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五話 『家に帰ったら絶対父上に言いつけてやる』


 まさか2歳児に対するお説教が二時間も続くとはな……。

 俺が偶々中身十八歳の高校生だったから耐えられたが、普通の二歳児だったらさっきの説教は確実にトラウマになっていただろう。


 きゅるるる。


 腹の音が鳴る。

 そうか、もう昼か。

 俺の記念すべき入園一日目の午前はほぼ説教で終わったのか。


 そう言えばこの保育園のお昼ご飯の説明を聞いていない。

 どうすれば昼飯にありつけるのだろうか。


『先生に聞いてみればいいではないか。お腹空いた、という言葉は知っているのだろう』


 さっきまで俺を説教していた先生に「お腹空いた」って言うのはハードルが高くないか?

 下手したら、お説教第三ラウンドが始まるぞ。


『それは出来れば避けたいな……。しかし、どうやって立とうか』


 ああ、そうだな……。


 二時間以上正座で説教を受けたので足の感覚は最早無かった。

 ただでさえ歩くのが難しい身体なのに、足が万全の状態ではないというのが俺達を更に悩ませる。


『悩んでいても仕方がない。一先ず足を伸ばして血流を良くしよう』


 そうだな、アズモの言う通りにしよう。


 後ろに倒れて、足を伸ばす。

 そのくらいなら俺達にも出来るだろう。


『今回は私が身体を動かす。コウジは散々動かしていたのだから良いだろう?』


 返す言葉もないですね。はい。

 俺はなるべく全身の力を抜くことをイメージしてみる。

 それで動くか分からないが、やってみてくれ。


『分かった』


 アズモの身体が少しずつ後ろに倒れていく。


 その間、俺は奇妙な感覚を覚えた。

 身体が自分の「全身の力を抜く」というのに逆らって動く感覚。

 普通に生きていたら体験する事の無い感覚だ。


 どうだアズモ、身体は足を伸ばすことも出来そうか?


『出来そうだ。私が動かす方向とは逆の方向に僅かに力が働いていて違和感があるが、これくらいなら無理やり動かすことが出来る』


 なるほど。身体を動かすには俺とアズモの片方が力を抜く、というのが重要になっているのだろう。

 今は身体を動かすのに負荷がある状態だが、将来的に完全に力を抜くことが出来るようになったら100%の力で動かすことが出来たりするのだろう。


『足も無事伸ばせた。が……時間が掛かるな。コウジの考えていたものを代用するのなら、今は20%の力というところだろうか。動くには動く。が、これで日常を過ごしていくのはやはり辛いものがある。だが……』


 動けないよりはましだな。

 徐々に慣れていくしかない。


『そう、だな……ところで私の視界に、先程から私を覗き込んでいる若干切れ気味の先生の顔が見えるのだが……』


 奇遇だな……、俺の視界にも映っているな。

 そもそも視界は共有しているんだがな、ハハハ。


『フフフ』


「アズモさんご飯#L#~=&L#%!」


 これはあれだな。

 俺が生を受けてからの十八年間。

 その十八年間で学んだ事、考えた事、感じた事を総動員したら、今先生が声を荒げながら言っているであろう事と切り抜け方に一つ心当たりがある。


『ほう、それはなんだ? もしかしてだが、コウジが覚えた言葉で切り抜けられるのか?』


 あぁ。使わないだろうと思っていたが使えそうだ。

 覚えておいて良かった。


「お腹空いた」



—————



 結果的に二度目の拳骨を食らった。

 二歳児の脳天に二回も拳を落とすなんて、日本じゃ考えられない。

 流石異世界、と言ったところなのだろうか。


 一応俺は、竜王の子供というそこいらの子供とは一線を画すようなVIPポジションにいると思っていたのだが。


 普通は「竜王様のお子様に手を出すなんて~」となるものではないのだろうか。

 子供のお守を預かっている先生としては「誰の子供だろうが関係ねえ! 悪い子は躾ける!」という方が良い先生なのだろうが。


 先生に抱えられて廊下に出ると、園児が一つの部屋に向かって列をなしていた。

 その部屋からは、食べ物が載せられたトレーを両手で持つ子供が出てきていたので、きっとあの部屋は給食室か何かなのだろう。


 俺は先生に「#>‘PT>$#2@4」と捨て台詞を吐かれた後に、その列の最後尾に置かれた。


 しかし、解せないな……。


『全くだ。まさか三発目をお見舞いしてくるとは。……家に帰ったら絶対父上に言いつけてやる……』


 最後尾に並んだのは良かったものの、やっと動く方法を確立した俺達にはまともに歩くというのが難しく、時間を掛けて給食室に向かっていた。

 あともうちょっとで給食室に着くというところで頭に先生の拳が落ちて来た。


 俺は再び先生に抱えられ、部屋に戻された。

 直後トレーを持った先生が現れて、俺にその持ってきたトレーを強引に持たせてきたといった具合だ。

 再び戻った部屋にはいつの間にかテーブルがいくつか置かれ、子供達が楽しそうに喋りながらご飯を食べていた。

 見回すと楽しそうにご飯を食べているルクダの姿もある。


 良かった、ルクダが笑っている。

 先生に怒られて先程まで泣いていたので、少し安心した。

 俺もルクダの近くに座って一緒にご飯を食べたいが、あのテーブルは満員だな。


 どうするアズモ。どこに座る?

 恐らく自由席だろうし、好きな所に座ろうか。


『あそこの端っこの席とかどうだろうか、周りに人がいない』


 おいおい、入園一日目からボッチ飯なんてしていたら友達が出来なくなるぞ。

 流石に誰かが居る所に座ろうぜ?


『友達なんて出来なくていいだろう。私とコウジの二人でも会話は出来る。お前がしようとしている楽しい食事も私達だけで会話が出来るのだから十分だろう』


 うーん、それでも良いんだけど、俺としてはアズモ以外の友達も欲しい。

 そうだ、あっちの方の端っこにいる黒髪の子。

 あの子も一人でご飯を食べているな。


『まさかその子と一緒にご飯を食べようとしているのか。私達も一人で食べればいいではないか』


 知っているか。

 ご飯は複数人で食べた方が美味しいんだ。

 さ、今度は俺が歩くからアズモは身体の力を抜いてくれ。


『はぁ、しょうがないな……』


 俺は一歩一歩ゆっくりとその子の前の席まで歩く。

 たっぷりと時間を掛けて目的地に着いた。


「座る」


 俺が知っている異世界言語から適してそうなのを言って、トレーをテーブルに置いた。


 瞬間、教室中の音がピタリと止み、嫌な空気が流れた気がした。

 訝しんで周りを見渡すが、その時にはもうさっきまでの保育園のお昼休み特有の楽しそうな空気に戻っていた。


 今の空気感は何だ。

 アズモは感じたか?


『感じた。嫌な空気だったな。……その子と食べるのは止めた方がいいのではないか? きっと、その子はいじめられている。コウジ、お前の言う楽しい保育園生活を送るためには、初日からそのような子と接点を持つのはよした方が良い』


「俺、アズモ」


 またさっきと同じような静寂の時間が訪れる。

 今度はさっきよりもはっきりと感じた。


『あ、おい! 何をしている! よせと言っただろうに!』


 二歳児でいじめなんてよくない。

 いや、いじめ自体がよくないんだが。


 こんな早い時期にいじめなんて、される方もする方も今後の自分の在り方に歪みが生じる。


 ほら、座るぞアズモ。


『ああ、もう……知らない。やりたいようにやればいい』


 席に座ってその子を見る。

 綺麗な黒髪で片目が隠れている、白磁のような肌に、生気のない目。

 全体的に幸が薄そうなのが特徴の女の子だった。


「俺、アズモ」

「……」


 その子は、油断するとどこかに消えてしまいそうな雰囲気を纏っていた。


「俺、アズモ」

「……」


 もしかしたら明日にはもういないかもしれない。

 何故かとても儚く感じる女の子。


「俺、アズモ」

「……」


 俺はその子を見て笑う。

 この子は一人しちゃいけない。

 この子の目を覗いた時にそんな予感がした。


「俺、アズモ」

「……」


「……私はスフロア」


 何故か彼女はそう言いながら涙を一つ零す。

 それが、俺とアズモとスフロアのファーストコンタクトだった。




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