百四十一話 ただの人間の俺に何が出来る
「あの時……控室で俺達の事を刺したのはお前じゃ無かったのか?」
アズモから俺が引き離された時。
一組とのクラス対抗戦終わり、十五組用控室で俺は魂を移す剣で刺され、アズモの身体から無理矢理引き剥がされ気付いたら記憶が封じられた状態で日本に戻って来ていた。
魂を移す剣、刃渡り30cm程の銀色のナイフで刺したのはテリオ・ネスティマスだった。
竜王ネスティマス家次男、テリオ・ネスティマスは、エクセレに大怪我を負わされ学校に来られなくなったアスミ先生の代わりに、十五組の担任に就いてくれた人である。
その人は、爪先から頭まで白一色で統一された奇抜なファッションをしていて、人前に立つと大袈裟な言動をして皆を楽しませるエンターテイナーとなる。
足し算や引き算などの算数を大量の小さな白い鳥を用いて教えてくれたり、ミニマムサイズの白い人型を箱庭で動かして国語の物語をリアルに見せてくれたりと楽しくて派手な授業をやってくれた為不真面目な十五組生徒からの信頼が厚かった。
教職に就くまでは、竜王家の顔としてテレビや雑誌などのメディア出演を精力的に行っており、奇抜なファッションと甘いルックスで面白い受け答えをする竜の人としてお茶の間でも親しまれていた。
全ては、竜全体のイメージをよくする為。
天災竜エクセレや、街を襲う野良竜が人々に植え付けた負のイメージを払拭する事に注力してくれていた。
そんなテリオ兄さんには家族思いな一面もあり、アズモに憑依した俺の事も大手を振って迎え入れてくれた。
エクセレ襲撃時に指から光線をバンバン撃ちながら助けに来てくれた事をよく覚えている。
だから、テリオ兄さんが俺の事を刺したなんて考えられない。
あれは偽物だ。
誰かがテリオ兄さんの姿を借りて凶行に及んだ。
きっと、アオイロが化けた物だろうと思っていた。
だが、今確かにアオイロは「私は変身を完璧な物にする為に殺して中に取り込んで模倣しています」と言った事で揺らぐ。
歩き方、喋り方、声、顔、背格好全てがテリオ兄さんだった。
あれは完璧にテリオ兄さんだった。
だが。
「テリオ兄さんがお前みたいな奴に負ける訳が無い……」
テリオ兄さんは竜王家で二番目に強い竜だ。
例え四肢を拘束されていようが、アオイロなんかに負けるはずが無かった。
アオイロよりも強いテリオ兄さんは絶対に取り込まれていない。
……しかし、だとすると、俺を刺したのがテリオ兄さん本人だったという事になる。
それこそ有り得ない。
テリオ兄さんが、俺とアズモを引き離す訳が無い。
「あぁ、困惑したコウジ君の表情も最高ですね。暫くはその顔で持ちます」
俺の葛藤を見たアオイロは顔を歪ませて笑う。
ハァハァと息を荒くし、恍惚とした表情を浮かべる。
「俺を刺したのはアオイロだよな……? テリオ兄さんが俺を刺す訳が無いんだ……」
「……っ。やっと私の名前を呼んでくれました。私は嬉しくて、嬉しくて逝ってしまいそうです」
「答えろよ!」
俺の質問に答えず、身体をクネクネと動かして息を荒くするアオイロに怒鳴る。
刺したのは私です、と言って欲しかった。
「コウジ君が私の中に入れば分かりますよ。……なのでもう直ぐ、ですね」
そう言ってアオイロはゆらりと揺れる。
あまりの衝撃に未だ地面から立てずに居た俺へ向け、刺突を放つ。
首へ向かって飛んできた大胆な一撃をすんでの所で避け、お返しにブレスを至近距離で放とうとしたが躊躇した。
こいつの身体を燃やしたら、こいつの中に囚われた人達はどうなる……?
「私とのお見合い中に別の考え事ですか?」
「っ!」
二撃目が飛んで来る。
一瞬止まってしまったせいで反応が遅れる。
「ナーン!」
「本当にしつこいですね」
危うく当たりそうになったが、アオイロが遠くに飛んでいく。
スズランがビームを放ってくれたおかげで難を逃れた。
俺を助けてくれたスズランは、猫形態のまま蔓を再び生やしてアオイロに肉弾戦を仕掛ける。
俺が悩んだのを察して時間を稼ぎに行ってくれたようだ。
向こうの方で蔓と剣による打ち合いが見える。
スズランは蔓を何本もまとめて太い蔓を作り、斬られないように工夫していた。
「悪い、スズラン……」
地面に手を付いて立ち上がる。
積み上げられた死体を見て手を合わせた。
アオイロは毎回違う人になって俺に会いに来る。
俺の行く先々に現れ、不審がられないように姿を変え俺に接触する。
ここに居る人達はそんなアオイロの変身の為、犠牲になった。
アオイロは生きている限り、平気で人を殺す。
しかし、アオイロを殺してしまったら中に居る人がどうなるか分からない。
それに、アオイロにはまだまだやってもらわなければならない事もある。
なら、どうすれば良いか。
俺はどうするべきなのか。
ただの人間の俺に何が出来るのか。
そこまで考えた俺は、スズランとアオイロが戦闘している元まで駆ける。
俺の出来るやり方の中での最善手は。
「避けろスズラン!」
蔓を合体させて鞭のようにしならせ薙いでいたスズランにそう言い、炎ブレスを吐く。
スズランは右に飛んで避け、炎ブレスはアオイロに飛んで行ったが、アオイロも避ける。
「時間を稼いでくれてありがとうな、スズラン。ここからは俺がやるよ。……ただ、万が一失敗したら、俺の身体が奴に取られる前にその時は頼んだ」
「ナーン……」
俺の元までやって来たスズランを一撫でし、そう言った。
俺がやろうとしている事は賭けだ。
上手くいけば一気に片が付くが、失敗したら全てが終わる。
だがこのまま膠着しているよりはずっと良い。
「やっと来てくれたのですね、コウジ君」
「ああ。待たせて悪かったな」
「良いですよ……。他の塵芥に構えば構う程、こうして対面した時に私は更にときめく事が出来るのですから」
続くアオイロの発言には答えずに、無言で近づいていく。
構えも何も取らずにゆっくりと歩いて、丸腰で近づいていく。
「あぁ、私の中に入ってくれる気になったのですね」
俺の行動を見たアオイロが笑みを浮かべながら言い、切っ先を俺に伸ばす。
俺は差し出されたナイフの刃を掴んだ。
魂を移す剣を握り、力を込める。
アオイロは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、直ぐに笑みに戻った。
そんなアオイロに対して俺も不敵な笑みを返した。
「魂での殴り合いなら俺は誰にも負けないぜ?」
「……まさか」
俺の発言の意図が読めたのか、アオイロの顔が青白くなっていく。
当然ながら、俺に何が出来るのかをこのストーカーは把握しているのだろう。
だがもう遅い。
更に力を込めて刃を握り、アオイロからナイフを奪う。
ナイフを握った右腕から何かが吸われていくのを感じる。
右手の先からゾワゾワとした感覚が発生し、全身まで広がる。
それに伴い意識も薄れ倒れそうになる。
何も聞こえなくなり、何も見えなくなり、何も考えられなくなっていく。
これが魂を移す剣の力なのだろう。
……何と言うか、流石に三回目ともなると慣れた。
「俺は沢畑耕司、ただの人間だ」
消えゆく意識を意地で繋ぎ止め、そう言葉を紡いだ。




