エイプリルフール外伝 「いつものデート」 3
「あ、フィドロクア兄さんだ」
ポケットに手を突っ込みながら歩いて来たフィドロクアさんに手を振る。
「よ、久しぶりだな。この前、親戚の集まりで会って以来かあ? 勢揃いしているみてえじゃねえか」
「フィドロクア兄さんとはよく会っているから久しぶりって感じしないけどな。春休み中に三回は会っているし……。ところで、夜ご飯を御馳走してくれるって本当なの?」
「ああ、いいぜえ。好きなもん沢山食え。お前達は育ち盛りなんだから沢山食わねえとな」
「ありがと、兄さん。場所は皆で決めておくよ」
「おお、任せたぜ? そんで、よ、アズモも久しぶり」
ポケットから手を出したフィドロクアさんが、コウジの後ろに隠れていたアズモの髪をわしゃわしゃと撫でた。
「……久しぶり」
アズモはワンテンポ遅れて挨拶を返す。
実の兄にもアズモは人見知りを発揮しているみたいだった。
アズモとフィドロクアさんの年齢差を考えるとたどたどしいのも納得もしてしまうけど、竜王家では珍しいレベルでフランクに接してくれるフィドロクアさんに人見知りをしているのを見ると何かを察してしまいそうになる。
なんて眺めていたら、フィドロクアさんの後ろからぴょこっと水色髪の元気っ子が顔を出した。
「ア・ズ・モ~~!!!」
フィドロクアさんの後ろから現れたラフティーが両手を広げてアズモに飛び掛かる。
「なっ!?」
アズモが驚いた声を出す。
「あ、これ巻き込まれるな。流石に兄さんの目の前でラフティーに抱き着かれるのは気まずいだろ」と察したコウジがひらりと身を躱してアズモを刺し出したから。
アズモは逃げたコウジを見て情けない声を出した直後にラフティーに補足された。
「アズモ~、アズモ~、お久しぶりだわ~」
「放せ。昨日もゲームで会っただろ」
「ゲームで会うのとリアルで会うのは別なのだわー」
「鬱陶しいから放せ」
「あ、そう言えばあのゲームにアプデが入ったらしいからやるわよ」
「もうやった。私はもう充分やった」
「レッツゴーだわ」
「話を聞け。放せ。……コウジ」
アズモが嫌そうな顔を浮かべてコウジに助けを求めたが、コウジは両手を合わせてお辞儀をするだけで一切手は差し出さなかった。
ちょっとの怒りを顔に浮かべたアズモが楽しそうに笑うラフティーに手を引かれ奥に消えていった。
途中でお手洗いから帰って来たルクダが「なんか面白そうな事してる!」と言い、ニコニコしながらアズモの空いている方の手を掴んだために完全に逃げられなくなっていた。
この男、中々に非情。
アズモをラフティーに差し出す場面を両手で数えられない程見た気がする。
「勝負だわアズモー!」なんて声が後ろから聞こえた。
一連の流れを見たフィドロクアさんは左手で顔を覆いながら「くっ、はっはっはっは!!」なんて高笑いしていた。
この人もこの人で、自分の娘にいいようにされている妹を見て笑う傾向がある。
こちらも決して助けはしない。
「そういや、なんで明日から学校だっていうのに、こんな場所に皆でいるんだ?」
「あー、それは――」
アズモが引きずられていくのを見届けた二人は何も無かったかのように話を始める。
ちょっとアズモが可哀想だから私が付いて行ってあげよう。
後でだけど。
「はあ、はあ……なんとか無事にここまで……」
何故か満身創痍のダフティが額に浮かんだ汗をスフィラに拭ってもらいながらそう零した。
「大丈夫?」
落ち着かない様子でゲームセンター内をキョロキョロ見渡すダフティに声をかけた。
「あ、スフロアさん、こんばんは。とても疲弊していますが私は無事ですよ……」
私の存在に気付いたダフティが、安堵したように息を吐いてからそう言う。
ダフティの隣にいたスフィラは後ろに下がり、一礼だけする。
「ほんとなの……?」
「ええ。……ただ、少し、ほんの少しだけ、何をどう教えてもハテナマークを返して来るご学友に手を焼いただけです」
「あー……なるほどね。お疲れ様」
ラフティーの家で行われた勉強会の様子が容易く想像できてしまった。
「でも、ダフティは瀕死なのにスフィラの方は疲れていなさそうね? まさか、ラフティーとダフティのマンツーマンだったとか?」
澄ました顔で立っているスフィラに声を掛けた。
「いえ、ダフティ様と私のツーマンセルで臨みました。疲弊していないのは鍛えられているからです」
「ポーカーフェイス? どんな事があっても表情を崩さないようにって教えられていたりするの?」
「そうではありません。単純に疲れていないだけです。ブラリ様とダフティ様に鍛えられているのであの程度では疲れないのです」
「へー、そういう事ね」
「スフィラ……?」
スフィラの話を聞いて私は感心したけど、ダフティはスフィラの発言に引っ掛かったみたいでいつかみたいに黒の深い目をスフィラに向けていた。
超至近距離で視線を向けられてもスフィラは澄ました顔を崩さない。
精神的体力面はスフィラの言う通り鍛えられているのだろうけど、ポーカーフェイスの方もかなり鍛えられているように思う。
まあ、この兄妹の周りで色々あったものね。
これくらいメンタルが強くないとやって来られなかっただろうし。
……と、いけない。
ここではそういう事は考えないようにしないと。
楽しい時間なのだから、少しでも長引かせたい。
「十九時きっかり。堅物なダフティらしい時間厳守だね」
腕時計を見ながらブラリがやって来た。
「こんな時間にゲームセンターに来ている時点で私はそれに当てはまらないです。真面目な子達は今頃、春休みの思い出を家族と喋りながらご飯を食べている所です」
「その通りです。ダフティ様は悪い子になれています」
「そうです。私は兄様と同じで悪い子です」
「うーん、妹の成長ぶりを喜ぶ気持ちと、この方向性で合っているのかなと心配してしまう気持ちの二つが存在して複雑だね」
ブラリが首の裏を掻きながらそう口にした。
良い方向に成長しているのかは分からないけど、なりたい方向には成長しているのだから良いんじゃない?
なんて言いたいけど、これは家族の話だから何も言わない方が良いわね。
「ところで、兄様! アズモさんとずっとゲームをしていたって本当なのですか!? 私とも同じ時間ゲームをしてください! 兄様とゲームをするためにスフィラに特訓をつけてもらったので退屈はさせません!」
「良いよ。でも手加減はしないからね」
「臨む所です!」
「ダフティ様、ブラリ様、今から二時間もゲームに興じてしまうと晩御飯を食べられなくなってしまいます」
なんて言いながら、三人は格闘ゲームの方へ歩いて行った。
私の周りで格闘ゲーム流行り過ぎじゃないかしら……。
キャラコンとか、フレームの概念とか、必殺技のストックとか、コンボとか……私には難しい内容ばかりでどうしても敷居が高いように感じてしまう。
でも、折角みんなでゲームセンターに来たんだし、私も何かゲームをやってみたい。
私にも出来るゲームは無いかしら?
「気付いたらスフロアしか居ない。皆はどこに行ったんだ?」
何をやるか考えていたら、端の方で喋っていたコウジとフィドロクアさんがちょうど良いタイミングで戻ってきた。
「みんなは格闘ゲームの方に行ったわ」
「あいつらまたやっているのか。よくもまあ疲れずにずっと同じゲームをやっていられるな」
コウジはフィドロクアさん達が合流するまでの事を思い出しながらそう言った。
何しろコウジもコウジで、アズモに「一緒にやって」と懇願されてずっと格闘ゲームをやっていたばかりだったりする。
「ね、私達も私達でゲームをやっていかない? 勿論、格闘ゲームではないけれど。フィドロクアさんもどうですか?」
「お、おお……? 俺もゲームに誘っているのかあ? 別に良いが、俺は若い奴等と違ってゲームは得意じゃねえぞ? 娘にも『パパ弱いから一緒にゲームやってもつまらないわ!』って言われたしなあ……」
「ええ、フィドロクアさんも出来そうなゲームがそこにあったのでどうかなって。麻雀って卓上ゲームなのですけど」
「それなら出来るが、逆にお嬢ちゃんは出来るのか? 麻雀なら俺はまあまあ強いぞ。上の兄妹達の間で一時期流行ったからな」
「麻雀ならアズモ達に付き合わされたので私も出来ます。で、コウジもそれで構わないかしら?」
「良いぜ。俺の平和で焼き尽くしてやるよ」
三人麻雀を東風でしばらく回した。
フィドロクアさんの字一色で一回、私の対々和ドラ六で一回、コウシが飛ばされた。
「運ゲーじゃねえか!」ってコウジが叫んだあたりで格闘ゲームをやっていた面々が戻って来たのでご飯に移動した。
晩御飯決めじゃんけんで勝ったラフティーの希望の元、晩御飯は焼肉になった。
―――――
「俺の上に座るなって。せめてこっちじゃなくてテーブルの方を向いてくれよ」
「違う。私の下にコウジが座って来たのだ」
「いや、それはなんかおかしいよね?」
「なるほど、そういう手が……! アズモさんからは沢山の事が学べます!」
「いえ、ダフティ様。あれを真似するのはどうかと思います。コウジ様の顔を見てください。結構本気で邪魔くさそうにしているように見えますが」
「いや、あれは『しょうがないな』って自分に言い聞かせて受け入れる顔だよ」
「アズモが頭の良い事をしているわ! ルクダ、あたし達もやるわ!」
「うん、分かったよー!」
「こいつらっていつもこんな馬鹿なんか?」
「はい……。毎回こういうくだりをやるくらいには残念な奴等です……。恥ずかしいわ本当に……」
顔を抑えながらフィドロクアさんにそう返した。
ショッピングモールから移動し、近くの焼肉屋に来たら奥の大部屋に通された。
でっかいテーブルが一つだけ置いてある掘りごたつ式のよくある部屋だった。
大部屋を取れたから良いものの、所構わずこういう事をするのは普通に恥ずかしいからやめて欲しい。
人目をはばからずコウジにくっつきたがるアズモが一番やばいのは勿論だけど、咎める奴が居ないのも不味い。
アズモを甘やかすコウジに、面白がるブラリに、学ぶダフティに、忠言をするスフィラに、真似するラフティーに、ノリが良いルクダ。
駄目だ、私がしっかりしないと。
「む、何をする放せ」
「黙って引き剥がされなさい」
「やめろ。例え私が許してもコウジは貴様のその行為を許さない」
「許す」
「うわああ! コウジの薄情者!」
アズモをコウジから引き剥がして隣に座らせた。
本来ならば、隙さえあればくっつこうとするアズモをコウジの隣に座らせておくべきではないのでしょうが、間に私が挟まったりするとアズモの機嫌が分かりやすく悪くなるから隣に座らせておいてやる。
ただ、私がそのアズモの隣に座る事でアズモの蛮行を阻止する必要は勿論ある。
「ふーむ、しかし、家族仲は良いけど、兄妹仲はそこまで良くないで有名な竜王家からまさかあんな仲の良い兄妹が産まれるなんてなあ……。やっぱり歳が近いのが良いのか? いやでも、歳が近いはずの上の奴らはクソ程仲がワリイしな……」
ブツブツ呟きながらフィドロクアさんがコウジの前の席に座った。
「パパがいるからやっぱあっちに行くわよ!」
「うん!」
別の場所に座っていたラフティーがフィドロクアさんの隣に座り、その隣にルクダが座る。
「ささ、ブラリ様とダフティ様は奥側の席に。こちら側のお肉は私が完璧に焼いてみせるのでお任せください。場所が変わろうとお二方に火の通り切っていないお肉は提供しないので」
「このメンバーならラフティー以外は生焼け肉を製造しないからそんなはりきらなくても良いのにね」
「それに私達は人間ではなく鬼なので、生焼けどころか、生でも何ら問題は無いです」
「では、ただひたすら美味しい焼き加減のお肉を提供する方針でいきます」
「え、もしかして全ての肉をよく焼きの状態で提供しようとしていたの?」
スフィラに促されたダフティが私の隣に座り、その隣にブラリ、二人の前にはスフィラが座った。
「なんでも好きなものを頼んで良いが、酒だけは頼むなよ? 身体に影響が無いとは言え、この国では未成年の飲酒が禁止されているからよお」
フィドロクアさんがみんなにそう言い、みんなは「はーい」と返す。
こちら側にあった注文用のタッチパネルはラフティーが持ち、向こう側ではスフィラが持った。
「焼肉屋では焼肉独自の順番で焼いて行く必要がありますので、注文も私にお任せください。初めはタンを焼くのでお好きな味を」
「とりあえずカルビを十人前、ハラミを十五人前とかで良いわよね! 冷麺とかビビンバもあるわ! 石焼ビビンバに、チーズビビンバ、特製冷麺と、トマト冷麺、あ、唐揚げとか、ポテトもあるわ! 全部頼んでおくわ!」
「待て待て待て、駄目に決まってんだろうが。腹がパンクしちまう。つうかよお、タッチパネルを持つなっていつも言ってんだろ」
「むえー……」
「可愛くしても駄目だ。俺はそれで何回も地獄を見せられてんだ。俺がこのアホ娘を抑えておくから、代わりにコウジが頼んでくれ。あ、ついでにピッチャーでビールを頼んでおいてくれ。あと、魚の唐揚げもな」
スフィラが淡々と注文を進めていく中、こちらではいつもの調子で馬鹿みたいな量を頼もうとしたラフティーがフィドロクアさんに注文パネルを取り上げられていた。
コウジは「おい、保護者」と、当たり前のように酒を頼んだフィドロクアさんを注意しながら、注文パネルを操作してカートに入れられていた無数のメニューを取り消していた。
口では注意しながらも、お酒とツマミを入れているのを私は見逃さなかった。
「適当に頼むから好きなの言ってくれ」
「私もとりあえずタンが食べたいわ。あとサラダもお願いね。味はコウジのお任せで」
「ルクダはホルモンが好きー」
「私はコウジが好きだ」
「じゃあ、あたしはアズモ」
「変なのが二人居んだよな。好きな人じゃなくて好きな肉を言え」
「たまごスープ」
「石焼ビビンバ!」
「肉じゃねえんだよな。別に良いけどさ」
うーん、この我が道を行く所が生物としての強さを表しでもしているのかしら?
フィドロクアさんも焼肉屋なのに、最初に頼む食べ物が肉では無かったし。
そう考えたらやっぱりコウジはそこら辺上手に出来ているわね。
竜なのに周りに合わせて溶け込むのが……。
あれ、コウジって竜じゃ――
――っと、危ないわ。
「そういや、今日のアズモは珍しくまともな服を着てんだな」
一足先に届いたビールを口にしながらフィドロクアさんがそう言う。
「む。それだと私がいつも変な服を着ているみたいではないか」
会ってから十分な時間が経ったおかげでいつもの調子で喋れるようになったアズモが兄にそう返す。
「俺が知らなかっただけで、普段の私服もこういう奴なのかあ?」
「少なくても僕は制服とジャージ以外の服装を見た事が無いよ。だから今日はどうしたのかなって思っているね」
「私服着用可の遠足でもジャージを着ていました」
「私とダフティ様も、制服で向かいましたがね」
「保育園の時も毎日ジャージだったよ」
「ええ、黒か紫か青のジャージを着まわしていたイメージだわ。ちなみに今アズモが着ている服は私が選んだ力作よ」
「アズモの家に泊まった時に借りようと思って勝手にクローゼットの中を開けたけど同じような色のジャージしか入っていなかったから仕方なく一度家に戻ったわ」
「こいつ周りに合わせて普通に私服を着るのは恥ずかしいって思っているから滅多にこういう恰好しないんだよ」
「むっ。ジャージは私の一張羅だ」
「なんだよ、やっぱりレアな姿って事じゃねえか。家族に自慢したいから写真撮らせてくれ。ほら、みんな写真に写るようテーブルに寄ってくれ」
注文を終えたため、会話の内容が「何を食べるか」から「今日何をしたか」に移り変わる。
「うちの娘はみんなに迷惑かけていないか?」
「正直めちゃくちゃ迷惑かけられているよね?」
「むえっ?」
「そんな事ないよ! たぶん!」
「むえっ!?」
「遠足で一人だけ別のバスに乗って逆方向に行ったのは記憶に新しいです」
「高速道路を飛んで追いかけてきたので先生に怒られていました」
「むえー……」
「アホ」
「アズモのだけはただの悪口だわ!」
「なんか春休みの宿題が終わっていないとかで朝から友達に助けてもらっていたから心配したが……ちゃんと駄目だったか。一人じゃ心配だからこれからもこいつをよろしくな」
「言われなくてもだよね。こんな面白い子、いつまでも観察するよね」
「見ているだけじゃなくて助けてやりさないよ」
やがて注文した物が届き、更に場が盛り上がっていく。
「このホルモンもう焼けているよね?」
「そちらはまだです、ブラリ様。こちらなら焼けているのでどうぞ」
「普段皆さんが食べているお肉はこういう感じなのですね」
「なんか貴族みたいな事を素で言っているわね……」
「あー! それはあたしが目を付けていたコウジが焼いていた肉なのに!」
「人が焼いている肉に目を付けるなよ……」
「ルクダが焼いていたこのロースあげるよ」
「コウジ食べさせて」
「はいよ」
「それくらい自分でやらせなさいよね……」
「おいこら、シレっと注文パネルをいじるんじゃねえ。石焼ビビンバを十個も頼もうとするんじゃねえ」
「バレてしまっては仕方ないわ! あたしがパパを抑えている間に、注文を頼んだわ、ルクダ!」
「うん、取り消しておくね!」
「酷い裏切りを見たよね。自然な流れではあるんだけどね」
「コウジ噛んで」
「それは自分でやれ」
「逆に流石にそこまでは許容しないようで安心したわ」
「くっ、はっはっはっ! やばすぎだろ、家の末っ子は! なんでも自分で出来ちまうような一家から咀嚼まで人任せの奴が産まれたもんだ!」
「私はコウジが居ないと生きていけないのだから仕方ない」
素敵な時間が流れていく。
もう、今日の昼に見た映画の内容が思い出せない。
「お酒って美味しいの? 酔うとどうなるのだわ?」
「おねだりされても絶対飲ませないからな。まあだが、酔いに似た感覚を与える魔法が使えるから体験したいなら使ってやろうか?」
空になったピッチャーを見たラフティーが、フィドロクアさんにお酒の事を聞くと面白い返答が返って来た。
「あたしも酔っぱらってみたいわ!」
「おうけい」
フィドロクアさんは了承して、ラフティーに手を翳した。
「んー、なんか危険な感じがするからルクダはそっちに行こうかなー」
「おや、私を隠れ蓑にしなくても、ラフティー様なら酔った所で何も変わらないと思いますが」
「一応だよ」
危険を察知したルクダがラフティーの左からスフィラの左に移った。
お酒は本性を暴き出すなんて聞くけども、普段から何も隠している様子がないラフティーからは何を暴き出すのだろう。
「んー、これが酔った感覚だわ!」
顔が赤くなったラフティーがいつもより若干高い声でそう言った。
「どんな感じなの?」
スフィラの後ろから顔を出したルクダがラフティーに質問をする。
「なんか、いつもより、気持ちが昂っているわ!」
「それはどのような気持ちなのですか?」
ルクダにつられてスフィラもラフティーに質問をする。
ラフティーは両手を広げながら「これはうーん……そうだわ!」と言い、広げた両手をスフィラに回す。
「おや、おやおや。これは非常に不味い予感がします」
「なんか、みんなを好きって気持ちで溢れているわー!」
そう言って、ラフティーはスフィラのほっぺにキスをした。
スフィラは微動だにせずにそれが過ぎ去るのを待つ。
「解除っと。とんでもない光景が見られたな。家の子がすまない」
「スフィラ好き~」
「ああ? まだ解除出来ていないのか?」
魔法を解いたのに未だにスフィラにハグを続ける娘を見たフィドロクアさんが首を傾げる。
「いえ、恐らく解けていますよ。ラフティー様は普段からこうなので」
「ええ……? 家でだけスキンシップが激しいんだろうと思っていたが、まさか外でも?」
「ここに居る面子だと俺とブラリ以外はラフティーにやられていたりする」
「自分の身を犠牲にする事で兄様を守りました」
「殴って止めた」
「まじかあ……。姉貴達がよくやっていた悪しき文化が娘にも継承されていたってか……」
「今更なので私は気にしていないです。フィドロクア様も気にしないで大丈夫ですので」
「このくらいなら別に逃げる必要なかったねー」
親として謝るフィドロクアさんと、いつもの事だと気にしないみんなで空気が割れる。
フィドロクアさんは何か嫌な事でも思い出したのか、顔を抑えながらスフィラに何回も謝る。
みんなは「いつもの事だし」と何ら疑問に思っていなかった。
なんなら、ルクダが逆側から「ルクダもスフィラの事好きだよー」と言いながらハグしているし、ダフティも「私も同じです」なんて言っている。
全く衝撃的な事ではなかったため、誰も気にしていない。
「本当に信頼の証だとしか思っていないので気にしないでください」
「それでもよお……」
「それなら……これは交換条件という訳ではないですが、アズモ様にも先程と同じ魔法をかけてみて欲しいです。ラフティー様と同じく、普段から欲望を解放しているアズモ様に隠された一面があるのか見てみたいです」
気にするなと言われても気にしてしまうフィドロクアさんを見かねたのか、スフィラがそう提案した。
正直な話、私としてはアズモの本性なんて全く気にならないので、アズモにかけるくらいなら隠し事だらけそうなブラリや、ダフティ、それにコウジ辺りにその魔法をかけてみて欲しい。
だって、アズモの本性なんてとっくのとうに見慣れている。
昔からずっとコウジにくっついている所を……あれ?
……最近のアズモってコウジにくっついていたかしら?
あれ……いや、駄目。
もう少しだけ、もう少しだけ、気付かずにいたい。
「アズモを酔わせるだと? 俺の負担がやばそうでやだな……」
「ふ、何を焦っているのだ。私が酔った所でいつもとやる事は変わらない」
「だから嫌だなーって言っているんだよ。あとなんでそんな得意気なんだアズモは」
「私は常時心の内を曝け出した行動をしているから何も恥じる事がないのだ。兄上、許されたいのなら私にかけてみてくれ」
「なんで乗り気なんだよ」
「合法的に甘える事が出来る」
「くそー、そうだと思ったぜ!」
私の横で話が進んでいく。
どうしてか、止めなきゃいけない気がした。
だけど、口が動かなかった。
「はあ、分かった、分かった。やばいと思ったらすぐに止めるからな」
みんなが黙って見守る中、フィドロクアさんがアズモに手を翳す。
フィドロクアさんが手を戻し、その時が来るのを待つ。
だけど数分待っても、アズモが行動を起こす事は無かった。
「……何とも無いの?」
沈黙を破りたくて私はそう言った。
「いつもと何ら変わらない。ただただ、コウジにくっつきたい気持ちが少しだけ高まっているだけ」
杞憂だったみたい。
「そっか、なんとも無かったか! それは良い! よーし、じゃあ皆で楽しい食事に戻ろうぜ!」
「あ。私、酔っちゃったみたい。これはコウジに抱っこしてもらうしかない。酔っているからしょうがない」
「知ってた。こうなるのは」
酔いを利用してアズモがコウジの上に座る。
「うーん、どっかで見た光景だねえ」
「入店時に見た光景と何ら代わりません」
「ラフティー様と一緒ですね。いつもと同じ行動を取っているだけです」
「ああ、なるほどな。お前らにはアズモのこれが、娘のさっきまでの行動と同じって事か」
「はい、その通りです。そのため、気にする必要は本当にないです。これは私達にとっていつもの光kいなので」
あれ今、なんか言葉がおかしかったような気が……。
「ああ、この光景なら俺でも何回も見た事がある。用事で家に帰ったり、保護者参観とかで学校に行ったり、二人が家に遊びに来たりした時に同じ光景を見たな」
いや、気のせいだ。
普通に聞こえる。
これは普通の光景。
「アズモちゃんはいつもこうなんだよー。いつもコウジお兄ちゃんとくっついているの!」
「ええ、そうね。アズモはいつもこう……あれ、ルクダ今なんて?」
「んー? アズモちゃんはいつもコウジお兄ちゃんに甘えているんだよーって」
「コウジお兄ちゃん? え、だって私達は同――」
慌てて口を押えた。
駄目だ、駄目だ。
「ええ、ええ、そうよ。これはいつもの光景よ」
終わりたくない。
まだ夢を見ていたい。
「飽きるほど見た光kいだわ! 何故だかアズモは私がコウジにくっつこうとするのは阻止してくるのだわ! 独り占めしていてズルいわ!」
「ふん。双gおの特権だ」
言葉がまた崩れる。
「あー、酔っているせいで色々思っている事を言ってしまうぞー。コウジご飯食べさせてー」
「棒読み過ぎるだろ、まあでも、ほら。そろそろ終わりだろうしやってやるよ」
「いえ、まだ続くはずよ。終わりなんて――」
コウジの言葉に反応してしまった。
「ん、もう終わりだろ? だってもう十分食べただろ?」
「……! え、ええ! そうね、もう十分食べたわ! だからそろそろ食事は終わりよね!」
「ああ、そうだな?」
コウジが訝し気な表情を私に向けて来る。
コウジだけじゃない、みんなが私にそんな目を向けて来ているのが分かる。
この場でおかしいのは、私ただ一人。
「酔っているせいで思いが口に出てしまうー、コウジ撫でてー」
「はいはい」
空気を払拭するためか、それともただ自分の欲望を完遂するためなのか、アズモが要求を口にしてコウジがそれに答える。
「あーあ、また始まったよ」
ブラリが呆れた声を出す。
「そうですね」
ダフティがそれに続く。
「そろそろデザートとか頼まれますか?」
スフィラが二人に提案する。
「デザート!」
ルクダが目を輝かせる。
「ふっふっふ、そう言うと思って気を利かせといてあげたわ!」
ラフティーが自信満々に注文パネルを掲げる。
「あっ、こいつ! 各アイスを十個ずつ頼んでいやがる! ちょっと店員捕まえて注文をキャンセルしてもらいに行く! 誰かそいつからそれを取り上げておいてくれ!」
フィドロクアさんが慌てて部屋を出て行く。
「コウジー、もう一回食べさせてー」
アズモが棒読みで要求を口にする。
「はいはい」
コウジがそれに応える。
周りがまたうるさくなっているはずなのに喧騒が聞こえない。
私だけがこの場に溶け込めていない。
二人から目を離せない。
その中でアズモとコウジの会話だけが耳に入って来る。
「コウジ、水飲ませて」
「はいよ」
「コウジ、面白い話をして」
「無茶言うな」
二人が普通に話す。
何の違和感もない普通の会話。
「コウジ」
「なんだ?」
「呼んでみただけ」
「そうか」
言葉が短くなっていく。
二人以外の気配を感じない。
視線を動かしても、もうそこには何も無い事が分かる。
「コウジ」
「なんだ?」
駄目。
「抱きしめて」
「仕方ねーな」
「コウジ」
「なんだ?」
駄目なのよ。
「私を一人にしないで」
あ……。
「ごめんな」
コウジはその言葉を最後に目の前から消えた。
コウジの座っていた席にはアズモだけが残った。
お洒落をした女子高生の姿じゃなく、普通の姿に戻ったアズモが居た。
「あ、あ、ああ……あああああああああああああああああ!! 駄目なのだ! 私はコウジが居なければ駄目なのだ!!」
ああ、また、こうなるんだ……。
「――いない!」
……あの日から、何度も同じ夢を見ている。
「コウジが私の身体に居ない!」
争いも、異形化も、嫌な事もない平和な国。
魔物と人間が共存する平和な国。
そんな場所で、みんなと一日を楽しく過ごす夢。
この夢は毎回同じ結末を辿り着く。
「コウジが消えてしまった!」
コウジが消えて、アズモが異形化する。
分かっていても、避けようとしてもどうにもならない。
蹲るアズモから紫色の光が放たれる。
「それがどうしたって言うのよ!!」
アズモを両腕で抱え、そう叫んだ。
「あんたには、コウジが残してくれた沢山の友達が居るはずだわ! 仲の良い家族もいるじゃない! なのに、それじゃ足りないって言うわけ!?」
叫んだってアズモは止まらない。
「贅沢よ! あんたは贅沢者だわ!」
光が強くなる。
「私で我慢しなさいよ! 私がコウジの代わりになってあげるからいい加減……!」
「止まってよ…………!!!」
―――――
「……」
目覚めは最悪。
この悪夢を見た後はどうしても憂鬱になってしまう。
「未練がましいわね、私……」
十年経っても諦めきれずにいる自分が情けない。
起き上がり、カーテンを開き、朝日を浴びる。
「いつか絶対に助けてやるから待っていなさい」
そう言ってから、身支度を始めた。
背反の魔物一部がいつの間にか総合評価800ptを超えていました!
ありがとうございます!
二部の方も現在連載中なのでよろしくお願いいたします!




