二十話 「あなたも今日で卒園ですか」
——あれから四年と少しが経った。
異世界に来て、アズモに憑依して、流されるままに保育園に入園して、好き勝手暴れ回っていたらもう卒園だ。
とても早かった。
保育園って終わるのがこんなに早かったのか。
今回は日本に居た時と違って、物心がしっかり付いていたから最大限楽しもうと一日一日を全力で過ごしていた。
遠足、お遊戯会、運動会……日本に居た時の保育園イベントは、ここ異世界にもあった。
異世界風の動物園や遊園地に行ったのは楽しかったし、この世界の伝説に基づいた劇をするのも楽しかった。
流行っている音楽で踊るというのは恥ずかしかったが、やりがいがあった。
その全てで先生にボカボカ殴られた。
俺の保育園生活の思い出は先生の拳と共にあったと言っても過言ではない。
そんな俺も遂に卒園。
少し寂しいな。
「あんた結局ズボンにしたのね」
「ああ、やっぱりスカートを履くのは違和感があってさ。アズモと少し揉めて、スカートも履く事で手打ちになったから、学校では履く事になるんだがな……」
尚、今日はしりとりで勝ったのでズボンで卒園式を迎える権利を得た。
「私に近づくな、サソリ娘。折角の一張羅が毒で錆びる」
「私の毒にそんな効果ないわよ!」
アズモが口を動かしてスフロアに毒を吐く。
長い年月が二人を仲良くさせ、保育園で冗談を言い合う仲になったのだ。
「違うが。仲良くなってなどいないが? この女が私に付き纏うから厄介払いしているだけだが」
「私はコウジに会いに行っているだけだわ! あんたらが一緒にいるから仕方なくアズモとも話しているだけ!」
「なんだと。尚更見過ごせない」
「なによ!」
そう言ってアズモとスフロアは至近距離で睨み合う。
アズモの身体は俺の身体でもあるから、毎回凄いとばっちりを受けるんだよな。
「わー、二人共早いね!」
「ルクダ!」
俺はやって来たルクダの元に駆けよる。
この四年で一人でも身体を動かす事が容易に出来るようになった。
今なら睨み合いの場から逃げて、ルクダの元に行くのも風のように行う事が出来る。
「おー、ルクダも制服姿が似合うな」
「えへへ。アズモちゃんも似合っているよ」
ルクダは微笑みながら言う。
この四年で皆成長した。
俺は身体を動かすのが上手くなったし、ルクダは天使さに磨きがかかったし、スフロアは千切られた尻尾が元に戻った。
「待って、私は? アズモ、私の制服姿も似合っているわよね?」
「似合っていな……似合っているぞ。少し大人っぽく見える」
「そう、ありがと……」
おい、アズモ。余計な事を言おうとするんじゃない。
今のは明らかに俺に対して聞いていただろ。
『アズモって言っていたが』
いや、あの言い方はアズモというより、アズモという言い方だっただろ。
というかそういう問題じゃない。
この保育園では、俺達の事情を知っているのがスフロアしかいないんだ。
別に隠し事ってわけじゃないが、卒園日にいきなり明かすような事でもない。
無難にやり過ごそう。
『むぅ……』
ほら分かったならもう余計な事は言うなよ。
「俺達三人共同じ学校に行くしこれで最後って訳じゃないが、どうせなら保育園最後の記念として写真を撮ってもらおうぜ」
「賛成ー!」
「いいわね」
この世界にも写真はある。
俺には知識が無いからカメラの良し悪しなんて分からないが、日本にいた俺から見ても綺麗な写真だと思う。
俺を真ん中にして、右手を握るルクダと、左腕を組んでくる写真が撮ってもらった。
一枚目を撮った所で喧嘩し出したアズモとスフロアを見てカメラマンが笑いながら二枚目の写真を撮った。
それを見て仲裁に来た先生が入り込んで来る写真と、先生が俺を殴っている瞬間の写真、参列しに来ていたスーツを着た親父と余所行きの服装の母さんが面白がってピースしながら入り込んで来た写真の合計五枚が保育園の思い出に加わった。
—————
「——フール・スキウロス!」
「はい!」
フールが元気に返事をして、壇上に上がり、演台の前に行く。
卒園証書授与式だ。
これを貰ったらいよいよ卒園となる。
なんと、証書をくれるのは俺達を四年間見てくれた先生だ。
園長先生が授与してくれるのかと思っていたが、先生が立候補したらしい。
「あなたはジャカランダ保育園での課程を満たした事をここに証します」
「——ぅぐ、はい!」
感極まって少し声に潤みを持たせながらもフールが元気に返事をした。
次呼ばれるのは俺だが、俺は泣かずに済むだろうか。
さっきからアズモが何の反応も無いから、結構来ているのかもしれないと考えている。
アズモが泣いたら、身体を共有している俺も自動的に泣く事になる。
泣くのは勘弁したい所だが、卒園式だし仕方ないか。
『私は泣かないが。コウジこそ私の身体で泣いてくれるなよ』
抜かせ。俺は既に三回も卒業を経験したんだからな。
今更、保育園の卒園式くらいで泣くかよ。
「——アズモ・ネスティマス!」
俺達の出番がやってきた。
さあ、最後もカッコよく決めようぜ、アズモ。
『ああ』
「はい!」
アズモと声を出すタイミングを合わせて発声する。
俺とアズモの喋り方が混ざった結果、俺の口からは皆が今まで聞いた事の無い声が出る。
スフロア辺りは「あいつら……」ってなっているかもしれないが、今この場で目ざとく気付ける奴はいないだろう。
一歩一歩踏みしめるように、備え付けの階段を上り、壇上に上がる。
そこで全体を見渡す。
参列者席から、親父と母さんを見つける。
天井の隅の方に、スフロアの護衛をしているギョサブロウがいた。
何故か、空中を泳いでいる魚がもう一匹いて、ギョサブロウはもう一匹の魚のヒレで背中をさすってもらっていた。
『父上だ!』
親父もこっちを見ているな。
参列に来ている人が多かったから見つけるのに苦労するかと思ったけど、やっぱりオーラが違うな。
『やっぱり父上は凄いお方だ!』
まあ俺としては父上もそうだけど、空中を泳いでいるあの二匹も気になる。
『——アズモさん! 早く来なさい!』
壇上に上がったものの、全く演台に来ない俺達に痺れを切らした先生が声を掛ける。
俺達は慌ててその場で一礼をし、演台へと向かう。
俺達のそんなやり取りを見て場は笑いに包まれた。
「ゴホン。あなたはジャカランダ保育園での…………」
咳払いで場を静かにさせて話始めたものの、先生は固まった。
やがて小刻みに震えだす。
「先生……?」
「……っ! ふうー……あなたも今日で卒園ですか」
先生は持っていた証書を置き、台から身を乗り出した。
手を伸ばし俺の両脇に手を入れ持ち上げて抱きしめてくる。
「あなたのような元気な園児は、魔物保育園と言え初めて見ました。全く……何度私を怒らせて! さっきだって……!」
先生の声は震えていた。
俺を抱きしめる腕に力が入る。
「……手が掛かったけど、そんなアズモさんが大好きでした。私が何度もあなたに手を出したのは嫌いだからじゃないです。あなたを思っての行動です」
「先生……」
「卒園しても元気でいてください。時々顔を見せてくれたら嬉しいです」
先生は泣きながら笑っていた。
俺が見た先生はいつも怒った顔をしていた。
初めて先生の泣いている所を見た。
「せん、せいっ……!」
アズモにあんな事を言ったが俺が耐えられなかった。
……後に分かった事だが、壇上で抱きかかえられ泣く園児の姿が写真に収められていたらしい。
これは俺のこの世界で初めての黒歴史になるだろう。
先生の事が許せないので、時々に会いに行こうと決めた。
—————
「あんた見事に泣いていたわね」
「う、うるせー」
「ルクダも泣いちゃったよー。アズモちゃんルクダと一緒だね」
『あんなに私に言っていたのにな。今どんな気持ちだ、二十二歳児?』
アズモも黙っていてくれ、その言葉は俺に刺さる……。
青紫色の花を咲かせる木の下を三人で歩く。
この花の名前はジャカランダというらしい。
保育園の名前の由来になっている花だ。
「ルクダちゃんは可愛いな、俺の味方をしてくれるのはルクダちゃんだけだよ」
そう言い、ルクダに俺はくっつく。
ルクダは「えへへ」と言いながら俺を受け入れてくれた。
「はいはい、悪かったわよ。だからこっちにもおいで」
「誰が行くか。私はルクダといる方が安心する」
「あんたはアズモ! こうなったら私もルクダにくっつくか……」
「なら私は逃げる」
ジャカランダの花の下で追いかけっこを始めた園児が三人。
最高の笑顔を浮かべた三人の写真がまた一枚増えた。
一章 保育園と一人ぼっちの女の子 —完—
ジャカランダの花言葉は栄光と名誉です。
この保育園では栄光の道を通って入園し、名誉を胸に飾って卒園していきます。
これにて一章終わりです。
この後はキャラ紹介と保育園時の日常を少し書いて、二章に行きます。
すみません、少し作者の所感を書きます。
まず、お読み頂きありがとうございます。
まさか150pt以上もこの拙作に頂けるとは思ってはいなかったです。
なろうの王道からほんの少し外れ、タイトルも流行りに乗れていないので、こんなに多くの人に読んで貰えるとは思ってもいなかったです。
読んでくださり本当にありがとうございます。
以上です!
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次は今日中にあげます!




