百話突破記念話 アズモの誕生日
『色んな物貰った』
今日も無事に一日が終わり、さあ寝るかとベッドに潜り込むと頭の中で声が響いた。
俺が憑依している先の女の子、この身体の持ち主であるアズモの声だ。
『今日は楽しかったかもしれない』
人見知りが激しく、だいたいいつも斜に構えているアズモの声が今はなんだか少し楽しそうだった。
まあでもそれは当然の事だろう。
皆から祝ってもらえて良かったな。
興奮冷めやらぬといった様子のアズモにそう返す。
『今まで一番の誕生日だった』
そう、地球で言うと六月十七日に当たる今日はアズモの誕生日だ。
今日はアズモが七歳になった日だった。
最近は色々な事があり落ちつけない事が多かったが、今日は良い息抜きになったかもしれない。
まあ、朝はどうなる事やら……となったがな。
『自分じゃ言いにくい』
それもそうだな。
流石の俺でも「六月十七日は俺の誕生日なんだ」って方々に言って回るのは出来なかった。
『スフロアとルクダが朝早い内から誕生日に触れてくれて助かった』
ああ、あの時は俺も心の中で感謝したよ。
朝からリボンの付いたデカイ箱持参で誕生日を祝いに来てくれてありがとうルクダって。
『まさか中に入っていたのが木剣だったとは思いもしなかったが』
本当にな。開けて驚いたくらいだ。
ルクダらしいっちゃらしかったが、「剣でバシバシ打ち合うのかっこよくて楽しそうだからこれあげるね!」って木剣渡して来たのは流石に驚いた。
『嬉しかったが、これで私達は剣の訓練をする事が決まった』
ルクダが絶対に断れないという状況を利用して一人じゃ取っ掛かりにくい趣味に付き合わせようとしてくるとは思ってもいなかった。
本人にそんな考えは無かったんだろうが、恐ろしい子だよ。
『だから言っただろう。ルクダは小悪魔に化けると』
まだそれを言っているのか。
今回が偶々だっただけだろ。
それに小悪魔で言ったらスフロアの方が近くないか?
プレゼントを思い出してみろ。
『映画のペアチケットだった』
ほら、スフロアの方が断然小悪魔だろ。
だいたい小悪魔は剣を持ってきて「これから打ち合いに付き合ってね」なんてしてこないんだよ。
真の小悪魔はスフロアみたいに「気になっている映画があるけどあまり見ない映画だから一人じゃ不安なのよね」ってペアチケット渡してくるんだよ。
いつもは皆で行っているのにこういう時だけペアチケットをシレっと渡してくる。
『いや、スフロアが小悪魔だとは認めない。あいつは違う。自分の読んでいる小説に毒されたただの痛い奴だ』
いや、それを実行してしまうだけで充分だと思うけどな……。
なんか私怨が混ざっているように感じられるんだが?
『何がペアチケットだ。私達は既にペアだ。ツーペアからスリーペアになってしまうだろうが』
やっぱ私怨じゃねーか。
でも、行くんだろ?
『行く』
ほらな?
『ほらな? じゃないが。スフロアの持って来た映画のチケットが偶々私も気になっていただけだが。あのホラー面白そうだなと前から思っていたのだ。一人では怖そうなスフロアの為に渋々付いて行くだけだが』
ほらな? アズモならそう言い訳すると思ったよ。
スフロアに研究され尽くしているんだよ、アズモは。
『うるさい!』
全く、どうしてスフロアの事になると天邪鬼を発動するのやら。
まあしかし、二人のおかげでアズモの誕生日を他の人達にも知ってもらえたな。
『ラフティリとダフティの反応が面白かった』
ラフティリは「えっ、誕生日!? 早く言いなさいよ!」って怒った後にポケットをガサガサ漁って飴を何個も渡して来たな。
『まさかラフティリに人の誕生日を祝うという行いが可能だとは思いもしなかった』
ラフティリには悪いが俺も同意だ。
飴を渡した後に「後でもっと良い物渡すから今はこれで許して!」って言って来る義理堅さがあった。
『ラフティリは思い切りが良すぎる上にアホなだけで良い奴だ』
あまり友人の事を悪く言ってやるな。
まあしかし、それで言ったらダフティも以外だったな。
『ああ。私もダフティからは良く思われていないと思っていた』
最近、ダフティはこの部屋を出てスフロアとルクダの所に行ってしまった。
ブラリから過去の話を聞いてダフティに色々と思う所が出来たタイミングで、部屋を出て行かれてしまった。
だから俺もダフティからはもう嫌われていて、祝われる事なんて無いと思っていた。
『違ったな。ダフティは私の誕生日をしっかり祝おうとしてくれた』
——夜までにプレゼントを用意します。夕飯も予定等が入っていなければ最高の物を用意してアズモさんを喜ばせてみせます。
ダフティはアズモの誕生日を華々しい物にしてくれた。
人が百人は簡単に入れそうな会場を押さえて、当日なのに伝手で一流のシェフを用意してくれ、会場ではピアノの名手によるジャズが流れる。
『初めてドレスを着た』
俺もそうだ……。俺も初めてドレスを着た……。
なんとも言えない気持ちになったが、アズモの誕生日だったから頑張った。
普通にいつもの私服で会場に入ろうとすると、傍に控えていた黒服に拉致され衣装室へ連れ込まれた。
そこでちょっと化粧の濃い一本角の生えたおばさんに身体の至る所のサイズを測られ、気付いたら黒いドレスに身を包まされていた。
『驚いたが黒いドレスは良い物だった。似合っていたな。そうだろう?』
ああ、似合ってはいたよ。
目鼻立ちがしっかり整っていて、七歳児なのに垢感が全くないアズモだとドレスも似合うんだな。
『そうだよな。私もそう思う』
……時々、なんか自意識高くなるよなアズモって。
まあドレスで言ったらスフロアも似合っていたが。
スフロアがモテモテな理由が改めて分かった。
可愛いと言うよりも美人で、クールで大人っぽく見え、幸が薄くて儚げ。
男子達が「俺がスフロアを守ってやるんだ!」って鼻息を荒くする訳だ。
『スフロアだと……。あいつはガキだ。六歳だ』
一歳しか変わらないだろうが。
『ふん、しかし覆る事の無い年齢差だ。それに私と同じような雰囲気を纏っているスフロアが異性から惚れられやすい事は大人しくしていれば私もそうなるという事だ』
また自惚れているが、まあその可能は高いと思うぞ。
俺に日常を任せ続ける限りは永遠にそんな日は訪れないが。
『うう……』
なんだ? アズモもモテたいのか?
『私は良い。コウジだけで我慢する』
なんだこいつ。偉そうに……。
着飾るで言ったらブラリも凄かったな……。
癖っ毛がいつも酷くてふざけてばっかりの奴が、髪を真っすぐに下ろしてタキシードを着たらあんなに化けるとは。
『ああ、見違えた。……見違えはしたが、私達はあいつの中身を知っているからな』
そうなんだよな。
ギャップとかっていう便利な言葉ですら働かない程に俺達はブラリの事を知っているからな。
『思えば今日のあいつも朝から凄かった』
今朝は驚いた。
ラフティリと一緒に十五組に入室しようとしたが、「え、ここ十五組だよな?」といつもと違う教室の雰囲気に気圧され入れなかった。
木で出来ていたはずの床が大理石になっており、壁も全面に漆喰が張り付けられ、その上から煌びやかな装飾で眩しくなっていた。
俺達の席も例外では無い。
既に教室にいたリアクスがやけに大きな白い椅子に片肘を付いてジュースの注がれたグラスをくゆらせながら「ハッピーバースデー、アズモ君」と違和感に溶け込んで居なかったら扉をそっと閉じていたかもしれない。
『十五組誕生日用飾りつけ(アズモちゃんバージョン)だよって後ろから声を掛けられた時は驚き過ぎて殴りそうになった』
括弧閉じまでしっかり言っていたな。
これつまりは、後七回は教室が改造されるって事なんだろ?
ただでさえエクセレが襲撃して来た影響で壊れた床や壁が張り替えられて、椅子や机も交換されたおかげで他の教室よりも綺麗になっていたのに。
『しかもその残る七回の内にブラリも入っているからな。私達は今日であいつの誕生日を祝う事を宿命づけられた』
あー、ちょっとその日ばかりは竜王家の力を借りよう……。
あいつの誕生日でも教室を馬鹿みたいに飾り付けて驚かせてやろう。
『ああ。その綺麗になった教室もムニミーや皆のせいで汚れてきていた。十五組は定期的に床や壁、その他諸々を交換するくらいが丁度良いのかもしれない』
そうかもな。
皆も教室がそんな事になっていたおかげでアズモが誕生日だって事を知ってくれたし、俺達も教室がそんな事になっていたら誰かの誕生日って事に気付けるし丁度良い。
当日知ったんじゃ良いプレゼントを用意する事は難しそうだが……。
『ブラリは馬鹿みたいに大きな竜の置物を送ってきたが、他の皆はささやかな物だったから私達もそれくれいで良いだろう』
ささやかね……。
ラフティリは飴玉沢山、スフィラは良い所の紅茶、マニタリはスズラン用にキノコを沢山。
ここまでは良かったが、他の奴らを考えてみろ。
まずアズモが言ったようにブラリは置物だろ。
『ゴスネリは漫画をくれた。やっと話せて嬉しかった』
それは良かったな。……と言いたいんだが、その漫画全巻セットだったな。
しかもその漫画百巻超えていたな。
あの漫画の量じゃ寮に置けないからな?
『ムニミーはなんかよく分からない薬くれた』
ムニミーに関してはプレゼントというか試薬なんじゃないか?
アズモの誕生日にかこつけて俺達をモルモットにしようとしているんじゃないか?
『リアクスはワインをくれた』
十五組の中ではリアクスが一番馬鹿な物を送って来やがったな。
あと十三年間は置物になるプレゼントだからなそれ。
魔物と言えど俺がこの身体に憑依している限りは飲酒なんてさせないからな。
ぶっちゃけこの身体にアルコールが害を及ぼす事なんて無いとは思うけどさ。
『でも嬉しかった』
……そこまで言うなら俺はもう何も言わないようにする。
だが、あいつらの誕生日も同じように祝ってやろう。
『それは絶対だ。今から考えておこう』
とびきりな物を送ってやろうな。
『父上や兄上達からのプレゼントも楽しみだ』
毎年親父や母さん、兄姉は豪華な物を渡してくる。
今年は忙しいという事で言葉だけを送ってもらったが、落ち着いたらプレゼントも送ると言っていた。
ただ、色んな物を貰った分、返す事を考えたら億劫になる。
何せ俺達には友達や家族、知り合いが多い。
『誕生日を次に迎えるのはラフティリだったな』
隣にあるダフティのベッドを堂々と拝借して眠るラフティリを見る。
今日も既に凄い寝相を披露していた。
『ラフティリは後でちゃんとした物を送ると言っていたが何をくれるのだろう』
恐らくだが、ブラリのプレゼントを見て「これだわ」と呟いていたから良くない物が渡されると思うぞ……。
『……それは不味い』
ああ、大きな置物が二つもあるのは不味い。
置き場所が無くなる。
『送り物の大きさでもラフティリに負ける訳にはいかない』
……は?
『大きな魚を捕まえに行くしか無いな……』
……アズモさん、ちょっと待ってください。
ちょっとだけで良いので俺の話を聞いてください。
『やだ』
そうですか……。
『……私の話を聞いてくれるなら良いぞ』
では聞くので、その後に俺の話を聞いてくださいね。
それでどんな話なんですか?
『私の誕生日だと言うのに、私の一番近くに居る奴がまだ何も言ってくれない』
……。
『そいつは馬鹿だから、一番近くに居るから改めて言うのも恥ずかしくてな……とか言い訳してきてそうなのだがどう思う?』
……いや、でもそいつは、心の中では何処の誰よりも一番アズモの誕生日を祝福していると思うぞ。
『私はしっかり言葉で聞きたい。早くしないと日付が変わってしまう』
……改めて言うのが恥ずかしかったんだよな。
俺は皆と違ってプレゼントを用意する事も出来ないし。
『言葉だけで充分だ。私はそれだけで嬉しい。ほら、早くしろ』
あまり期待してくれるなよ?
普通の言葉を贈る事しか出来ないし、もう夜だからそんなに声も出せないんだ。
『それでも良い』
「……誕生日おめでとう、アズモ。その内、身体の中に俺が居るのが嫌になる日が来るかもしれないが、それでも末永く俺とよろしくして欲しい」
『全く、普通におめでとうだけで良いと言うのに。そんな日が来る訳無いだろう。離れろと言われても私はコウジから離れない。いつまでも寄生していく』
「寄生しているのは俺の方だけどな」
『日常生活を送ってくれているのはコウジなのだから私も寄生しているようなものだ。私とコウジ二人でこの一つの身体に寄生している。寄生仲間同士仲良く出来るとは思わないか?』
「なんだそれ……。変な仲間だ」
『私はそのくらいコウジと私が対等な関係だと思っている。だからそんな自分を卑下せずにこれからも私の事をよろしくして欲しい』
「ああそうだな……よろしく」
「んん……むぇ?」
ラフティリの声が聞こえ咄嗟に黙る。
『……そろそろ私達も寝るか』
これ以上会話していると明日に響くかもしれない。
アズモの言う通りに寝るか。
だが、もう少しだけ待ってくれ。
「——誕生日おめでとう、アズモ」
寝る前に、自分だけに聞こえる音量で最後に小さくそう呟いた。
Q どうして百話突破話が今出たのか
A 今後何か起こるのでは無いかという臭いがあまりにもする為
これで二章閑話は終わりです。
次の話から三章スタートです。
この話は二十日分なので、今日はもう一話出す予定です。




