日常1 「細かい事は良いんだよ!」 下
「こっくりさんこっくりさんおいでください。来たらはいと教えてください」
「本当に動いたよ! 何これ何これ!?」
「きぃやあああああ!! 霊なんて居るはずないのにどうしてなの!?」
十五組の教室にムニミィメムリの絶叫が響く。
教室ではこっくりさんが行われていた。
元日本人のコウジが「異世界の言語を楽しく覚える」という目的の元、こっくりさんをやろうと二人に提案したのだ。
どういう遊びかの説明がコウジから為され、マニタリは面白そうと、ムニミィメムリは非科学的だと嘲笑していた。
ムニミィメムリは気乗りしていなかったが、ニヤニヤしたマニタリに「もしかして怖いのー?」と言われ、売り言葉に買い言葉で「やってやるわ!」と、そんな具合に異世界版こっくりさんが始まった。
「これ本当はアズモちゃんが動かしているって言うオチなのでしょう? ねぇ、そうなのでしょ!? なんで勝手に硬貨が動くのよ!!」
「いや、アズモは動かしてないぞ」
「じゃあマニタリ! そこのアホが動かしているのね!」
「いやー、ごめんねムニミーちゃん? 実はこれ僕が……全然動かしてないんだよ。びっくりだねー」
「紛らわしい言い方するな!」
「あ、ちなみにこれ途中で離すと呪われるからな」
「どうして先に言わないのぉおお!?」
三本の指が置かれた硬貨が「はい」へと動く。
勝手に動く硬貨に実験好きの秀才であるムニミィメムリは翻弄されていた。
いくら爆発しようが眉一つ動かさなくなった彼女だが、スピリチュアルな物には弱いようだ。
勝手に動く硬貨だが、その実情はコウジが頑張って動かしているだけである。
コウジが「異世界にこっくりさんが居る訳ないしな」と善意で動かしているのである。
余談だが、ムニミィメムリとマニタリの二人はコウジの存在を知らない。
二十二歳のコウジが六歳児の事を驚かせようとアズモの身体を使って気取られないよう必死になって硬貨を動かしているのを二人は知る由も無かった。
「はいで止まったな。こっくりさんが召喚出来たようだ」
「始まっちゃったんだねー。闇のゲームってやつ」
「これどうやって終わりにするの? ねぇ? アズモちゃん聞いている?」
「早速なんか質問してみようぜ」
「じゃあ、この前アズモっちが教室に持ってきたゲーム機を盗った犯人でも聞いてみよー! こっくりさんこっくりさん、アズモっちのゲーム機を盗ったのは誰ですか?」
コウジは冷や汗をダラダラと掻き始めた。
なにしろ誰がアズモのゲーム機を盗ったのかを知らないからである。
ゲーム機を盗られたアズモが不機嫌になっているので、むしろ答えを教えて欲しい程だった。
誰をでっち上げるかコウジは悩む事となった。
「あ、動き出したよ」
「いやぁあああああ!」
「え、うわ、ほんとだ。なんでだ?」
硬貨が勝手に動き出す。
コウジは一瞬、自身の宿主であるアズモの事を疑ったが、アズモはゲーム機を盗った犯人が分からない。
犯人を教えてもらえる。
アズモとコウジは脳内で盛り上がり始めた。
硬貨は動き続け、文字に何回か止まる。
「えっと、これとこれに止まっていたよな。これの発音は確か“ら”だ」
「その後には“ふ”と“てぃ”も通っていたねえー」
「り、“り”も示したわ!」
怯えていたムニミィメムリだったが、勝手に動く硬貨に知的好奇心を擽られたのか、遊びに参加する。
「ラフティリ……ラフティリか。良い事を知れたよ」
「アズモっち顔が怖くなっているよ!」
「こういう時のアズモは怖いって事をラフティリに教えてくる」
「呪われるからまだ行っちゃ駄目だからね! ついでに隠し場所も聞いてこうよ!」
席を立ちあがりかけたアズモをムニミィメムリが必死で止める。
混ざり始めはしたが、恐怖心は拭えていなかった。
「また硬貨が動いていくねー」
「えっと、つくえのなか……机の中か!」
「待ってまだ動いているわ! それとぽけっと。……あのゲーム機って分離する物では無かったはずだよねえ……という事は?」
「アズモっち殺気が! 殺気を押さえて! 硬貨が怖くなってブルブル震えちゃっているよ!」
後にラフティリはこう語る。
——盗ったじゃなくて借りたのだわ! 返そうと思ったわ! でも壊れちゃったから返せなくなったわ!
勿論、アズモはラフティリを許さなかった。
「取り乱した。ついでに全部聞いてみるわ」
コウジは怒れるアズモを宥めこっくりさんを再開する。
この機に身の回りで紛失した物を全部聞いておきたかった。
「昼にデザートとして食べようと持って来たプリンを食べたのは?」
「ラフティーちゃんみたいだねー」
「お気に入りの白いワンピースが消えたんだがあれは?」
「これもラフティーちゃんっぽいわね」
「アズモが懲りずに持って来た予備のゲーム機を盗ったのは」
「そんな事してたの? あ、でもこれもラフティーちゃんみたいだねー」
「……算数の教科書、体操服、ペン、消しゴム、お菓子」
「硬貨が凄い勢いで動くわ! “らふてぃり”、“らふてぃり”、“らふてぃり”、“らふてぃり”、“らふてぃり”……全部ラフティーちゃんぽいわ!」
「よーし、ちょっと俺呪われてくるわ! これ以上抑えるのはもう無理だ! こっくりさんは頑張って返り討ちにする!」
全部の犯人がラフティリだと分かると、コウジは立ち上がった。
その指はもう硬貨から離れている。
アズモとコウジは身体を全力で動かし、生徒指導室まで駆けて行く。
後にラフティリはこう語った。
——だって、アズモって家族だし、あたしも使って良いかなって思った。
——むえ? 借りっぱなしじゃないわ、返すタイミングが来なかっただけだわ!
——むわああああ! ごめんなさーい!!!!
「アズモっち行っちゃったねー?」
「呪いが、呪いが……どうしよ、どうすれば良いの!? こっくりさま呪うならアズモちゃん一人だけでお願いします!」
「まあまあ、それより僕思いついちゃったんだけど、これって本来こう使うんじゃない? ……アズモちゃんの好きな人って誰ですかーって」
硬貨は再び動き出す。
その軌跡はある人物を浮かび上がらせた。
「えっと、“ぎ”、“に”、“す”と……竜王様の名前だねー。面白い名前出て来るかなって思ったけど、予想通りだったねー……あれ?」
「硬貨がまだ動いているわ。……“そ”、“れ”、“と”」
硬貨は動き続けて、誰かの名前を示す。
アズモの大好きな父親と並ぶ人物は誰なんだろうかと二人はワクワクしながら眺めた。
「……うーん動き終わったけど誰だろう? ムニミーちゃんは分かる?」
「私も分からないわ。聞いた事無い名前」
二人はその名前を知らなかった。
その後、こっくりさんは無事に終わった。
ムニミィメムリは実験に戻り、マニタリはそんなムニミィメムリの実験道具を弄る。
時々爆発を起こしながらも、談笑が続けられる。
十五組のいつもの光景がそこにはあった。
……ちなみに余談だが、こっくりさんはアズモの身体に取り付こうと襲い掛かって来たが返り討ちにされた。
かなしばりを使ってアズモの動きを拘束するまでは良かったが、既に中に居た人が無理矢理身体を動かして撃退したようだ。
一方その頃—後編—
ブラリ「それもらい」
ラフティリ「むえー」
スフィラ「残念ですがそれはさせません」
ディスティア「へえ、最近のゲームってよく出来てんのな。私も飛んで買って来たから混ぜろよ」
扉が勢いよく開けられる音。
アズモ「ラフティリぃいいいいい!」
コウジ「ってよく見たらそのゲーム機アズモのじゃねーか!」
ラフティリ「む、むえぇえええええ!?」
ディスティア「ここで暴れられたら私が怒られるからやめろって」
ブラリ「アズモちゃんもゲームやろうよ」
アズモ「やる!」
ディスティア「誰が一番強いか決めようぜ」
生徒指導室も賑やかだった。




