十六話 「ようこそ水の中へ」
「ここから先は兄貴に任せな」
出口を塞ぐ巨大な花の化け物に絶望していた。
何処かから現れた空中を泳ぐ魚の群れ。
そこから出て来る背の高い青い青年。
青空のような透き通った髪に白い肌。
勝気そうなツリ目に、ニヒルな笑みを浮かべた顔。
急に現れた青年は見た事が無いが、聞き覚えのある声だった。
「フィドロクア……兄さん…………?」
青色の青年は俺の質問には答えずに笑う。
ニコというよりも、ニマという効果音の方が似合いそうな表情だった。
「折角の兄妹の邂逅なんだ! 派手に行こうぜえ! 出てこいの俺の魚達、場を整えろ!」
高らかに宣言した青色の青年は両腕を花の化け物に向かって突き出す。
次の瞬間、青年の腕がいくつものシャボン玉に変わり、宙を揺らめく。
シャボン玉は大きさや色を変え、見覚えのある形を作っていく。
青色の三日月のような形をしたシャボン玉は、背ビレや尾ビレ、胸ビレを形成し、前頭部に口と目を作る。
透き通った色の丸っこい形をしたシャボン玉は、球の下に足を何本も生やし、宙をゆらゆらと揺蕩いながら泳ぐ。
あれは……イルカにクラゲか?
なんで、異世界に俺の知っている生き物がいるんだ。
というか、なんで皆当たり前のように宙を泳いでいるんだ。
思考が追い付かない。
目の前で起きている事が奇跡の連続だ。
『あそこに一際大きな奴がいるぞ。あれは……クジラか?』
心なしか、アズモの声も今は若干戸惑っているように感じる。
アズモが目を動かすのに合わせて見てみると、一際大きな黒色なシャボン玉があった。
やがて、それは背ビレ尾ビレを生やし、鼻孔から水を勢いよく吹き出す。
天高く打ち上げられた水は、その場で大小様々な魚に形を変えていく。
「な、なんなのよこれ……」
スフロアが、俺を抱きしめていた力を強める。
見ると、スフロアと俺に小さな魚が何匹も集まっていた。
小魚は俺達を囲い、仄かに発光する。
発光した魚達は俺達を連れて空中を泳ぎ、森の天辺の方へ運んでいく。
気が付いたら、花の化け物は現れた大小様々な魚によって花弁を何枚も噛み千切られている。
さっきまで絶望を体現していた化け物は知らぬ間に食い漁られ、無残な姿になっていた。
空から下を見てみると、森を歩いていた様々な化け物も魚に襲われている。
さっきまで、凶悪な魔物が跋扈している普通の森だった所が、今は海中のようだ。
目の前で起きているはずの事実なのに飲み込むのに時間が掛かる。
やがて、俺達は森の中心地へと着いた。
そこには青色の青年が見える。
「身体の痛みは大丈夫かい? そいつは俺からのプレゼントだ。おっと、悪いがそっちの嬢ちゃんの尻尾は俺じゃ無理だ。また生えて来るのを祈るんだな」
小魚が俺達の傷を回復してくれたらしい。
らしいのだが、びっくりし過ぎて傷が治ったという実感が全く湧かない。
呆けてしまっていたが、痛みは確かに消えている。
「あ、ありがとう。……フィドロクア兄さん、で合っているよね?」
再び見た青年は腕が元に戻っていた。
両腕は変わりに何かを持っている。
赤色の太い茎と、そこから長い根が伸びた何かを。
青年は俺の問いに困ったような顔をすると、手に持っていたそれを天に放り投げる。
空中に投げられた物は、萎れた花の化け物だった。
花の化け物は、そのまま巨大な口を開けて待っていたクジラに丸呑みされて消える。
「うーむ。そうだぜ、って早く言いたいが、まだ俺のフィールドじゃないんだよなぁ。……あーそうだ、コウジとアズモは親父から『解放』を聞いているんだっけか」
「あ、ああ。そうだけど……」
「なら、丁度良いし見せてやろう。俺のを」
「——万物を沈ませろ。ブレ・タラサ」
数瞬後、森が水に飲み込まれた。
木々も、跋扈していた魔物も、空中を泳ぐ魚も、俺とスフロアも。
青色の青年から水が溢れ出したと思った時には、全て水に呑まれていた。
「やーっと、俺に相応しい場所が作れたなぁ。ようこそ水の中へ」
水の中にいるのに、はっきりと聞こえた。
息も何故か出来る。
腕の中を見てみたら、スフロアも大丈夫そうだった。
さっきからずっと呆けてはいるが、苦しそうにはしていない。
「——さてと、兄貴とお話しをしようか。あぁ、そうだ。この水は全て俺の思い通りに動くから良からぬ事は言わない方がいいぞ?」
今までで一番短いですが、これを書くのに3時間掛かりました。作業時間は今までで一番長いです。
励みになるのでブックマーク&評価お願いします!
続きは今日か明日に出します!




