いつかのバレンタイン 悪魔編3(終)
「うわ、なんだこれうめぇぞ。兄様にあげるならこっちかー? いや、でもこっちも捨て難い……うあー、どうすっかなー!?」
「うーん、コーヒーなんですけどね、決して苦くは無いんですけど、ボクの口には合わないと思うんです」
「このお菓子ハートの形をしていて綺麗。兄ちゃんには絶対これをあげるの」
円形のテーブルに座った悪魔達が試供品を手にして感想を口にする。
カップケーキとマドレーヌを持って思い悩む衝動の悪魔。
赤い舌を少し出しながら顔を顰め、コーヒーを苦いという怠惰の悪魔。
綺麗な形をしたチョコレートを手にし、うっとりとした表情を浮かべる嫉妬の悪魔。
「これがコーヒーってやつなのか? 俺にも少し分けてくれよ! ……うっ、苦いとかって訳じゃねえーけど、俺の口には紅茶の方が合う!」
「あなたと意見が合うなんてなんか嫌ですけど完全に同意です。特にこのダージリンって紅茶はボクの口にとても合う」
「舌がお子様。コーヒーはケーキを食べながら飲むと格別に美味しく感じるの」
私と同じ顔をした悪魔達だけど、好みは違った。
「あぁ!? なんだテメェ! 働いているからって調子乗るなよ!?」
「ふん。ニートがなんか言っているの」
「良いじゃないですかニートでも。それに家を守る事も立派なお仕事です」
喧嘩を始めた悪魔達を見ながら、コーヒーを一口啜る。
独特な香りが口の中に広がった。
――苦いですけど、夢中になってしまいそうな味。
続いて嫉妬の悪魔がうっとりと眺めていたチョコレートを手に取り、口に運ぶ。
「……美味しい」
チョコレートは相変わらず美味しかった。
いつかお城にやって来た竜王様が「こんな物を作ってみた」と言い、父様に数種類のお菓子を渡した。
食べた事の無い味がするケーキや、舌触りが滑らかな卵菓子と一緒にチョコレートがあった。
あの時食べたチョコレートよりも甘さが抑えられていて、より美味しく感じる。
「お。お口に合ったようで良かったよ」
店員のお姉さんが追加の品が入ったトレーを持ちながら私の顔を覗き、そう言った。
「……」
「それはなんだ! それも美味しそうじゃねえか!」
お姉さんになんと言えば分からずに固まっていると、衝動の悪魔が元気に言った。
「ふふふ、これはね新作中の新作だよ。オーナーさんが産まれたばっかりの娘さんの作ったレシピから着想を得たとかで作った特別なケーキ、その名もチーズケーキ。……実はここだけの話、ここのオーナーって竜王様って噂なんだよね。店長は教えてくれなかったけど、この前、店の奥で店長と竜王様が話しているのを見ちゃってね――」
「――このケーキは竜王様の娘……末子が発案したケーキという事なのですか?」
先程まで口が動かなかったのに、今は何故かスラスラと動いた。
竜王様がお城に持って来たチョコレート。
あれももしかしたら、そういう事なのかもしれない。
竜王の系譜に連なる者は皆、強く、聡明で、新しい物を作るセンスがずば抜けている。
食・服・住・機械・音楽・教育・遊び。
それ以外にも様々な事や物で竜王様自身と竜王家の名が轟いている。
兄様はいつか竜王家末子、アズモ・ネスティマスの事を褒めちぎっていた。
『僕らと同じように未来を期待されているのに喧嘩してばっかりのやばい子がいるみたいなんだよね』
そんな事を言っていた。
聞いていて非常に不愉快だった為、よく覚えている。
家の責務から逃げて自由勝手に生きている魔物。
そう思っていた。
「え、うん。そういう事になると思うよ」
私がいきなり話した事に驚いたらしいお姉さんが、少し戸惑いながらそう答えた。
「……」
「「「へー……」」」
私と一緒に悪魔達が目を橙色、灰色、桃色に輝かせ同じような反応をした。
腐っても竜王家の一員である事に変わりは無かったという事らしい。
私と同じ歳で様々なお菓子の発案をした。
ここで食べた物も、かつて竜王様がお城に持って来た物もどれも美味しかった。
「これがそのチーズケーキってやつなのか」
「末娘ですか。認めたくないですけどこれは……」
「……美味しいの」
「面白い物を次から次へと考える奴じゃねぇか」
お姉さんがテーブルにチーズケーキを置いた瞬間、奪い合うように手に取った悪魔達がそれぞれ感想を述べる。
それを見た私もチーズケーキをお皿に移し、口へ運ぶ。
「……」
無言でフォークを置き、カップを持ちコーヒーを少し口に含む。
「どうしてこんなに美味しいのでしょう……」
完敗した。
兄様以上に自由に生きていて、こんな美味しい物を考える事も出来る。
これで勉強も出来て戦いも強かったら……。
私はなんの為に我慢して――
悪い考えが溢れて来る。
このままだとまた何かを壊してしまうかもしれない。
不要な感情を切り離して悪魔を……。
「――ところで、なんで君達はこんな時間にこんな場所に?」
悪い考えに飲み込まれそうになった時、お姉さんの声が響いた。
「……っ」
また飲み込まれる所だった。
慌てて顔を上げると、心配そうな顔を浮かべた悪魔達が私の顔を覗き込んでいる。
私に声を掛けたお姉さんは近くに居ると思っていたが、カウンターの方でまた何か作業をしていた。
「俺達はチョコレートを買いに来たんだ」
「チョコレートを? それでこんな時間に?」
「今日中に贈る為です。好きな人に贈り物をするんですよ」
「へー、いいじゃない! お姉さんそういうのは好きよ!」
トレーにお菓子を載せたお姉さんが、ウキウキした表情を浮かべながらテーブルにやって来る。
「皆好きな男の子が居るって事なのね!?」
「そうなの。皆同じ人が好きなの」
「あら、あらあら、あらら! こんな可愛い子達から好かれるなんて運の良い子が居るものなのね!」
嫉妬の悪魔から好きな人の有無を聞いたお姉さんが興奮した様子で私達を順に見る。
手にはコーヒーの入ったカップが握られていた。
「それで君達はその子のどんな所が好きなの?」
「やっぱり、顔ですかね」
「顔。え、顔……?」
「あの一見何も考えてない風を装っておいて瞳にはメラメラと燃え上がるような信念を映しているのが良いんですよね。ボクの事を養ってくれそうで」
「そ、そうなのね!? でもそれは素敵な事よね!」
怠惰の悪魔が初めに答える。
髪の隙間から覗く兄様のあの瞳は私も好きだ。
私の事を奥の奥まで見てくれている気がする。
私の抱えている問題もいつかその内解決してくれそうな期待感がある。
だが、同時に兄様には知られたくないという気持ちもある。
兄様のあの瞳は、隠している事を全て見通してしまいそうで怖い。
「ワタシは真っすぐな所が好きなの」
「そう、そういうのよ! お姉さんはそういうのを待っていたの!」
「一度定めた目標を達成する為に努力している所が好き。一途に頑張っている所が大好きなの」
「素敵ね~」
続いて嫉妬の悪魔がそう言い、それを聞いたお姉さんがコーヒーを呷る。
「……いつかワタシの物にしてやるの」
「え? ……気のせいよね?」
お姉さんがコーヒーのお替りをしようと離れた所で、嫉妬の悪魔が不穏な事を呟きお姉さんが一瞬振り返るが、直ぐにカウンターに歩いていった。
「君はその子のどんな所が好きなの?」
「えっ、えふえふ!? 俺か!? ど、どんな所が好きかって!? え!?」
テーブルに戻って来たお姉さんにそう聞かれた衝動の悪魔が咳き込む。
動揺しているのか目が泳いでおり、言葉もしどろもどろになっていた。
「あら~、強気な口調の割には初心なのね~」
そんな衝動の悪魔の様子を見たお姉さんが楽しそうに笑う。
「初心じゃねぇし! 好きな所くらい普通に言えるし!? 俺はあれだ! ……つ、強い所が好きだ!」
「うんうん。大事よね。自分の事を守ってくれそうな子には惚れちゃうよね。分かるわ」
「あ、あとあれだ!? なんかほら、その! 野性味溢れる所とか! 冒険に行って強い奴を倒して素材を持って帰ったりしてくるのが良いと思う!」
「あらあら。その子は本当に強いのね~。そんな子と一緒に冒険出来たりしたら最高そうね」
「……! 俺もそう思う! 一緒に冒険したい!!」
衝動の悪魔がお姉さんから次々とお菓子を手渡され、聞かれるままに喋っていく。
「俺は全部が…………その……す、すすす、すきなんだ!?」
最終的に衝動の悪魔はそこまで言わされていた。
白い顔を真っ赤にし、頭からは湯気が上っているようだった。
「それじゃあ最後に君はどうだい? その子のどんな所が好きなのかい?」
柔和な笑みを浮かべたお姉さんが私にそう聞いてきた。
「どこが……」
――私は兄様のどこが好きなのでしょうか。
兄様は私にとって大事な人。それに間違いはない。
兄様は私の全て。兄様が居るから私は生きて来られた。
兄様は私にとって必要不可欠。
……しかし、それは好きと言えるのだろうか。
少なくとも、私が今抱えているこの気持ちは恋愛感情ではない。
異性として見ても兄様は素敵な人だろう。
私と兄様は血を分けた双子。
結ばれる訳なんてないし、私もそれを望んでいない。
だけど、兄様とは……。
「……ずっと一緒に過ごしたいです」
離れたくない。
私とずっと一緒にいて欲しい。
今の私はもう兄様の妹として失格。
やった事が明るみに出たら石を投げられるような存在になってしまった。
私という存在はきっと、兄様の足を引っ張る。
魔王になる事を夢見ている兄様の障害になってしまう。
「どうしたら一緒に居られるのでしょうか……」
気付いたら、テーブルの上が濡れていた。
「え、あれ、大丈夫? どうしたの? て、君達もそんな顔してどうしたの?」
店員のお姉さんが心配した様子で私に近づいて来ようとしたが、いつの間にか席から立ち上がっていた悪魔達に取り囲まれて動けなくなっていた。
……少し喋っただけなのに、直ぐにこれだ。
生きづらい。
こんな感情を持っていたら生きづらい。
「……主様、大丈夫なの。私達が居るからもう大丈夫なの」
私の座っている席の後ろに立った嫉妬の悪魔が私を後ろから抱きしめてきた。
「バレンタイン。好きな子にお菓子をあげるイベント。店員さんは知っている?」
「え……どこでそれを? それはオーナーがやろうとしていたけど、結局間に合わなくて断念した……」
「贈り物に意味がある事は知っているの?」
「それは知らないかな」
竜の子に勝った。
嫉妬の悪魔がそう呟いた気がした。
「……お菓子美味しかった。ありがとうなの。…………あなたは今から五分間だけワタシの物」
「……ハイ」
「ワタシ達と会った事を忘れて五分間眠って。起きたら何があったかを思い出そうとせずに仕事に戻って」
「……ハイ」
間もなくお姉さんが崩れ落ちる音が聞こえた。
「主様、バレンタインで贈る物には意味があるの。チョコレートが――」
―――――
「おはようございます兄様」
「おはよ、ダフティ」
いつものように食堂に向かうと、僕より早く起きたダフティが席に座って待っていた。
前までは朝が苦手だったはずだけど、今では僕よりも早く起きる。
「今日も父さんと母さんは居ないか」
「はい。本日は隣国との会談があるとの事で先程門から出て行くのが見えました」
「こんな朝早くから大変だね」
何処からともなく現れたスフィラが僕の席を引き、座るように促して来た。
僕が座った事を確認したスフィラは僕の斜め前、ダフティの正面に座って
今日もこの三人で朝食を取る。
今日の習い事、昨日の振り返り、最近の出来事など様々な会話をしながら朝食を取っていく。
食事が終ろうかとした時、ダフティが口を開いた。
「今日は二人にデザートを用意しました」
そう言ったダフティが料理場に歩いて行き、スフィラが後を追いかけるようについていく。
直ぐに二人はお皿を持ち、食堂に戻って来た。
「スフィラにはこれを。兄様にはこれら四つを」
スフィラの席にクッキーが置かれ、僕の所にはデザートが四つも置かれた。
「朝から豪勢だね。ありがとう、ダフティ」
「いえ、こんなに沢山ごめんなさい。多かったら私が食べますので」
「いや、いいよ。甘い物は頭に良いって聞くしね」
このあと昼までひたすら勉強をさせられるから甘い物を食べられるのは嬉しい。
「それにしても……見た事の無いデザートがいくつかあるね」
「侍女に買ってきてもらいました。右から順にマカロン、チョコレート、カップケーキ……それと、ガトーショコラになります」
「へえ、どれもこれも美味しそうだね」
何処でこのデザートを知ったのか少し気になったけど、前に竜王様がお菓子を届けていた気がするしきっとそれだろう。
「ありがとう、ダフティ」
ダフティが横に座ったのを確認してからデザートを口に運んでいく。
何故かダフティは僕の食べる様子をジッと見ていた。
「……兄様こそ。いつもありがとうございます」
最後にガトーショコラを食べると、ダフティは薄く微笑んだ。
いつかのバレンタイン悪魔編 おわり
この物語では、以下の説を利用しています。
・マカロン:特別な存在
・チョコレート:同じ気持ち
(ブラリにはハート形のチョコが捧げられました)
・カップケーキ:特別な存在
・ガトーショコラ:特別な意味はなし
チーズケーキには何の意味もないです。




