六十四話 ブラリの昔話 きっと毎日が楽しいんだろうな8
「そう言えば、坊主の名前はなんて言うんだ」
「ブラリだよ」
ダンジョンに入る事が決まり、待機列に並んでいた。
市街地から比較的近い位置にあるこのダンジョンは朝から長蛇の列が出来ている。
エクウスに名前を問われ、本名で答えたけど良かっただろうか。
朝から荷物持ちとしてダンジョンに突入しようとしているけど、僕は魔王の息子である。
この国では大層なご身分だし、要人だ。
バレたら「やっぱお前には荷物持ちなんか任せられねえ!」ってならないだろうか。
少し不安になったが、エクウスは僕の名前を聞いてもピンと来なかったようだ。
「ブラリか、よろしくな。んで、こっちの自己紹介をすると、まず俺がエクウス。こっちの太っていんのがピスティー、背高のっぽがカドウスだ」
「よろしくな、前は任せろよ。なんてブラリは俺より強そうだけどさ」
「よろしく~、援護は任せろよ? ……ん、ブラリってどこかで聞いた名前のような」
「あー! よろしくね! ところでダンジョンに入るのは初めてだから心構えとか聞きたいな!」
カドウスという杖を持った男が何かに気付きそうになっていたから慌てて話題を振る。
勉強から抜け出して折角ここまで来てやっとダンジョンに入れそうなのに、ここでバレたら水の泡になってしまう。
「良い心掛けだな……。若い奴は何かと突っ込んで痛い目に遭うから、お前みたいな奴は貴重だ」
エクウスがジーンと来たのか、目を閉じて鼻を抑えながら言う。
「そうだな。まずはとにかく一人で突き進まないって事だ。ブラリも絶対俺達から離れるなよ」
「分かったよ。エクウス達について行く」
「あぁ、それで良い。後はダンジョンにはトラップが付き物だ。周りと何かが違う床とか壁、それに天井も。違和感があったら一回止まって何か投げて当ててみろ」
「分かったけど、何かを投げるって事は作動させるって事? 作動させちゃっていいの?」
トラップは侵入者を排除するダンジョンの機能。
作動させたら悪い事が起こるはずだけど、そんな事をして良いのだろうか。
「大丈夫だ。今日は浅い所だけを日帰りで探索するからな。上層のトラップなら落とし穴だったり、矢が飛ばされたり、槍が生えたりくらいだからな」
「ふーん、そんなもんなんだね」
毒が噴出されたり、モンスターが大量発生したり、最下層まで落ちる罠だったりってもっと危険な物が仕掛けられていると思っていた。
だけど確かに、エクウスの言う通りなら、遠い所から物を投げ入れても安全そうだ。
トラップというのがどんな物なのか気になっているから、あったら作動させてみよう。
「もしかしたら、知れ渡っていないだけで危険な罠があるかもしれないけどな」
カドウスが「ヒヒヒ」と笑いながら怖い事を言ってきた。
「おいおい、坊主を怖がらせるなよってのカドウス」
「でも、ダンジョンってのは何が起こるか分からない所ってのは本当だぜ?」
「まぁな、カドウスが言っている事も事実だ。そうだな、トラップを見つけたらまず俺に教えてくれ。確認出来たら作動される事にするか。それで良いかブラリ?」
カドウスの一言で安易に小石を投げ込んで電撃をダンジョンに叩き込まれる様を想像してしまったが、エクウスの言葉で想像が霧散し引き締まる。
自分の判断で余計な事をしてしまわないように、エクウス達に言うようにしよう。
おじさん達は冒険者ランクを6まで上げている中堅冒険者パーティーだ。
きっとこのダンジョンにも何回も挑戦しているに違いない。
「うん、分かったよ。ダンジョンの事はエクウス達に相談するようにするよ」
「おう。じゃあ今日もダンジョンに挑もうぜ!」
列が捌け僕らの番がやって来た。
受付はさっきと同じグリスお姉さんだった。
グリスお姉さんに「パーティーに入れてもらえて良かったですね」とニコニコしながら言われ僕達はダンジョンに突入していく。
—————
入口から階段を下って行くと、目の前にダンジョンが広がっていた。
このダンジョン、鍾乳洞窟は天井に赤や黄色、青と言った色とりどりの鍾乳石が連なっていた。
地面は鍾乳石から垂れてきた水で削られているが、削られずに綺麗な色をした石筍が出来ている所もある。
鉱物に富んでいるダンジョンだった。
「人が想像以上に多いね」
入口付近は冒険者の他に、武器の代わりにツルハシを持った石が目当てで来ている人も居た。
入場待ちをしている時にかなりの人が居たから、中も人で溢れているとは思っていたけど、これ程までとは。
「石目当てで来ている奴らがここに集結しているから、一階はこんなもんよ。下の階に降りたらガラッと人が減るよ」
「あぁ。一階は観光に来ているって人も居るからな。二階からが本番だし、俺らもまずは二階に降りるぜ」
僕の呟きに、剣を持ったビスウスと斧使いのエクウスが答えてくれた。
二人共納刀したままで歩き回っているから、一階で武器を構えるつもりは無いようだ。
「大丈夫なの?」
思わず、そんなに余裕をかましていて問題が無いのか聞く。
人が溢れていて緩みかけたが、ここはダンジョン。
何が起こるか分からない場所のはずだ。
「ここの一階は魔物が沸かないから良いんだよ」
僕の疑問にはカドウスが答える。
カドウスだけは杖を手に持ち、不意の事態に備えているようだ。
「ダンジョンなのに魔物が沸かないなんて事があるんだね」
「たぶん魔物の代わりに鍾乳石を生やしているんだろうな。ここの鍾乳石は自然生成じゃなく、ダンジョンの意思で生えてきている」
「ダンジョンの意思?」
ダンジョンに意思なんてあるのだろうか。
「そう、ダンジョンの意思。ダンジョンも生きているんだぜ。んで、俺らを集めて何をしたいのかは分からないが、各ダンジョンには人を集めるための仕掛けが何かしらある。ここだと鍾乳石がその役割をしている」
「へー、この鍾乳石がね」
「今ここに沢山の人が集っているだろ? こんなに人が石を取りに来ていたら、すぐに取り尽くされて何も無くなってしまうがそうなっていない」
「成程、定期的に生えてきているんだ」
カドウスは「そういう事だ」と言いエクウスとビスティーの元に歩き出す。
僕もカドウスに付いていくために歩こうとしたが、向こうの方がザワザワし出し足が止まる。
何が起こったのかザワザワしている方を見ると、人々は皆上の方、入口付近の方を見ていた。
つられて僕もその方向を見ると、何かが飛んでいる。
「ブラリすぐにこっちに来い!」
慌てた様子のエクウスに呼ばれ走って行く。
エクウス達は抜刀していた。
「おいおい、一階では魔物が出て来ないはずだぜ!?」
さっき僕にダンジョンの説明をしてくれたカドウスが杖を構えながら叫ぶ。
飛んでいる者の正体は魔物だったようだ。
魔物が飛んでいる方では人が捌けそこだけ空間が出来上がる。
叫びながら逃げ惑う人達や何が起こったかを理解し武器を構える冒険者などが居て、混乱していた。
「あぁ、一階には沸かないはずだぜ! くそっ、とにかく向かうぞ!」
エクウス達が魔物の元に走って行く。
僕も戦闘を想定し、全身を魔物化する。
強化され見える範囲が広がった目で魔物の方向を見て絶句する。
鍾乳石の間を器用に飛んでいる魔物は小さな白い竜だった。
魔物化し強化された赤黒い足で全力疾走し、誰よりも早く出現した魔物の元に行く。
後ろからエクウス達の声が聞こえたけど、止まる事なく走る。
近づくと、白い竜は迫る僕に気付き鳴きながら凄い勢いで向かって来る。
僕は竜の元に跳ね応戦する態勢に入る。
竜と激突しそうになり、周りから悲鳴が上がる。
竜はそんな声などお構いなしに僕の胸に飛び込み、僕は小竜を抱きしめた。
「なんで来ちゃったの、フィラフト」
「ギャウ!」
僕に抱きしめられたフィラフトは元気に吠えた。
解放され僕の周りを飛ぶ小竜。
本来魔物が沸かないはずの一階にいきなり出現した魔物の正体は僕に二年くらい前に拾ってきてそれ以降家で一緒に過ごしているフィラフトだった。
「……どういう事だ!?」
追いついて来たエクウスが息を切らしながら僕に聞いて来る。
「ごめん、エクウス。家族のフィラフトが僕について来ちゃっていたみたいだよ」
「その竜が坊主の家族だと……?」
「うん、ごめん。この子が来ている事に気付かなくて騒ぎを起こしちゃった」
「そうか……。まぁ、その竜が家族ってなら危害は加えて来ないだろうし、別に良い。へへ、年甲斐も無く全力疾走しちまったぜ……坊主は足が速いな」
エクウスはそう言うと、周りに大声で問題は無い事を伝えた。
小竜が僕の家族である事、僕についてきてしまっていた事、危害は加えて来ないから安心して冒険に戻って良い事を伝える。
周りは混乱していたが、エクウスの言葉を聞くと騒ぎは収まり出す。
顔見知りなのかエクウスの元に集まり他愛の無い話をする冒険者や、小竜が珍しいのかフィラフトを見に来る人と、今度は別の人だかりが出来始めた。
「小竜……、フィラフト……、ブラリ……」
エクウスが他の冒険者と飲みの約束をしている中、カドウスは僕の周りを飛ぶ小竜の事を見て何かブツブツ呟いていた。
「あー! 思い出した!」
カドウスがそう叫び、場が静まりカドウスに視線が集まった。
「思い出したって、何を思い出したんだカドウス?」
エクウスが代表してカドウスに質問をする。
「その坊主、ブラリって奴は魔王の息子だぜ! ちょっと前に小さな白い竜を拾って来たって街中を賑わした魔王の息子ってこいつだったのか!」
僕が魔王の息子って事がバレてしまった。
フィラフト君はブラリが窓から飛び降りた後に、
「面白そうな事してる!」と思って同じく窓から出て来たらしい。
今日は昨日と一昨日投稿出来なかった分多めに投稿します。
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