二十八話 「貴様を殺しに来た」
風呂の問題や言語の壁があるものの、学校生活はそれなりに順調だった。
朝は保育園からの友達であるルクダとスフロア、それと同室で新入生代表挨拶を務めたエリート新入生ことダフティ、同クラスでフィドロクア兄さんの愛娘ことラフティリの五人で固まって食堂飯。
エリート新入生のダフティと、竜王のネームバリューでなんとか裏口入学出来たと言っても過言では無い俺達の監督官兼、面倒を見てくれるはずの同じく同室で六年生のイエラ。
なんと彼女はあろう事かまだ部屋で寝ている。
本人は「朝は弱いんだよにぃ……」と芸術的な寝相で、寝言のように言っていたが、果たしてそれでいいのだろうか。
ルクダとスフロアの監督官は「イエラさんが居てくれるなら心強いですわね~。部活で朝は早く出ないといけないので助かりますわ~」と初日だけ起きて来たイエラを見てのほほんとしながら言っていたが……。
いったいあのものぐさ朝弱大きいお姉さんのイエラが、
学校でどういった優等生で通っているのかが不思議である。
自分で言うのもあれだが、魔王の娘と竜王の娘を任せられるなんて素行や成績、人望など諸々が相当よろしくないと抜擢されないだろう。
なお、ラフティリは六年生の監督官に何の相談もせずに来ている。
最初の内は眼鏡をかけた大人しそうな人があわあわしながら遠くの方でこちらを眺めていたが、今はもう全てを諦めたような顔でこちらを眺めている。
きっとあの人がラフティリの監督官なんだろう。
話した事は無いが、苦労人というイメージを既に抱いてしまった。
「……ちょっとアズモ! あんたの所は来週から始まるクラス対抗戦誰が出るのって聞いているんだけど!」
「ああ聞いているぞ。あの眼鏡の人が苦労してそうだよなって話だろ」
「全然聞いてないじゃない!」
「わぁー、ラフティーちゃん朝からいっぱい食べるねー!」
「ふふーん。モリモリ食えばモリモリ強くなるってパパが言っていたもの。ってダフティなに笑っているのよ」
「朝から賑やかなのが楽しくてつい。あ、頬にご飯が付いていますよ、スフロアさん」
「あ、ありがと……ってああああもぉぉおおおお!!!」
朝食をこのように優雅に過ごしたら、身支度を整え登校する。
イエラはだいたい俺達が鞄を背負って部屋を出る頃には、何故か完璧に身形が整っており俺達を先導しながら歩いていくのだった。
「だーかーらー、来週からのクラス対抗戦僕と一緒に出てよアズモちゃん。ねー、聞いてるー? ねーってばー」
「聞きたいのは山々なんだけどな、ほら見てよ前。先生のあの顔」
前の席に座っているブラリが後ろを振り返りながら話しかけてくる。
魔王立スイザウロ学園。
初・中・高等部が全てくっついて居を構えるこの学園は小国程度なら軽く包含出来る大きさで造られている。
その一端である初等部。
さらにその一端である一年十五組。
噂によれば入試時の記録を元に、成績上位者から一組、二組、三組とクラス分けをしているらしいこの初等部のラスト組。
言っちゃえば底辺組だ。
そんなクラスで授業中だと言うのにベラベラ喋りかけてくるブラリ・スイザウロ。
こいつは今年の新入生代表を務めたダフティの双子の兄である。
一体どこで道を間違えたら兄妹でこんなに変わってしまうのだろうか。
「わー、人ってあんな顔出来るんだね。どうやっているんだろうね、あの笑っているように見えて一切笑っていない顔」
ブラリは相も変わらずにのんびりと話しかけてくる。
心臓の強さは流石魔王の息子といったところか。
「あれは怒っている顔なんだよ、先生の。お前が授業中だっていうのに話しかけてくるからピキピキしてるの」
「ブラリさんとアズモさん……またですか?」
眼鏡の奥から鋭い眼光を飛ばしながらアスミ先生が言って来る。
「またお前のせいで俺まで怒られそうじゃねーか。入学してからそんなに経ってないはずなのにもう二桁は怒られているぞ、お前のせいで」
「まあ、まだ分からないよ。もしかしたら本当に笑っているかもしれないよね」
「いや、あれは確実に怒っている。巨熊でも一薙ぎで破壊しそうな顔だって」
「うーん、確かに。僕がそこら辺にいる子供だったらあの顔を見て泣いていたかもね」
ブラリとアスミ先生の顔の事を話出したら、何かが「プチッ」と切れる音がした。
「大人を舐めるなよ、クソガキ共が……今日こそは徹底的に教育してやる……」
「やばいぞ、ブラリ。今日のアスミ先生は何かが違うぞ」
「そう言えばアスミ先生は昨日合コンに行っていたらしいね。僕の優秀な部下がそう言っていたよ」
そう言ってブラリは右隣りを横目に見る。
ブラリの右隣りに座っているおかっぱボブ娘はこちらを一切振り返らずに、俺達に見えるように一瞬だけサムズアップをした。
まだ短い付き合いで主張も全く無いためいまいちこの子のキャラクターを掴めていないが、きっと優秀な子なんだろう。
「それでこんなになっているって事は……」
「収穫が無かったんだろうね」
「ギイィイ……」
「先生の口からちょっと炎出てないか? これは流石に不味くないか、なぁ?」
「ブラリ様逃げましょう」
「そうだね。じゃあ一足先に失礼するよ、じゃあねアズモちゃん」
そう言ってブラリとおかっぱボブ娘はベランダの方から逃走していった。
「あの野郎! 焚き付けるだけ焚き付けやがって!」
『コウジ私達も逃げよう』
身体の本来の持ち主、アズモが俺に話しかけてきた。
全寮制の学園生活に免疫の無いコミュニケーション弱者のアズモは、常に周りに誰かがいる状況に辟易して会話はおろか、身体の操作も全て俺に丸投げしている。
「ああ、言われなくても! おいこら、ラフティー起きろ!」
「むむむにゃ? お、起きているわよ? 寝てないわよ?」
「そうだな、起きているな。じゃあ状況は分かるよな、逃げるぞ」
「も、勿論だわ。逃げればいいのよね、行きましょう」
俺達は廊下にダッシュで向かっていく。
視界の端では、クラスの面々が「流石に今回はやばそう」と察し蜘蛛の子を散らすように教室から脱出していた。
今回はやばそうとは言うものの、実はこうやって逃げるのは初めてではない。
定期的にブラリがアスミ先生のラインを超える発言をしてその度に逃げる。
このクラスのちょっとした風物詩になりかけている現象である。
なんと言うか、これでいいのだろうか。
これが日常になるのは不味くはないだろうか。
でもきっとこれが日常になってしまうんだろうな……。
『コウジも学園生活が嫌になったか?』
馬鹿言え、めちゃくちゃ楽しいわ!
こんな楽しい日がずっと続けばいいなって思っているわ!
『じゃあ、それがフラグにならないように生き延びなければな』
——その時。
「これはこれは、相当面白い授業をしているようで」
それは急に現れた。
俺達が逃げようとしていた教室の後ろの出入り口。
白い雲のような物。
その雲のような物から声が聞こえる。
「私の時は学校と言うものが無かったからとても羨ましいよ」
雲はだんだんと人型を為していき、やがて人の形になる。
「授業の邪魔をしてすまないね、先生。私の名前はエクセレ。エクセレ・ネスティマス」
「…………え?」
いきなり現れた女性に皆が身動き出来ずに固まっている中、先生が反応する。
喉の奥底からやっと絞り出したような声だった。
「……エクセレ・ネスティマス」
「おや、私の事を知っているのかな。面識は無いはずだが、まあいい」
名前を呼ばれた女性は一瞬だけアスミ先生に視線を飛ばす。
視線を向けられたアスミ先生は、身じろぎ一切出来ずに女性と見つめ合う。
興味を失くした女性が視線を逸らすと、アスミ先生は座り込んでしまった。
「貴様がアズモだな。我等が誇り高き龍の血を汚す者」
エクセレと名乗った女性が、アスミ先生に向けていた視線を俺の方に向ける。
灰色の前髪から覗く切れ長な目。
その目には憎悪が混ざっているように見えた。
「貴様を殺しに来た」
ちなみに、アスミ先生は合コンで狙っていた男に熱烈なアプローチをしたものの、
「顔が怖い……」と言われ砕けたらしい。
すみません、超お久しぶりです。
シレっとなろうに帰ってきました。
ここから凄い勢いで物語は進んでいきます。
暇なので暫く毎日二話投稿くらいします。
次話は今日の21時に出ます。
ブックマークや評価で書く速度が上がります。
よろしくお願いします。




