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百二十六話 「誰も居ない」


「あれ、誰も居ない」


 ルクダと仲直りをして心の世界から出て来た俺は誰よりも早く気が付いた。

 ルクダとスフロアはまだ寄り添いながら寝ており、アズモもまだ何の反応も返して来ない。


 俺達を異形化したルクダの元へ繋げてくれたテリオ兄さんが居なくなっており、一人取り残されたラフティリも消えていた。


 今この十五組用に宛がわれた控え室で気付いているのは俺しかいない。


「何かあったのか……?」


 簡易ベッドから降り、部屋を歩き回るが別段何処にも異常は見られない。


「でも机の上に置いてあったお菓子はしっかり消えてるな」


 これはラフティリの仕業だろう。

 暇さえあれば何かを口に入れるような卑しさをラフティリは持っている。

 竜の身体は構造上食べ過ぎてもブレスの材料に使われるだけで太る事は無いが、ラフティリはベッドの上でも構わずお菓子を食べようとするので流石にそれは注意している。


 何か事が起きていたら机の上に置いてあったお菓子をわざわざ持って行く時間が無い。

 大方、暇を持て余したラフティリが何処かに行ってしまったのをテリオ兄さんが捕まえに行ったとかだろう。


「うう……兄ちゃんに会いに行きたいけど命令があるの……」

「——っ!?」


 簡易ベッドの方からいきなり声が聞こえ慌てて振り向く。

 ピンク髪をした女の子が寝ているブラリの顔を覗き込んでいた。


「……お前は誰だ。何をしようとしている」


 身構えながら女の子に問いかける。


 ブラリは今、ダフティの心の中に入っている為何をされても無抵抗だ。

 動ける者が今は俺しか居ない為、もしもの時は俺が対応するしかない。


 しかし、その覚悟はピンク髪の女の子が俺の方を見た途端に揺らいだ。


「ワタシは主から名前を貰ってないからそれには答えられないの」


 簡易ベッドに寝ているダフティと同じような顔をしていた。

 喋り方は違うが放つ台詞は何処かで聞いた事と全く同じ物だった。


 ピンク髪の女の子はルクダの心の中に居た奴とほとんど同じ事を言っていた。


「……もしかしてお前は悪魔か?」


 ルクダの心にもダフティと似たような顔をした奴が居た。

 そいつは自分の事を悪魔だと言い、ルクダの心に巣食っていた。


 名前はリピタ。

 悪魔が名付けて欲しいと言っていたのでアズモがそう名前を付けた。

 ルクダを異形化させた危険な悪魔だ。


「うん、そうだよ。貴方は例の……兄ちゃんの友達なの?」


 悪魔の言う兄ちゃんというのはブラリの事だ。

 リピタもブラリの事をお兄様と呼んでいた。


「ああ。俺はブラリの友達だ」

「ふーん。仲は良いの?」

「仲は……」


 答えようとしたが、悪魔の放つ何かにやられ身が竦む。


 ここで答え方を間違えたら不味い。

 何故だか本能がそう告げて来る。


「……ダフティやスフィラには流石に負けるが、学園で知り合った中では恐らく一番仲が良いと思う」

「そっか。なら良いの」


 悪魔の纏っていた剣呑な雰囲気が収まった。

 何故収まったのかはよく分からないが助かった。


「ワタシは今ね、主様達の元に行くか命令に従うかで悩んでいるの」

「命令……」


 クラス対抗戦時、異形化したルクダの元へアギオ兄さんがやって来た。

 アギオ兄さんがどうにかしてくれるかもしれないと期待したら、やる事があるという事で補助だけしたら俺達に託し直ぐに何処かに行ってしまった。


 ステージの外で何かが起こっている。

 それだけを何となく察しているのが現状だ。


 この悪魔が言う命令というのはきっと、良くない物だ。


「ブラリ達はまだ気付かないんだ。ダフティの説得が難航しているんだと思う。だから助けてやって欲しい」


 俺は悪魔に命令よりもブラリ達の事を優先して欲しいと頼む。

 ステージ外での負担が少しでも減る事を願っての発言だが、言っている事は本心でもある。


 何故だか悪魔は主のダフティだけでは無く、ブラリの事も慕っている。

 茶々を入れたり、手助けをしたりするかもしれないが、決して邪魔だけはしないと思えた。


 むしろこの悪魔が何かの鍵になるかもしれない。


「主と兄ちゃんの方が大事。あの人達からは何も貰っていない……決めたの」


 悪魔は俺の目を見ながら歩き、目の前で止まる。


「ねぇ……兄ちゃんの友達は君なの? それともその子なの? ワタシに教えてよ」


 黄色い瞳の中にハートマークを浮かべた悪魔が俺にそう問う。


「ん……? 俺が友達だが、誰か他に居るのか?」

「ううん。でも、それなら、早くこの部屋から出といた方が良いかも——」


「ね」


 声が下から聞こえた。


 言葉を喋り切る前に、悪魔は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 口を半開きにし、関節をおかしな方向へ曲げて地面に広がる悪魔の目は開いたままだ。

 だが、直前まで俺の事を見つめていたはずの瞳は消失し、眼孔が窪みになっていた。


「——!?」


 血の気が引いた。

 反射で後ろへ飛び、屍のようになった悪魔から距離を取る。


 嫌な汗が背筋を這う。


 慌てて周りを念入りに見回すが誰も居ない。


 一人で勝手に倒れた。

 そうとしか形容する事が出来ない。


「……ど、どうなってんだこいつは」


 時間が経ち少し落ち着くと、自然とそんな言葉が出た。


 悪魔は動く気配が無かった。


「きっとダフティ達の元に行ったんだな。そうだな。そういう事にしておこう」


 早口で捲し立て自分に言い聞かせる。

 死体のようになった悪魔から必死で目を逸らす。

 そのまま気を紛らわそうとしたが止めた。


「気付いた時にこんなのが地面に転がっていたらあいつらも嫌だよな……よし」


 恐る恐る悪魔に触れるが、やはり動く気配が無い。

 それどころか鼓動すら感じられなかった。


 気味が悪かったがなんとか我慢して物陰に移動させ、ついでにその辺に置いてあった毛布を被せる。


 これで一先ずは大丈夫だろう。


 ——コツコツ、と。

 一仕事終え椅子に座りながら皆が起きるのを待っていると外から歩く音が聞こえた。


「ラフティー達が帰って来たのか?」


 立ち上がり扉の方へ向かう。


 音が近づき分かったが、一人分の足音しか聞こえなかった。

 ゆっくりとこちらに歩いて来ている。


 ラフティリだったら、ドタドタと走って来る為この足音を出しているのは違う人だ。


 誰だかは分からないが、一人で待つのは退屈だったので有難い。

 先生の誰かだったら悪魔が来た事を伝えてどうにかしてもらおう。


 そんな事を考えていたら、扉が開く。


「おや、アズモちゃんはもう目が覚めたのかい」


 入って来たのはパーフェクトという偽名を使い教鞭を執る竜王家次男のテリオ兄さんだった。


 元々は教師でもなんでも無かったが、エクセレが襲撃したのを機にこの学園へやって来た。

 俺達の担任として授業をしてくれる傍ら、エクセレや未曾有の危機にも備える頼れる兄。


「俺です。アズモはまだ起きていませんし、他の皆もまだ眠ったままです」

「コウジ君だったか。やっぱり身体の行き来を経験しているとこういう時目覚めるのも早いのかもね」

「……」


 テリオ兄さんはにこやかに笑いながらそう言う。


 だが俺は、テリオ兄さんの言葉が引っかかり何も返せなかった。

 クラス対抗戦時にアズモから教えられた話が脳裏に蘇る。


『コウジは私が生きる為にこの身体に宿された』


 アズモがそう教えてくれた。


 俺は意図的にこのアズモの身体に憑依させられた。

 憑依には竜王ネスティマス家も関わっている。


 身体の行き来。

 これはその事実を知らないと出せない言葉だ。


 事が終わったら全てを教える。

 アズモがそう言っていたが、今この場でテリオ兄さんに聞いても同じ結果を得る事が出来る。


「あの、テリオ兄さん……」

「ん、どうかしたのかい?」


 自分が何故この世界に、アズモの身体に宿されたのか。


「俺はどうしてアズモの身体に宿されたんですか?」


 ずっと気になっていた。

 この世界に来たのには何か意味があるのでは無いのだろうかと。


 それがやっと知れる。

 アズモがこの後教えてくれると言っていたが、早く知りたかった。


「あぁ、そうだった。その件でここに来たのを忘れていたよ」


 テリオ兄さんがこちらに歩いて来る。

 俺の元まで来たテリオ兄さんはしゃがんで目線を合わせる。


 そして、俺の腹を刃物で刺した。


「え…………なんで?」


 身体から力が抜けその場に倒れる。

 視線を腹に動かすと、銀色のナイフが深々と刺さっているのが見えた。


「……もう一人でも心臓が動かせるようになっているね。なら、コウジ君の役目はもう終わりだ」


 視界が霞み、音が遠くに聞こえる。

 意識が遠のいていく。


『二人なら私達は無敵だ。なんでも出来る』


 いつかアズモが言っていた言葉だ。


 一人だと人と話す事も出来ない女の子が何かの拍子に強気になって放った言葉。


「……アズモが動けない時は俺が動く。アズモとそう決めたんだ」


 テリオ兄さん相手に何が出来るが分からないが、アズモが起きていないのに勝手に死ぬ訳にはいかない。


 身体に無理やり力を込めて立ち上がる。


「——俺はアズモを守る為にこの世界にいるんだ!」



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― 新着の感想 ―
[一言] え? え!? えぇ…(語彙力低下)
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