いつかのバレンタイン 竜編3(終)
『チーズケーキ燃えちゃった……』
アズモがそんなまさか、とでも言わんばかりに息を吐く。
吐き出された言葉には悲しさが多分に混ざっているような気がした。
「自信満々に失敗フラグを建てるから……」
炎ブレスクッキングは案の定失敗に終わった。
赤と青が混在する炎にチーズケーキが包まれた辺りで「次は火を使わなくても済むようにレアチーズケーキを作るよう説得してみるか……」なんて考えていたが、今の落ち込んだ状態のアズモにはとてもそんな事は言えない。
アズモに料理のスキルがあるのかどうかは分からないが、少なくとも炎ブレスの火力に関しては突出した才能があったようだ。
青色が混ざったブレスに包まれたチーズケーキはみるみるうちに縮んでいき、最後には灰だけが残った。
『料理がこんなにも大変だとは思ってもみなかった』
身体を共有している俺には、アズモが項垂れているのが分かった。
「…………」
……アズモは齢四歳にして物質を灰燼に帰すほどの火力を伴ったドラゴンだったんだな。
色々言いたい事はあるが、俺は弱っているアズモに小言を放つ事は出来ない。
『蒼炎龍……そう呼んでも構わないぞ……』
蒼炎龍アズモ・ネスティマスか。
そう言うにはあまりにも赤が混ざっていたけどな。
……あとあまりそういうのは自分から名乗らない方が良いからな。
そういうのは人から呼ばれるからカッコイイんだよ。
自称蒼炎龍はダサいだけだからな。
『フィドロクア兄上はどっちなのだろうな……』
やめろよ……。
フィドロクア兄さんによろしくって任された我儘娘っぽそうな奴と会いづらくなるだろ。
俺は嫌だぞ。
ラフティリって子に「水龍兄さんの子か、よろしくな」って話し掛けて「え、お父さんはそんな風に呼ばれてないですけど……」とか言われるのが。
『私の予想が正しかったら例え自称だとしても、そう話し掛けられたラフティリって奴は[ええそうよ、あたしが水龍の娘のラフティリだわ!]と言う気がする。そしてきっと懐かれる』
「そうか? 俺の予想的には『そんな適当な名前でパパの事を呼ぶな!』って怒ってきそうな気がするが」
『ふん。コウジは分かっていないな。我儘娘ラフティリはファザコンだ。私には分かる。そんな我儘娘が父親の事を称えるような呼ばれ方をされて喜ばないはずがないだろう』
「なるほどな……。あとラフティリを我儘娘呼びするのはやめとこうぜ。このままだと初対面で『お、お前があの我儘娘か』って言ってしまうかもしれない」
『気を付ければいいだけ――』
アズモと会話をしながら灰で満たされたチーズケーキの型を綺麗に洗う。
親父も俺達が料理下手なのを察していたのか材料はまだ沢山残っている。
「――なるほどな。つまりラフティリは我儘でありながら、心を許した奴にはとことん懐いてくるって感じのキャラだと予想しているんだな」
『ああ。ラフティリは一匹狼キャラだ。仲が良くない奴には徹底的に攻撃してくる』
「どうしてそう思うんだ?」
『勘だ』
「……まさか根拠はないのか?」
『……そ、そんな訳がないだろう! ラフティリって奴は――』
再びボウルに材料を入れかき混ぜる。
俺の行動に気付いているのかいないのかは分からないが、アズモもボウルを支える手に力をそっと加えてくれた。
心の中で、それに少し笑いながら温めておいたオーブンにチーズケーキを置く。
『――そんな問題児の癖に変に愛想の良さを持ち合わせているから気に入られるのだ』
「落ち着け。キャラ属性がゴチャゴチャになっているぞ。孤高の一匹狼キャラやっていたのにいつの間にかただの尻尾をブンブン振るポメラニアンみたいになっているぞ」
『いや、本当にラフティリって奴はそんなキャラなのだ』
「どうだろうな。まあしかし本当にそうだとしたら、フィドロクア兄さんのお願いを守るのは難しい気がするな。どうやって仲良くなろうか。アズモはラフティリと喋れそうか?」
『……頑張る』
「さてと……」
小学生に上がったら友達になるフィドロクア兄さんの娘、ラフティリに関する予想話を終わらせ、オーブンを開く。
中からは喋っている間も漏れていた美味しそうな匂いが飛び出してきた。
「焼きあがったぞ」
型に嵌ったチーズケーキはきつね色に変わり、香ばしい匂いを放っていた。
俺はそれを台の上に置き、皿と飲み物の準備をする。
最近親父が何処からか持って来たよく分からない茶葉から作った紅茶をカップに注ぎ、引き出しから銀色のフォークを忘れずに取り出す。
チーズケーキの粗熱が取れたら型から取り出し、大皿に落とし切り分ける。
切り出した一片を小皿に取り分け、食卓に移動する。
『……』
珍しいことにアズモは一連の動作を無言で見守っていた。
いつもなら絶対に何かしら口を挟んできていただけにそれが少し気になった。
『……私は自信を失くした』
「……?」
何故か意気消沈しているアズモを少し気にしながらもチーズケーキを食べたがっていたアズモのために食べる為の用意を進める。
同じ柄で揃えられたカップとポットのセットをテーブルの上に運び、席に座った。
「アズモはまだ四歳だからな。その内全部出来るようになるから心配するな」
『何が何故か意気消沈しているだ! ちゃんと分かっているではないか!』
「勝手に盗聴して騙されたアズモが悪いからな?」
『む……』
盗聴というよりかは、俺が全部喋ってしまっているという表現の方が近いのだろう。
俺にはよく分からないが、アズモの耳元には俺の声がずっと届けられている。
遮断する方法を身に付けた方がいいのだろうか?
『いじわるするな。私は四歳児だから簡単に泣く』
「悪かったって」
言葉を発してアズモに謝り、右手でフォークを持つ。
それでどうでしょうか、アズモさんや。
チーズケーキの出来は。
「見た目は私の想像通りだ。私の作りたかった物に似ている。……しかし、問題は味だ」
アズモが口を動かして喋り、その口にフォークで小さくしたチーズケーキを運ぶ。
口がもきゅもきゅと動いた。
「……」
チーズケーキを無言で食べ、喉をゴクンと動かす。
口の中からチーズケーキの味が失われると、紅茶を少し流し一息つく。
「私が想像していたよりも遥かに美味しい」
そう言葉を漏らした。
「だろ? チーズケーキってこんなに美味いんだぜ。このままもう一口行こうぜ」
それまで喋るのを我慢していた分、俺は喋った。
アズモが美味しいと話す前からそう思っていた事は伝わっていた。
俺達は口でも頭でもよく喋るが、言葉に出さなくても、思いを浮かべなくても気持ちは伝わる。
アズモの気持ちを感じて俺はとても嬉しくなっていた。
「む。食感も楽しみたい」
すまん、悪かった。
「良い。私にもコウジの気持ちは伝わっている」
口をアズモに返すと、再びチーズケーキを口に運んだアズモがもきゅもきゅと咀嚼する。
普段なら冷静に動く口も今は少しだけ調子よさげに動いている。
「美味しい」
アズモは何度もその言葉を口に出した。
『――美味しかった』
結局、チーズケーキは三切れ食べた。
この後に夜ご飯があるので控え目に食べようと決めていたが、アズモを押さえる事が出来ず三切れも食べさせてしまった。
『私は後悔していない』
「今日の夜ご飯はカレーらしいぞ」
『む……。炎を吐いて吸収したカロリーを少し飛ばすか』
「せっかく食べたケーキを炎にするのか?」
『む……』
「明日からは控え目に食べような」
『分かった』
「偉いぞ」
『……』
会話をしながら食器の片付けをしていたが、アズモがソワソワしているのに気付く。
「どうしたんだアズモ?」
『……レアチーズケーキはどんな味がするのだろうか』
……。
まだチーズケーキが半分程残っているというのに。
あの時一瞬でもレアチーズケーキの事を思い浮かべてしまったせいで、アズモに新たな甘味を想起させてしまっていたようだ。
「あのな、アズモ……」
『私はレアチーズケーキも食べたい。私達の作った物なら父上がきっと食べてくれる』
「……」
無用ないざこざを避けるというのは、一つの身体で二人生きる俺達にとっては必須なスキルである。
例え作ったお菓子が余っていようと宿主が食べたいと言うのならそれを用意するのが憑依者である俺の役目。
「作ってやらあ!」
相変わらず、この身体で意見が割れた時に折れるのは俺しかいない。
俺がアズモのお願いに弱い訳では無い。
アズモが強いんだ。
いつかのバレンタイン竜編 終わり
~何年か後、学園にて~
アズモ「ふん。お前が水龍兄上の娘か。…………よろしく」
ラフティリ「ええそうよ、あたしが水龍の娘のラフティリだわ!」
アズモ『ほらな』
コウジ「?(忘れている)」
か、書く時間が無ェ……!
バレンタイン月に間に合わなかったどころが四月に突入しててびっくりしました。
どうにか土日で書き溜めして本編も進められるように頑張ります。




