百三十五話 『やっと……届いた』
「夏休みと言っても、学生だと言う事を忘れずに節度のある休みを送ると共に、勉学や課外活動に臨んでみるのもいいでしょう。貴方達は——」
校長の話は長い。
どうしてこんなに喋る事があるのだろうか。
喋っている内容と喋っている時間が合っていない。
そんな大した事を言っている訳でも無いのに、どうしてそんなに長い話になってしまうのか。
そう思いながらも、ちゃんと座り耳を傾ける。
校長の話に比べ、担任の先生の話は短い。
お前らハメを外し過ぎんなよー程度で終わる。
だから、夏休み前最後の壁はこの校長先生の話だけなのだ。
最後だと思えば、耐える事も出来る。
とは言え、眠くなってきた。
昨日はずっと考え事をしていたせいでよく眠れなかった。
フレンダさんからいつもの電話も掛かってきたし、ついつい喋り過ぎたせいで寝床に着くのがそもそも遅くなった。
あ、やべ、そう眠気を意識したら……。
—————
「————ジ。コウジ、起きろ」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
まるで怒っているかのような声。
この声は誰だ。
「おい起きろって!」
頭に衝撃を受けて眠気が飛ぶ。
慌てて顔を上げると、拳を押さえて痛がる担任の先生の顔が見えた。
「い、いや。寝てないです」
「嘘吐け思いきり寝ていただろうが! つーか頭固すぎだろお前!」
「色々詰め込んでいますので」
「ったく、くだらないこと言って無いで夏休み前最後の私の貴重な話を聞け」
ブツブツ呟きながら先生が教卓に戻る。
周りからはクスクスと笑う声が聞こえた。
見知った顔が俺の方を向いて笑っていた。
周りを見てみるとさっきまでと景色が変わっている。
左は窓。雲一つ無い快晴。
前は俺の方を向いて笑う坊主頭の男子。
右には控え目に笑う女子。
「あー、お前ら。夏休みはああならないようにハメを外し過ぎるなよー」
体育館で校長先生の話を聞いていたと思ったが、気付いたら教室に居た。
先生が前に立って、夏休みに向けての話をする。
それに皆が「はーい」と気の抜けた返事をする。
「んじゃあー、通知表返すからちゃんと両親に見せて来いよ。あと、化学と物理のテストと期末テストの成績表もついでに返すから分からない所や採点ミスは今日の内に言うように!」
俺が化学と物理のテストを昨日受けた事で、やっと期末テストも返って来る。
夏休み前最終日にテストを返すなんて学校も大変だろうが、俺の為にやってくれた。
名前の順に呼ばれ、一人一人前に出て行く。
雄叫びを上げたり、喚いたりと反応は様々だった。
各教科の評定が返って来るだけで無く、テストの類もまとめて返される。
そのためか、去年よりも喧しい感じがした。
「……んで、耕司は結局テスト大丈夫そうか?」
前に座っている坊主頭の男子から声を掛けられた。
「おかげさまでな。赤点は絶対無い」
「おーなら、遊び行けんじゃん」
「今年の夏は楽しい物にしようぜ。海にプールに花火。色んな人を呼んで楽しくやろうぜ」
ニヤリと笑って、今年の夏の構想を話す。
「とか言って、これで赤点取ってたら馬鹿面白いけどな」
「おい、怖い事言うなよ」
舞い上がって居たら冷や水を浴びせられた。
気持ちが冷め、そろそろ呼ばれる現実が怖くなってきた。
俺の名前は沢畑耕司。
名前の順だと呼ばれるのが早い方だ。
「冗談だって。ブランクがあったとは言え、耕司なら大丈夫だろ。夏は楽しい物にしようぜ?」
「……あいよ」
俺の前の番号である佐藤さんが呼ばれ前に行く。
次は俺の番だ。
佐藤さんが先生と一言二言喋り、席に戻って行く。
「んじゃあ、行って来るわ」
いそいそと立ち上がり、前に歩いて行こうとする。
しかし、俺の名前は呼ばれずに鈴木さんが呼ばれる。
「ん、あれ……?」
立ち上がったまま固まる。
その後も俺の名前は呼ばれず、他の人の名前が呼ばれていく。
「まぁ、取り敢えず座れよ。耕司は休んでた事だし最後なんじゃねーか?」
「そうかもな……?」
呼ばれずに立ったままなのも居た堪れなかったので言われた通りに座る。
「あ、呼ばれたから俺は行くわ」
「おう……」
俺とずっと喋っていた坊主頭の男子、矢口が呼ばれる。
矢口の後には三人しか居ない。
俺の名前はいつ呼ばれるのだろうか。
俺がさっきまで寝ていたせいだろうか?
それで先生が怒っているのかもしれない。
……待てよ、そう言えばなんで俺はいつの間にか教室に居たんだ。
放っておいてしまったが、よく考えてみたらおかしくないか?
……あれ?
—————
「————ジ。コウジ、聞いてんのか、おい?」
目の前に先生が立っていた。
「……あれ」
慌てて周りを見て状況を確認する。
前は紙を丸めてポンポン叩いている担任の先生。
右は教室の出入り口。
左は窓。雲一つ無い快晴。
後ろにはクラスメイト。
「……もしかして俺呼ばれました?」
俺の方を見ながらクスクス笑う皆の手元には通知表が握られていた。
矢口もいつの間にか自分の席に戻っており、机の上には色んな紙が置かれている。
「あ? 全く、それも聞いて無かったのか? しょうがないからもう一回言ってやるよ」
先生がやれやれとでも言いたげに物理のテストを見せて来る。
「ほら、ここを見てみろ」
「82点って書いてありますね」
「違う! その横だ!」
先生の言う通りに視線を横に向けると、そこに書いてある事に目を奪われた。
「物理で82点、お前は凄いよ。しかも一か月来ていなくてこの点数なんだから尚更な。確かに凄いんだがなぁ……」
点数の横にある物を先生は指差す。
点数の横は名前欄。
「なんだこの名前は! なーんでここでふざけちゃうんだお前は! 監督の先生も、採点してくれた教科の先生も私も皆驚いたからな!」
名前欄には俺の名前が書かれていなかった。
空白という訳では無い。
誰かの名前は書いてあるが、俺の名前では無かった。
「全く、先生も知らない言葉だぞこれは……何て書いたんだ?」
俺がテストの時に無意識の内に書いてしまった名前。
考え事をしていたせいで確認もせずそのままにしてしまった名前。
その名前は。
「……………………アズモ・ネスティマス」
その名前を口にした瞬間、頭に何かが溢れ出す。
病院のベッドの上で見ていた二週間の夢の内容。
夢と言うには痛みや触覚、匂い等全てが現実のように感じられ、だけど夢らしく枷が掛かったかのように身体が思うように動かせなかった。
六年間、運命を共にした女の子との記憶。
『やっと……届いた』
頭の中に女の子の声が響いた。
直後、意識が暗転する。




