沢畑耕司という男2
「同業者ですか? 私の方が歴は長いですよ?」
告白される耕司をイライラしながら眺めていた女子が俺の居る所まで移動し、そう言って来た。
「同業者……? 俺はただの耕司の友達だけど?」
「チッ」
「……?」
「どうでも良いですけど、静かにしていてくださいね」
よく分からない奴だった。
学校で見た事ないどころか、この辺で見た覚えも無い。
今考えてもどうしてそんな女子に舌打ちされたのかが未だに分からないが、当時の俺はそれ以上に分からなかった。
その女子は再びイライラしながら俺の隣で耕司を眺めていた。
「チッ、告白する隙を与えてしまったのは不覚でした」
「私が手塩にかけて育てたのに横取りですか」
「あーあーあー、贈り物までしちゃって、なんて小賢しいのですか」
「ほらー、耕司君困っている。皆から愛される耕司君には一人だけに構っていられる時間なんて無いのですよ」
静かにしていろなんて言っていた癖によく喋る奴だ。
これでは観察している事がバレてしまう。
バレないかハラハラしながら見ていたが、暫く経つと告白を終えた女子が去って行き耕司の手元には手紙が握られていた。
「ふぅ……耕司君は無事みたいですね。私はあの女子を調べる用事が出来たのでもう行きます。では、また何処かで会いましょう」
「いや……」
二度と御免だわ。
そう言い切る前に舌打ち女は何処かに行ってしまった。
「変な奴だったな……」
耕司が告白されてから間もなくして、耕司に告白した女子は転校して行った。
転校前の想いで作りにと、勇気を出して告白していたのだろうか。
その一件により馬鹿らしく思えたのと、舌打ち女に二度と会いたくなかったのがあり、俺は耕司を観察する事をやめた。
空き地には来なくなったが、友達である事に変わりはないし別にいいやと思ったからだ。
ただ、色々分かった。
耕司の周りにはいつも沢山の人が居る。
それも全部、耕司から話し掛けている事がほとんどだ。
誰にでも優しく、気が利いて、動物からも好かれる。
今思い返してみれば、小さい頃から聡かったのだと思う。
困っている人が居たらほっとけない。
そんな奴だったから、あいつは独りぼっちの俺の事も救った。
中学に上がり、俺は野球部に入った。
同じ部活に入ろうと耕司を誘ったが、家の手伝いで忙しいからと断られた。
確か耕司の両親は共働きで、父親はサラリーマン、母親は保育士だったはずだ。
家の手伝いとはなんの事だろうか。
そう思ったが、なんとなく察した俺は耕司を誘うのを辞めた。
たぶん、中学でも小学でやった事と同じ事をするつもりなのだろう。
耕司の交友関係は中学に上がってから爆発的に増えた。
小学の頃から知り合いが多い奴ではあったが、中学はそれの比では無い。
行動範囲が広がった耕司は何処かに出掛ける度に友達を作って来る。
「本屋に行って本を買おうとしたら同じ本を取ろうとしていた人と手が当たっちゃって、なんやかんやで友達になった」
「ゲームで友人が出来てオフ会に誘われたんだが、まだ中学生だし流石に行けないよなあ……申し訳無いけど断ろう」
「家族で北海道に行ったら、そこに居た子と仲良くなって一緒に温泉に入った」
「最寄り駅で困っている人に声を掛けたら海外の友達が出来た」
色んな方法で色んな奴と知り合いになっていた。
耕司のスマホには一体何人分の連絡先が入っているのだろうか。
中学ではクラスは別々。放課後も俺は部活、耕司は帰宅で会話する時間が少なくなった。
このまま俺達の関係も終わってくんだろうなってなんとなく思っていたが、高校でまた出会った。
「利樹じゃねえか! うおお良かった!! 家から遠い学校を選んじゃったから知り合い一人も居ねーだろうなって思っていたけど、お前が居るならボッチ回避だな!」
校門で俺の事を視認した耕司が俺の元へ走りながらそう言った。
スポーツ推薦を使ってまあまあ良い高校に入学したのだが、耕司も一般枠で入って来ていたようだった。
「あれ、待てよ。あそこの奴は……入試の時に鉛筆削りを貸してくれた奴じゃねえか? 俺ちょっと行って来るわ! おーい!」
「なーにが、ボッチ回避だよ。早速友達出来てんじゃねーか」
高校に進学しても耕司は相変わらずだった。
きっとまた友達を増やしていくのだろう。
高校でも俺は野球部、耕司は帰宅部で小学の頃に比べたら話す時間は少ないが、今回はクラスが同じになった。
この高校では余程特別な事が無い限りは卒業までクラスが固定なので三年間は耕司と一緒のクラスになる。
クラスでも耕司は相変わらずで、直ぐに皆から慕われるようになっていた。
同じ中学出身で最初から耕司と話していた俺は恋愛相談をされるようになった。
耕司に彼女は居るのかという話だ。
勉強がそこそこ出来、運動も出来る。
顔も悪く無く、身だしなみにも気を遣っていて、話も面白く、人に優しい。
高校生になってからは、花屋でバイトを始めた。
耕司はモテた。
昔一回だけ見た舌打ち女の事を何故だか思い出したが、耕司に良い人が出来て欲しいと思っていた俺は積極的に相談に乗った。
だが、不思議な事に耕司はずっとフリーだった。
少なくない数の告白を受けているはずなのに、恋人が出来ない。
耕司が良い奴なのを知っている俺はそれが不思議でたまらなかった。
まさか、全部断っているのか……?
そんな事を思ったりしたが、真相は分からない。
そうこうしている内に一年が終わり二年になる。
二年生に上がって直ぐに耕司は通り魔に刺され、学校に来なくなった。
その知らせが学校に来た時は凄い騒ぎになった。
耕司にはとにかく知り合いが多かったので、心配する奴もその分多かった。
クラスもお通夜のように空気が冷えていたが、それも直ぐ終わった。
二週間後、耕司から「起きたわ」という連絡が来た。
事件はニュースにも取り上げられ、事件時カメラが全ておかしくなっていたり、人のよく通る道だったのに目撃者が一人も居なかったりと非常に不可解な点が多かった。
何より、心臓を刺されたという風に聞いていた。
だから耕司からの連絡には心臓が飛び出る程驚いた。
身体は大丈夫なのかというメッセージを送っても、「治ったわ。お医者さんもよく分からないって言っていたけどなんか治った」と、まるで他人事のような反応だった。
しかも、直ぐに学校に戻って来た。
俺も他の連中も耕司に聞きたい事が色々あったが、グッと飲み込みまずは戻って来た事を祝った。
病院から戻って来た耕司は健康そのもので、身体の何処にも異常が無い。
何かしらの後遺症が出る事の覚悟をしていただけに拍子抜けした。
受け答えもしっかりしている。
耕司が学校に帰って来た。
……はずなのだが、少し違和感がある。
雰囲気なのかオーラなのか、言葉では表すのが難しい何かが変わった気がする。
なんと言えば良いのだろうか、何だかずっとソワソワしている気がする。
教室の至る所を見ては、これじゃないといったように首を振る。
それによくボーッとしている。
偶に後ろの席に座る耕司に振り返ると、空を見上げなら呆けている。
終業式の日も空を眺めていた。
どうした、と聞いても「いや、なんでも」と言って教えてくれない。
というよりも、自分でもよく分かってない様だった。
「なんで空見てんだろうな……」
そう呟く始末だ。
「……そうか」
耕司に自覚は無いのだろうが、あまりにも悲しそうにそう言うから俺は何も言えなかった。
――なぁ、耕司。
この一ヶ月で何があったんだ?
……お前の心には何が引っ掛かってるんだ?
その言葉を胸にしまう。
俺はエスパーでもなんでもないし、耕司の考えている事なんて分からない。
だが、俺は耕司の友達だ。
心のモヤモヤを晴らす事くらいなら俺でも出来る。
「夏なんだが……」
だから、夏は耕司を連れ回してやろうと思った。
皆を巻き込んで昔のように遊ぶ。
これなら耕司のモヤモヤも晴れるだろう。
明日から夏休みだ。
今日は部活も無いし、通知表を貰ったら帰れる。
早速、この後にでも遊びに誘って……。
「……」
そう考えていたらまた耕司は空を見上げる。
心ここに在らずといった様子で頬杖を付きながら窓の外に視線やる。
……そんなに見ても雲一つない青空が広がるだけなのに。
どうしてそんなに無心に空を見つめるんだ?
「沢畑耕司ー、前に出て来ーい。お前には言いたい事が沢山ある」
暫く経つと、耕司が先生に呼ばれ前に出ていく。
フラフラとした危ない足取りだった。
耕司は教卓の前まで進み止まる。
先生が何か言ってもずっとボーッとしていた。
「耕司、聞いてんのか、おい?」
「……あれ」
苛ついた先生が耕司に声を掛け気付かせる。
耕司は慌てて辺り周りを見渡し、状況確認をする。
「……もしかして俺呼ばれました?」
耕司はやはり先生の話を聞いていなかったようだ。
「あ? 全く、それも聞いて無かったのか? しょうがないからもう一回言ってやるよ」
先生がほとんどキレながら物理のテストを耕司に見せる。
どうやら耕司がテストで何かやらかしたらしい。
テストに関して色んな人に頼りまくり、一夜漬けで範囲を網羅して臨んだと言っていたのに一体何をやらかしたのだろうか。
「ほら、ここを見てみろ」
「82点って書いてありますね」
「違う! その横だ!」
82点……、しっかり授業を受けていた俺よりも高い点数だ。
一か月のブランクがあったはずなのに、その点数を取れるのは耕司が勉強も出来るという証だ。
「物理で82点、お前は凄いよ。しかも一か月来ていなくてこの点数なんだから尚更な。確かに凄いんだがなぁ……」
……耕司は名前を書き忘れたのだろう。
いくら高い点数を取っても、無記名だとこの高校ではゼロ点扱いされる。
「なんだこの名前は! なーんでここでふざけちゃうんだお前は! 監督の先生も、採点してくれた教科の先生も、私も皆驚いたからな!」
いや、名前は書いてあったようだ。
その上で、別の誰かの名前を書いたから先生が怒っている。
「全く、先生も知らない言葉だぞこれは……何て書いたんだ?」
耕司は何て書いたのだろうか。
「……………………アズモ・ネスティマス」
聞いた事の無い名前を耕司が呟いた。




