表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/177

特別話2 真夜中の矜恃


「ここに来てから退屈した事がないです」


 スイザウロ魔王国、スイザウロ学園、東女子寮一階ラウンジ。

 向かい側の席に座る運動着姿のダフティがぽつりと呟いた。


「あいつの代わりに俺が謝るよ。あいつには絶対悪気なんて無かったし謝罪もしないだろうから」


 今日の授業が終わり寮で自由な時間を過ごすだけにも関わらず、同じく運動着姿の俺はダフティに頭を下げる。


「いえ、アズモさんは悪く無いですから……」

「あいつは俺の親戚だし姪だ。兄さんからラフティーをよろしくなって言われていたのに保護者としてまだまだだった」


 何故俺達が今、部屋に居なくこんな格好でラウンジに居るのか。

 それは俺達の部屋である103号室がラフティリにより水浸しにされたからだ。

 夜の帳も下り良い子が寝るには良い時間なのだが、現在部屋は水抜き中で入れない。


「そこまで気にしていないです。……それにしても竜の方々ってくしゃみでブレスが出てしまうのですね」

「あれはラフティーが特別なんだ。俺はくしゃみでブレスが出た事なんて一度も無い」


 いつものように俺達の部屋に皆で集まってダラダラ喋っていた。

 今日はラフティリが「街に下りてよく分からないお菓子を買って来たわ!」と持ち込んだお菓子を皆で食べてレビューごっこをしていた。


 口の中に入れるとパチパチ弾ける砂糖菓子で確かに不思議なお菓子だった為、話は大いに盛り上がった。


「これは美味しいですねー。パチパチしますー。新触感ってやつですー」


 ルクダはテレビで見たタレントを真似して食レポをしていた。

 通ぶってお菓子を食べるルクダがあまりにも可愛すぎたのか、スフロアがその後暫くルクダの頭を撫でていたのを覚えている。


「まぁっ……! セバス、これは何処で売っていましたの!? 教えてくださいまし、店ごと買いますわ!」


 103号室の監督者で六年生のイエラはお嬢様コントをしていた。

 この国の王女であるダフティの前でそれをやるというのが皆に受け部屋は笑いに包まれる。

 恥を捨て去って繰り広げる迫真お嬢様コントは凄まじい破壊力だった。


「へー、これが噂のお菓子か。どれ一口……うわあっー! あまりの弾け力で口の中でお菓子が爆発する!!」


 俺は可愛く見せる自信が無く、コントも思いつかなかったので一発芸に逃げた。

 軽く炎ブレスを吹かして実際に口内が爆発しているかのような渾身の演技を皆に見せつけた。


「私もやるわ!」


 ……今思えば103号室ラフティリ水浸し事件は俺が悪かったのかもしれない。


 お菓子を口に入れたラフティリは俺と同じようにブレスを吐こうとしたのだろう。

 だがしかし、お菓子が変な所に入ったのかブレスが暴発する。


「パチパチするわクシュン!」


 あろう事かラフティリは上を向いて水ブレスを放った。

 威力・勢い・範囲、室内で放つには全ての調節が間違えられた水ブレスだった。


 ラフティリの水ブレスにより、寝床と衣服がぐしょ濡れになった俺達は今こうしてラウンジで部屋の水抜きが終わるのを待っていた。


 ちなみに当のラフティリは夜になり眠くなったので自部屋で爆睡している。

 同じような身長で同じ種族なので服でも借りるかと思い、ラフティリの居る108号室に向かったらベッドの上で眠るラフティリが見えたので起こさないようそっと扉を閉じた。


「……やっぱり俺が悪かったか。ごめん、ダフティ」


 事件の概要を思い出し、もう一度ダフティに謝罪する。


「本当に気にしないで大丈夫です。それよりも二人で居る機会なんて中々無かったのですし、何か喋りたいです」

「あー、確かに同じ部屋で過ごしているけど二人は珍しいな」


 学園内だと、俺の周りにはブラリやムニミー、マニタリなどの十五組の悪友がおり、ダフティの周りにはダフティの事を慕う貴族やお付きの子達が付いている。

 寮内でも、スフロアやルクダ、ラフティリに六年の人達が常に周りに居て賑やかだ。


 俺とダフティの周りにはいつも沢山の人が居たので二人きりは珍しかった。

 まあ、アズモも含めて本当は三人だが。


「とは言ってもいつも色んな事を話しているから今更俺達で改めて話す事なんてなんかあるか……?」

「あります。私はアズモさんに聞きたい事がずっとありました」


 ダフティは一呼吸入れて言葉を続ける。


「その……王家に生まれた者としての矜持はお持ちですか?」

「矜持、か……」


 ダフティが真剣な眼差しで聞いてくるので、俺は一先ず考える振りをして時間を稼ぐ事にした。


 ……よし、アズモ脳内会話の時間だ。

 俺には竜王家に生まれたからと言って矜持なんて物は持ち合わせていなかったんだがアズモは?


『無い。頑張れコウジ、話すのはコウジの担当だ』


 全担当俺の間違いだろ……。


「俺のは話すのが少し恥ずかしいから先にダフティの話を聞かせて欲しい」


 無いと答えたいところだが、そう答えるには早計過ぎる。

 ダフティがどういう答えを求めているのかを先に聞く事で探る。


「私は魔王家に生まれたので、将来この国を導かなければなりません。周りからもそうなる事を期待されています。周りの期待に全部応え、それを超える事が私の矜持です」

「それは随分と立派だな」


 六歳児が抱える物では無いが。

 自分でそうなろうとしているのなら立派だが、周りからの無言の圧力で強制されているのなら話は別だが。


「いえ、私は兄様に比べて未熟です。感情を殺す必要がありました」


 ダフティの方がブラリに比べて断然真面目にやっていると思うが……。


 一国の王となる為にはどういう生き方をしなければならないのかは分からないが、「将来の夢は世界征服」と言いながら生徒指導室と十五組を反復横跳びしているブラリより未熟という事はないだろう。


「アズモさんはどうですか。教えてくれたら嬉しいです」

「ああ、ダフティに話してもらったし俺も話すよ」


 俺の矜持。

 竜王家に生まれたアズモに憑依している俺の矜持。


 ダフティがこんなに真面目に話したのなら、俺も真面目に話すべきだろう。


「……俺の矜持はある子の日常を守る事だ」

「ある子、とは?」

「すまんが、それは言えない。だが、俺はその子の為に日々を全力で生きているつもりだ」

「そうですか。凄く大事な子なのですね。家や国よりもその子が大切なのですね」

「立派な矜持を掲げるダフティにはすまないが、俺はその子が一番なんだ」


「ごめんなさい。皮肉みたいに聞こえたかもしれないですが、私もアズモさんと負けないくらい守りたい人がいます。……本当はそうするべきなのでしょうが、私は弱いから今言った矜持しか持てないのです。私よりもアズモさんの方が立派です」


「……私自身でそう思う事が出来たらどんなに楽だったでしょうか」


 ダフティが最後に呟いた台詞は小声過ぎて聞こえなかった。

 だが、ダフティは俺の矜持を笑う事無く認めてくれたようだ。


「やっぱり、真面目な事を話すのは少し恥ずかしいな。ところで、どうしてダフティはこんな事を聞いてきたんだ?」

「……最近それが揺らいでしまっているから不安になっていました。最近は毎日が楽しくて何もかもが揺らいでしまいそうで怖いです」

「楽しいと駄目なのか?」

「駄目です。私は楽しんでいては駄目なのです」


 訳ありみたいだな……。

 これは俺が踏み込んでも良い話題なのだろうか。


「……スズランちゃん、でしたか」

「あ、ああ、俺の召喚獣の名前ならスズランで合っている」

「大事にしてあげてください」

「それはどういう――」


「――やっーと水抜きが終わったよ! 二人共もう戻ってきて大丈夫だよ!」


 いきなりスズランの事を聞いてきたダフティの真意を聞こうとしたが、イエラの声に掻き消された。


「それは良かったです。これで寝れますね」


 ダフティは席から立ち上がり、部屋に戻っていってしまった。


「なんだったんだろうか……?」


 ラウンジに俺の声が響くが誰にも答えてもらえずに消える。


 代わりに頭の中で声が響いた。


『痒い。私が一番恥ずかしかった。コウジの馬鹿』


 宿主の、俺が守るべき女の子であるアズモの抗議だった。


 それは悪かったが、それしか思いつかなかったんだって。

 アズモに言い訳をするが、尚も抗議は返ってくる。


 灯りに照らされるラウンジは静かだが、そこに取り残された俺の頭の中はうるさい。

 こうしてまた一日が過ぎていくのだった。


“ 私”の矜恃は“ 私”の矜恃、

“ 俺”の矜恃は“ コウジ”の矜恃です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえばコウジの情報って変態ストーカーからエクセレとダフティに行ったのかな? [一言] ダフティ隙あらば闇語りで草生える これ本編に挿入したら裏切り者一瞬で分かっちまうよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ