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十四話 『初めから適う相手じゃなかった、それだけの事だ』


「——見つけた! 助けに来たぞスフロア!」


 両腕を魔物化させて、熊型の魔物に突撃する。

 スフロアの足を掴んでいた魔物の腕を爪で引き裂いた。


 俺の一撃に怯み手の力を緩めた魔物からスフロアを奪い取る。


 腕の中で震えるスフロアは傷だらけだった。


 全身が痣と引っ掻き傷だらけでとても痛々しい。

 痣はこの熊の魔物にやられた物で、引っ搔き傷の方は森の中を走っている時にできた物だろうか。


 先程まで魔物に握られていた足首は紫色に変色し、折れていた。

 極めつけは、途中から先が消えている尻尾。


 スフロアを見て強く歯軋りをした。


「あ、アズモ……?」

「ごめん。俺がもっと早く来ていたら……」


 スフロアが保育園に来なくなってから二日。

 色んな場所を探し回った。


 普段、家と保育園を親父の転移魔法で移動しているだけだったから、本当に何処に行けば良いのか分からず、がむしゃらに走り回った。

 それが、まさかこんな所にいたとは。


「どうして、こんな所に来たの……」

「この森は俺の家から見える所にあるんだ」

「はぁ? あんた何て所に住んでいるのよ……」


 スフロアは呆れていた。

 俺だって、なんでここに住んでいるのか親父に問いたいくらいだ。


「……で、来てどうするのよ? あんたはあの化け物に勝てるの?」


 洞穴の入口を巨体で塞ぐように、仁王立ちする熊型の魔物。

 筋肉で膨張した四本の腕から放たれるパンチは一発一発が致命傷になるだろう。

 それに、さっき本気で爪を振るったはずなのに傷跡が見えない。

 筋肉で攻撃と防御を同時にやってのけている。


「勝てる」


 俺は断言した。

 本当は、二人纏めてやられる未来しか見えない。

 あの化け物は、ただでさえ俺らじゃ敵わないような強敵なんだ。


 俺は、トラウマを植え付けられている。

 異世界初日に家の窓に張り付いたスプラッタな死骸。

 目の前に立っている化け物はあれと同じ魔物。


 奇跡でも起きない限り勝てる気がしない。


「……そう。そこに私の尻尾が転がっているわ。刺そうと思って千切られる寸前まで針に毒を込めた。良ければ使って」


 スフロアは俺の言葉の裏に隠れた気持ちを見透かしたのだろうか。

 追及してくる事なく有効打になりそうなものを提示してきた。


 スフロアの引き千切られた尻尾を使うなんて思う所があるが、当人のスフロアの方が思う所があるに決まっている。

 ここは有効利用させてもらおう。


「分かった。スフロアはもう休め。俺があいつを倒す」

「頼むわよ……」


 立ち上がって、化け物と相対する。


「よお、久しぶりだな。まあお前とは初対面なんだけどな」


 俺達は魔物だ。

 俺とスフロアは魔物だし、目の前にいるこの化け物も同じ魔物。


 前に親父に「俺達みたいな魔物と、あの森にいる化け物の違いって?」と聞いた事がある。

 その時、親父は「人を襲うか、襲わないか」と言っていた。


 俺の日本で培ったゲームや漫画から知識では魔物はみな人間を襲うというものという知識があった。

 魔物と人間は敵対しているのではないか、と続けて質問してみた。


 そしたら親父は、長々と説明してくれた。


 曰く、魔物と人間は敵対関係にはない。

 昔は、言語や見た目の違い、強さや特徴、価値観の違いでいざこざがあったらしい。

 だがそれは、魔物同士、人間同士でもあった事。


 言葉で話し合うことが出来るようになったら、永い時と共に段々と双方の門が開かれていったらしい。

 凄いよな、コミュニケーションが取れたら仲良くなれるって。


 だが魔物の中には本能で生きている者がいる。

 これは戦うのが好きだとか、言葉が喋れないだとかじゃない。


 野生動物のように、寝て食って寝るだけのサイクルで生きている生き物。

 他と混じり合わずにその生態系でしか生きられない生き物。

 魔力を持った動物、という認識が近いのかもしれない。


 そしてそいつらは厄介な事に人間、魔物双方を襲う。

 だから人間にとっても魔物にとっても敵だ。


 いっそのこと分かりやすいように、人間を襲ってくる魔物は魔獣とかって名前にしてくれたら分かりやすいんだけどな。

 そこら辺、昔の人は上手くやってくれなかったのだろうか。


 今、俺達の目の前にいる魔物。

 こいつは、人を襲う魔物だ。

 俺達の敵だし、向こうはこっちを食料だとしか思っていない。


 俺達はこの熊の化け物の獲物だ。

 さしずめ向こうは俺が来た事を獲物が一匹増えたとでも思っている所だろうか。


 逆にこっちが狩ってやる。

 食われてたまるか、スフロアと一緒にここから抜け出すからな俺は。


「アズモ、どうする」

『……知らん』


 アズモは何故かご立腹だった。


『何故私が、そこにいるスフロアに手を貸してやらなきゃならんのだ』

「友達だからな。俺が憑依したのが運の尽きだったな」

『ぐぬ……。友達だから死なれたら寝覚めが悪いのは分かるが、私達が来る事は無いだろう。こんな危険な場所に弱い私達が来てどうなる。それこそ父上にでも頼めば良かっただろう』


 何を言っているんだ。

 ネスティマス家第三の掟。


『ネスティマス家と関係ない事をやるなら自分一人で責任を持ってやり遂げろ。覚えている……』


 第三の掟は何かやるなら自己責任で、というものだった。

 親父と母さん、そして俺ら66人の兄妹。

 全員合わせて68人家族。


 竜王の親父を始め、その血を引いた俺達兄妹は皆やる事為す事のスケールがぶっ飛んでいる。


 兄の一人は一国を滅ぼし、違う兄は一国を築き上げた。

 姉の一人は数多の人を殺し、違う姉は数多の人を助けた。

 他にもある、世界に役立つ発明をしたり、画期的な魔法を作ったり、大国の王の付き人になったり……と色々だ。


 それの面倒を一々見ていたら身が持たないし、他の家族を巻き込むのは良くない。

 そう考えた親父が定めた三つ目の掟。


『だが、掟には続きがあるだろう。……しかし、どうしようも無いのならその時は頼め。と』


 …………そんなのあったっけ?


『……だと思っていた。力が欲しくないか? と父上がコウジの好奇心を煽るから肝心な部分だけ聞いて後から付けたしされた事など聞いていなかったのだろう』


 ぐ……ごめんなさい。

 完璧に聞いていませんでした。浮かれていました。


『はああああああ。コウジのせいで私達だけでこの化け物に勝つしかないのだ。反省するのは良いが、しっかり私と力を合わせてくれ。私もこんな所で死にたくない』


 はい。完璧に合わせます。

 常時200%の力が出せるように善処します。


『頼むぞ。では早速、後ろに下がるぞ——!』


 後ろに飛んだ瞬間、さっきまでいた所に化け物の腕が落ちて地面にヒビが入る。

 あんなのをまともに食らってしまった一巻の終わりだった。


『今回は避けゲーだ。こちらの勝利条件は一発も貰わず相手を倒す。それしかない』


 フールの時と同じだな。

 あの時も結局、俺達は一発も食らわなかった。


『敵の強さが違うが。ちょっと生意気な2歳児と、この森で今日まで生きて来た魔物を比べるな』


 それもそうだな。悪い。

 しかし、どうやって倒すか。


『やつの右側にある腕を見てみろ。上にある方のだ』


 右の上の方に生えている腕。

 あれはスフロアを握っていた手。

 そして俺がこの変質させた爪で攻撃を加えた手だ。


『コウジも気付いていたが、さっき攻撃をものともしていなかった。なら私達に出来る攻撃でやつにダメージを加える方法はない』


 避けゲーから一気に無理ゲーになったじゃねーか……。

 本当に俺らに出来る事はないのか。


『確認も含めて、もう一度同じ攻撃をしてみよう。同じ場所にだ』


 分かった。

 だが、その前に。


「アズモ、今度は左にステップだ!」


 すぐ横を化け物の腕が通過し、突風が巻き起こり身体が想定よりも左に逸れる。

 直後、もう一本の腕が本来避けようとしていた地面もぶち抜いた。


「あっぶねぇ!」

『今のを避けられたのは奇跡だな。私も失念していた』

「ああ、なにせ腕が四本もある化け物と戦うのなんて初めてだ! どんな動きをしてくるのかなんて分かんねーもんな!」


 続いて来た三本目の掴みを避け、四本目も躱す。

 全部ギリギリで避けている。


 俺達は本能で避ける事が出来ない。

 人格が二つあるんだ。

 もしも、俺が敵の攻撃を本能で右、アズモが左に避けようとしたらその瞬間に身体がぐちゃぐちゃになる。


 避ける度に毎回、方向と合図をしなければ上手く避けられない。

 今後の為に要改善だな……。


『それは、無事帰ることが出来てから考えろ! 次が来る、右、上の順に動く!』


 ああ、そうだな!

 まずは何が何でも生きてスフロアと帰る!


「こいつ、デカイ図体している癖に動きが速いな! 腕が四本もあるからもうハチャメチャだ!」


 喋りながらも、アズモの指示する通りに身体を動かし敵の攻撃を避け続ける。

 砕かれて飛び散った石も避ける。


『次小石が飛び散ったら掴むぞ!』


 分かった! 右側に来たら俺が、左側はアズモが頼む!


 その瞬間はすぐに訪れた。

 化け物が四本の拳を固めて打ち下ろしてきた。


『コウジ、これは危険だがチャンスだ! 後ろに五歩分飛ぶぞ!』


 ああ! 俺達はタイミングを合わせて後ろに飛ぶ。

 振り下ろされた化け物の腕は勢いよく地面を打ち抜く。

 地面は砕け、大きな穴が出来上がる。

 同時に大小様々な石が飛び出した。


 その石を俺は右手で、アズモは左手で手頃な物を狙い掴む。


『掴んだなコウジ! これをやつの顔面に向かって投げるぞ!』


 目くらましか!

 アズモの意図を察した俺は、アズモが左手で投げるのに合わせ、投げる。


 見事に化け物の顔面に数発ヒットした。


「グギャオオオオオオオオ!」


 化け物は苛立ち凄まじい雄叫びを上げる。

 あまりの声量に鼓膜がやられそうだ。


『今だ、やつの腕を狙うぞ!』


 俺達は力を合わせ、一息で化け物の懐に潜り込む。

 そして、アズモと一緒に右腕に力を込める。


「やるぞ、アズモ!」


 同じ腕、一回目と同じ場所に渾身の力で爪を振るう。

 俺達はその後すぐに化け物から離れる。


『今の一撃はどうだ。やつに傷を付ける事が出来たか』


 今のもノーダメージだったら、いよいよどうする事も出来ない。

 祈るように俺はさっきの攻撃場所に視線を注ぐ。


 ……駄目だ、傷跡が確認出来ない。


「ンイイイイ」


 俺が項垂れるのを見たのかさっきまで雄叫びを上げていた化け物が愉快そうに表情を歪ませる。

 一流の化け物は、挑発も出来るようだ。


 ムカつくが、何も出来ないのも事実。

 俺達はどうすれば良い……。


『ふむ……やはり駄目か』


 やはりってなんだよ、アズモ。

 まるで俺の攻撃が最初から意味の無い事が分かっていたようじゃないか。


『ああ、思っていた。やつの動きには対応出来ているが、強さはやつの方が上だった。初めから敵う相手じゃなかった、それだけの事だ』


 おいおいおい……。

 こんな時にそんな絶望的な事を言うのをやめてくれよ。

 このままじゃ、スフロアも俺達もここで死んじまう。


 いっその事、途中で追いつかれるのを覚悟でスフロアを抱えて逃げるか……?


『……私に考えがある。一か八かだがやってみないか?』





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