三十九話 「アズモさんは知っておいた方が良い事です」
「ナーン」
俺の召喚した猫が鼻にかかったような泣き声を上げる。
おばあちゃんの家で猫を飼っているので触った事があるが、あの時全く同じ触り心地だった。
だが、そうなって来ると問題がある。
「なんなのこの生き物。ラフタロウとは比べ物にならないくらい弱そうね」
「羽は無いけど、フェレガっていう魔物に似ているね。ちょっと調べてみたいね」
「キノコ食べてくれるかな……」
この世界には猫がいないのだ。
似た形をしている魔物や動物はいるが、そっくりそのままの姿をしている生き物は見た事がない。
召喚魔法、どこから召喚しているのか、何を元に召喚しているのか原理は分からない。
だが、猫を召喚出来るという事は、召喚魔法は別の世界と通じていると考える事が出来るのではないか。
もしかしたら、俺もこの魔法でこの世界にやって来た?
いや、そんなわけないか。
あの親父と、一家の目を盗んでアズモの身体に何か出来る輩がいるわけがないな。
それに俺が召喚される程、有用な人物じゃ無いし。
『実際そんな事をされた記憶がない』
じゃ、違うな。
相変わらず俺がこの世界になんでいるのかは謎のままだ。
「あ、キノコだけど毒キノコじゃなかったら食べるぞ。雑食だからな」
「ほんと!? じゃあ、ほらお食べ~」
「アズモちゃんはこの生き物を知っているの?」
「うーん、知っていると言えば知っているけど……」
ムニミィメムリがそう聞いて来るが、俺はその返答に困る。
果たしてこの生き物は本当に猫なのだろうか。
姿形は完璧に猫だ。それは間違いない。
だが、こいつの元は実家によく化け熊を投げ込んで来ていた化け花だ。
あの花を触媒に召喚したこの生き物は本当に猫なのか?
「俺も詳しくは知らないけど、実家ではよく見たな」
「そうなの? 今度見てみたいな」
「機会があったらな……」
結果俺は濁す事にした。
召喚されたこの猫みたいな生き物は、俺の事などお構いなしにマニタリから差し出されたキノコをガツガツ食べていた。
「名前が無きゃ呼ぶ時大変よね! アズタロウとか良いと思うわ!」
「それは無い」
ラフティリにそんな提案をされたら、即答で断る。
その名前をつけたらアズモに嫌われてしまうし、俺自身も遠慮したい。
しかし、名前か。
あの花の正式名称は確か、万喰らいのキンディノスフラワー。
どうせなら、元の名前に関係するような名前をつけたい。
「こいつの名前は……スズランだ」
「ナーン」
今日からこいつには、スズランとして生きてもらう事にした。
キンディノスフラワー、名前にフラワーとついている通り、こいつの元は花。
翻訳機を取ってキンディノスフラワーって聞いたらちっともフラワーという単語は聞こえなかったが花は花。
元は禍々しい色をしていたが、今は純白。
俺が一番好きな白い花の名前をつけた。
まぁ、スズランもこの世界で見た事は無いけどな。
「スズランちゃんかー、もっとキノコ食べるー?」
「ナーン」
「そう言えば、ブラリは行かないの」
ラフティリがふとそんな事を言う。
ブラリと言えば、朝なのに俺の話を聞くや否や召喚用の触媒を取りに行っていた気がしたが、やらなくて良いのだろうか。
「僕は良いかな。よく考えたらこれ大切な物だったし、取っておきたいんだよね」
ブラリの手元には、角が握られていた。
白い綺麗な角だった。
ブラリは何とも無い風に言うが、ブラリの斜め後ろに立っているスフィラには少し表情に陰りがあるように見えた。
ブラリお付きの従者こと、スフィラ。
普段から表情の乏しい彼女だが、今は悲しそうな表情をしているように見えた。
あの角は一体、なんなのだろうか。
—————
「ダフティ、今日の授業でブラリが角を持ってきたのだが、何か知っているか」
「角ですか……?」
おいこら、アズモ!!!
お前何で聞いてんだよ!
触れちゃいけなさそうな雰囲気醸し出していたじゃん! ねえ!
授業を終え寮でゴロゴロしていたら、アズモがぶっこんだ。
久しぶりに自室に居る時に口が動き出したから「アズモがここで喋るなんて珍しい」と思って大人しくしていたらやられた。
ダフティは今年の新入生代表挨拶を務めたエリート。
なんとこの子は、俺と同じ十五組でいつも馬鹿な事をしているあのブラリの双子の妹だ。
『あのいつもヘラヘラしている奴があそこまで神妙になる物の詳細が気になった。後は頼んだぞ、コウジ』
こいつほんと……。
「あー……、なんと言うか今日召喚の授業があったんだよ。そこで召喚用に角を持参して来て」
「まぁ、ディスティア先生は他の先生と毛色の異なる授業を行うので面白いですよね」
「はは、そうだよね……」
「それで角ですか。どのような角でしたか?」
「えっと、こんくらいの大きさで白い角」
俺が手で大きさを表しながら説明すると、ダフティは「うーん……」と言いながら考え込む。
「何を指しているのかは分かります。ですが、あの兄様が本当にその角を持って行ったというのがいまいち信じられません」
「たぶん言いづらい事だよな、スフィラも神妙な顔していたし。ごめん、忘れて」
「いえ。アズモさんは兄様と仲が良いですし、知っておいた方が良い事だと思います」
ダフティは悩んでいたが、意思を固め話し出す。
「恐らくその角は、昔兄様が家族に内緒でどっかから連れてきた魔物の角です。私達が気付いた頃にはその魔物は兄様に物凄く懐いていた事もあり、そのまま家で飼う事になりました」
「その魔物はフィラフトと名付けられ、大変可愛がられました。しかし、ある日事件が起こります」
「事件……?」
「はい。今でも忘れられません。ある日、兄様がフィラフトを連れ何も言わずに、ダンジョンに潜りました。スフィラが兄様の居ない事に気付き、私とスフィラであちこち探し周りました」
「やっとダンジョンに辿り着き兄様を見つけました。するとそこには、地面に座り込み声を荒げる兄様と、三名の冒険者、そして血を流し倒れるフィラフトの姿がありました」
「……!?」
言葉が何も出なかった。
アズモの好奇心で聞き始めた話だったが、こんなにもハードな物だったとは。
「私も衝撃が凄く、そこから先の事はよく覚えていないです。ですが、ここから兄様の人間嫌いが始まったと思います」
「人間、嫌い……?」
「その冒険者は人間の方でした。状況から推察するに、冒険者がフィラフトを傷つけた。ですので、兄様は人間を嫌い始めたのだと思います」
人間嫌い。
その言葉は人間として生きた俺には引っかかる言葉だった。
「この国は、人間と親和性が高い国です。どうにかして兄様が大人になるまでに、それを克服してくれないと……」
「……なるほど。あの角はそういう事だったんだな。言いづらい事だっただろうに、言ってくれてありがとう」
「いえ。アズモさんは知っておくべきだと私が判断して、私が言った事です。ですので、気にしないで頂いて大丈夫です。ただ、これからも兄様と仲良くして欲しいです」
「勿論それは任せてよ。あいつは一緒に居て退屈しない奴だよ」
「そうでしょうね」
ダフティはそう言い笑った。
話が終わったタイミングでドアが開かれる。
「消灯の時間だよー。今日も一日おつかれ、おやすみー」
同室で、俺とダフティの監督を任されている六年生イエラだった。
イエラが布団にダイブしながら器用に灯りを消して部屋が暗くなる。
「おやすみなさいです」
「おやすみ」
俺も欠伸をしながら布団に潜る。
その内、両隣から寝息が聞こえた。
なぁ、アズモ。
『なんだコウジ、寝ないのか』
良かった、起きていたか。ちょっと寝られなくて。
『ふむ……。私もだ』
なぁ、アズモ。
『なんだ』
内通者ってブラリなんじゃないか?




