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百三十六話 「異世界だろうが何処までも行ってやるよ」


 ペラ、ペラと紙を捲る音が聞こえて目を覚ます。

 気付くと直ぐに、俺に寄りかかりながら漫画を読んでいる子供がいる事が分かった。


 その子はシーンによって捲る速さを遅くしたり、早くしたりする。

 今は最近流行りのラブコメを読んでいるようだった。


 俺が病院のベッドの上で続きを読んでいた漫画だ。


「こんな所に居たんだな」


 窓から光が入り込む明るい部屋。

 窓の直ぐ近くには黒色シーツが掛かったベッドが置かれており、枕側には勉強机。

 机の隣にはパソコンやルーター、それとバッグが置かれたラック。

 更にその隣には漫画が詰め込まれた本棚。


 俺の部屋にとてもよく似た空間だった。


 ホッとして息を吐く。

 背もたれ付きのクッションに身を沈めながら、紫色に輝くその子の髪を撫でた。

 すると、その子は読んでいた漫画を閉じて床に置いた。


「……やっと、気付いたか」


 そう言いながら、その子は振り向く。


 目鼻立ちが整った綺麗な顔。

 意思の強さが見える細い眉。

 キュッと結ばれた小さな口。


 相変わらず、子供の癖に可愛いというよりも綺麗という言葉が似合う顔だった。


 俺が異世界で憑依した女の子、アズモ・ネスティマス。

 竜王の娘なのに、一人じゃ何も出来なくて、俺に頼ってばかりで、口は達者なのに人と話すのが苦手で、でもやけに自信家で「二人なら何でも出来る」とか言っちゃう女の子。


「私はずっとここに居たのだ。ずっとここで呼びかけていたというのにお前と来たら……」


 アズモは何やらご立腹の様子だった。


「『なんか夢を見ていた気がするなー』だとか、『何も思い出せねー』だとか、『なんか頭に警鐘が響くなー』だとか、『アズモって誰だっけ?』だとか……許さないからな」

「……ええ? ごめんな。ごめんなんだけど、最後の台詞は言って無いからな?」


 おかしい。

 俺達は今、感動の再会を果たしたはずだ。

 何故、俺は初手でいきなり怒られているんだ?


「絶対許さん。抱きしめろ」

「はい……」


 俺は六年間この子と共に生きてきた事で分かった事が沢山ある。

 傍若無人なアズモには逆らうべからず。

 これは、共に生きていく上で最も守らなければいけないルール。


 前を向いて俺に背中を預けて来るアズモに腕を回す。

 そうするとアズモは自分の手を、俺の手に静かに添えた。


「大きな手だな……向こうの世界の私も今頃、このくらいの大きさになっているのだろうか」

「向こうの世界の私? アズモはここに居るじゃないか? というか何で居るんだ?」

「一遍に聞くな。コウジには感動の再会時のマナーが無いのか? こういう時は少なめな台詞でお互いを慰め合っていくのがセオリーだと知らないのか?」

「知らんな。そんなのがあるのか?」

「今私が作った」


 なんだこいつ。

 流石に今出来たルールには対応出来ないぞ。


「まあ、どうせ向こうの私も感動の再会を夢見て暴走しているから、その時の予行練習だと思え」

「……アズモは向こうで異形化したのか?」


 ここがどこかは分からないが、アズモは俺と一緒に居た。

 俺はアズモと離れ離れになっていたとばかり思っていた。


 向こうの世界で、一人で身体を動かしながら過ごしている物だと思っていた。


「ここに居る私は本体から切り離された存在だから、向こうが今どうなっているかは分からない。だが、コウジが自分の身体どころか世界から消えたら私は間違いなく異形化するだろう」

「……詳しく説明してくれないか?」


 ここに居るアズモが切り離された存在。

 なんとなくそうは思っていた。

 何故なら、俺にアズモの声が聞こえない訳が無い。


 アズモがしっかり俺の中に居てくれたら、確実にアズモの存在を直ぐに認識出来た。


 だから分からなかった。

 どうしてアズモの呼びかけがずっと聞こえていなかったのかが分からない。


「記憶は全部戻ったのか」

「異世界初日からクラス対抗戦終了までばっちり思い出した」

「なら、最後の記憶は……テリオ兄上に襲われたのは覚えているか?」

「……それもしっかり思い出している」


 ルクダの異形化を治した後、俺は誰よりも早く目覚めた。

 一人で暇を持て余していると、ダフティの顔をした誰かが急に現れた。

 何かされるかもしれないと思ったが、少し会話をすると、そいつは直ぐに動かなくなった。


 不気味に思ったものの、動かなくなったそいつを端に動かし毛布を被せると、テリオ兄さんがやって来た。

 そして、そいつの事を報告しようとしたら刃物でグサリ。


 気付いたら、日本の病院のベッドの上で目覚めた。


「何故テリオ兄上が襲って来たのかは分からない。分からないが、あの刃物は知っている。あれは人から人へ魂を移す剣だ。私はあれで刺されてコウジを身体の中に入れられ、あれで刺されてコウジを奪われた」


 魂を移す剣。

 言われてみたらあれに刺された時、不思議な感触に見舞われた気がする。

 痛いけど、身体は痛く無いみたいな不思議な感覚。


 現にあれだけぐっさりと刺されたというのに、血は一滴も出ていなかった。


 ……そう言えば、最近そんな事を俺も聞いたような。


「まさか、あれで俺は刺されて魂を抜かれて、アズモの身体に移され、そこから更にまた抜かれて、自分の身体に戻されたという事か……?」


 魂を移す剣で自分の身体を刺されて魂を抜かれ、アズモへ憑依。

 同じ刃でもう一度刺されて、自分の身体へ戻された。


 心臓を刺されたのに鼓動しっぱなし。手の施しようが無かったのに勝手に治った。

 病院の先生は俺にそんな事を言っていた。


「恐らく、そうなのだろう」

「成程な。俺は意図的に入れられた訳だ」


 そうなると、俺を刺した犯人も、アズモの中に俺を入れた犯人も恐らくあいつだろう。


「それでここからが重要だ。……コウジはあの剣に対して耐性が付いていたのだろうな」

「よく分からない耐性が付いたもんだ」


 二回刺されて、二回魂を抜かれて、二回身体に入れられた。


「だからあの時、テリオ兄上に刺された時も直ぐには剣へ魂が吸われずに少し耐えられた」

「全く敵わなかったけどな……」


 あの時、十五組の控室で俺はテリオ兄さんに魂を移す剣で刺された。

 だが、直ぐには意識を失わずに立ち上がった。

 意識を持って行かれそうな感覚に陥りながらも耐えて、立ち上がってテリオ兄さんに一矢報いようとした。


 とは言っても無様な物だった。

 フラフラしながらテリオ兄さんの元までゆっくり歩き、腹部に右拳をポスっと当てた。

 それだけして倒れた。


「コウジが抵抗してくれたおかげで私は今ここに居る。私の『絶対意地でもコウジに寄生してやる』という心が働き、あの間、私の魂もあの剣に吸われに行った。その結果こうして少しだけコウジの身体に寄生する事に成功した」


 俺が抵抗している間に、アズモもあの剣に魂を吸われていた。

 俺から離れない為に自分から吸われにいったのか。


 なんて無茶な事をしていたんだこいつは。


「……どうしてアズモがここに居るのかは分かったが、言い方な?」

「事実なのだから仕方ないだろう」

「全く、危ない事しやがって」

「しかし、こうして会えたのだから良いだろう?」

「……そうだな」


 俺達はお互いに寄生し合って生きていた。

 一人では生きられないアズモと、そんなアズモに憑依した俺。


 アズモは日常生活を全部俺に任せ、俺はアズモの身体に居座った。

 もしかしたら、似たような存在と言えるのかもしれない。


「……改めて言うぞコウジ。あの世界に残った私はコウジが居なくなって異形化した。だから私を助けに行って欲しい」

「……」


 少しだけ考える。

 俺がベッドの上に居た二週間があっちの世界では六年間だった。

 その理論で行くと、アズモの居る世界はもう十年くらい経過してしまっているのでは無いだろうか。


 アズモに憑依していた時は肉体年齢が進まなかったが、今度は違う。

 この己の身体で行く必要がある。

 全部を終えた時には俺は何歳になってしまっているのだろうか。


 クラスメイトと何歳分の時が離れてしまうのだろうか。


 もしかしたら、異形化が一旦収まっているかもしれない。


 それに、テリオ兄さんが俺の役目は終わったと言っていた。

 アズモの世界に行っても竜王家を含めた様々な存在が俺の前に立ちはだかるかもしれない。


 異世界で、俺に何が出来るのだろうか。

 ……でも、答えはもう決まっている。


「どうだろうか……?」


 アズモが震えた声で聞いて来る。

 俺はアズモの事を抱きしめたまま身体を丸めた。


「行くに決まっているだろ。アズモの頼みだったら異世界だろうが何処までも行ってやるよ」


 俺はとっくのとうに、アズモの為に生きると決めていた。



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[良い点] ア゛ズ゛コ゛ジ゛だ゛!゛!゛(限界化) ア゛ズ゛コ゛ジ゛だ゛!゛!゛(解放) ア゛ッ゛!゛(異形化) [気になる点] ストーカーと竜王家はどこかで繋がりがあるのか…? てっきりテリオに変態…
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