四十四話 「まさかその身体に自我があったなんて想定外でした」
お前は何者なんだ。
そう問われたオミムリはスズランを撫でるのを止めた。
静かに立ち上がり、生気の無くした顔を見せる。
「探られているとは思っていました。ボロが出ないように気を付けながら喋っていたつもりでしたが、つい余計な事まで言ってしまいましたね」
「否定しないんだな」
ディスティアがそう言い俺達を守るように前に立つ。
スズランも毛を逆立て威嚇する。
「ここでどう繕おうが疑われた時点でもう終わりですよ。貴方達竜王家に調べられたらどうせ詰みです」
スズランも応戦態勢に入っているが、エクセレの時みたいな失敗はしたくない。
不必要な損害は出さない方が良い。
「スズランこっちに」
下がりながらスズランを回収する。
万一の時の戦闘要員として還す事はせず抱える。
「へぇ……スズランちゃんですか。コウジ君は鈴蘭が好きだったのですね」
「どうして名前を……!?」
アズモの身体で生活を共にしている俺の名前を知っている人なんてほぼ居ないはずだ。
何故この男は俺の名前を知っている。
どこで、俺の名前を知ったんだ。
自然と顔が強張る。
真面目そうなイメージしか無かったオミムリの影はもう無い。
今はもう何をして来るか分からない恐怖感しか抱けない。
「酷いですね。そう警戒しないでくださいよ……。泣いちゃうなあ……。折角この世界に連れて来て強い身体と家族をプレゼントしてあげたのに……。まさかその身体に自我があったなんて想定外でしたけど、それが駄目だったの? ねぇ、コウジ君……?」
オミムリの瞳から涙が流れ出て来る。
それと同時にオミムリの顔がドロドロと溶け出した。
顔だけでは無かった。
身体も、服も、眼鏡も全て溶けだし形が変わっていく。
新しい形になっていく。
「初めてコウジ君を見た時はこの顔でしたね」
そう言って変化を止めたオミムリの姿には元の面影が全くなかった。
目鼻立ちの整った顔にそばかすと金髪青目。
オレンジのフレアトップスにオレンジのフレアスカート。
「え……」
その姿に見覚えがあった。
俺がまだ中学生の時に駅で困っていた海外の人。
誰にも声を掛けられていなかったので、俺が話し掛けた。
目的地の行き方を教えたら凄く感謝され別れた。
後日駅でまた同じ女性に会った。
その時、「あの時はありがとうございます。今から食事に行きませんか」と誘われた。
その日は歯医者に行く用事があったので断った。
しかし、また駅で同じ女性に会った。
同じように誘われ、その日は用事を終えて暇だったので駅の近くのファミレスでパフェを御馳走になった。
話していたら最寄り駅が一緒だった事が判明し、それ以降も時々駅で会うので一言二言交わす仲になった女性。
「フレンダさん……?」
「嬉しいです。覚えていてくれたのですね……。じゃあ他のも覚えていますか」
フレンダが溶けていく。
ドロドロした液状の物になり、違う人型を次々に形成していく。
中学校で花の手入れをしていたお婆ちゃん。
部活で試合に行った先で仲良くなった男の子。
高校生になった俺のバイト先によく来た気のいい常連のお兄さん。
通学に使っていたバスでよく隣同士になったサラリーマン。
よく行くコンビニで働いていたお姉さん。
どれも俺の見知った顔だった。
知っている顔が増えていく度にゾワゾワが増していく。
ひたすら怖い。
俺と親交のあったあの人達は全部、オミムリだったんだ。
いや、オミムリもこいつの変身先の一つでしかないのか?
オミムリは尚も変化を続けていく。
「やめろ、ストーカー。私の弟が怖がっている」
「何を言っているのですか、コウジ君は貴方達の弟ではないですよ」
オミムリは変身を止めフレンダの姿になる。
「お前こそ何言ってんだよ、コウジは弟。私達の家族なんだよ」
「家族……? いずれ返して貰いますよ、私が一時的に貸し出しているだけに過ぎませんので」
「させるかよ。お前はここで捕まえる、それで終わりだ」
そう言うや否や、ディスティアはフレンダに回し蹴りを叩きこむ。
避ける事も出来ず、蹴りをまともに食らったフレンダの頭が吹き飛ぶ。
フレンダの頭は地面にぶつかると液状になり広がる。
「おいお前ら! 私の後ろで固まっていろ!」
ディスティアが俺達、十五組に向けて叫ぶ。
各々対抗戦に向けて動いていたクラスメイトは皆、手を止めこちらを驚きながら見ていた。
「早くしろ! なるべく近くに来い!」
もう一度ディスティアに叫ばれたクラスメイトはハッとなり動く。
全員慌てて走り俺の周りに集まってきた。
「え、やばやば! 何がどうなってんのこれ!?」
マニタリが俺に向けてそう言って来る。
「僕らは話聞いていたけど、アズモちゃんがオミムリ先生の正体を暴いたって所だよね。でもさ、一つ分からない事があるんだけど。……コウジって誰?」
「それは…………」
アズモの身体に中に入って今こうして喋っている俺。
俺がコウジだ。そう言えたらどんなに楽なんだろうか。
だが、言わない方が良いって事を痛感した。
魔物の誰しもが人間に良い感情を抱いているわけではないのだ。
知っている者は極力少ない方が良い。
だが、本当にそれで良いのか……?
そう悩んだ瞬間、爆発音が聞こえた。
何が起こったのか音の方向を見ると、オミムリでありフレンダだった物の残った首から下が爆ぜていた。
ドロドロした液状の身体は凄まじい勢いで分裂し、その勢いのままディスティアに向かっていく。
あんな物が身体に当たったら……。
——全身を貫いたら分かるか。
エクセレが俺に言った言葉がフラッシュバックする。
ディスティア姉さん……!!
「——舐められたものだな」
ディスティアは息を吸い、青い炎を吐く。
広く噴出された炎は迫っていた物を全て包み込み蒸発させた。
「残りは頭だけか。加減が苦手だから先に分けといて正解だったな」
「強い……」
誰かがそう呟いた。
一瞬、ディスティアの負ける姿を想像してしまったが、直ぐにそれは払拭された。
ディスティアは強い。
「あぁー……。やっぱりネスティマス家はまともに相手にするものでは無いですね。コウジ君にカッコイイ所を見せたかったのですが」
地面に散って溶けた頭から声がした。
見ると、口だけが生成されていた。
「私を相手にお前如きが善戦出来る分けがないだろ。さっさと観念しろ」
ディスティアは俺達の前から動かずにブレスを吐き、オミムリの身体を消失させていく。
「このままじゃ不味いですね。捕まったらコウジ君の観察が出来なくなっちゃうのですが」
口だけになったオミムリがそんな事を言う。
「不味い、じゃなくもう終わりなんだよ。安心しろ、監視付きだが実家で飼ってやるよ」
「それも魅力的ですが、嫌です。ですので、逃げます」
「おいおい、この状況で逃げられると思っているのか」
「はい。味方がいますので」
「味方だと……?」
ディスティアが小さく震えた。
味方。内通者の味方なんてそんなの思い当たるのが一人しか居ない。
「助けてください、召喚」
オミムリが残った口でそう言った。
すると、オミムリとディスティアの間に雲が現れる。
とても見覚えのある雲だった。
あの日、教室でいきなり目の前に現れた物と一緒。
無秩序に漂っていた雲は人型になり、晴れる。
出て来るのは勿論エクセレ。
あの日、教室に出現し地獄絵図を作り出した天災指定竜エクセレがまた俺達の前に現れた。
オミムリ「あぁ、絶望した表情も素敵です…」
この性別不詳ストーカーの住処には部屋一面に誰かの写真が飾ってあるとかないとか。
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