十九話 「コウジの馬鹿ああああ!!!」
「それで俺にどうしろと」
フィドロクア兄さんは頼みと言っていた。
そして言われた事が「兄妹の一人が自我を失って暴走した」というもの。
俺達の兄妹……親父ことギニス・ネスティマスの子息子女。
66人という一家の兄妹の数とは思えない数から成る兄妹は一人一人が化け物だ。
目の前のフィドロクア兄さんも、森を一つ水に沈めて疑似的な海を作ってみせた。
そんな兄妹の一人が暴走した?
それを俺に言ってどうさせようとしている?
「言っておくが、勿論止めに行けとか無理難題は押し付けないからな? 既に次男のテリオ兄貴が向かって沈静化させた」
テリオ兄さんか。
見た事も聞いた事も無かったが、さぞかし強いんだろうな……。
向かった場所は無事だろうか。
場所の心配をするなんてどうかしているとは自分でも思うが、地形とか環境とか崩壊しているのではって思ってしまう。
だって、天災と天災が戦っているようなもんだろ。
「色々心配しているみたいだな。一応、テリオの尽力で周辺地域の住民は無事だ。偵察に行かせた俺のウオタロウから送られた映像を見た感じだがな」
ギョタロウシリーズの他にウオタロウシリーズもいるのか。
サカナタロウとかもいそうだな。
「それなら良かったですけど。その暴走した姉さんはどうなったの?」
「逃げた。転移を乱用する神出鬼没な姉貴だ」
「逃げたって……次男でも捕まえられないくらい強いのか、その暴走した姉貴って」
ネスティマス家の掟に「家族同士で争う者が出たら親父か、一番目から十番目の子の誰かがそこに向かって仲裁する」というものがある。
この文言を聞いて、ネスティマス家の力の序列が親父から始まって、一番目、二番目と生まれた順番になってものだと考えた。
だから次男はネスティマス家でも五本の指に入る強さなんだろう。
そんな兄貴でも捉える事が出来ないって、暴走している姉さんはそんなに強いのか。
「馬鹿みたいに強い。なにせネスティマス家、長女のエクセレだ。まともにやり合って勝てんのは親父と、長男、次男の三人くらいだろう」
思わず息を呑んだ。
長女と来たか……。
「あいつが逃げなければ、初めて自我を失った1643年前には止める事が出来たんだろうがなぁ。まあ現実はそう上手くはいかないってやつだ」
「1643年……? そんな長い間姉さんは暴走しているんですか……」
「いや、姉貴はある行動をトリガーにしてしばらく暴走を続ける。一度始まった暴走は三年くらいで終わる。だからずっとってわけでは無いんだ。だが、姉貴は暴走が止められるか、ある程度暴れて時期が来たら何処かに隠れちまう」
最大で三年もの間、自我を失って暴走を続ける……。
俺には想像出来ないが、とても辛い事ではないだろうか。
隠れるという事は、家族とずっと一緒に居られていないという事。
暴走を止めてもらう事でしか関われないんだ。
何処かに隠れてしまうのは、やはり会いづらいからか。
それとも、家族を傷つけてしまうのが嫌だからか。
どうしてそんな事になっているんだろうか。
何をきっかけに暴走した。
俺には想像出来ない何かとても大きな事件あったんだろうか。
「教えてフィドロクア兄さん。エクセレ姉さんには何があったんですか。そして俺には何が出来る」
—————
「なんだかあんたの家も大変だったのね」
フィドロクア兄さんとの話を終え、森を抜けて歩いていたらスフロアが隣でそんな事を言った。
水で満たされていた森はフィドロクア兄さんが何かを呟くと、一瞬でただの森に変わった。
花の化け物も、熊の化け物もいない。
自然が豊かなだけの普通の森になった。
「ああ、俺も初耳だった。まさか、そんな事になっているなんてな……」
フィドロクア兄さんから言われた事は驚きの連続だった。
最後に俺の出来る事を教えてくれたが、俺に本当に出来るのだろうか。
「……ね、ねぇ! 私、凄い事を聞いたのだけど、言っていた事って本当なの!?」
「言っていた事?」
あの場で聞いた事が全部、衝撃的な事だったので、どれの事を言っているのか全く見当がつかない。
「あれよ! あんたの身体の中にアズモとコウジがいるって事!」
「あー……」
そう言えば色々聞かれていたんだよな。
その場の空気で隠さずに色々言ってしまっていたが、説明するのが面倒だからと避けていた事を遂に知られてしまったんだ。
何て説明したものか……。
「あれは嘘だ。適当にフィドロクア兄上の話に合わせただけだ」
俺が悩んでいると、口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。
アズモめ。何故かは分からないが、この後に及んで隠そうとしているのか。
『スフロアには隠し通さなきゃいけない気がする。私の勘が警鐘を鳴らしている』
俺の所にはその警鐘は届いてないけどな。
一体何をそんなに警戒しているのか分からんが、スフロアにはもう教えていいんじゃないか。
たぶん誰にも言わないだろうし、言われた所で誰も信じないだろうし不都合は無いのでは。
『そういう問題ではない!』
「…………声がいつものアズモと違う? 今喋っていたのが、コウジと言う人なの? それともいつも喋っているのがコウジなの?」
ほら。もう嘘吐くのは無理だって。
諦めて私がアズモです。って言っちゃえよ。
「ンン、風邪だろうか。喉の調子が優れない。コウジって誰だ? 私はアズモだが?」
「そう。あんたが本当のアズモなのね」
「本当のアズモも何も私はアズモだが。一人しか居ないが」
どうしてそこまでして噓を貫こうとしているんだ、アズモ……。
かなり無理があると思うぞ。
早く認めて楽になろう? 俺喋っていい?
『駄目だ! 私はまだ諦めない!』
「熊の魔物との戦闘中……」
「ぅ……」
「『アズモ、どうする?』とか『アズモ、ステップだ!』とか言っていたわよね。私、あの時の声がいつも聞いていたアズモの声だと思うの。そして、今のアズモ声はいつもと違う声……」
「コウジの馬鹿ああああ!!!」
お、諦めたか。
なんか、すまんな。アズモ。
もう俺喋っていいよね? 喋るぞ?
「お見事、よく分かったなスフロア」
「この声、この声が私のよく聞いている声だわ! あんたがコウジだったのね!」
「そう、今喋っている方がコウジだ。つまり俺だな。今まで言えなくてごめんな。騙しているわけじゃなかったが、どう言えばいいのか分からなくてな」
「そんな事別にいいわ、気にしてないもの。逆に今知れて嬉しいわ。……ねぇ、コウジって男なの、女なの?」
『あっ——』
アズモが脳内でうるさくなった。
何か言っているが全てシャットアウトする。
「ああ、俺は男だ。男として十七年間は生きた。今はアズモの身体に入っているから女みたいなもん……というか女だけどな」
「やっぱり……私の気持ちは間違っていなかったんだわ」
『——びゃああああ!』
うるせえわ、アズモ。
最後の方何言っているか聞こえなかっただろうが。
「悪いスフロア、最後何て言ったんだ?」
「……」
スフロアは無言で俺にくっついてくる。
チラっと見えた表情は、嬉しそうだった。
「別に、私はコウジが好きだなーって思っただけ」
「……へ? 私は好きじゃないが。うわアズモ口を動かすな。私は好きじゃなああああ……普段から口を動かしている俺に敵うと思うなよ!」
俺が喋っていたのにアズモが無理矢理口を動かしてくる。
だが、口の操作権をアズモから奪い返すのはそう難しい事では無かった。
アズモの口とは言え、普段喋っているのは俺なのだ。
喋り慣れていないアズモに負ける訳が無い。
「ほんとあんた達大変そうね……。でも、改めてよろしくね。アズモ、コウジ……」
くっつくのをやめて俺達から少し離れたスフロアは、口で喋る権利を求めて苦闘する俺達を見て呆れる。
「私はこうして生き残れた。生きるだけで贅沢な私なのよ。どうせ生きるならもっと強欲に生きるわ。…………って口が大変な事になっているわよ、あんた達!」
スフロアは呆れながらも、どこか優しい表情をしていた。
俺のよく知る、いつものスフロアらしい表情に戻っていた。
次回で保育園編終わりです。
全然保育園生してなかった気がしますが終わります。
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続きは明日出します!
追記、長女が初めて暴走した年を変更しました(2022/9/20)




