十八話 『たぶんこいつ親馬鹿だ』
「え、フィドロクア兄さんって結婚しているんですか!? 娘さんもいるって、しかも俺達と同じ年齢?!」
「そうなんよ、天使よ。めちゃくちゃ可愛い娘よぉ」
十分もしたらフィドロクア兄さんと打ち解けた。
最初は怖いというイメージしか無かったが、話してみたら案外気が合った。
元は自然と魔物が豊かな森だったが、今はフィドロクア兄さんが生成した水で全てが沈められた海中の森。
あちこちに様々な海の生き物が泳いでおり、溺れた魔物を捕食している。
そんな場所で俺達は家族の会話に花を咲かせる。
スフロアもいるが、もうずっと放心していて反応がない。
「ただなぁ、俺が甘やかしすぎたのかちょーっと、本当にちょっとだけなんだが、世間知らずな気があるんだよなあ」
「俺も似たようなもんですよ。この世界の常識なんて無いに等しいし」
「あとちょっと我が強い。これは俺に似たのかもしれねえがなぁ」
「パワフルな子って感じですかねー? それなら歳相応で可愛いってやつなんじゃないですか? 俺の周りにもそんな子沢山いますよ」
「お、やっぱこのくらいの歳の子供ならやっぱ娘と皆同じか。なら、良かった良かった」
「無邪気ってやつですよ、きっと」
ははは、と笑う。
だが、この感じ思う所があるぞ。
『コウジ、たぶんこいつ親馬鹿だ。娘の事だいぶ過大評価している気がする。本当は手の付けられないじゃじゃ馬娘だ』
うん、俺もそう思う。
なんだろう、竜王の家系って皆こんな感じなんだろうか。
親父もなんだかんだで、俺達に激甘だよな。
『確かに父上は優しい……。しかし、じゃじゃ馬娘と違う保育園で良かったな。何かある度に突っかかって来そうだ』
言えているな。
言っちゃえば俺達も問題児みたいなもんだし。
娘さんも居たら、まず間違いなくあの先生が持たないだろう。
「かー、やっぱりコウジは話の分かるやつだなあ! 決めた、娘はコウジと同じ学校に入学させる!」
……。
『……』
今一瞬、未来への憂いが身体を駆け巡っていったわ。
なんか凄く疲れそうな未来が確定したような。
『奇遇だな。私もだ……』
「えーっと、今娘さん……」
「ラフティリだ。ラフティリちゃん。可愛い名前だろ」
「良い名前ですね。で、ラフティリちゃんって今は保育園に通っているんですかね?」
「いや。今は自宅で子育てしている。コウジの話を聞くまで保育園に通わせようかなと思っていたが、俺の育て方は間違っていなかったっぽいしな。ラフティリちゃんは第一子なんだ。なるべく一緒にいたいんだ俺は」
「なるほど。成長したら、反抗期が来たり、巣立ったりと一緒にいられる時間減りますしねー。あ、アズモも今激しく同意していますね」
「分かってくれるか!」
「ある程度ですよ。子供持った経験は無いので」
直前まで、「一緒に学校通うのか……」と俺とアズモの二人で思っていたが、アズモがフィドロクア兄さんの話を聞いて完璧に心変わりしてしまった。
アズモはアズモで、未だに保育園が嫌いだったんだなぁ。
『いや、私は保育園が嫌いなのではない。父上から離れたくないのだ』
あー……。
そう言えばアズモはそういう子だったな。
「随分話が出来るからそういう経験があるのかと思っていたが、違かったんだな。言いたく無かったら良いのだが、コウジは何歳だったんだ?」
「十七歳ですね。高校生……じゃ伝わらないか? とにかく学生でした」
「ほーん、それはまた……若いな。三百歳くらいはあるのかと思っていたな」
「いやいや、そんなに生きられない普通の人間ですよ」
三百って……。
これが、竜の一族の歳感覚か。
スケールが一々おかしいんだよな。
「あー、人間だったんだな。俺はアズモにコウジが入っているって事しか知らなかったが……なるほど、人間から魔物になったんだなコウジは」
「……」
言葉で聞いて改めて思ったが、俺ってそうか。
人間から魔物になったんだ。
「どうだ? なんか不便とかはないか?」
「特にはないですねー。保育園通っているのも、普通に人間の時の経験をなぞっている様な感じだし……。でも、周りにいる子が人間じゃないんだなってのをよく感じますね」
獣耳生えているし、空飛ぶし、火吐くし。
「それは俺には分からない感覚だ。俺も人間の学校に通っていたら、コウジと同じ事を思ったかもな」
「あ、そうだ。もう一つある……」
「ほう、それはなんだ」
「スフロアのように、家族で殺し合うような家があって、それが普通に許されている。それが平和な国で育った俺にはとても信じられない」
俺は腕の中で未だに固まっているスフロアを見る。
二歳の割に落ち着いているとは思っていたが、脳の許容量を超えたら簡単にフリーズするらしい。
「……ふん、なるほどな。そこの嬢ちゃんはサソリの家の子か」
俺と目が合って一瞬動きかけたスフロアがフィドロクア兄さんに見つめられて再び固まった。
「ネスティマス家の掟にもあるから、あまり他人の家の事情に首を突っ込みたくは無いが……俺も最近子供が出来た親。おまけに、娘と同じ学校に通う可能性が高い子、か」
そう言うフィドロクア兄さんの眼差しは温かい。
青い目でこっちを見ていても、何処を見ているか分からない所があったが、スフロアを見る目は親が子供を心配する目だ。
「一匹だけ俺の魚をあげようか。ギョサブロウ、この嬢ちゃんについてやってくれ」
「……ガッテン」
ギョタロウに似た小さな魚が一匹、俺達の元にやってきた。
紫色の何てことは無い普通の魚に見えるが、きっとこの魚も強いんだろうな……。
名前がちゃんと付けられて意思を持っているって事は、少なくても救護室で親父を襲いに来た魚よりも強い個体だろう。
「スフロア、ボディーガードだってよ。これで、しばらくは奇襲にも対応出来るんじゃないか……スフロア? おーい」
「はっ、飛びかけていたわ」
「やっと戻ってきたか。あと思いきり飛んでいたからな」
スフロアがやっと気が付いてくれた。
いい加減腕も痺れてきたしスフロアをどこかに下ろしたい。
けど、どこに置けばいいんだろうか。
魚の群れの上に置いたら、キャッチしてくれるだろうか。
試しに下ろしてみようとしたが、スフロアが足をバタバタしながら引っ付いて離れたかったので断念した。
「ボディーガード? 言ったでしょ、私にはそんなの要らないわ。それにフェアじゃない」
「ほぅ、嬢ちゃんは偉いな。俺の見て来たサソリ連中は皆、用心棒として強い奴を付けていたがな」
「……そうなの? 私の姉さま達が、自分以外の力に頼っている? あんなに強いのに?」
「強いだけじゃ生き残れないが蟲毒ってやつだろ。少しでも生き残る確率を上げるために強い奴を付ける。立派な生存戦略だ。嬢ちゃんもこいつをペットとして飼うくらいは許されるんじゃないか?」
ギョサブロウから一瞬、不服そうなオーラが放たれた。
二歳児にペットして預けられるのがそんなに嫌なのか?
というか、二歳児が管理出来ない強さの魚だろうに。
だが、フィドロクア兄さんの魚が付いてくれるのは俺にとってもありがたい。
スフロアには生き残ってほしい。
「そう……姉さま達が。うん、それなら私にこの魚を頂戴。不細工だけどとても心強いわ」
あ、またギョサブロウからオーラが!
今度はさっきの比じゃないぞ!
「おう、ありがたく受け取ってくれ。ギョサブロウ、頼んだぞ」
「…………ガッテン」
気のせいか間が長くなっているような。
だが、これで少し安心出来る。
「ふう。これで俺の娘の友達候補とのコンタクトは大丈夫だな。で、そろそろ本題に行くぜ」
俺はまたゴクリと唾を飲みこむ。
今度こそ何か重大な頼みとやらが来るはずだ。
「俺達兄妹の一人が自我を失って暴走した」
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誤字脱字直しました(2022/9/20)
ラフティリは二章から出てきます。
面白い子なので是非見てやって欲しいです。




