。違うじゃないか。やはり猫だ』
俺の言った蜂の魔物では無かったらしい。
ルクダに否定された事によりアズモが脳内で強く出て来る。
「でも惜しいよ。アズモちゃん」
『……なに?』
「答えはサソリでした」
「サソリだったかー」
『……』
大丈夫だアズモ。俺は何も聞いていない。
悪い夢を見ただけなんだってアズモは。
だいたい元々ヒントが少なかったんだ。
ほら、推理系の物語だって推理パートに入る前にヒントが伏線として出てくるじゃん?
でもほら今回はノーヒントみたいなもんだったし。
そこまでアズモに言い聞かせたら、頬に冷たい感触が流れた。
「え、アズモちゃん! なんで泣いてるの!?」
「ふあぁ~! 朝だから欠伸が出ちゃうな~!」
「欠伸なの!? なんかルクダには号泣しているように見えるけど!?」
どうやら、俺にどや顔解説までかましていたのが裏目に出て、感情が昂ってしまったらしい。
「大丈夫、大丈夫。俺の種族がそういう種族なんだ」
「そ、そうなの?」
アズモぉおお!
泣き止んでくれぇええ!!!
『自信、あった、のに……! もう私、二度と、推理なんて、しない!!』
あー……これ駄目なパターン入ったな。
こういう時アズモってどうやって泣き止んでいたっけ。
そうだ。アズモはこういう時、親父か母さんに抱きしめられていたな。
「アズモちゃん本当に大丈夫!? なんか段々涙が溢れていくように見えるけど!」
「あー、今日は調節に手間取っているかもしれない。ごめんルクダちゃん協力してもらっていいかな」
「う、うん! どうすればいいの!」
「俺がこれからしゃがむから、ルクダちゃんは俺を包み込むようにハグしてくれないかな」
「うん! 分かった!」
俺は床に尻を落ち着ける。
ルクダは俺を見ておずおずと少しずつ身体を近づけて来て俺を包みこんだ。
「これでいいのアズモちゃん?」
ルクダは俺の目を見てそう言う。
今思ったけど、中々に犯罪的なことをしているかもしれない。
『うぅ、私は少し休む……。コウジ後は頼んだ……』
「あぁ、少しずつ落ち着いてきた。ありがとうルクダちゃん」
「えへへ。なんだか恥ずかしいけど、良かったよ」
て、天使……。
天使にこんな事をさせる俺は悪魔なのかもしれない。
でも、こんなのを味わえるのなら悪魔になってもいいかもな……。
「どうしよう。今言っていいのかな」
「どうしたのルクダちゃん」
顔が気持ち悪いよ、とかルクダちゃんに言われたら速やかに自害する。
俺の顔今大丈夫だよな。
「あのね。蟲毒って知ってる?」
「蟲毒……?」
蟲毒を知らない日本人って寧ろ少ないんじゃないかな。
でも俺は二歳児なのでそんな難しいことは知らない振りをする。
「あのね。毒を持った一家で行われるやつなんだけどね。家族同士で戦うやつなの。それでね。勝った人が家を引き継いでね、次の蟲毒を始めるんだって」
「へー。怖いね。蟲毒って」
俺の知っている蟲毒と少し違う。
蟲毒とは少し違う異世界特有の言葉を無理やり日本語に変換した結果、耳に付けている翻訳機から蟲毒と聞こえたのだろうか。
「それでね。ここからが大事なんだけどね。スフロアちゃん家って蟲毒をやっているんだって」
「……え?」
「スフロアちゃん、明日にはもう死んでいるかもしれないの」
「は…………?」
俺はクラスの端っこで本を読んでいるスフロアを見る。
あの申し訳なさそうに端っこで過ごしている女の子が死ぬ?
「だからね。スフロアちゃんと友達になるのはやめた方がいいと思うの」
以下蛇足。
アズモが、
「私と同じように人と絡むのが嫌いな人種」
「普通五カ月もしたら誰かしら友達が出来るだろう」
と言っていますが、アズモは嫌いではなく苦手です。耕司が居なかったら保育園を卒園するまで友達はルクダしか出来ないでしょう。
20話までは出来るだけ毎日投稿します!
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