四話 「アズモちゃん! 初めまして! ルクダだよ!」
「¥+ー、せんせー、@+子——?」
先生に抱えられている俺達に気づいた女の子が近づいてきてそう言う。
相変わらずこの世界の言葉が分からないので、何を言っているのかが全然分からない。
なんとか分かったのは、「先生」と「子」っていう単語だけ。
その二つの単語の意味がちゃんと合っていたら、「あれー、せんせー、その子だれー?」と言った感じだろうか。
「ルクダちゃん、@*子はねー、アズモちゃんって言うんだよー」
お、おぉ……言葉が分かりやすい。流石保育園の先生。
難しい言葉を使わなくて、ゆっくり丁寧に喋ってくれるから俺でも分かる。
女の子の名前はルクダで合っているよな?
ちゃん、って言葉は名前の後に使われるっていう認識で大丈夫そうだ。
あと、早急に「あれ」「その」「これ」と指示語を覚える必要がありそうだ。
日本でも指示語は小学校に入ってすぐ習った気がする。
やっぱ大事な言葉なんだな。
先生は胸に張り付いていたアズモを反転させ、ルクダと対面させる。
ルクダは、青い髪を肩まで伸ばしたアズモと同じくらいの身長の活発そうに見える可愛い子供で、一見普通の人間に見えるが、その綺麗な青い髪からちょこんと二つの丸い耳が見えていた。
「アズモちゃん! <>‘P?’P=K’―! ルクダだよ!」
あ、これ挨拶されているよな。
なんて返せばいいんだ。
この世界で俺の知っている挨拶なんて一つもないぞ。
どうするか……。
アズモ、なんか初対面の人に言うのに適した言葉は知らないか?
『うぅん……』
まだ転移酔い治ってなかったんかい!
頼みの綱だった現地人のアズモがこんな感じだと俺一人でどうにかするしかない。
とりあえずは、言葉が駄目なら動きだ。
ジェスチャーで上手く伝えればどうにかならないか。
手を振ったり、足をブラブラさせたり、身体を揺らしたりしてみた。
……やってみたけど、初めましてを意味するジェスチャーってなんだ?
「%$‘」&%。#$#<&」
俺の行動に何を思ったのか、俺を抱えている先生が何かを言い床に俺を下した。
身体を動かす俺が何かしたいように見えたから、好きにやらせてみようという所だろうか。
でもな、先生。俺達は周りで遊んでいる子みたいに歩くことはおろか、はいはいも出来ないんだ。
俺はこの後バランスを崩して転ぶであろう自分の姿を想像して目をギュッと瞑る。
しかし、待っていても想像していた衝撃がこの身を襲う事は無かった。
……あれ、何故倒れないんだ。
もしかして今だったら歩けるか?
俺は、ルクダの位置を確認して近づいてみる。
問題なく歩くことが出来た。
軽く感動を覚える。
これはもしかするとあれか?
アズモが転移酔いでグロッキー状態になり完全に脱力している。
その結果、身体を動かせるのが俺しかいない。
俺一人だけが身体を動かそうという力を加えられる事になり、身体を動かすのが上手くいっているとでも言うのだろうか。
ただ、何回かやってみないと分からない。
家に帰ったら確かめてみよう。
今は目の前のルクダにコミュニケーションをとろう。
「ルクダ。俺、アズモ」
そう言い俺はルクダに右手を差し出す。
このくらいの言葉なら俺でも喋れる。
それに足して握手だ。
握手ならどこに行ってもちゃんと「友好の証」みたいな感じに伝わるだろう。
「……!」
だが、ルクダは俺の手を握る事はなかった。
それどころが驚愕して俺の顔を見てくる。
何度か俺の右手を見ては顔を見るを繰り返す。
やがて、ルクダはニヤリとした表情を見せた。
「ルクダに#<##MFsR#<PK#P$#K! “<MGOW$K*!」
ルクダは俺の顔を見ながら楽しそうに言う。
直後、ルクダの両腕が肩から指にまで青色のモコモコした毛が生えてくる。
毛はフワフワ感で一見分かりにくいが、腕自体が一回り太くなった気がする。
よく見ると爪が伸び、鋭くなっていた。
さっきまでは無かった牙が口元から見え、目つきが少し獰猛になった。
そんなルクダを見て俺は、酷く困惑していた。
あれ? 俺は対応を間違えたのか?
まさか、この世界って握手が「おい、決闘しようぜ?」みたいな感じに捉えられているのか?
いやいやいや……そんな事ってあるか?
地球ではサッカーの試合前に行われるくらいメジャーなやつなんだぞ……いや待てよ。
考えてみればあれも「これから戦おうぜ!」というのと大して変わらないのか。
実は、握手って「友好の証」ってよりも、「決闘しようぜ」って意味合いのが強い!?
というか、この子のこの感じは熊だ。
ルクダは熊型の何かの魔物なのか?
熊だけは駄目だ。転生初日のトラウマが……。
「行くよ!」
——嫌な予感がして俺は両腕をクロスして胸の前に構えた。
刹那、両腕に重い感触がズンと来る。
一メートル程後ろに飛ばされたが、倒れずにグッと堪えた。
これは不味いな。
今の一撃で前に構えていた左腕の感覚が飛んだ。
あんな一撃を二歳児で生み出せるのは、彼女も立派な魔物であるという証拠か。
そしてあれを受ける事が出来た俺もちゃんと魔物なのだろう。
はいはいが出来なくてもちゃんとモンスターだったんだ俺は。
まあ、そんな事を考えている場合じゃないな。
あんなのをもう一発食らったら、今度はただじゃ済まないだろうというのが直感で分かる。
頼むぞ、アズモ。そのままグロッキー状態でいてくれ。
片腕を前に突き出したままのルクダを見る。
アズモが復帰するかどうかの時間勝負。
ルクダには悪いが、速攻で決めさせてもらうぞ。
カッコイイ口上を唱えたいものだが、唱えられる程この世界の言葉を理解出来ていないので我慢する。
「俺、行く!」
頼むぞ、チートみたいな血統!
ルクダまでの距離を一瞬で詰める。
そのまま殴ると見せかけジャンプでルクダの後ろに回る。
着地と同時に反転し、その勢いのまま横薙ぎの蹴り。
確かな手応えだ。
しかし甘かったか。
バックステップで距離を取りもう一撃入れる準備をする。
ルクダの初撃は足によるものだった。
青色の毛で包まれた足による蹴りは二歳児のものとは思えない程硬かった。
あれは、ルクダの種族的な特徴だろうか。
ならば、毛で覆われていない所を狙った方が良い。
胴体を狙うか、顔を狙うか……やばい、なんか戦いが楽しい。
この一年間満足に動くことが出来なかったせいか、それとも竜王の子供としての定めか、身体を動かすのが楽しくてたまらない。
俺はルクダを見る。
ルクダは楽しそうに笑っていた。
きっと俺も同じような表情をしているのだろうか。
一度目を瞑り気持ちを落ち着かせる。
……さて、もう一発だ。
ルクダを目掛けてもう一度駆ける。
ルクダはそんな俺を見ても動かない。
それどころか掌底の構えに入る。
面白い。蹴りを入れるつもりだったが、こっちも拳でいこう。
どっちが強いか勝負だ。
「——ぐぇ」
「——ゎ」
しかし、脳天に物凄い衝撃が走って勝負の続きは叶わぬものになった。
——
気が付くと俺は正座で先生に怒られていた。隣にはルクダの姿もある。
何があったんだ。
『やっと気づいたのか、コウジ』
お、アズモ。グロッキーは収まったのか?
『お陰様でな。お前とルクダがいきなり決闘し出した仲裁にこの先生とやらがお前らを気絶させたらしい。お陰様でたっぷり寝られた』
あ、ゴメンナサイ……。
『全く……』
と、ところで、ルクダが泣いているな!
さっきまでは、獲物を前にした熊みたいな獰猛な雰囲気を纏っていたのにな。
『コウジ、それはお前もだ。……やばい、楽しいな。とか考えていたのは忘れんからな』
いや、本当にすまんかった。
精神年齢十八歳なのに中二病みたいなノリで恥ずかしい限りです。
『私も……私だって身体を動かしたいのに! コウジだけずるいぞ!』
あー、そう来たか……。
今度は俺が全力で身体の力を抜いてみる。
それでここはどうか収めてくれないか?
『約束だからな! ……しかし、外の世界って出てみたら案外こんなもんなのだな。確かに隣にいるルクダは先生の剣幕に泣いているが、私達にとっては何言っているか理解出来ないからな。凄みも父上とは比べ物にならないくらい劣るし』
違いないな。
『フッ……やはり父上は最強』
「アズモちゃん“<$P’$$#=P$’#’!」
アズモと脳内会話で談笑していると、先生の矛先が俺達に向いた。
その時の俺達は知る由も無いが、その説教はそこから二時間続いた。
言葉が分からないので、何を言っているのかはほとんど理解出来なかった。
だが、相当な罵倒をされていた気がする。
なお、ルクダは俺達よりも先に解放されていた。
去って行く時に泣きながら「アズモちゃんごめんね」と言っていた。
ルクダはなんていい子なんだ。
そう思うのと同時に、「2歳児になんてことを言わせるんだ俺は……」と罪悪感に苛まれた。
初めて戦闘描写を書いてみました。
まだ拙いものがあると思いますが、成長していくので見守っていてほしいです。
追記、修正しました(2022/9/17)