表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/177

いつかのバレンタイン 悪魔編1


 草木も眠る丑三つ時。

 常夜灯も付いていない部屋を照らすのは月の光だけ。


 退屈な日常を憂いながら黒く染まった瞳で窓の外を眺める。

 あの日から私の瞳はどんなに暗い闇でも全てを暴き出すようになった。


 窓の外に楽しそうにしている私の顔が見える。

 ……私の顔が反射している訳では無い。顔は確かに同じでも、それ(・・)は私では無い。


「こんばんは、主様。素敵な夜ね」


 私と同じ顔をしたそれは窓の外で綺麗なお辞儀を見せた。

 黒いヒラヒラな服を身に纏ったそれは、スカートの裾を摘みながら目を伏せる。


「入っても良い?」


 無言で頷くと、窓が開いた。

 ここは魔王城の三階。誰かが入って来られるような高さでは無い。誰かから視認されるような明るさも無い。


 ただ、それの背中から生える黒い翼はあまりにも禍々しい。

 誰かから見られるとは思っていない。私の現身の一つであるそれがみすみす正体を晒すような馬鹿で無い事も知っている。それを部屋に入れたくもない。


 唯一、心配する事があるとしたら、兄様が思い付きで深夜徘徊をする事くらい。

 兄様の眼なら、私の部屋の窓の前に漂うそれを捉える事も容易い。


 ……滅多にある事では無いが、兄様にだけはそれらを見られたくない。


「――そんな顔をしないで、主様。今日は楽しいお話を持って来たの」

「楽しい事なんて一つも無いです」

「んー? 主様、もしかしてまた感情を殺したの?」

「どうしてそう思うのですか」

「また少し空に近づいたから。そんな事をしても兄ちゃんみたいにはなれないのに」

「……」


 感情はここで生きていくには不要だから殺した。

 兄様みたいになりたい訳では無い。

 だから、この悪魔が言っている事は的外れ。


 ――そのはずなのに、心が少し疼いた。


 この感情も私には要らない感情。

 大きくなる前に消しておかなければならない。

 消さなくてはいけない感情が増えていく。


「――――ダフティ様。誰かと話されているのですか?」


 扉の方から声が聞こえた。

 名前の知らないメイドの一人だ。


「ふふふ……丁度いいのが来たの」


 窓から入って来たそれは黄色い目を爛々と輝かせると扉に向かって歩いて行く。

 いつの間にか消えていた黒い翼の代わりに、一本の捻じれた黒い角が額から生えていた。


 桃色の髪の毛がフワリと舞い、私の横を通る。

 少しだけ甘い匂いがした。


「――ダフティ様……ですか? え、ダフティ様が二人…………?」


 間もなく扉の開く音が聞こえ、メイドの困惑する声が聞こえた。

 廊下から入って来る灯りが暗い部屋の真ん中に立つ私を照らして、鮮明に浮かび上がらせるとメイドの困惑の声は大きくなる。


「ど、どうして……!? あ、あなたは誰なの――」

「――“ワタシの物になりなさい”」

「…………はい」


 叫び掛けていたメイドの声は直ぐに聞こえなくなった。


 窓から入って来たそれは扉を閉ざすと、メイドを連れて私の前まで戻って来る。


「姉妹の為の器を一つ用意したの」


 桃色髪のそれは私から生み出された悪魔だ。

 私という器から溢れ出したどす黒い感情が悪魔を創り出した。

 桃色髪のこれは「恵まれた家庭に生まれた子供達に向ける感情」から創られた。


 嫉妬の悪魔。

 敢えて呼び名を付けるのならそう呼ぶのが正しい。


「これに入れるのは新しく出来た子でも、あの煩い子でも良い。もう一個の器も直ぐに持って来るから」

「……この方は無事なのですか」

「朝までワタシの物になっただけだから無事なの」

「そう」


 私の前で跪いたメイドの頭に手を翳す。

 悪魔の譲渡。

 これをすると頭がスッキリする。


「――う、うおぉぉ」


 メイドがそんな声を出しながら形を変える。

 背が縮み、背中まであった赤い髪の毛が首元まで戻り黒になる。


「…………祝・受肉!」


 次にメイドが喋った時には、顔が私の顔になっていた。

 ……いや、もうこれはメイドでは無い。


「空気がうめぇ! この身体は貰って良いのか!?」


 黒い靄のような物を自身の背に漂わせ、新しく得た身体を隅々まで眺めるそれは楽しそうにはしゃいでいた。


 これは衝動の悪魔だ。

 私が今まで我慢して来たあれやそれが溢れ出して出来上がった最初の悪魔。


「駄目なの」

「いてぇ!」

「あと声を抑えるの」

「うっ……わーったよ」


 嫉妬の悪魔がはしゃぐ衝動の悪魔を嗜める。


「それと髪色」

「いっけね」


 嫉妬の悪魔が私には聞こえないように衝動の悪魔に耳打ちをする。

 何て言ったのかを聞こえないフリをしていると、衝動の悪魔の黒い髪が黄褐色に変わる。


 顔は同じで、髪色で違う私がまた一体増えた。


「じゃあ主様、姉ちゃんともう一人器を捕まえて来る」

「え、早速仕事なのか? 俺まだこの身体で主様に挨拶してないぜ?」

「良いの。夜は限られているから。……それに、主様はそんな物を欲しがっていないの」

「あぁ……それもそうか」


 二体の悪魔が少しだけ会話をすると部屋から出て行く。

 そして直ぐに、メイドを一人連れて戻って来た。


 メイドは虚ろな瞳で私の前に跪き、頭を差し出す。

 衝動の悪魔を出した時と同じ要領でもう一度悪魔を解き放った。


「――あーあ……」


 今度の悪魔は衝動の悪魔のようにはしゃぐ事なく気怠そうな声を漏らす。

 この悪魔には衝動の悪魔と違い私の身体を受け渡した事すら無いが、受肉を喜んでいないようだった。


「この子が私の初めての妹なの?」

「あぁ。生意気で手のかかる妹だぜ」

「うわー、その姉妹設定やっぱおままごとみたいで嫌ですね」

「……確かに生意気。姉ちゃんに初めて会うのにこれは駄目なの」

「ほんとにな。こいつ主様の中でもこんな感じなんだぜ?」

「分からせる?」

「妙案だな」

「……お姉様達に出会えて幸せだなー」


 私の顔をした悪魔達が楽しそうに会話を始める。

 黒髪で黒目。今の私と同じ見た目の新しい悪魔が、二人の悪魔をお姉様と呼ぶ。


 ……私にも姉様が居たら、あんな感じだったのだろうか。

 家族や親戚、友達と遊ぶ事が許されているような普通の家に生まれていたら、あんな風になれていたのだろうか。


 なんて……生まれや育ちのせいにしている私では駄目。


 兄様は外で友達を作った。

 こんな家でも腐る事無く、自分のやりたい事を主張して、否定されても突き進む。

 怒られるのが怖くて大人の言う事に従っているだけの私とは違う。


 ――私は、私が嫌いだ。


「おい。髪色を変えろ」

「顔は無理でも髪色は変えられるの」

「えー……」


 和気藹々と話していた悪魔達がコソコソ話を始める。

 今度はなんて話しているか聞こえなかった。

 というか言葉なんてあったのだろうか。


 嫉妬と衝動が新しい悪魔を殴り始めたかと思ったら、新しい悪魔の髪色が少し変わっていた。


 灰色。今の私に少し似ているが、確かに違う。

 あれは私とは違う。


 私は創造主で、あれは悪魔。

 嫌になる程の毎日に晒された結果生み出された怠惰の悪魔。

 あれに逃げ出したい気持ちを食べてもらう事で私は毎日を生きている。


 あれらは悪魔で、私の道具。


「……それで」


 重い口を開くと、悪魔達が一斉に私を向く。少しだけ気分が良かった。


「今日は何しに来たのですか」


 嫉妬の悪魔が持って来たという楽しいお話し。

 少しも期待していないと言ったら嘘になる。


 毎日決まった事を繰り返す私にとって、いつもと違う事は全部楽しい物。

 嫉妬の悪魔は刺激的な体験を私に運んで来てくれる。


「主様はバレンタインという物をご存知?」


 嫉妬の悪魔が黄色い瞳を不安げに揺らしながら私に問う。


「聞いた事もないです」

「それなら良かったの。ワタシのともだ――先生が教えてくれた、こことは異なる世界のイベントなの」


 イベント。

 この魔王城でも誕生日だけは盛大に祝う。

 余所から人を招き、それはもう豪華な誕生日を執り行う。


 知らない人と挨拶をする必要はあるが、勉強も運動も何もせずに、兄様と一緒に居られる素敵な日。


 バレンタインというのもそういうイベントなのだろうか。


「それはどのようなイベントなのですか」

「好きな人にチョコレートを渡すイベントなの」

「…………はい?」

「好きな人にチョコレートと一緒に想いを贈るイベントなの」


 チョコレート。最近、王都で流行りだした菓子の一つ。

 竜王様がどこからか製法のヒントを得たとかで作った結果大ヒット。

 今一番、高貴な女性への贈り物として喜ばれる食べ物で、私も何度か口にした事がある。


 甘く、口当たりの良い菓子。


「なんなのですかそのイベント」


 好きな人へチョコレートと共に想いを贈る。

 ……何故そのような事をするのだろう。


 普通の恋愛というものを私は知らないが、普通の人は好きな人へ想いを伝える時に物品を渡しながら告げる物なのだろうか。


 しかしなぜチョコレート……?

 チョコレートを一般的に好むのは女性。

 つまり、男性から女性へ告白をするという事なのか。


「主に女の人が好きな人へチョコレートを贈るの。好きな人じゃなくても、感謝を伝えたい人、友達間でのやり取りでも送り合うらしいの」

「どうしてそのような事を……?」

「イベントにする事で普段じゃ恥ずかしくて言えない事を行うハードルを下げるだとか、単純にチョコレートの売上増加を狙っているとか言っていたの」

「なるほど……」


 もしそれが本当なら、これからこの世界でもそのバレンタインというイベントが流行ると思われる。

 あの商魂逞しい竜王様がそんな美味しい行事を見逃すはずが無い。


 そして、そのイベントが浸透する前の今なら悟られずに……。


「兄様にチョコレートを贈ろうという事ですか。そのイベント日はいつですか」


 兄様には……感謝の気持ちを伝えたい。


「2月の……いつだったっけ?」

「俺に言われてもな……。お前から報告される事の全てを覚えている訳じゃないし、主様に全てを伝えている訳でもないし……」

「姉様達は四の付く日とか話して無かったですか?」

「なら、2月の14日とかか?」

「なんか14日じゃ半端じゃないですか? かと言って4日だと、うーんって感じですね」

「じゃあ24日。……言われてみたら2月24日がバレンタインだった気がしてくるの」


 バレンタインは2月24日。

 そう聞いて安心した。


 他の日だったらバレンタインにあやかる事が出来なかった。


 今日は2月24日。

 まだギリギリ兄様へチョコレートを用意する事が出来る。


「行きましょう。夜が明けてしまいます」


 朝が来たら習い事が始まる。

 何かするのなら今しか時間は無い。


「よっしゃ、久しぶりに主様の力になれるぜ!」

「ワタシはいつも別の場所で働いているから主様と一緒に何かするのも初めてなの」

「ボクは留守番してますね。誰かこの部屋に来たら不味いですし…………って思ったけどやっぱり行こうかなー。布団の中にぬいぐるみでも入れて膨らませておけば大丈夫ですよねー」


 怠惰の悪魔が何か言い掛けていたが、微笑んだら付いて来てくれると言ってくれた。


「うわ、こえぇ……」

「主様を怒らせないのが賢明なの」


 今居る悪魔を全員伴った初の共同作業が始まる。




遅れバレンタイン。

久しぶりにダフティと悪魔妹達の話です。

竜編も書きます。


二部を待ってくれている方へ。

疾走では無いので安心してください。ただのスランプです。

フラグ管理を考えていたら脳がショートしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ダスティ編になると一気に彩度下がるの草 ブラリ視点じゃないとほのぼのさんが… 親父が知らないところで現代知識無双してる件 [気になる点] アズモ異形化シーン読みました。めちゃよかったです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ