二十七話 「俺、心は男の子なんです」
「俺今までお風呂入った事ないんですよ」
「アズモちゃん、お風呂は入らなきゃ駄目だよ。そんなにお風呂に入りたくないのかい」
「本当なんですよ」
「そうなのかい? じゃあどうやって、清潔感を維持しているのさ?」
当然の疑問だろうし、当然の反応。
イエラからは風呂嫌いの子供がイヤイヤ言っているようにしか見えないだろう。
しかし、こちらにも譲れないものがある。
「親父が何かしらの魔法を使って綺麗にしてくれていました。何か全身に薄く水を纏わせるんですよ。それを振動させて綺麗にするみたいな。お風呂の代わりに魔法じゃ駄目なんですか?」
俺は事実を淡々と述べていった。
これが風呂に入らなかった全てだ。
風呂に入る必要が無かったら入るわけがない。
俺には日本人特有の「のんびり湯船に浸かりたい」なんて気持ちは全く湧かないんだ。
というか何で異世界にもお風呂があるんだよ。
シャワーで十分だろ。
「アズモちゃん……それは竜王様だから出来たんだ」
イエラは俺の駄々に思案顔になっていたが、俺の予想していた物とは全く違う答えが出て来る。
「……え?」
「素人が見様見真似でやったら火傷する奴だよ、それ。凄く簡単に言うけど、水って振動させる事で沸騰するんだ」
あー、言われてみたら学校で聞いた事があるぞ……。
「じゃあ、その魔法を使える人は……」
「少なくともこの建物内には居ないだろうね。もし出来るとしても、そんな危険な事をやりたがる人なんていないと思うよ」
「そんな……」
……これもう正直に言った方がいいな。
「俺、心は男の子なんです」
「ごめんねー。時間が勿体無いから、連れてくよー」
「うわああああ! 離せええええ!」
—————
「アズモじゃない!」
「アズモちゃんだー」
「アズモもこの時間なのね」
「なんで皆揃っているんだよ……」
とても、とても気まずい……。
強制的に女湯に連行された上に、知っている人がいる。
しかも内二人は五年間の付き合いがある異性。
いや、アズモも女の子だから異性では無いんだが。
こんな状況で俺は一体どうすればいいんだ……?
いっそのこと洗いっこでもすればいいのか?
「時間は限られているから次の人達が来る前に皆済ませるんだよー」
「「「「はーい」」」」
六年生のお姉さんが全体に声をかけると、集まっていた一年生の皆が返事をして服を脱ぎだす。
「どうして皆は服を脱いでいるんだ?」
脱衣しだした方を見ないように顔を逸らし、当然のように俺の近くに来ていたスフロアに質問をする。
急に服を脱ぎだすなんておかしいと思う。
「当たり前じゃない。お風呂なのよ」
「初耳だ。俺の故郷では服を着たまま入浴していた」
「あれ、さっきアズモちゃんはお風呂に一回も入った事が無いって言って無かったかい」
「あー、そうでしたー」
近くに居たイエラによって俺が作りだした幻想は儚くも散っていった。
「もしかしてアズモは恥ずかしがっているのかしら?」
スフロアがニヤニヤしながら言って来る。
くそ、俺にも手が無いわけではないんだ。
こういう時に頼りになる相棒が俺にはいるんだ。
助けてアズモ!
『無理だ……人が多い……』
アズモおおぉぉぉ!
どうしてへたっているんだよ!
普通逆だろうが!
「もう諦めたら? いっそのこと早く入って早く出た方が軽傷で済むとは思わないかしら?」
動きが少ないけども迫真の百面相を披露する俺を見て何かを察したスフロアが提案をしてくる。
「……そうする」
アズモ、せめて服は自分で脱いでくれ。
俺がやるには色々とキツイ。
『分かった』
アズモが制服のボタンに手をかけ止まる。
『ボタンってどうやったら外せるのだ?』
嘘だろ、アズモ?
なあ、嘘だと言ってくれよ?
『私は産まれてから一度も自分で着替えた事が無い。だからしょうがない』
いや、でも俺の記憶を見たとか何とか言っていたよな。
『ボタンの外し方まで一々見ていない』
つ、使えねえ……。
『はっきり言ったな、コウジ。じゃあコウジがボタンを外せばいい。私はコウジに裸を見られる事に何も感じない』
色々思う所がある。
あるけども、アズモが出来ないなら仕方がない。
ここでまごついて、お風呂に入れないってなんだかんだで一番不味いよな……。
俺はアズモが止めた手を引き継いで、ボタンを外そうとする。
しかし、外せない。ボタンが外れてくれない。
「あれ、ボタン外すのってこんなに難しかったっけ……」
「嘘でしょ。あんた達……じゃなくてアズモ」
スフロアがあまりの衝撃に言葉を失っていた。
『私が言われた言葉をそのまま返してもいいか? 使えないな、コウジ』
ちょっと待ってくれ、ボタン外せないのが衝撃的過ぎてアズモの軽口が全く効かないくらいなんだが。
だって俺、ざっと十五年くらいは自分でボタンの付け外しをしていたぞ。
それが、たった五年のブランクでこんな事になるか?
寧ろこれは俺に原因があるというよりかはさ。
「このボタン壊れているんじゃないか?」
「はぁ? あんたね……ちょっと私にやらせてみなさい」
俺に止める隙も与えずにスフロアがボタンに手を触れて、一捻り。
ボタンは意図も容易く外れた。
「残念ながら壊れてないわね」
「馬鹿な……」
「一体アズモちゃんは家ではどうやって過ごしていたんだい? お風呂に入っていないとしても着替えくらいはしているだろう」
「いや、家には全自動で着替えさせてくれる機械があったし……」
「嘘でしょ。馬鹿デカくて場所を取る上に、値段も高い、電気代も無駄に高いで自分で着替えればいいって評価を下されたあの粗大ゴ——んんっ! 巷で有名な全自動着替え機が家にあるの……?」
「流石竜王様の家だね……。私達とは感覚が合わないよ」
あの着替えをさせてくれる機械ってそんな扱いだったんだ。
何もしなくても一瞬で着替えをさせてくれるし、流行に合わせて適当な服を購入、転送で服も補充してくれる便利な機械だと思っていたのに。
「しょうがないから私が手伝ってあげるわ!」
「うわあああああ! 変態!!!」
—————
「き、きつかった……」
生き地獄なような時間だった。
どこに居ても、どこを見ても心が休まる瞬間がなかった。
俺やスフロアと一緒にお風呂に入れてはしゃいでいるルクダ、お付きのギョサブロウをお風呂にも連れて来ていたスフロアに目をキラキラさせながら近づくダフティ、ギョサブロウを見て「パパのお魚だ! あたしもサカナタロウならいるわよ!」と髪の毛から魚を覗かせながら食いつくラフティリ。
本来なら微笑ましく感じる空間が形成されていた気がするが、俺にはそれを享受する心の余裕なんて無かった。
シャンプーとボディーソープが入っている変な機械の使い方を知らずに困っていた俺を「仕方ないなあ」と言いながら何故か洗ってくるイエラ、とにかく距離が近いルクダ、俺の濡れた身体を拭いてくる上に服を着させてくるスフロア。
次から次へと困難が俺を襲ってきた。
頼みのアズモは人見知りを発動して全く使い物にならなかった。
何故かスフロアのみには強気だったが、他の子が近くに来るとすぐに弱気に変わって駄目だった。
さっきまであった出来事を記憶から消せないかと頭をぶんぶんと振る。
全く消える気配は無い。
果たして、俺がおかしくなるのが先か、慣れるのが先か……。
こんな寮生活では前者一択なような気がする。
どうにかならないかと、脱衣所から出た俺は寮長の元に向かう。
「すみません。俺、心は男の子なんです。なんかそういう子用の特殊なお風呂はないですか……?」
無かったらしい。
色々怖いので入浴シーンはカットです。
前話を投稿してから三日経っていてびっくりしています。
はい、すみませんでした。
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明日は三話以上投稿してみせます




