特別話3 花の記憶
この世界には様々な常識がある。
魔法が使える。
他者を襲う事しか出来ない魔物が居る。
竜を食べてはいけない。
例を上げればきりが無いが、どれもこの世界に生きる者ならいつの間にか常識として身に着けてしまう程定着している。
強い魔物が強い魔物を生むという常識がある。
この常識を補足するとしたら、魔物は産まなくても生まれるという一文を付け加える必要がある。
魔物は自然発生する生き物でもあるからだ。
自然発生と言ってもある程度意図的に生み出す事も可能であるが。
魔素というこの世界を空気のように漂う瘴気がある。
魔物はこの瘴気からも生まれた。
生きている魔物達はこれを微力だが常に放出している。
ダンジョンはこの魔素を用いて他者を襲う事しか出来ない魔物を生む。
ダンジョン自身の意思で、迷宮内にモンスターを配置し自身を守る。
そうする事でダンジョン内に魔物が満ちる。
その為、強い魔物が跋扈するダンジョンの奥には常軌を逸した存在が構えている。
……もしも、それ程の強さを持った存在が人の存在する地域で魔素を放出したらどうなるだろうか。
その答えはギニス・ネスティマス、竜王と呼ばれる魔物が知っていた。
竜王は魔素を不意に放出してしまわないように常に気を張っている。
そうしなければ竜王の周囲には国を軽く滅ぼしかねない魔物が生まれ続けるからだ。
だが、ギニスはある時、張り詰めていた気を緩めてしまった。
竜王の末娘であるアズモの身体にはとある人間の魂が入っている。
愛娘に魂が入れられた時に竜王は気を緩めてしまった。
死にゆく娘に何もしてやれない自身の不甲斐なさ、巻き込んでしまった人間に対するやるせなさ、事の成り行きを黙って見守る事しか出来ない悔しさ等でおかしくなってしまったからだ。
その結果、とある大きな花がこの世界に産声を上げる事となった。
その花の名前は万喰らいのキンディノスフラワー。
世界で一体しか居ない花の名前だ。
高い知性を有して生まれたキンディノスフラワーは誰が自分の親なのかを理解していた。
自分の存在している位置からそう離れていない地点に住んでいる魔物が生んでくれた。
それを理解していた為、キンディノスフラワーは親が自分に会いに来てくれない事を不思議に思っていた。
その家の中からは確かに親の存在を感じた。
それなのに自分に会ってくれない。
不思議でたまらなかった。
自分が何かしてしまったのだろうか、自分が期待に応えられない程弱く生まれてしまったのだろうか、自分は要らない子だったのだろうか。
キンディノスフラワーはそう感じ続けた。
キンディノスフラワーはある時考えた。
自分の有用性を示したら、親が自分に会いに来てくれるかもしれないと。
そこでキンディノスフラワーは、自分が食べて美味しいと感じた物を毎日届けるようにした。
自分と同じ森に存在する魔物で自分が要らない分を親の居る場所に投げ続ける日々が始まったのだ。
いつかは会いに来てくれる事を信じて。
しかし、一向に竜王はその花に会いに行かなかった。
花が毎日自身の家に魔物の死骸を投げつけて来るのを鬱陶しく感じていた訳では無い。
キンディノスフラワーが自身から生まれた事も竜王は知っている。
それどころか、キンディノスフラワーが自身に会いたがっている事も感じ取っていた。
だが、決して竜王は花に会いに行かなかった。
それは、その花に会う事を辛く感じていたからだ。
その花は生まれてはいけない場所に生まれてしまっていた。
花は郊外で生まれたが、人が入って来ない場所では無かった。
むしろ、キンディノスフラワーが生まれるまでは、街の近くにある自然という事で訪れる人が多かった程だ。
元々その森は、子供達が秘密基地を作ったり、探検しに来たりと遊ぶ場所に使われていた。
休日に気分転換として入って来る人達もいた。
元々、その森は何の魔物も居ない場所だった。
竜王が魔素を放ってしまうまでは安全な森だったのだ。
そんな場所に誰かを襲うかもしれない花がそんな場所に生まれてしまった。
強い魔物が強い魔物を生む。
森を跋扈していた魔物達はキンディノスフラワーが放つ魔素から生まれた。
キンディノスフラワーから生まれた魔物は知性など無く、他者を食らって生きる。
花から生まれた魔物には誰が自分を生んだのかを理解出来る頭が無く、その魔物を食らって生きている花もまた自身が放つ魔素から魔物が生まれ続けている事を知らなった。
キンディノスフラワーはそこに生まれてはいけない魔物だった。
もしも、その花が花で無かったら。
花から生まれる多腕の熊のように足があったら。
地面に根が生えていなかったら。
もしもその条件をどれか一つでも満たしていれば、花を殺さないで済む。
家の窓から見える花に対して竜王はそう思っていた。
その花が人を襲うのかは最期まで分からずじまいだったが、花から生まれた魔物は人を襲った。
その瞬間、花を駆除する事が決まる。
竜王は花に会う事を決めた。
しかし、息子の一人から連絡が入る。
自分が行く。という連絡だった。
それに答える前に森が水で包まれる。
水が引く頃には、元の安全な森に戻っていた。
危険な魔物を生み続ける花も消えた。
死ぬ前に一目、自分の親を見てみたかった。
花はそんな事を考えながら死んでいった。
花は殺され、その花の球根は竜王の娘が受け取る事になった。
しかしある時、花にとっての転機が訪れる。
竜王の娘による球根を触媒にした召喚だ。
花は異界で目を覚ます。
身体が無いのに気付き、一瞬取り乱すが直ぐに自身を呼ぶ声に気付く。
——ガチャの演出みたいだ。
——おい馬鹿やめろ。それにしか見えなくなる。
声は二つ聞こえた。
楽しそうに話す声と、その声を咎める不思議な声。
先に聞こえた声ははっきりと聞こえたが、後から聞こえた声は揺らいでいた。
二つの声が言っている事の意味は理解出来なかったが、この声が自分を生み出そうとしている事を花は理解した。
新しい親が自分を生み出そうとしている。
また親に会えずに殺されるのは嫌だ。
花はそう考え、二つの声がどんな自分を求めているのかを探る。
——ラフティリの魚より強い奴で無ければ。理不尽な程強い奴で差を付けたい。
——化け花のまま出てきたら困るな。なんか猫みたいに小さくて可愛い奴になってくれ。
強くて、可愛い。
親が何を求めているのかを掴んだ。
しかし、花は困る。
可愛いとはなんだ?
花には可愛さなど理解出来なかった。
揺らいで聞こえる声の主に意識を集中させる。
親から見限れるのが嫌な花は全力で声の主の思いを探った。
そして、掴んだ。
——そうか、それが可愛さか。
失敗しないように念入りに、自分がならなければいけない姿をイメージする。
やがて、花は猫になった。
声に応じ世界に出ると、親が居た。
「ほら、速く接続しろ」
「あ、はい。お手」
目つきが悪い怖そうな奴に促された親は手を差し出し何かを求めて来る。
期待には応えなければならない。
どうするのが正解か分からない猫は、差し出された手に自身の手を重ねた。
すると、猫は直ぐに何かが流れ込んでくるのを感じる。
猫はその結果、より親を強く感じられるようになった。
今度は求めに応えられ、親を見る夢も叶い、触れて繋がる事も出来た。
猫にとってこれ以上無い程の幸せを生まれてから直ぐに味わえた。
「ナーン」
猫は嬉しくて鳴いた。
スズラン(召喚獣になったキンディノスフラワーの名前)はマニタリから差し出されたキノコを食べて「世界にはこんなに美味しい物があったのか」と感動していました。
特別話と書いてありますが今後の展開にめちゃくちゃ絡んでくるので、読んでくださると助かります…。
特別話もこれにて終わりです。
本編行く前に、百話突破で書きたかった話を一話だけ載せます。




