ちょっと特別な日常 一話 「え、デートして欲しい!?」 中
「わー、みんな早いねー」
獣耳を出す穴が開いた帽子を被ったルクダがトタトタと走ってやってきた。
少し大きめのオーバーオールを着たルクダはちゃんと2歳児をしていると思う。
自分の今日の服装を振り返る。
白のフリルブラウスに、黒のショートパンツ。
上からは黒のジャケットを羽織っている。
気合いを入れ過ぎたわ……。
デートだと思っていたから少し大人びたけど、ルクダとアズモのお母さんも同伴となったら浮くわね……。
アズモはどういう恰好をしていたかしら。
透け感のあるブラウス。その上に白Tシャツ。
黒のミニスカートに、足はエナメルのローファー。
私が言うのもなんだけど、はりきり過ぎじゃないかしら。
少なくとも2歳児がする恰好ではないわよね。
いい顔しているから、服に着られている感が無いのが少しムカつくわね。
というか今更だけれど。
「どうして、アズモのお母さんがいるのよ」
アズモに近づいて、耳元で囁く。
「どうしてって言われても……だって、俺ら2歳児じゃん?」
「そうだけど……」
「ほら、何があるか分からないし、子供だけでの外出なんて控えるべきだと思ってな」
「そうだけれども……!」
コウジの言っている事は正論だ。
清々しいまでに正論だし、実際この前は危ない目にあった。
「でも、保護者同伴なんて絶対楽しめないじゃない!」
—————
「なにこれ! 美味しい!」
「美味しいねー! スフロアちゃん!」
「うん!!」
お昼はアズモのお母さんがお勧めする街の少し奥の方にあるお洒落な店に寄った。
そこで出て来た透明なグラスに、フレークやプリン、チョコ。
天辺にはアイスが乗っているデザートのパフェという物がとても美味しくて私達は舌鼓を打っていた。
「あらあら、二人共可愛いわねー。二人共写真撮るからこっち向いてー。ほら、アズモも仏頂面してないで笑って」
「私は元からこういう顔だ」
「もう! アズモ笑って! ……そうそう、じゃあハイチーズ!」
私には分かるわ。
笑わないアズモのためにコウジに頼ったわね。
家族ともなると、アズモとコウジの性格と使い方を心得るものなのかしら。
私もそういうレベルまで達せるかな……?
保護者同伴じゃ楽しめないと思っていたけども、そんな事は無かった。
アズモのお母さんとの話は弾むし、ルクダはずっとはしゃいでいるし、なんだかんだでコウジとも話せて私も楽しかった。
寧ろ、アズモが少しつまんなそうだった。
今までの経験から私には分かる事がある。
コウジは凄い表情が豊かで、アズモはそれとは対照的に表情を少しも変えない。
そんな二人の性格が合わさって、二人の表情はちょうど普通の人と同じくらいになる。
でも、私は知っている。
アズモとコウジの二人が楽しんでいたら、アズモは最高の笑顔になる。
その瞬間を見た事がある。というかよく見た。
その瞬間が訪れるのは、二回ある。
一つは、竜王様と一緒にいる時。
きっと、アズモはお父様が大好きなんだと思う。
そしてもう一つは、アズモが黙っている時。
これは見ただけだと、一人で勝手に笑顔になっている凄い図だけども、今の私にはもう分かる。
きっと、コウジと話しているんだ。
誰にも邪魔されずにコウジと話すのがアズモはとても楽しいんだと思う。
……なんと言うか、気に入らないわね。
私だって、誰にも邪魔されずにコウジと喋りたい。
でも、それよりも、私と話していても楽しくなさそうなのが気に入らないわ!
別にアズモの笑顔が見たいってわけではないわ。
コウジと話している私が笑顔になっているのに、アズモがそれをつまんなさそうにしているから、コウジの笑顔も結果的に見る事が出来ていない。
それが気に入らない。
この一日で、なんとしてでも、アズモから笑顔を引きずり出してみせるわ……!
「お母様、午後は私に案内を任せてほしいです」
「あら……ふーん? それならスフロアちゃんに任せちゃおうかな」
「はい、私に任せてください!」
何が何でもアズモを笑わせる。
そう心に決めて午後は何処に行くか考えた。
—————
とにかく私とアズモの戦いだった。
案内という名目でこの町の好きな場所を次々と紹介していく。
「ここがこの町の図書館よ! 専門的な知識が得られる本から、世界史、郷土史、科学史。勿論娯楽用に、一般文芸や、絵本、それに少し漫画もあるわ!」
「わー、これルクダが読みたかった絵本だー!」
「ほーら、二人共静かにー。図書館では小声で喋りましょうねー」
「うん、ルクダ分かったー! あ、違かった。ルクダ分かった、だった」
張り切っていたせいで声を張ってしまった私と、目をキラキラさせたルクダをアズモのお母さんが注意する。
注意をされたルクダは一回大きな声で返事をするけど、小声で言い直す。
その様子が、2歳児の私が本来なら持っていたはずの無邪気さに思えて少し羨ましい。
けど、同時に微笑ましい。
肝心のアズモは一瞬だけ私の言葉に表情がキラキラしたように見えた。
どこに反応したかは分からないけど、一回目で私の目標がクリアされるかもしれない。
私はアズモの動向を見守っていた。
アズモは少し身体を漫画コーナーの方に傾けたが、ぎこちなく身体の向きを変え世界史の方へ歩いていく。
数秒後、図書館に声が響いた。
「字が読めねえぇええええ!」
声の元には、複雑な表情を浮かべたアズモがいた。
アズモの元に見覚えのある人影が近づいていく。
あれは、誰かしら……?
そう思っていたら、アズモが急に頭を殴られた。
アズモはビックリして殴って来た人を見て固まる。
あ、あれ先生だ……。
アズモは先生に少し説教をされ、その後どういう話があったのか分からないけど気付いたら先生の膝に乗って本を読んでもらっていた。
一体、私がお目当ての本を探しに行った少しの間に何があったらそうなるのか。
ちなみに、ルクダは絵本をアズモのお母さんに読んでもらっていた。
一般的な2歳児って字が読めないものかしら……?
恋愛小説を片手に持ちながら首を傾げる。
とにかく、図書館でアズモの笑顔が見る事は不可能になった気がするので次よ、次!
そう気合いを入れながら恋愛小説を速読した。
「ここがこの町の映画館よ! 今だったら人間の人気漫画家が書いた、竜と人間の禁断の恋を実写化した物がお勧めよ! しかも私達は2歳児だからタダ! これは見ない理由が無いわ!」
「わー、ルクダが休みの日に早起きして見てるアニメの映画があるー!」
映画を見る事にはなったけど、ルクダが見たがっていた映画を見る事になった。
肝心のアズモは竜と人間の禁断の恋っていうところまでは食いつき気味だったのに、実写化という言葉を言った途端に興味をなくしたように真顔になっていた。
一体何が原因だったのかしら……?
とにかく駄目だったのだし、次よ、次!
「ここがこの町のショッピングモールよ! 日用品から服や履物、果ては日曜大工品まであるわ! おまけに、食べ物のお店も多数入っている上にフードコートまであるわ!」
「ルクダ少しお腹空いちゃったから、お菓子食べたーい」
ここでもアズモの笑顔は見る事は出来なかったけど、お腹は満たされた。
とにかく次よ!
「ここがこの町の音楽ショップよ! 音楽を聴くための物から、楽器まであるわ!」
「ここがこの町の若者に人気のディスコよ!」
「ここがこの町の——」
「ここが——」
—————
「日が暮れて来たわねぇ。そろそろ解散しましょうか? ルクダちゃんも、スフロアちゃんも家まで送って行くわよ」
「待ってまだ——」
まだ、アズモの笑顔を見られていない。
ここまで色んな所を案内してきた。
アズモは一瞬だけ顔を緩ませそうになっても、笑顔になる事は皆無だった。
こんなに頑張って案内しているのにまだ一回も……。
「スフロアちゃん、もう良いんじゃない。あの子の笑顔を見る事は私にも難しいもの」
アズモのお母さんが耳打ちしてくる。
私は目を見開いた。
「気付いて……」
「そりゃあ気付くわよ。私だって伊達に竜王のお嫁さんをやっているわけじゃないもの。あの人もアズモに似て表情に乏しいのよ。滅多に笑わないし、元の人相が悪いからコウジも最初の頃なんて顔を見ただけで気絶していたくらいよ」
「コウジが気絶……」
確かに時々保育園で見た竜王様は怖い顔をしていたけど、気絶する程ではないような。
「……でも、私まだお気に入りの場所を案内していない。最後そこだけは案内したいです」
「そうねぇ……」
「——えー、まだルクダみんなと一緒にいたいよー!」
アズモのお母さんのそろそろ解散という言葉を聞いたルクダが駄々をこね始めた。
地面で暴れるという2歳児らしいものではなく、アズモのお母さんの服を引っ張って顔を見つめてくる可愛い抵抗だった。
流石ルクダね。と私は舌を巻いた。
同時にルクダのお願いが通るように心の中で応援する。
「あらあら……。ならルクダちゃん、最後に一カ所だけ行って帰りましょうね。今日はそれで終わっちゃうけど、また遊びに行けるから、その時また楽しみましょう」
「分かったー!」
「じゃあスフロアちゃん、最後はどこに行こうかしら」
よくやったわ、ルクダ!
流石アマリリス組で最強の可愛さを持つだけはあるわね。
そして、今日最後のチャンスだわ。
これをどうしても物にしなくては。
「それなら、行くかどうか迷っていた場所なのですけど、私が個人的に好きな場所があるので、そこに行きたいです」
すみません、昨日は休日が潰れて投稿出来ませんでした……。




