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百二十七話 「今日は二人と遊びに行くよ」


「――ここから皆で抜け出そうか」


 固く閉ざされた扉を開け放すと、スフィラがダフティの手を引いて走っていた。

 二人は後ろから伸びる無数の白い手に追われ、今にも捕らえられそうになっていた。


「ブラリ様!」

「……っ!」


 僕の存在に気付いたスフィラが名前を呼び、それにつられてダフティが震える瞳で僕の事を見つめる。


 その瞳の奥で何を思っているのか。


「まずはそれをどうにかしなきゃね!」


 それを聞く為には障害を取り除かなければならない。


 全速力で二人の元まで駆けて、そのまま通り過ぎた。

 驚く二人の後ろで僕は無数の手に捕まる。


 青白く、血が通っているように見えない手が身体の至る所を握って来る。

 身体を浮かされ身動きが出来なくなる。


 だが、口はまだ動く。


「ダフティは僕がこんなのに捕まると思うの?」


 首を握られている僕は振り返る事が出来ない。

 ダフティが僕の事をどんな表情をしながら見ているのかが分からなかった。


「僕がさ、父さんの雇った先生如きに縛られるような存在だと思っているの?」


 手首から先だけで僕の事を掴んで来るこれらには一見、何も無いように見えて特徴がある。

 どれも等しく生気を感じられない色をしているが、その指は太かったり細かったり、指輪が嵌められていたり、爪が塗ってあったり、入れ墨がしてあったりと様々だ。

 無数に伸びて来るこの手には、一つ一つ個性があった。


 両手で僕の首を握る一際太い指は僕達に体術を教えてくれた近衛隊長の物。

 髪と右腕を握る宝石だらけの指は僕達に魔法を教えてくれた宮廷術師の物。

 両の足首を握る朱色が塗られた爪は僕達に算数を教えてくれた先生の物。

 左手をがっしりと握る細長い指は僕達に音楽を教えてくれた先生の物。


「プロスパスには僕が四歳の時に一太刀入れていたのを覚えているよね? あれからもう二年も経っているんだよ? 例え本気のプロスパスでも逃げる僕を止める事はもう出来ないよ」


 首を握っていた大きな手が消えた。


「魔法の先生はヨボヨボのお爺ちゃんだよ。この先生に捕まったなんて一度も無い」


 髪を掴んでいた手と右腕を握っていた手が消える。


 頭を押さえていた手が消え、首が自由になった。


「学術を教えていた先生なんてもっと無理だよ。だってあれらは皆、父さんの元で働いている人達だからね。魔王の父さんに何を言われるか恐れて何もして来ない」


 手が一つ、また一つと消えていく。

 ダフティの思い込みから生まれたこの手は僕を捕らえ続ける事が出来ない。


「本当は竜王家みたいな所から僕らの先生を見繕いたかったんだってさ。僕らの貴重な時間を奪っている自覚があったからその分、講師陣を完璧な物にしたかったんだよ」


 王という称号が与えられた家がこの国には四つある。

 四大称号王家、民からそう呼ばれ慕われる彼らはこの国の立役者達である。


 彼らは各々国の為に尽くしてはいるが、好意で尽くしているだけであり強制はしていないので断られる事もある。


 まぁ、そんなに幼い内から教えるのはちょっと……と断られただけではあるが。

 実際竜王家に至ってはかなり自由にしているらしいと当時の僕の耳にもそんな噂話が入って来た。


 連日喧嘩、反抗、逃走。

 竜王家末娘が通っていた保育所はこのスイザウロ魔王国でも有数の保育所だ。

 様々な種族に対応した設備が整っており、在籍園児数も国一。


 比例する様に結構な家の出の者が多くなり、そんな喧嘩等が出来ないように先生陣が目を光らせているはずだったので、耳を疑っていたが、学園入学後にアズモとコウジを見て「この二人だったらやってもおかしくない」と確信した。


 他の称号王家の子供達も、魔王家のように幼少時から厳しく育てるという家は無い。

 寧ろ、竜王家末娘のような傍若無人振りを聞く事が多かったので断られるのは必然だったとも考えられる。


「結果的に何処にも断られたから、主にこの城に仕えている人達が選ばれたんだってさ。まぁそれでも城には選りすぐりのエリートしか居ないけどね」


 振り返り、スフィラとダフティの方を見る。


 スフィラはうんうんと頷いており、ダフティはただ茫然と解放されていく僕を見つめていた。


「魔王家では何代も前からこんな教育を幼少期からやっているけど、年々緩くなってきているんだよね。それを経験して魔王になった先代魔王達や、父さんがこの教育を辛すぎるとかって感じていたんだろうね」


 前に向き直り、奥で動かずに静止している二人分の手を見る。

 あれだけ居た手はもうあれしか残っていない。


 お揃いの指輪を嵌めたその手にも勿論見覚えはあった。


「だから案外、こう言ってみたらどうにかなっていたのかもね。……父さん、母さん、今日は習い事を止めて二人と遊びに行くよ」


 二人分の手が消える。

 僕らを逃がすまいと出現した手はもう何処にも無い。


 遊びに行きたいのなら相談すれば良かった。

 辛いのなら言えば良かった。


 なんて、こんな生活をしている僕らじゃ気付けない。

 それを知る為には僕らの生きている世界はあまりにも狭すぎる。


 いっその事、爆発して暴れてしまっても良かったかもしれない。

 しかし、今代の子息子女は、何かしらの感情が欠落していたのか耐えられてしまった兄と、そんな兄のようになろうと感情を悪魔に差し出してしまった妹の双子だった為、そうなる事は無かった。


「うん、じゃあ城から出ようか」


 ダフティの握られていない方の手を握る。


「でも、その前に感情を返さないとね」


 感情を元に創造された悪魔が三体いる。

 衝動、怠惰、嫉妬……言葉で表してしまえばそんな感情達が、ダフティの元から消えた。


 あの頃のダフティを取り戻す。

 その目的を果たす為には悪魔達に感情を返してもらう必要があった。


 身体に戻れば感情も戻る。

 悪魔の一人、リピタがそう言っていた。

 ただ、おかしくなってしまう程の感情があったから悪魔達は生まれた。

 それを全部戻してしまうとダフティは壊れてしまうだろう。


 だから、少しずつ感情を戻す。

 それが出来るように僕は三体の悪魔と取引をした。


 僕が受け皿となり、ダフティが耐えられるかどうかを判断し、少しずつ戻していく。

 仲介を担えるように三体の悪魔には僕の身体にも入ってもらう事にした。


 要は、三体の悪魔には僕の身体を差し出したのだ。


 ダフティを爆発しないように支えてくれた悪魔が消えないで済むように、悪魔には僕の感情を注ぐ。


 それを悪魔達に提案した時にリピタには「お兄様ってやっぱイカれてますね」と言われたが、ダフティと僕の身体を天秤にかけたらダフティの方に傾いたのだから仕方が無い。

 それに最悪身体を持ってかれてもどうにかなるだろうと、コウジを見ていたら思ってしまった。


 まぁ、それでも主導権を簡単に明け渡す事なんてしないけどね。


 三体の悪魔とはこれから賢く生きていこうと思う。


「…………にい、さま………………すふぃら……ごめん、なさい、ごめんなさい……」


 ダフティが少しずつ感情を取り戻していく。

 失くしていた涙や、嗚咽が蘇る。


 言葉にすると三つの感情にしかならないが、それに紐づく物も沢山ある。

 悪魔を全員身体に入れた時は、様々な感情で僕でもちょっとやられそうになったがなんとか耐えた。


 喜怒哀楽全てが一気に僕を襲って来た。


「双子とは言え兄だからね。何があっても僕は妹の事を絶対に守るよ」

「私はブラリ様と違って、ただダフティ様の事が好きっていう俗な気持ちしかないので恥ずかしいです……」


 ダフティの抱える様々思いが、悪魔を通して僕にも流れ込んで来る。

 悪魔と契約したせいで僕は悪魔の他に、ダフティとも繋がってしまった。


 そのおかげで外から扉を開く事が出来たが、もしかしたらこれからの生活は想像以上に過酷な物になるのかもしれない。


「沢山の過ちを犯してしまいました……」


 ダフティが俯きながらそう言う。


 人間を殺した事、組織に学園の情報を流した事、学友を危険に晒した事。

 ダフティがやった事は許されない。


 異形化していたとは言え罪は罪。そこに貴賤は無い。

 だが、異形化した理由によっては重さが変わる。


 例をあげるとすると、竜王家長女エクセレ・ネスティマスは恐らく罪を問われない。

 それだけ彼女は惨い事をされた。

 それに、ここ数百年は竜王家の尽力により被害が出ていない。

 もう咎める者が居ないのだ。


 だが、ダフティの場合はそうはならないだろう。


「……ダフティにはこれから色んな試練が待ち受けているよ。それは確実にね。だけど、そこには僕もいるから一緒に少しずつ返していこう」

「迷惑でなければ私も一緒に居させてください」


「……う、うあぁあああああ。あぁ——」


 ダフティが慟哭する。

 しかし、手にはダフティがギュッと力強く握る感触が確かにあった。


 これからダフティには何が待ち受けているのか分からない。

 だけど、一人では無い。僕らが付いている。


 周りにはもう頼れる友達や先生が居る。家族も居る。


 今度は一人で抱え込まずに皆で一緒に。


「……おかえり、ダフティ」



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