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いつかのバレンタイン 悪魔編2


 黒色、黄褐色、桃色、灰色の子供達が裏路地に密集する。

 王都を抜けて、夜も明るい繁華街へと趣いてきた子達を待ち受けていたのは洗礼だった。


「いけないな。子供達だけでこんな所に来るなんて駄目だよ。どうなるかが全然分かっていない。……これじゃあ、アタシ達みたいなのに悪い事されちゃっても文句言えないね」


 袋小路で壁を背にした子供達へ向けて銅色髪の女が説教するかのように言い放つ。


「君達は何処かの大きな家の子達なのかな。とても上質な物を着ているように見えるね」

「どうしますか、姉さん。貴族の子だったら、大問題ですよ」

「その時はこの子達を餌にして家を強請ればいいんじゃねーの」

「やるならさっさとやろうぜー?」


 黒い装束に身を包んだ四人組が出口を塞いで話し合う。

 会話の内容は、説教では無く、金儲けがほとんどだった。


「へー、この国にもこんなに治安が悪い場所があったんですねー」


 壁にだらりと寄りかかり、座り込む灰色髪の女の子がそう呟いた。


「一人はこの状況に諦めているみたいですよ。好戦的な子だったらどうしようかと思いましたが、戦う必要は無さそうですね」

「どうだろうかね。暗いオレンジ色の髪の子は私達を興味ありげに見ているよ」

「ピンク髪の奴は……なんか凄く熱い視線を飛ばしてんな」


 四人組はやるかやらないかを話し合う。

 黄褐色の髪の子は楽しそうに、桃色の髪の子は恋でもするかのようにそれを眺めていた。


「殺す? 殺していいよな? 久しぶりに暴れていいよな? な、いいよな、主様」


 黄褐色髪の子はソワソワしながら黒髪の子へ問う。


「殺すなんて勿体ない。あれはワタシの物にしたいの。主様、許可を」


 桃色髪の子はワクワクしながら同じく黒髪の子へ問うた。


「なんでこの人達やる気なんでしょうね。ボクは何もしませんから安心してくださいね、主様」


 灰色髪の子はそんな二人を「へんなのー」なんて言いながら見ていた。

 三者三葉の反応を示す女の子達。


 女の子達に主様と呼ばれた黒髪の子が重い口を開いた。


「……処理が面倒なので殺しては駄目です。面倒事を避けたいので誘拐するのも駄目です。怠惰の悪魔、あなたがやってください」

「ちぇー」

「勿体ない」

「えー、ボクですか? そりゃ主様に言われたからにはやりますけど、なんだかなぁ」


 渋々といった様子で灰色髪の子が立ち上がる。


「羨ましいぜ。俺が行きたいくらいだ」

「……あなたの力を見せるチャンス。兄ちゃんみたいに派手にやった方がいいの」


 灰色髪の子の元に桃色髪の子と黄褐色髪の子が近づき、それぞれ言葉を掛ける。


「初陣ってやつですか、仕方ないですね。……仕方ないので無力化してきます」


 そう言い、灰色髪の子は黒装束に身を包んだ四人組の元へ歩いて行く。


「え、こいつが来るのか? 一番諦めてそうだったのに」

「まあ見た感じ弱そうだし、こいつを見せしめとしてボコボコにすれば後の子達は従順になりそうだね」

「殺すんですか、姉さん?」

「いや、そこまでしなくてもいいよ」


 灰色髪の子が近づいて来るのを見た四人組は少し話し合う。

 そして。


「まぁ、手足の一、二本くらいは壊しても良いんじゃないかな」


 抜刀した。


 月の光に照らされた湾刀が白く輝く。

 四人はそれぞれ見せつけるように自身の得物を構えて歪んだ笑みを顔に浮かべる。

 そこには四人の女の子達を怖がらせる為の意味も含まれていた。


 こうすれば、ターゲットが委縮する。

 これから本当に命のやり取りをするのか、それで貫かれたら死んでしまうのではないか。あれに立ち向かう為には自分も相手を殺さなければならないのでは。悪人とは言えそんな事をして許されるのか。……今までに狙われた者達は皆少なからずそう思った。


 ……しかし、灰色髪の子は歩みを止めない。

 少しも動揺した素振りなど見せずにゆっくりと近づいていく。


「――それくらいで済ましてくれるなんて優しいですね」


 そのうえ、そう言い放った。


「……は?」


 黒装束の四人組に動揺が走る。

 どうしてこいつは普通に近づいて来るんだ。


「怯むな。相手は子供。そして一人」


 姉さんと呼ばれていた者が、他の三人を元気づけるように一足先に駆けだす。


 ――どうして余裕そうなのかは分からないけど、斬りつければどうにでもなる。例え間違えて殺してしまってもまだ三人も残っている。


 そう考え、灰色髪の子に肉薄し振り被る。


「そんなに元気があっていいですね。少しボクにも分けてくださいよ」


 灰色髪の子は湾刀を右手で掴み、姉さんと呼ばれていた者の脇腹に左手で触れる。


「腐敗の手:右、分解。堕落の手:左、消失、活力」



―――――



「…………あ、へ。……あ、あ、う…………」


 黒装束の四人組、最後の一人が袋小路を背にしてずるりと座り込む。

 傍らにはビクビクと小刻みに震える身体が三人分転がっていた。


 ――他の二人に任せるよりはまだ平和的に済むだろうと考え、怠惰の悪魔を行かせたが、あれは生きているのだろうか。

 一仕事終えたとでも言わんばかりに湿っていないおでこを手の甲で擦り「ふう……」と呟く悪魔を見て私はそう思った。


「え、結局殺したのか? こんなんするんだったら普通に殺した方が早かったんじゃねーの? どうすんだよ、これ? 次の妹達の器として回収しとくか?」

「ちょっとだけやり過ぎちゃった感がありますけどこの人達は生きていますよ。ボクは姉さん達と違って賢いので、主様がボクを選んだ意味も理解していますし、程々で済ませたので」

「はーん? じゃあここに置いときゃ大丈夫か? つうかお前今さっきなんか聞き捨てならない事言ったよな? 喧嘩なら買うぜ?」

「お姉様とは言えボクには勝てないと思いますけどいいんですか」

「は、舐めるなよ。お前がよく分からん術を仕掛けて来る前に全身に穴開けて殺してやるよ」

「全部防ぐので不可能ですけど……悲しいですね」

「喧嘩は駄目。その身体で殺し合いなんてしたら大変な事になるの」


 何故か喧嘩をしだした衝動の悪魔と怠惰の悪魔を嫉妬の悪魔が諌める。

 三人の中ではあの悪魔が一番使えるかもしれない。


「それに遊んでいたら時間が減る。ワタシ達はここへ買い物に来たの」

「うーん、確かにそうです」

「うっかり忘れていたぜ」


 そう、私達はチョコレートを買う為にわざわざ王都を出て繫華街までやっと来た。

 家を出た事なんて滅多になかったので、この時間に洋菓子店が開いているのか自信が無かったが、心配は杞憂だった。


 今は午前3時くらいだろうか。

 王都とは違い、この街ではこの時間でも光で溢れている。

 裏路地など、灯りの届かない場所も確かにあるが、人や魔物がそこら辺を歩いており、店もいくつか開いている。


 洋菓子店も一つだけだが開いていた。


 店名は「竜のお膝元」。

 怪しい名前の店だが、様々なお菓子が並べられているのが見える。


 クッキー、プリン、チョコレート、マドレーヌ、ロールケーキ、ワッフル、カステラ。

 チョコレートやロールケーキなどの最近流行りだしたお菓子や、クッキーやカステラなどの昔から親しまれているお菓子が豊富に置かれている。


 ガラスの向こうに並べられたお菓子はどれも綺麗で美味しそうに見えた。


「……」


 ガラスの向こう側にジッと視線を向ける。

 見ていると、長い帽子を被った女の人と目が合い手を振られた。

 どうするのが正解か分からずに固まる。


「なんかあいつ手を振っているぜ。主様に喧嘩を売っているのか?」

「ただの挨拶なの」


 嫉妬の悪魔が私の代わりに長帽子の人へ手を振る。

 すると、長帽子のお姉さんがカウンターから出て、そのまま店の外までやって来た。


「ここじゃ見た事の無い珍しい子達だね。外は寒いだろ、こっちへおいで。お茶とお菓子を出してあげるよ」


 店の外へ立ったお姉さんが私達へ手招きをしながら、そう言った。


「……」


 どうすれば良いのか分からずに固まっていると、衝動の悪魔がお姉さんの元まで歩いていく。


「一度、受肉した状態で甘いお菓子を食ってみたかったんだよなー!」

「じゅにく……? よく分からないけど、甘いお菓子が食べたいんだね」


 お姉さんが近づいて来た衝動の悪魔の頭を撫でて出迎える。

 それを見て安全そうだと判断したのか、怠惰の悪魔もテクテクと歩いていった。


「なんかコーヒーって飲み物が最近流行りだしたらしいですね」

「コーヒーを飲みたいって事? なんとこの店にはコーヒーもありまーす。でも子供のお口に会うかは分からないから少しだけ飲んでみようね」


 衝動の悪魔と怠惰の悪魔がお店に吸い込まれていく。

 さっきの人達と違い、このお姉さんは優しい人なのだと思う。


 だけど……。


「……」


 こういう時、どうすれば良いのか分からない。

 私には同年代の他の子と比べても人生経験が浅すぎる。


 悩んでいると、不意に右手を引かれた。


「ワタシ達も行こう、主様」


 嫉妬の悪魔が私の手を握っていた。


「ワタシはここら辺ではあまり飲めない紅茶が飲みたいの」


 嫉妬の悪魔は私の手を引いて歩いていく。


「んー、なら試作品だけどダージリンって紅茶があるよ。オーナーさんはまだ全然再現出来ていないって言っていたけど、豊かな香りが広がる美味しい紅茶だよ」

「嬉しいの」


 寒さも暖かも感じなくなったはずの身体が店に入った瞬間に震えた。

 これはなんだろう。

 よく分からないが、店内が暖かいような気がする。


 白い灯りで照らされた店内には、甘い香りが広がり、ケースの向こうにはお菓子がズラリと並ぶ。

 空調もあったが、特別な物には見えなかった。

 家にある物の方が良いような物に見えるが、何故ここはこんなにも暖かいのだろうか。


「君は何が食べたい?」


 嫉妬の悪魔に手を引かれて歩く私へ向けてお姉さんがそう言った。


「……」


 ――こういう時、どのように答えればいいのでしょうか。


 教えてもらった事が無いから分からない。


「主様はチョコレートを求めに来たの」


 答えられずにいると、嫉妬の悪魔がそう言った。


「お。お目が高いね。その商品は今一番この店で力を入れている商品だよ。なんか季節のイベントの為に種類を作っておきたいとかで沢山あるんだ。それぞれ食べてもらって、感想を聞かせて欲しいくらいにね」

「食べたいの」

「分かったよ。じゃあ皆で一緒にそこに座って待っていてね」


 お姉さんは、衝動の悪魔と怠惰の悪魔が座る四人掛けのテーブルを指差すと、店の奥へ歩いていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのさん…惜しいやつをなくした… [一言] ???「ふむ、次はコウジの記憶にあったこの 『コーヒーアンドクリームフラペチーノウィズコーヒークリームスワールヲムシボウミルクヘンコウデエク…
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