エイプリルフール外伝 「いつものデート」 2
「アズモの言っていた通り、面白い映画だったわね」
映画が終わり、ロビーに戻る。
「ふん、2クール共評価の良かった作品の映画なのだ。今回映画化される事により、エピソード0という原作にはない話が作られると聞き不安だったが、やはり神作なのは変わらなかった……ところで、上映中に私の事を殴ったよな?」
「殴っていないわよ」
「……」
「?」
アズモは訝しげな視線を向けて来たので、笑顔を返す。
しばらく見つめ合っていたけど、アズモは無駄だと悟ったのか視線をグッズ売り場の方に向けた。
嘘は言っていないから良心は何も痛まない。
「な……映画記念限定グッズだと……?」
そう言ってアズモは少し走り、直ぐに引き返してきた。
「コウジ」
一人じゃ、緊張してレジに並ぶ事が出来ないため助けを求めに来たみたいだ。
「ごめんな、映画中に電話がいくつか来ていたみたいだからちょっと俺は電話してくる。代わりに行ってやってくれないか、スフロア」
そう言ってコウジは私の返事を聞く前に、スマホを耳に当てながらどこかに歩いて行った。
私が断らない事を微塵も疑っていない。
「……スフロア」
アズモが複雑な顔をしながら私を見てきた。
この女には頼りたくないけど、グッズはどうしても欲しい。
そんな感情が混ざっているように見えた。
「そんな難しい顔しないでも、どこにでも付いていってあげるわよ。はぐれないように手でも繋いで歩く?」
アズモの意に答え、ついでに左手をアズモに向けて挑発しておく。
こうした方がアズモも遠慮せずに済むと思った。
「……」
自分に向けて伸ばされた左手を見て何を思ったのか、アズモは左手と私の顔を交互に見る。
そして、迷うように私の左手を握ってきた。
「……!?」
「狙うは映画限定タペストリーだ。私の部屋とコウジの部屋用に全てを二つずつ買う」
まさか本当に握ってくるとは思っていなかった。
「え、ええ。分かったわ」
内心凄く驚いたけど、アズモにそれを悟られるのは嫌だから平常心を装う。
――そういえば、アズモの家系はスキンシップが激しい傾向にあるんだっけ。
ラフティーも当たり前のように私にハグしてくるし、アズモもいつもコウジにくっついている。
いつも室内にいるせいで、ちっとも日に焼けていないアズモの白い手を見てそれに気付いた。
なんか、負けた気がした。
―――――
16:15
すまん、用事が出来たから少し抜ける
17時には戻るからアズモの面倒を頼む
「仕方ないわねえ……」
目当てのグッズを買えてホクホク顔のアズモを横目にコウジに返信した。
いつもなら、コウジを間に挟まないと喧嘩をしてしまうから、アズモとはまともにコミュニケーションが取れないけども、今のアズモとなら普通に話せそうな気がする。
「アズモ」
今ならアズモとやってもみたかった事が出来るかもしれない。
「服を買いに行くわよ」
「……」
アズモとやってみたかった事を口に出してみたけど、アズモは私の言葉に答えずに辺りをキョロキョロ見渡す。
「……コウジ?」
どうやらコウジを探していたみたい。
「コウジなら居ないわよ。ほら」
スマホでコウジとのやり取りを見せる。
意味を理解した瞬間走り出そうとしたアズモの手を掴んだ。
「どこに行くつもりなのかしら?」
「コウジのところに行く」
「駄目だけど?」
「む」
いつもならここで喧嘩が始まるけど、今日は大丈夫。
「ねえ、これ見える」
左手に持っていた紙袋をアズモに見せた。
「映画の限定グッズ、沢山買えて良かったわね?」
「む……」
「いくつか個数制限あったわよね。全部を二つ買うためには一人じゃ駄目だったわね?」
「……」
「良い買い物が出来て良かったわね?」
「…………」
なし崩し的にとは言え、付き合っておいて良かった。
だってこれで、私の買い物に付き合ってもらう大義名分が出来たもの。
「私、服を見に行きたいなあ~」
「……てやる」
「え?」
「服でも、アクセサリーでも、化粧品でもどこでも付き合ってやる。ただし、30分だけだからな!」
30分。
とても短いけれど、こうなった時のシミュレーションを何度もしておいたからどうとでもなる。
―――――
16:15
すまん、用事が出来たから少し抜ける。
17時には戻るからアズモの面倒を頼む。
16:16
良いわよ
ただし、夜ご飯は期待させてもらうわね
16:17
任せろ
16:23
コウジのばか
↑はアズモよ
16:50
良い物が取れたからコウジにも共有しておくわ
アズモを着せ替え人形にして遊んだ写真をコウジに送ったら、直ぐに全ての写真にグッドマークが付いた。
「ついでに私の写真も送ったらどういう反応が返って来るのかしら……?」
試してみたいけれど、残念なことに今回私はアズモの事に集中し過ぎて自分の事は何もしていない。
それならば、既に撮ってある自信作から切り札を切れば良いという事は分かっている。
だけどそれだとあまりにも、「こいつは褒めて欲しがられている」感が露骨過ぎる。
流石にそれは良くないと私のプライドが警報を鳴らす。
「はあ……。……なによ?」
溜息を吐くとアズモがジッと私の事を見ているのに気付いた。
「私の写真を見てコウジはどんな事を言っている?」
ソワソワした様子のアズモがそう聞いて来た。
「別に何も言っていないわよ」
「……」
「何も言っていないけど、リアクションはしてくれているわよ。ほら」
シュンとした様子のアズモにコウジとのやり取りを見せた。
「ふん」
分かりやすく元気になったアズモが勝ち誇った顔を私に向けて来た。
いや、勝ち誇っているように見えているだけで実際の表情はそこまで変わっていない。
だけど、今のこの表情は私にも分かった。
こいつ、何故か私にマウントを取って来ている。
コウジから見て、貴様よりも私の方が可愛いのだぞってアピールしてきている。
いつもなら気にしない。
いつもならこんなくだらない煽りには反応しない。
だけど今日は、先程まで「私も自撮りを送ってみようかな」と思った今日は反応せずにいられなかった。
「何か、勘違いしているみたいだけど、私の方が異性からの評価は良いからね?」
「なっ……!」
「だって、私は毎日最低3人からは告白されるから。私は自分の面の良さに胡坐を掻いているアズモと違って努力を欠かしていないから。元々顔が良い私達なら勝負に勝つためには顔以外で勝負するしかないに決まっているじゃない?」
「確かに……。だが私は、コウジから良く思われていればそれで十分だ……」
「それもそうね……。結局は好きな人から好かれるかどうかよね……」
アズモと話しているとこの結論に毎回落ち着く。
持って生まれた顔の良さ以外で努力をしている方が勝てるなら私が有利って事よねって言いたいが、コウジに詳しい私達には分かる。
コウジは見た目で靡かれたりしない。
これは決して、コウジに対して人の内面しか見ない心の清らかな聖人だって評価をくだしている訳ではない。
いや、だからと言って顔しか見ていない屑って言いたい訳でもないけども。
本筋はそこではない。
単純に、コウジの周りには見た目の綺麗な人が多すぎる。
一緒に育ったアズモ然り、保育園からの幼馴染である私然り、その他にも、その道の完成形みたいな顔をした綺麗な人が多い。
天真爛漫で可憐という表現の似合うルクダと、ラフティー、聖母のような慈悲深さと包容力のアグノスさん、堅物系で面倒見のいい長女のエクセレさんに、不真面目で隙の多い三女のディスティアさんに……。
考えたらきりがない。
そもそも、家族が多すぎるせいで身近に女の人が多い。
何より心配なのは……。
「コウジって絶対年上好きよね……」
「……私の見立てだと9割の確率でそうだ」
私が漏らした言葉にアズモが共感する。
小さい頃からコウジと居るが、コウジが今までに好きだったと思える人――懐いていた人を一人しか知らない。
そしてそれは年上の……保育園の頃の担任の先生。
あの人以外でコウジが懐いていた人が思いつかない。
どうすればあの美少女・美女強耐性持ちの心を揺れ動かす事が出来るのか。
アズモと同衾しても熟睡出来るツワモノの心。
「やっぱ無理ねえ……」
……まあ、だけど、それで良い。
恋は叶わない方が良い。
あれやこれや考えていたらスマホから通知音が響いた。
16:58
用事が終わったから戻る
三階のゲーセンで合流しようと思っているが
それで大丈夫か?
「ゲーセン」
「……近いわね」
通知の確認をしていたら、アズモが顔を近づかせて来た。
左を向いたら唇が触れてしまいそうな距離。
こいつらの家系の距離感はぶっ壊れているわ。
16:58
異議はないわ。
直ぐにゲームセンターに向かうわ
「アズモも集合場所はそこで問題ないでしょ?」
「当然。さっさと行くぞ」
紫の芋ジャージからトレンドの服に着替えさせたアズモが飛んで行こうとしたので、慌てて手を掴んだ。
「エスカレーターを使いなさい」
背中が空いた服を着させるとこうなるから注意が必要だ。
服に穴を空けないために脱ぐか、空いてない服を着るアズモに対し、コウジは躊躇なく服に穴を空ける。
ここだけは、コウジよりもアズモの方がマシなところだったりする。
「飛んで行った方が早いのに……」とぶつくさ文句を言うアズモの手を引いてエスカレーターを登っていく。
調子に乗って買い過ぎたアズモ用の服達を右手で全部持つ必要があるため、ちょっと辛い。
小さな子を持つお母さんはこんな気持ちなのだろうか。
「遅い。急げ」
「あんたねえ……」
でもこいつは、小さい子ではない。
なんとも言えない複雑な気持ちを出し掛けて堪える。
急かしてくるアズモを宥めながらゲームセンターに入った。
相変わらずの騒音に耳を抑えたくなる。
隣で目をキラキラ輝かせるアズモにうんざりした目を向ける。
ここの何が良いのか私には分からない。
「最近アプデが入ったあれをやっときたい」
コウジとの合流を忘れ走っていくアズモの手が私の手を離れた。
ここに来たアズモは童心全開。もう誰にも止められない。
格闘ゲームが並ぶエリアに走っていくアズモの元へ、溜息を吐いてから歩いて行く。
「ほんと、何が楽しいんだか……」
その時、肩に誰かの手が触れた。
コウジが来たのか。そう思い、振り返る。
「コウジ――」
「よ、綺麗なお姉ちゃん。重そうな荷物持ってるね、俺らが持ってやるよ」
知らない二人組。
天辺が黒くなっている金髪の軽薄そうな男の人と、銀髪のガタイの良さそうな男の人。
私が何も言わない事を肯定と受け取ったのかどうかは知らないけど、銀髪が私の荷物に手を伸ばし、強引に取っていこうとする。
だけど、私は触られたくなかったのでそれを避けた。
「遠慮すんなよ~。せっかく持ってやろうとしてんのにさ~」
荷物を取れなかった銀髪が肩を竦め、そう言った。
見た感じ二人は人間のように思う。
それなら身体能力で劣る訳がないので、どうにかされる事などない。
ただ、ひたすらに不快ではある。
「ね、そんな怖い顔しないでよ。俺達別に悪い事をしようとしている訳じゃないからさ。ただ、一人だとツマラナイでしょ? 一緒に遊んであげたいだけだよ?」
ナンパか。
なんでこんなに上から目線なのかしら。
「悪いけど、あんた達と遊んであげるつもりなんてないわよ。だって、あんた達と一緒に遊んでもつまらないでしょうし」
「じゃあね」と言い、その場を去ろうとしたら、肩に手が伸びて来た。
「待ってよ。後悔させないからさ」
「しつこいわねえ……。もうフラれているんだから諦めなさいよ」
「いやいや、君みたいに可愛い子を一人にはさせるほど俺らは薄情じゃないんだよね」
慣れ慣れしい。
ナンパしてくるやつは総じてメンタルが強い。
一回断るくらいでは引かない事がほとんど。
これが面倒だから、コウジに彼氏役を頼んだというのも僅かばかりあるけども、今回はコウジが居ないから「彼氏がいるからそういうの止めてもらえない?」作戦が使えない。
どこで何をしているのかしら、コウジは。
「悪いけど、私は一人で来ている訳じゃないから」
「はいウソー。だって本当に一人じゃないならその量の荷物を一人で持たないでしょ」
「あのねえ……」
「ほら、俺らが持ってあげるからさ」
段々、イライラしてくる。
問題を起こしたら面倒だから言葉と態度で断ろうとしているのにこいつらにはそれが分からないのかしら。
また伸びて来る手が、荷物に触れかける。
――バシンッ!
軽快な音が響き、伸びて来た手が明後日の方向に弾かれた。
後ろからやって来た誰かが、私の横に並ぶ。
アズモだ。
目当てのゲームに向かっていたはずのアズモが戻って来ていた。
「アズモ――」
「――私の彼女に手を出すな」
「……」
何を言っているのかしら、こいつ。
人見知りで話すのに慣れていないせいで、変な事を口走っている。
私がアズモの彼女?
はあ?
せめて逆でしょ。
私じゃなくて、アズモの方が彼女役に向いているでしょ。
守ってあげなきゃ感は私よりもアズモの方が強いでしょ。
「……プッ! アハハハ! 一人じゃなかったんだね! でも恋人ではないでしょ!」
「これまた綺麗なねーちゃんが来たじゃん。やっぱ可愛い子の友達は可愛いな」
「……」
あーあ、ほら。
威勢よく出て来たのは良い物の、ナンパ男達が全く怯まないせいで何も喋れなくなっているじゃない。
「あれ、彼女に手を出すなって言ったら引くはずでは? 漫画にはそう描いてあったぞ」みたいな表情を向けて来ているわ。
本当に頼りない、彼氏ね。
「情けないわねえ、アズモは」
「むっ、元はと言えば絡まれているのが悪い」
「はいはい、助けてくれてありがとね。それでここからどうするの、私の彼氏さん?」
「言葉は面倒」
「じゃあどうするつもり?」
「こうする」
「おーい、俺らの事は無視な感じ? 二人の世界に入らないでよ~」
アズモが来た事で更に調子よくなった金髪の男が、懲りずに話し掛けてくる。
あろう事か、銀髪の方の男が「俺はこっちの方が好みかな~」なんて言いながらアズモに肩に手を回そうとする。
「黙れ、消えろ――」
男達が固まった。
アズモが濃密な殺気を放つ。
青黒い翼をはためかせながら。
思わず息を飲んでしまいそうになるほど綺麗な白い肌が、黒に染まっていき、青黒い鱗が隆起していく。
それと共に放たれる、濃密な魔力と殺気。
最強種の竜の中でも一際異才を放つアズモの迫力に耐えられる人間など勿論――
「…………ヒィッ!」
――いない。
ナンパしてきた男達の足元に汚い水が滴る。
「に、人間じゃねえ……!?」
「す、すみませんでしたああああ!!」
男達が叫びながら逃げていく。
だけど、自分の垂らした水に足を滑らせ盛大に転ぶ。
ツルツルと転び、筐体に頭をぶつけ気絶した金髪の男を銀髪の男が抱え消えていった。
「ふん、やはり暴力。暴力が全てを解決する」
「なに物騒な事言っているの? 助けてくれてありがとうって言いたいところなのだけれど、あとあの男達のお漏らしどうするつもりなの?」
「火で燃やす」
「そんな事をしたら火災報知器がなっちゃうでしょ。店員さんを呼んで拭いてもらうのも申し訳ないし、はあ……」
氷魔法で凍らせ、触らずに済むように浮かせてトイレまで持っていき流した。
「魔法って便利なのだな」
「何を今更。コウジに絡んでいないで、あんたも授業を真面目に受けていたらこのくらい余裕で出来るようになるわよ」
後始末を行い、今度こそ格闘ゲームのエリアに向かう。
椅子に座り、100円を投入するアズモを横目に店内をキョロキョロと見渡す。
ここで集合のはずなのに、コウジが居ない。
「む、店内マッチングだと? 面白い……」
アズモがブツブツ言いながらボタンをカチャカチャする。
コウジを探しに行きたいが、アズモと離れる訳にはいかない。
アズモのやっているゲームの向こう側に一人誰かが居るみたいだけど、コウジが集合よりも優先してゲームをやるとは思えない。
妹のアズモは集合よりも優先してゲームをやっているみたいだけど。
「こいつ、強い……まさか、こんな田舎にこれ程のプレイヤーが……?」
またアズモが何かブツブツ言っている。
どうでも良いけど、一戦だけやらしたらそこで切り上げさせてコウジを探しに行くかしら。
「なっ、1R取られただと……? 仕方ない本気を出してやる」
アズモが悪役みたいな事を言っているのを横目に見ながらスマホをチェックする。
しかし、コウジからの通知は来ていなかった。
仕方ないので、こちらから「今どこにいるの?」とメッセージを飛ばす。
すると直ぐに返事が来た。
17:18
もう来ているぞ
こっちはクレーンゲームの辺りに居るがそっちはどこにいる?
まさかの返事だった。
再び周りをキョロキョロ見渡す。
近くにはコウジらしき人影が見当たらない。
「こ、こいつ、さっきから厭らしい技ばっかり使ってくるな……。まさか……? スフロア、対面の相手を見て来い」
アズモが変な事を言い出した。
戦い方が知っている人と同じだったのかしら?
アズモの知り合いと言ったら、オンラインで知り合った人でしょうし、私が見ても分からないと思うのだけれども……。
まさか、コウジが座っている訳でもあるまいし。
なんて思いながら、渋々アズモに言われた通りにする。
思った通り、男の人が一人居た。
黒い帽子を目深に被り、黒縁の眼鏡を掛けた男の人。
ただ、眼鏡のレンズには光が反射出来ていないところを見るに、度が入っていなさそう。
眩しそうなのによく出来るわねと思いながら、目線を外そうとしたら、帽子から少しはみ出している前髪が見えた。
「あら……?」
くるくるした癖毛。
帽子のせいで全体が見えないから何とも言えないけど、見た事のある癖毛のように見える。
「んー……?」
よくよく見たら、猫背具合も見た事がある。
ただ、断定するにはまだ情報が足りない。
そう思っていたら、癖毛の男の人が一瞬だけチラッとこちらを見た。
目は合わなかった。
上手く視線を逸らされた。
そしてそいつは口を開く。
私に聞こえるか聞こえないか絶妙な声で。
「あーあー、2R目取られちゃったね。1R目はやっぱり様子見だったみたいだね。本気を出されたら骨が折れるよ」
……聞いた事がある声。
そんなつもりはないのでしょうけど、人を小馬鹿にしているような飄々とした雰囲気がある。
相手を強いとは認めているけど、負けそうとか不安事は口に出さない。
あくまでも、勝ちに行くつもりの強気な発言。
「じゃあ、僕も本気を出そうか」
そう言い、癖毛の男は帽子を取り、膝の上に置く。
口には笑みが浮かんでいた。
「……ブラリ?! どうしてここに居るの!?」
用事があると言っていたブラリが席に座っていた。
「やはり、ブラリか! 小粋な真似を! だが、私は負けんぞ!」
私の声が聞こえたのか、アズモがそう言った。
「たまたま近くに来ていたからね。コウジ達ならここを遊び場にすると思っていたし、アズモならこのゲームをしに来ると思っていたよ。最近アップデートが入ったからね。二時間くらいここで待った甲斐があったね」
「よくやるわねえ……」
呆れるものの、ブラリの情報力には驚かされた。
私達を良く見ているし、そこからどう動くかをちゃんと考えられている。
そして、そんな力をこんなちょっとした事に使ってくるとはね……。
驚かされるものの、やはり呆れてもしまう。
普通二時間も待てるものなのかしらね?
そうこうしている内に二人の勝負が終わった。
結果はアズモの勝ちだったらしい。
そのままもう一戦始めようとする二人を止め、格闘ゲームエリアを離れる。
いい加減、コウジと合流したかった。
クレーンゲームエリアに行くと、ブラリと同じ事を考えていた奴がいたみたいだ。
そいつはフフンとした笑みを浮かべていたが、ブラリを見ると「え、なんでお前がいるんだ」という表情をしたものの、作戦を強行する。
「よし、行って良いぞ」
コウジが青髪の女の子にGOサインを出し、それを聞いた女の子が私に飛び掛かって来る。
「スフロアちゃん~! 皆に会いたくて早めに帰って来たよ!」
熊耳の女の子が私の胸に顔をうずめる。
「まさか、ルクダも来るとはね」
ルクダと同じように私も背中に手を回した。
「俺としてはなんでブラリが居るのかの方が気になるんだけどな? なんで居るんだお前」
「用事が終わったからね。せっかくだから驚かしに行こうかなと思ってね。まさか、ルクダちゃんも来るとは思っていなかったよ」
私とのハグを終えたルクダが今度はアズモの方に行き、ハンドシェイクをしてからハグをする。
二人は同じダンス部に入っているからかは分からないけど、独特なハンドシェイクをする。
まあ、熱心に活動しているルクダと違って、アズモはほぼ幽霊だけど。
自分の好きなアニメのオープニングに、ダンスが使われていたらそれを覚えるまでの間だけ部活に顔を出し一人で本気の練習をするだけの不真面目な幽霊部員だけど。
私も同じ部活に入ろうかしら……?
「あんたらそろってサプライズを企てているとはね。もうここまで来たらあの三人にも声を掛けてみる?」
ラフティーとダフティ、スフィラにも会いたくなってきた。
ラフティーの宿題が終わっていないから来られない事は分かっている。
だからこれは冗談。
「その必要はないよ。ほら」
冗談を言ったら、ブラリがなんでもないようにスマホの画面を見せて来た。
15:03
兄様、お父様が「返事が返って来ない」と言っています。
「今日のご飯は家で食べるのか?」との事です。
15:04
連絡ありがとう
ちょっと前に喧嘩してブロックしたのを忘れてそのままにしていたよ
解除するのも面倒だし、「ご飯は要らない」と返しておいて欲しいな
15:05
分かりました。
15:10
兄様は今日、どこでご飯を食べるのですか?
15;12
コウジ達と一緒に食べる予定だよ
15:13
そうですか。
15:30
私もご一緒してよろしいですか。
15;31
いいよ
15:32
19時あたりにそちらに行きます。
場所は恐らくですが、スフロアさんがよく映画を観に行っているショッピングモールですよね。
15:32
正解
おいでよ、待っているから
15:33
はい。
「ね?」
「本当じゃない。……いやでも待って、まだ全員が集まるとは限らないわ。まだダフティが勉強会から抜けて一人で来る可能性は捨てきれない」
「いや、それはないぜ。ほら」
15:45
ダフティがブラリ達とご飯に行こうって言っているわ
だから行くわ
16:10
宿題は大丈夫なのか……?
16:11
たぶん終わるわ
なんかダフティが凄く張り切っているからたぶん大丈夫だわ
16:12
分かった
16:15
子供だけだと危ないからパパも来るって言っているわ
16:16
フィドロクア兄さんが?
分かった。気を付けて来いよ
「な?」
「なんかあんた達の言い方に腹が立つわ……裏でコソコソしているなーとは思っていたけど、本当に何かやっていたなんてねえ」
昨夜遊びに行こうと言った時は、コウジしか釣れなかったのに。
結局みんなと遊べるなんて思いもしなかった。




