十三話 もし次があるのなら、その時はまたよろしくね
ごめんなさい、遅れました。おまけに長いです。
——初めは変な奴だなって、そう思っていた。
「俺、アズモ」
そんな言葉を無限に繰り返して来るやばい奴。
私が反応しないのを、聞こえていないとでも思っていたのかしらね。
そんなわけないじゃない。
一回目からしっかり聞こえていたわよ。
へったくそなエパネノス語がしっかりと。
あぁ、この子も二歳児なのねって思った。
アマリリス組にいるから当たり前なのだけど。
でも私が言いたいのは、この子は何一つ不自由の無い環境で、家族から愛されて育ってきた普通の二歳児なのねってこと。
常に姉妹から命を狙われるから、身を守るために身体も精神も勝手に成長していった私とは違う、ただの二歳児なのねって。
羨ましいわ……。
何度も危ない目に遭ってきた。
暴力を振るわれる事は日常茶飯事だし、姉妹に毒を盛られて死にかけた事もある。
蟲毒は気まぐれなお母さんが告げたら始まる。
まだ始まっていないはずなのに、もう殺そうとしてくるのだなんて、血気盛んで厄介な姉妹。嫌いだわ。
「俺、アズモ」
そしてこいつは何回、同じ言葉を繰り返してくるの?
私の片方しか晒していない左目を見て、なんでそんなに真剣に言ってくるの?
どうせあんたもその内、私の事情を知ったら離れていくのでしょう?
私の事なんて何も知らないのに。
どうしてみんな、私を知った気になって怖がるの?
「俺、アズモ」
……本当に何なのよ、こいつは。
アマリリス組のみんな、私よりも明らかにイカれた怖いやつがここにいるわよ。
「俺、アズモ」
…………。
こんなにイカれた奴なら……。
もしかしたら、友達になってくれるかも。
……いや、待って私。
いくら友達——私を知ってくれる存在が欲しいからって、こいつは流石に駄目じゃない。
でも、こいつの目。
家の事じゃなくて、私の事をちゃんと見てくれている目。
こんな風に私の事を見てくれるのは、お母さんしかいない。
だけど、こいつは不思議ね。
私の事をしっかりと見てくれているけど、それとは別にどこか別の場所を見ているような、そんな雰囲気。
「俺、アズモ」
はいはい。何回も聞いたわよ。
そんなに自己紹介されたら、いい加減応えないと失礼よね。
「私はスフロア」
だから私は、イカれたアズモに負けないように勝気に名乗ってやったわ。
—————
「よう。スフロア。ちょっと尻尾触らせてもらうぜ」
……は?
次の日、アズモがそんな事を言ってきた。
尻尾……?
今尻尾って言ったわよね?
そこには私を象徴する毒針がある。
私を蟲毒に誘う毒針。
これが無かったら、普通の女の子として暮らす事が出来た大嫌いな毒針。
それを触る……?
「ちょっと失礼」
アズモはそれを躊躇いなく触ったかと思ったら、針を自分の手に向けて——刺した。
「……! な、なにをしているの!? アズモ! 死んじゃうわ!」
本当にイカれているわ!
繰り返される蟲毒によって、研ぎ澄まされた私の毒を身体に自ら取り込むなんて。
種族としての特徴が強すぎて魔物化しなくても出てきてしまっている尻尾を触られた時点で、もしもの可能性を考えるべきだった。
折角、友達になれるかと思ったのに。
また私から人が離れていく……。
「くぅぅぅいてぇ!」
痛いって、当たり前じゃない。
何百年という時が流れて殺傷力が極限まで高められた毒よ。
私は、もう無意味だとは思いながらも先生を呼んでこようとした。
でも、アズモは大丈夫と言った。
「針はまあまあだとして、毒が弱いな。こんなんじゃ生き残れないぞ?」
それどころか、あろうことか毒が弱いだなんて言ってきた。
信じられなかった。
どうして、私の毒を食らっても倒れないの?
どうして、私が生き残れるだなんて思っているの?
どうして、私は毒が弱いって言われて少しイラってしているの?
「俺、竜王の息子。超強い。喋れるようになった。お前守る」
本当に分からない。
昨日から何回もアズモに惑わされているってことに段々と腹が立ってきたわ。
何故か、アズモが年上の男に見える。
小さい子供をからかうような性格の悪さがあるけど、どこか憎めない。そんな奴。
私と同じ歳の女の子に見えるのに、不思議よね。
「じゃあ俺と友達になってくれ。その時が来るまで俺と最高の思い出を作ろうぜ」
そんなアズモが友達になってくれって懇願してきた。
ここまで言われたし、ここまでやられた。
断ったらアズモが可哀想だわ。
だから、仕方ないから、友達になってあげたわ。
この日は友達がもう一人出来たわ。
友達が一日に二人も。
信じられる?
今までみんなに遠ざけられていた私に友達が二人も出来たのよ。
もう一人は、ルクダっていう女の子。
私やアズモとは違う二歳児らしい可愛い女の子。
この子みたいに私も生きてみたかったわ。
でも、そこまで望むのは贅沢ね。
憧れまでに抑えておかないと。
—————
暫く過ごしてみて二人の事を少し知れた気がする。
アズモは……やっぱり変なやつだったわ。
私と一緒にいるアズモとルクダはクラスの子や、他のクラスにいる子からあることないこと言われ始めた。
色んな人達が何も知らないのに、私達の関係に難癖をつけてきた。
アズモはそれら全てを言い返していったわ。
時々、アズモに言い返されて怒って暴れる子もいた。
そしたらアズモは「身体を動かす練習の相手がまた現れたな」とか変な事言って全部退けていったわ。
……流石に年長組には敵わないようだったけど。
最初はそんな理由で傷つくアズモを見たくないから止めるようにしていたけど、段々止めなくなった。
だって、戦っている時のアズモは凄く楽しそうなのだもの。
たぶん戦闘狂ってアズモみたいなやつに使われる言葉だと思う。
ルクダは、ひたすらに可愛い子だった。
この子は事あるごとに私にくっついて来たし、どこに行っても私の後ろをついてくるような子だった。
とにかくスキンシップが多かったわね……。
私にはよく分からないけど、普通の二歳児の女の子って、人によくひっつくものなのかしら。
ただ、この子も身体を動かすのが好きらしくて、時々アズモの撃退行為に混ざっていたわね……。
アズモはもう止めないけど、ルクダの方は止めたわ。
そしたらルクダは目をウルウルと潤ませるの。反則よね。
結局止められずに、ルクダが傷つかないかハラハラ見ているわ。
戦いが終わった後には、ルクダの心配をいつもする。
でもいつも、「大丈夫だよー」ってニコニコ笑って来たわね。
アズモが「俺の心配は……?」ってよく言ってきたけど、あの先生の攻撃をいつもなんやかんやで耐えているアズモの心配をするわけがないじゃない。
私に兄妹がいたら、こんな感じなのかな? って、よく思った。
トラブルメーカーだけど、面白くて優しい兄と、愛くるしい妹。
どうしてか私にはアズモが年上に感じる。
逆にルクダは年下に感じるわ。
おかしいわよね……二人共同い年のはずなのに……。
私の本当の九人いる姉は、私の事をルクダのように可愛い妹だと思ってくれているのかしら……?
そんなわけないか。そうだったら殺しづらくなっちゃうものね。
でも、もしかしたら私の姉妹は、私に優しくしてくれるのかも。
そう考えていたら、今日もまた元気にアズモが喧嘩を始めた。
今日の相手は……誰かしら。名前が出てこない。
アマリリス組に居たような、居なかったような。
「やれるもんならやってみろってんだよ! スフロアちゃん俺を見ていてくれ! 俺がアズモより速いってのを証明してやるから! あんな男より俺のが足が速い!」
今日の相手を確認していたら、こっちを見てきてそんな事を言ってきた。
私は誰だか知らない奴を見ている暇なんてない。
ルクダが混ざらないように見ていなきゃいけないもの。
それに足が速いからなんだっていうのよ。
というかそもそも、アズモはどこからどう見ても女の子でしょうが。
「はあ誰よ、あんた。何急に。アズモ、そんな奴に負けないでよね!」
別にアズモを応援したいわけじゃないけど、負けて欲しくない。
アズモを貶す奴になんて負けて欲しくないわ。
「ずっと同じクラスに居たのに……。お、俺の名前はフールだ!」
名前を言っているような気がするけど、聞こえない。
私に名前を覚えて欲しかったら、どっかの馬鹿みたいに何回も繰り返してこないと覚えられないわ。
今日のアズモはなんだかいつもと違かった。
いつも、二歳児にしては強かったけど。今日はまた一段と動きが速くなっていた。
まさか、私を取られまいといつもよりも頑張っているのかしら?
いや、違うか。
『——俺がお前を殺し合いから守ってやる』
アズモは本気で私を守るために頑張っているのだわ。
昨日よりも強いアズモは、きっと明日は今日よりも強い。
アズモは地面に転がって傷だらけになっている。
私と手を繋いで喧嘩を見ていたルクダが手を振りほどき、アズモの元に駆ける。
一言二言会話したら、アズモはまた戻った。
こんな風にアズモは毎日、私を守るために修行をボロボロになるまでやっているのかしら……。
——アズモ、今日は勝ってよね。
私は柄にもなく、祈るように両手を組みそう願った。
私の願いが叶ったのか、アズモは勝ってくれた。
アズモには悪いけど、最後の一撃は川で魚を捉える熊みたいだった。
ルクダも将来はあんな事をするのかしら……?
「スフロアは物じゃねえ! 今を必死に生きている一人の女の子だ!」
珍しくアズモが追撃をしたと思ったらそんな事を言い出した。
公衆の面前でそんな恥ずかしい事を……!
でも、アズモは私の事をそう思っていてくれたのね……。
ギリギリ、恥ずかしさよりも嬉しい気持ちが勝った。
本当にギリギリよ?
誰に言い聞かせるわけでもなく言い訳を心の中でする。
「私は女だあああああ!!!」
まさか、二度目の追撃をするなんて。
相手はあれ無事なのかしら?
顎とお腹に強烈な物と、地面をバウンドしたので瀕死になっているわよね?
アズモは余程、男に思われたのが嫌だったのかしら……?
何故かしら、瀕死になっている子よりも言い聞かせたい誰かがいるような気がするのだけれども……。
まあ、良いわ。そんな事考えても分からないし。
今は、そうね。アズモに勝利のご褒美でもあげに行くかしら。
しょうがないわよね。何も報酬が無いのは可哀想だもの。
……ほっぺにキスをしてやった。
女から女にキスをするのは大丈夫だったかしら?
二歳児だし、微笑ましく映るわよね。
キスをされたアズモは初めて動揺していたわ。
反応がまるで思春期の男子。
何故だか、それが無償に嬉しくてアズモをからかってしまう。
——楽しいわ。こんな毎日がずっと続けばいいのに。
—————
ふふ……走馬灯がここ最近のものしか出てこないわ。
思い出されるのがアズモと出会ってからのしかないの。
——私は足を不気味な多腕の魔物に捕まれながらそう考えていた。
この魔物に対する唯一の武器であった毒針は既に千切られた。
とても痛かったけども、私を象徴するあの尻尾が消えたのはいっそのこと清々しく思える。
……どこで間違ったのかしら。
楽しんじゃったのがいけなかったのかしらね。
姉妹はみんないつ殺すか、殺されるかの極限状態の中にいる。
その中で私一人だけが、人生を楽しんでしまったのがいけなった。
きっと、そうだ。
この道を使って保育園に行っているのを知っているのは誰にも教えていない。
町の外れにある、森の近くにある道。
ここらは強い化け物が出る代わりに人が全く通らない。
いつもはこんなドジを踏む事なんてない。
化け物が出てきても、やり過ごせていた。
だけど今回は駄目だった。
いつもは見ない化け物がいるなって思っていたわ。
見つかる前に隠れたし、化け物も私に気づく事なく去って行く……って。
なのに、急に進む方向を変えて私の方に向かってきた。
隠れているから見えているはずがない。
だけど、一直線でこちらに向かって来ている。
証拠とか何もないけども、たぶん姉妹の誰かが何かしたのだと思うわ。
誰かが、あの魔物に私を指し示している。
そう思った私は逃げた。
死にたくなかった。
森脇の小道から、森の中に走っていった。
森には化け物がウロウロしている。
天辺にいる、万食らいのキンディノスフラワーを始めとして、獲物を求めて徘徊する魔物が多数生息する。噂ではドラゴンも出てくるらしい。
森に入らずに、あのまま道を走っていったら、多腕の化け物に捕まる。
例え逃げられたとしても、姉妹に見つかって直接手を下されるかもしれない。
走って、逃げて、隠れて、ひたすら走って。
洞穴を見つけたからそこに隠れた。
永遠にも感じるとても長い時間息を潜めて、ずっと隠れていた。
だけど、ここはどうやら、多腕の化け物の巣だったらしい。
道で見た化け物が入口から入ってきて私を見つけて、凶悪な顔を歪めた。
そこからはもう早かった。
化け物が物凄い速さで私を捉えてきた。
毒針を刺そうと思ったけど、その前に尻尾を掴まれ引っ張られる。
ブチブチと嫌な音が鳴っていた。
とても痛かった。
化け物は千切れた私の尻尾をその辺に放り、捕食を開始する。
逆さまで宙づりにされて足から食べられていく。
……きっとこれは罰だわ。
一人だけ楽しんだ罰。
私はもうここで死ぬのかしら……。
短い命だったわ。
物心が付いた時から破滅が来る事は分かっていたわ。
でも、こんなに早いだなんて思わなかった。
おかしいな。覚悟はとっくのとうに出来ていたはずなのに。
死にたくなさすぎてしょうがない。
これも全部、アズモのせいだわ。
あいつが私に生きる楽しさを分からせたから。
だから私は姉妹の逆恨みで死ぬんだ。
……なんて、全く思わないわ。
例え誰かが否定してきたとしても、私は胸を張ってこう言う。
「アズモと過ごしたこの一か月はとても楽しかったわ」
ただ、もうちょっと欲を言うと。
もう少し生きていたかった。
アズモとルクダと私の三人でまだ楽しく過ごしたかったわ。
「じゃあね。アズモ、ルクダ……」
もし次があるのなら、その時はまたよろしくね。
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