五十四話 「私達に何のメリットがあるのだ」
「喧嘩だと?」
「うん、喧嘩。殴り合いの喧嘩だよ」
「それは私達に何のメリットがあるのだ」
ブラリが俺達に喧嘩をしようとワガママを言ってきた。
自分が内通者だと言い、そんなはずの無い嘘を重ね、最後は喧嘩をしよう。
いくら何でも自由過ぎる。
ブラリにメリットを問うたアズモの語気は荒れていた。
「メリットと言われると困るね。うーん、そうだね……僕が負けたらペラペラ喋るよ」
「姉上達にお前の事を告げればどうせ全部喋る事になる。お前は誰かを守るために嘘を吐いているのかもしれないが、それも含めて全部話す事になる」
ディスティアやテリオ、親父などネスティマス家の強者は当たり前のように考えている事を読んでくる。
喋らないでいようが無駄なのだ。
だから、ブラリの言っている事は俺達のメリットにはならない。
「困ったね。竜王家が優秀過ぎて僕じゃ今ここで何も差し出せないかもしれないよ」
ブラリは考え込む。
しかし、それは悪手だ。
ブラリが考えている内に俺の視界は前に進んで行く。
アズモのこの身体は俺とアズモの意思、両方で動く。
俺達二人を同時に説得しないとブラリの最後のワガママを聞く事は出来ない。
俺は甘いから最後くらいブラリのワガママを聞いても良いと思っている。
だがアズモは違う。
アズモは、アズモなりにブラリを友達として認めて来ていた。
引っ込み思案のアズモは俺に会話を任せっきりで、ほとんど喋らない。
だが、喋らないだけで人と関わるのが嫌だと思っているわけではない。
俺が会話しているのを聞いて、会話している相手の人となりを見て自分とも話してくれそうかを見ている。
今アズモが喋ってくれる同世代の子は、スフロアとラフティリの二人だ。
アズモは喋れる相手には割と積極的に喋る。
ほとんど煽りしかしないが、それでもアズモなりには喋ってくれている。
俺がブラリを内通者だと疑った時、アズモはブラリを守った。
俺の推察を否定しただけかもしれないが、アズモはよく絡んで来るブラリを悪くは思っていなかった。
悪い事によく付き合わそうとしてくるブラリだが、アズモも刺激的な事が好きだ。
非日常に憧れを感じている。
ブラリを面白い事をしている悪友と認めようとしていた。
そんなブラリが「最後のワガママ」とか言った。
アズモの考えている事が全部分かるわけではないが、今の気持ちくらいは分かる。
俺はアズモと一緒に生きている者として、アズモの意思を尊重するべきだろう。
だからアズモを説得出来ない。
だが、ブラリにヒントを与えるくらいは許されるだろう。
「あーあ、どうせならさっきの一発は思いっきり殴っとけば良かったな」
ブラリならこれだけで伝わるだろう。
「……結局二人の強さは分からず終いかな。僕とアズモちゃんだと僕の方が強そうだったね」
身体が止まり、視界にブラリが映る。
「……なんだと」
「だってさっきアズモちゃんのパンチを一発お腹に食らったけど、ほら見てよ今の僕。ピンピンしているよ」
ブラリは挑発するように飛んだり跳ねたりする。
「さっきのはアズモちゃんだけでのパンチだったんだよね。アズモちゃんだけなら、僕は負けないかな」
「さっきの一撃はお前を離れさせたくてとりあえず殴っただけだ。今の一撃が本気なわけがないだろ」
「そうなんだね。でも全力が分からずに終わっちゃうから僕の中では、アズモちゃんはあんなもんだったんだな、で終わっちゃうね」
竜王家、アズモの一家はみな好戦的だ。
そしてアズモは挑発に弱い。
戦闘面で舐められるのは、アズモにとって屈辱以外の何物でも無い。
「竜王家と魔王家の同世代勝負だったら魔王家の勝ちだね。二人の全力と戦いたかったけど、コウジは人間だもんね。考えてみたら、さっきのパンチにコウジも加わっていた所でか。人間の意思が加わったら逆に威力が下がっちゃうかもね」
アズモ自身、竜王家、俺の事を混ぜたブラリの挑発。
身体が明らかに震えているのが分かった。
「コウジと私が力を合わせたら私達は最強だ。同世代の奴らには確実に負けない。お前達の挑発に乗ってやる。報告はお前を落としてからでも変わらない」
「流石アズモちゃんだね。なら、僕も全力でお相手しよう……魔物化」
魔物化。
俺達みたいな人型の魔物が、魔物本来の力を使うための能力。
ブラリは額から角を生やす。
肌は赤黒く染まっていき、体付きが逞しくなる。
牙が見え、爪が鋭くなった。
ブラリのその姿は鬼みたいだった。
「一撃で仕留めてやる。魔物化」
俺達も姿を変えていく。
完全に竜になってしまうにはこの教室は狭い。
人型を崩さないまま全身を竜に変える。
普段邪魔だからしまっている尻尾を生やし、翼を出す。
全身を青黒い鱗で覆い、牙、爪、目も忘れずに変化させる。
魔物化を終え、赤く染まったブラリの瞳を見る。
「僕達が全力でやったらこの教室は壊れちゃうだろうね。それに騒ぎを聞きつけて先生も来ちゃいそうだ」
「すぐに終わらせるまでだ。お前如きにそこまで時間は割くつもりはない」
「言ってくれるね」
言い終わるや否や、ブラリが迫り打ち込んで来る。
速いが目に見えない物では無い。
丁度対応出来る速さ。
躱して尻尾で足払いを仕掛ける。
ブラリは飛び、それを避けた。
飛んで無防備になった腹に拳を叩き込む。
ブラリは吹き飛ぶが、俺達はジャンプと翼による加速でブラリに追いつきかかと落としで追撃する。
衝撃で床が弾けた。
瓦礫が当たらないように俺達は後ろに下がる。
「……こんな狭い所で尻尾と翼を生やすなんてどうしてだろうって思ったけど、そんな使い方が出来るんだね。機動力ならこの学園で一番かもね二人は」
ブラリは立ち上がり、血をプッと飛ばす。
「あんなに発破をかけておきながらそんなもんか」
「まだまだ全然だよ」
ブラリは再び突撃してくる。
さっきよりも速かった。
ブラリは更に加速しながら飛んで蹴りの態勢になる。
先程との速さの違いに対応出来ずに掠ってしまった。
ブラリは俺達のすぐ後ろに着地し後ろ回し蹴りをお見舞いしてくる。
今度は俺達が吹き飛び、黒板に背を打ち付ける。
見ると、ブラリは身体に電撃を纏いながら追撃の構えに入っていた。
「僕は二人と違って魔法が使えるからね。こんな事も出来るよ」
ブラリはテリオのように人差し指を俺達に向け雷撃を飛ばす。
それを間一髪で避けた。
「さっきの蹴りにも雷を纏わせていたのに、もうそんなに動けるんだね」
「なに……」
それを聞き、俺は一瞬頭が真っ白になるがすぐに持ち直し、アズモに確認を取る。
アズモ大丈夫か!?
『ああ、平気だ。少し痺れたがもう動ける』
やはり、あの電撃は俺だけで避けていたのか……。
本来ならあんな追撃は簡単に避けられるのにギリギリだった。
あの日の言葉がフラッシュバックする。
考えないようにしていた言葉が脳裏に浮かぶ。
『まさか、君に感覚が無いとは——』
修練場で長髪の男に言われた言葉が鮮明に蘇った。
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