ちょっと特別な日常 一話 「え、デートして欲しい!?」 下
町の外れにあるちょっとした高さがある小山。
この場所からは町の様子が一望できる。
茜色の空が薄暗くなった街を包み込み、活気のあった市街が静かになる。
代わりに夜店が灯り出し、周囲を薄い黄色で満たしていく。
「わぁ、綺麗だねー!」
「そうねー、暗くなった街ってものもいいわね。あ、あそこに私とアズモちゃん達のお家があるわね」
「えー、どこどこー?」
アズモのお母さんが、ルクダを抱っこして離れていく。
去り際にさり気なくアズモのお母さんはこちらにウインクしていく。
私の考えている事を完璧に見抜いた上に、気も遣っていかれるのは少し恥ずかしい。
けれど、嬉しい。
この機会を最大限に活かして、アズモから笑顔を引き出してみせるわ。
「どう、素敵な場所でしょ? 私の秘密の場所だけど、特別にあんた達にも教えてあげたわ」
隣で景色を眺めているアズモの横顔は見ずに、前を向きながら話しかける。
何故か横を見るのは、確信を得てからで大丈夫な気がした。
「今日一日、色んな場所に連れ回したかと思ったら最後に見せにきたのがこれか。景色を最後に見せてくるなんてベタなやつだな」
辛辣な内容と声から、アズモが話しているのが分かる。
コウジはアズモに口の権利とかいうやつをとられたのか、言葉が何も出てこなかったのか喋る気配が無い。
いつもなら不満に思うけど、今はちょっと都合が良い。
「でも、綺麗でしょ?」
「……そうだな。だが、私は家の窓から見える景色の方が好きだ」
「私のお気に入りの場所があんたの家から見える景色に劣るって言われるのは少し複雑ね……」
アズモは竜王様の娘。
実家が太いし、良い場所に住んでいるとは思っていたけども……。
「だけど、悪くはない」
「そう。良かったわ」
私達の間に静寂が訪れる。
離れた場所では、住んでいる場所を教え合うアズモのお母さんとルクダの声が聞こえる。
もう解散するまで秒読みまで迫ってきた。
何か喋らないと、このままお別れになってしまう。
だけど、何も出てこない。
「……今日はずっとコウジがうるさかった。喋るのが嫌いな私に、何か話せって何回もいってきた。コウジはいつも変だから気にしないが。だが、今日はもう一人変な奴がいた」
「……!」
もしかして、全部バレてる?
私ってそんなに分かりやすいのかしら?
でも、バレてるのなら好都合かもしれないわ。
私は回りくどい事は苦手。
直球勝負が好きなんだ。
「気に入らなかったのよ」
「何がだ」
「あんたが笑わない事よ。あんた自身は気付いていないかもしれないけど、滅多に笑わないからね、あんたは」
「どうして私が笑わなかったら気に入らない? 全く意味が分からない。何か悪い事をしたのなら気に入らないと思われても仕方ないが、笑う・笑わないでそう言われるのはどうしようもない」
「アズモが言っている事は正論よ。私はただ我儘を言っているだけよ。2歳児なのだから、可愛い事をしているなで許してほしいわ」
「2歳がやった事とは言え、どんな事をしても可愛い事をしているな、程度で許されるくらいこの世界は甘くないからな」
「確かにこの世界は甘くないわね。でも私達は2歳児じゃない。もっと2歳児らしく振舞ってもいいと思うのよ」
「そんな扇情的な恰好で遊びに来る2歳児がいてたまるか。しかも小さい子が無理して背伸びしている感が無いから質が悪い」
「恰好の事はあんたには言われたくないわよ! 今日のあんたの恰好だって十分2歳児らしくないわ、良い顔しているから変ではないけどね!」
「ありがとな!」
「こちらこそだわ!」
「2歳児ってなんなのだろうか……」
「少なくとも私達を指す言葉ではないでしょうね。だって2歳児って言葉の意味は、小さくて可愛らしいって意味だもの」
「だとしたら、そこで母上に抱えられているルクダには合う言葉か」
「そうね。ルクダはちゃんと2歳児しているわ」
「だと、おかしいな。どうして私達は、ルクダと同じクラスにいるのだ?」
「あら、ほんとだわ。どうしてかしら」
「ふふ……」
どちらから漏れた声だったのかは分からない。
だけど、隣を見たら、アズモが笑っていた。
アズモが微笑んでいるのを初めて見た。
初めて見た笑う姿は、まるで絵画を見ているようだった。
目を細めながら長い睫毛を見せて可憐に微笑む少女。
いや、少女とは言えない年齢か。
アズモはやっぱり2歳児には見えない。
笑った姿も大人びて見える。
だけど、ちゃんと可愛い。
「やっと、笑ったな」
そんな事を思っていたら、アズモから言われた。
「……え?」
言っている意味が分からなくて呆然としてしまう。
あのアズモに「やっと、笑ったな」って言われた。
「スフロアは今日、私を楽しませようとしてくれていたのだろう。話を聞いていたら私でも理解出来た。私は、父上に似て表情の変化に乏しいのだと思う。確かに私は滅多に笑わないのかもしれない。コウジが表情豊かなやつだから、父上よりは笑えているかと思っていたが、そんな事も無かったのだな。だけど、今日の後半、そんな笑わない私と同じように、ずっと笑っていないやつがいた……。そいつは表情豊かで、よく怒るし、よく笑うし、よく叫ぶし、たまに泣く。それなのに今日の後半は全くだった。……それはスフロア、お前だ」
ああ、私はなんて愚かなんだろう。
目的に集中し過ぎて、自分の事を全く見れていなかった。
「私は今日一日、ちゃんと楽しかった。初めて家と保育園以外の場所に来たのだ。……前に森に行ったりしたか。だが、ちゃんと過ごしたのはこれが初めてだ。私はちゃんと楽しかったのだ。お前はどうだ、スフロア」
「楽しかったわよ!! コウジと、アズモと……沢山話せて楽しかった!」
私は初めてアズモに抱き着いた。
「ありがとう、アズモ……」
いつの間にか泣いていて、声が震えていた。
ちゃんとこの言葉はアズモに伝わったのだろうか。
「それこそ、こちらこそだ。スフロアのおかげで充実した一日を過ごせた」
アズモは抱き返してきた。
これはコウジならやらない事だ。
そう思って目を開いたけど、アズモの手はアズモの横で動いていなかった。
びっくりして顔を上げると、ルクダが私達にくっついてきていた。
「ルクダも仲間に入れてー! ルクダも今日楽しかったよー!」
「だ、そうだ。そろそろ離れてくれるかスフロア? 服が涙と鼻水と汚くなる。ルクダはそのままくっついていていいぞ」
「鼻水は無いわよ!!!」
朝と同じように大声を出した。
離せと言われたけど、ムカついたので抱き着く力を強めた。
おまけに、アズモの服に顔を擦り付けて涙を更に拭ってやった。
あのアズモが長いセリフを喋っていてちょっと感動しています。
実は今回、ほとんど会話文です。地の文より多いです。
日常編はこれ以外にいくつか考えていたのですが、今回の一つだけで一万文字もいったので書くかどうか物凄く悩んでいます。
キャラ紹介が絶妙にキャラ紹介出来ていないと感じたので大幅に修正しました。
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