いつかのバレンタイン 竜編1
いつの間にかホワイトデーも終わっていてビックリしています。
『漫画やアニメ、小説を見ていると必ず出てくる属性がある。コウジなら分かるだろう。なに、分からないだと? 特に言い渋るような事でもないため答えを言ってしまうがそれは料理が下手という属性だ。『えっそんな間違いするか普通』というような奇天烈な物を作り出す連中の事を私は言っている。……という訳でチョコレートを作ろう』
「……どういう訳なんだ?」
寒波が襲い、ここ竜王家でも家全体に暖房がかけられるようになったある日、俺の宿主であるアズモがいきなりぶっ飛んだ事を言ってきた。
『チョコレートを作りたい』
「それは何故?」
『さっき言った。バレンタインだ』
「……なるほどな? バレンタインなんだな?」
未だにどういう訳なのか理解は出来ていないが、納得はしておく。
無用ないざこざを避けるというのは、一つの身体で二人生きる俺達にとっては必須なスキル。
いやまあ、この身体で意見が割れた時に折れるのは俺しかいないのだが。
あとこの世界にバレンタインなんて文化はあるのか?
「取り敢えずチョコを作るのは良いんだが作り方は分かるのか?」
『問題ない。コウジが日本で見ていたチョコレートを作る映画からチョコレートの作り方を完璧に覚えた』
そこはかとなく失敗フラグ臭を感じたが、アズモが問題ないと言うのなら問題ないのだろう。
何故ならアズモは俺よりも俺が見聞きして来た事について詳しい。
たぶんだが、普段日常生活を俺に任せている裏で、俺の記憶の追体験でもしているのだろう。
だから言ってそれは日常生活をサボって良い理由にはならないが、一先ず置いておく。
「材料はどうするつもりなんだ?」
『父上に全部任せる。カカオみたいな豆と砂糖とホットケーキミックスとその他諸々を用意してもらう』
「一からチョコを作るつもりだったんだな……。という事は見た映画もあれか? 俺が見た事のあるチョコを作る映画なんてあの映画しか無いし。でもあの映画はファンタジーだからチョコを作る事の参考にしちゃいけないって――」
「――問題無い」
「そうか……」
アズモがチョコを作りたいと言ってから間もなくして親父があちこちへ飛び回る事になった。
各地から種や苗を収集してきたり、庭で農作を始めたり、粉の調合を始めたりしだしたが俺達は「大変そうだな」と眺めながら「じゃあ行ってきます」と親父の作った転移魔法装置で登園して呑気にスフロアやルクダと遊んでいた。
そう言えばバレンタインの事は二人に言わなくて良かったのかと、アズモに聞いた事があったが、『二人には絶対に喋るな。来年ならまだしも今年は駄目だ』と物凄い剣幕で捲し立てられた。
なんだかなあ……と思いながら俺はアズモに従った。
―――――
「――という訳で材料の用意が完了した」
竜王である親父が休む間もなく働いた事により、そう時間は掛からずに全ての準備が終わった。
途中で、良心の痛んだ俺と純粋に親父を心配するアズモが、親父に「軽い気持ちで言ってしまったが大丈夫だろうか」と聞いた事があったが、「問題ない。それと新しいビジネスの予感がしたため我は急いでいる。その為、心配は不要だ」と言われたので引き下がった。
親父がそうして力を持て余す事なく揮った結果、目の前には日本でも見た事のある光景が広がる。
カカオ豆、卵、ヨーグルト、ホットケーキミックス、砂糖、クリームチーズ、型、ボウル、ヘラ、フライパン、オーブン……。
親父の手により、材料から調理器具に至るまでの全てが完璧に用意された。
この世界で記憶を頼りに料理をするには竜王の父親が必須なのかもしれない。
ちなみに全てを用意し終わった親父は礼を言う間も無く、直ぐ何処かに行ってしまった。「やはり今年中に流行らせるのは不可能なのか……」などと良く分からない事を言っていたのを覚えている。
「では作るぞ」
アズモが口を動かしてそう言うと、右手がカカオ豆へ向かって動いていく。
頭の中で言葉を発するだけではなく、口を動かして言葉を喋るなんて、アズモはチョコ作りをかなり楽しみにしていたようだ。
「ああ」
アズモにそう返し、俺も一緒になって右手を動かす。
カカオ豆……に非常によく似た豆。
アズモの手に収まる程の大きさで濃い茶色の豆。
親父が家庭菜園を始めた時は正直驚いたが、真の驚きはそこからが本番だった。
親父が何かをしていたのか、木が凄い勢いで成長していった。
幹が伸び、葉が生え、花が咲き枯れて、黄色い実が成る。
そう、初めはカカオ豆……に非常によく似た豆はカカオ豆に似ていなかった。
どちらかと言うと、バナナに近かったくらいだ。
親父が品種改良を加えた結果、バナナからカカオ豆になった。
ここに並べられている物は親父の血と汗の結晶と言っても過言では無い。
……そんな努力の結晶を掴もうとしてアズモと気持ちを揃えて一緒に右手を伸ばした。
しかし、俺達の右手はあらぬ方向へと向かっていく。
「……アズモ?」
俺が困惑している間も手は動いていき、材料の山から特定の物が集められていく。
ホットケーキミックス、クリームチーズ、卵、砂糖。
「…………アズモ?」
追加で円形の型にボウル、泡立て器。
それらを集めると、それまで活発に動いていた手が止まった。
『チーズケーキを作ろう』
静かで淡々としたアズモの声が脳内に響いた。
「……」
俺は憑依者だ。
二人で動かしているこの身体はアズモの物。
だからこの身体で何か行動を起こす時はアズモの意思に従う。
俺とアズモは一緒に生きてはいるが、憑依者である俺の本業は宿主であるアズモのサポート。
「あ、ああ……」
意見が割れた時、俺はアズモに従うのみ。
「…………いや、駄目だろ!?」
だけど今回は駄目だった。
「親父がアズモの願いに応えてここまで用意してくれたんだぜ!? だからさ、チョコを作ろうぜ、チョコをさ! なんでチョコからチーズケーキに変わってんだよ!?」
『……い、いやだ。私はチョコレートよりチーズケーキが食べたい……。私の口はもうチーズケーキの口に変わってしまったのだ』
アズモが反抗期の子供みたいな事を言い出した。
「チーズケーキの口ってなんだよ。チョコを作りたいって言っていただろ。そもそもなんで自分が食べる前提なんだ? バレンタインって言ったら贈り物なんじゃないのか? 日頃の沢山の感謝と今回の件での謝罪の想いを少し込めて手作りのチョコを親父に渡そうとしていたんじゃないのか?」
『そんな正論を一度に言って来るな。……確かに、父上に渡す事は考えていたがそれはメインではない』
「何がメインなんだよ?」
余談だが、アズモにはイヤイヤ期なんて物は来ていない。
あと三カ月程で五歳児になる四歳児のアズモは確かに年相応に駄々を捏ねる事はあるがイヤイヤ言って来る事は今まで一度も無かった。
そんなアズモが初めて『い、いやだ』なんて子供染みた事を言って来た。
憑依者である俺としてはそんなアズモのめでたい成長に対して「よし、やるか」と直ぐに返してやりたい気持ちで一杯なのだが、親父の苦労を考えたらアズモの我儘をそう簡単に許す訳にもいかない。
『私達で作って私達で食べる。それは実質上、私が作ってコウジに贈っているとも言えるのだ。私はコウジにチョコを贈りたいのだ』
「……アズモ」
なんて嬉しい事を言ってくれるんだ。
理由は分からないが、俺がアズモの身体に憑依してしまったせいで一つの身体を二人で動かすなんていうある種の縛りプレイをしながら俺達は生きている。
当然、負担をかけている自覚もあったし、プライバシーの欠片も無い。
よく思われていなくて当然であるはずなのに、俺にチョコを贈りたいとアズモは言ってくれている。
アズモは女の子。そして俺は元々男だった。
四歳児のアズモが、精神年齢が二十歳になった俺にチョコを贈る事におかしな点なんて一つもない。
……いや待てよ?
「……作ろうとしている物はチョコじゃなくてチーズケーキなんだよな?」
『チョコレートもチーズケーキも大して変わらない』
「しかも、俺の好みとかじゃなくて、アズモがチーズケーキを食べたいから作ろうとしているんだよな?」
『……うるさい!』
荷造りとか役所手続きとかゲームをしていたら遅れました。
この物語の世界には転居手続きなんて面倒事は絶対に導入しません。
二部の構想もようやく練られてきたのでそろそろ続きを書くつもりです。
アズモは甘党という訳では無いですが甘い食べ物が割と好きです。
ラフティリは甘党です。




