ちょっと特別な日常 一話 「え、デートして欲しい!?」 上
「え、私に町を案内して欲しい!?」
保育園でお昼ご飯を食べていたら、コウジが急に町の案内を頼んできた。
「ちょっと前に森で色々あったよな。その時、森に行くまでに町をあてもなく走り回っていたんだ。町の構造を少しでも知っていたらもっと上手く立ち回れただろうし、流石に、保育園と自宅しか知らないのは不味いと思ってさ」
先日、熊型の化け物、多腕のウルスに追いかけ回された。
森の奥の方へ必死で逃げて洞穴に身を隠したけど、結局ウルスに見つかってしまってあの時は死んだかと思った。
でも、コウジとアズモ、そしてフィドロクアさんが私の事を助けてくれた。
あの時のコウジはとてもカッコ良かったわ……。
いけない、頬が少し緩んだわ。
気付かれていないわよね?
「どうだろう、スフロア。今度の休みにでも頼むよ——おい、サソリ女。今の顔はなんだ。それに案内という言葉の響きがおかしかった気がするのだが?」
げ、アズモ本体。
つい最近知った事だけど、コウジとアズモは身体を共有しているらしい。
何があったのかは分からないけど、女の子だと思っていたアズモが中身は男の人だった。
それは私にとって、凄く嬉しい事実だった。
だけど、今まで全く自分を主張して来ないアズモの方が主人格というのかしら?
元から居た方だったなんてね。
どうして、アズモは全く表に出てこないでコウジが誰かと喋っているのかしら。
そしてなんで私には隙あらば話しかけてくるの?
コウジと喋れなくなるのだけれども。
「だって、案内して欲しいって実質デートみたいなものじゃない。頬も緩むわ。ほら、答えたわよ。早くアズモは引っ込みなさい?」
「——断る!」
「なんでよ!」
アズモは私とコウジを引き裂くつもりなのかしら?
そもそもそういう間柄にはなっていないけれども。
く、どうしたらコウジと楽しく会話が出来るの。
あーもう! 一つの身体に二人入っているって面倒ね!
どうして、二人はそんな窮屈そうな生活を続ける事が出来ているの!?
いや、待て……。
コウジとアズモがずっとこのままなら、私はアズモとも仲良くなっておく必要があるのか。
将来のためよ、ここは耐えなきゃ。
「ふうーーー。アズモとも喋ってみたかったのよねー。アズモは普段何をして過ごしているの?」
なるべく自然に。
不自然でも、こちらの魂胆がバレないように。
サービスで笑顔も浮かべてあげながら。
「……気味が悪いな」
「——お、喋れる。アズモが口の権利を手放してくれたか」
気にしちゃ駄目よ。
長く過ごす事になるのだからこれくらい耐えるのよ。
……よし、落ち着いてきた。
そうだわ、コウジが喋れるようになったらしいし、コウジと話して気持ちを落ち着かせるわよ。
「アズモのせいで話が逸れたな。戻すけど、どうかな? 町を案内してくれる?」
「絶対行くわ! 私が完璧に町を案内してあげる!」
そうよ、楽しいデートが待っているのよ。
一々心を乱している場合じゃないわね。
「良かったー、断られたらどうしようかと思った——よし、必要最低限は喋ったな? これ以上は私が喋らせない」
「なんでよ!!!」
—————
当日。
いつも、何かされるのを警戒して早く起きるけど、その日は更に早く目が覚めた。
「おはよう、ギョサブロウ」
「……オイス」
私よりも早く起きて空中をプカプカ泳いでいた小魚のギョサブロウに挨拶をする。
フィドロクアさんから貰ったギョサブロウ。
この子は本当に頼りになる子で、既に何回かちょっとした身の危険から守ってもらっている。
この子は必要最低限しか喋らないけど、私の事をどう思っているのかしら。
守ってもらってばっかりだから、いつか返せたらいいな。
「と、今日はデートがあるんだった。気合を入れて身支度を整えなきゃ!」
顔を洗い髪の毛を整える。
お気に入りの服をベッドの上に並べてどれを着るか悩む。
誰かのために自分を着飾る。とても楽しい時間。
こんな日が来るなんて信じられなかった。
一日一日を必死に生き抜いてきた。
家族がいるから家ですら安息の地ではない。
幸い家が大きいから、一人一人に部屋が与えられている。
この部屋が私の領域。
姉妹のほとんどは家にいない。
この場所が危険だと知っているからだ。
大抵は寮のある学校へ行き、そのまま家に帰ってこない。
お金は全てお母様が出してくれる。
だけど数人、人を苦しめるのが好きな物好きな姉妹がいる。
例の森から生還したあの日、家に帰ると驚いた顔で私を見た姉妹がいた。
きっと、あの人がウルスを嗾けてきた。
私にはやりたい事が出来たんだ。
絶対に誰よりも生きてみせる。
出来ないとしても、どこか安息の地へ。
それは絶対。
家を出て集合場所に向かう。
準備は万全。
今日でコウジを落とせなくてもいい。
でも何かきっかけは掴むわよ。
準備に時間が掛かり過ぎたのか、約束の場所に近づくとコウジが見えた。
私は小走りで向かう。
「おはよう、コウジ。早いわね」
コウジに声をかける。
私を見つけたコウジは少し安心した顔をする。
それだけで私はもう嬉しい。
今日は最高の一日になる。
そんな気がする。
「母さんが早く行こうって急かしてきてな」
「へー……え、早く行こう?」
「ああ。ほら、母さん、この子がスフロアだよ」
「まあ、とっても可愛いわ! 可愛いアズモちゃんと並んでいると絵になるわね」
声のした方向を見ると、目を輝かせた美人でスタイルの良い女の人がいた。
この人がコウジとアズモのお母さん。
え、なんでいるの?
「ちょ、ちょっとコウジ。今日は私とコウジ。ついでにアズモでデートじゃなかったの?」
「いや、違う。ごめん、アズモのせいで言えなかったけど、ルクダも来る。だから、コウジって呼ぶのは無しで頼む」
「アズモぉおおおおおおおおお!!!」
私はその日、生きて来た中で一番大きな声を出した。
アズモとスフロアは仲が良いですね。
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続きは明日で、二話投稿します!




