百二十四話 「覚悟は出来てるんだよね?」
「それはそれとして主を救えるのはお兄様しかいないので早くどうにかしてください」
ダフティにとって僕が負担になっていた。
その言葉を悪魔から聞いて意気阻喪していたが、リピタはそんな事を続けて言ってくる。
「元気出せよ兄様~!!」
非常な現実を突き付けて来た上でどうにかしろと言って来るリピタと違い、ティアラは落ち込んだ僕を元気づけようと頑張っていた。
「大丈夫だよティアラ。リピタの言った事は大事な事だったんだ」
異形化を解くと息込んでダフティの心までやって来たが、自分がどれほどダフティの事を分かって無いかを知ってばかりだ。
「ダフティは僕が居たからあんなに頑張るしか無かったんだね……」
僕とダフティは魔王家へ双子として産まれた。
産まれた時からずっと一緒に育って来た。
二人だからあんな境遇にも耐えられたと僕は思っていたが、二人だったから頑張るしか無かったんだ。
「そうですよ? お兄様は主と違って不真面目なのに、要領が良いからちょっとの勉強で直ぐ身に着けてましたね。お兄様が出来るなら自分も出来なきゃって主はいつも頑張ってましたよ」
「おまっ!? 追撃やめろよ!!」
ダフティは覚えた魔法を僕によく見せてくれた。
『ダフティも出来るようになりましたよ!』
毎回そう言っていた気がする。
僕に魔法を見せて来るダフティの表情を僕は「頑張って覚えたんだよ」と捉えていたが、「兄様に追いつけました」と必死だったんだ。
「お兄様は寝ていたりサボったりしていたりしたから知らないでしょうが、先生陣は『ブラリ様ももうちょっと真面目にやってくれたらなあ』と言っている裏で『ダフティ様もブラリ様のように出来るようになりましょう』ってずっとおかしな事を言われてましたから」
例えば魔法の習い事。
直ぐに水魔法が使えるようになった僕は先生の話そっちのけで、水魔法を使ったお絵描きをしていた。
途中からお絵描きも面倒になって寝てしまった僕をダフティが暫くした後に起こし、「頑張って出来るようになりました!」と僕がしたような落書きを見せてくれる。
僕がサボっている間もダフティは先生の期待に晒されながらずっと一人で頑張っていた。
途中からスフィラやフィラフトが習い事にお邪魔してくるようになったが、それまでは独りでずっと練習していた。
戦闘訓練でもそうだ。
僕が近衛隊長に一撃入れたら、その次の日の夕方にはダフティが傷だらけになりながら「ダフティも兄様のように出来ました!」と教えてくれた。
僕に教えてくれるまでに何があったかは、考えれば分かったはずだ。
「僕は頑張ったダフティを褒める事しか出来なかったな……」
「それも勿論大事だぜ! 主は兄様に褒められたくて頑張ってもいたからな!」
ティアラが僕を励ましてくれるが、今の僕には響かなかった。
「早くダフティに会って喋らなきゃ」
落ち込んでいる場合では無いという事も理解している。
だから自分の感情なんて後回しでいい。
「ほんとそういう所ですよ兄様、普通はそんな直ぐに切り替えられませんから」
「僕はこういう風に生きてきたからね。こういう生き方しか出来ないんだ」
家でも、ダンジョンの奥でも、今もずっと切り替えて生きていく。
確かにリピタの言う通り僕は異常なのかもしれないが、これは僕の長所でもあると思っている。
「リピタがダフティから感情を貰ったように、ティアラもダフティから何かを貰ったんだよね?」
「あ、あぁ、俺は主から衝動を貰ったぜ。だから俺は主が踏み出せない事を代わりにやる」
「なるほどね」
やっぱり何処からか、ダフティが先生に反抗心を見せ始めたのはティアラの影響だったんだ。
ダフティが言いたくても言えない事をティアラが言っていた。
衝動の悪魔と怠惰の悪魔だ。
「二人は同じようにあの靄を出せるの?」
「靄……? たぶんそれは俺の力だぜ兄様。俺は翼から無数の粒子を出す事が出来る。感情が高ぶれば高ぶる程勢いよくな」
「ボクの力はそんな攻撃的な物じゃないですよ。他者から生気を奪うくらいです」
「リピタの力もかなり厄介な力だよ……。でもそっか、悪魔は皆別々の力を持っているんだね」
「その通りです、お兄様」
ダフティが異形化で得た力は靄の生成だけでは無かった。
何かを引き換えに悪魔を創れば創る程、出来る事が増えていく。
「なるほどね。そしたらもう一人の悪魔の能力が分かったよ。誰かを拐かす、もしくは自分の意のままに支配する力を持っているね」
「……さあ、どうでしょうね。残念な事にその悪魔は僕らと違って受肉して何処かに行っちゃったから分からないんですよね」
「本当分からないな! 残念だな!!」
悪魔達はそう言うが、どうやら当たったようだ。
もう一人の悪魔は組織に居る。その為詳細を話せない。
クラス対抗戦時、ダフティは異形化する前に僕に何かをして来た。
それを受けた僕は、全てがどうでもよくなりダフティに付いて行きたい気持ちしかなくなった。
ダフティと同じ時を過ごしていた為分かるが、僕らは魔王城で精神を左右するような高度な魔法は習っていない。学園でもまだその魔法は習っていない。
あれは別の何かだった。
だからあれは悪魔の力だと見て間違いが無いだろう。
「ティアラとリピタの性格はダフティから貰った物が色濃く反映されているんだよね?」
「あぁ、そうだぜ? ん……俺に近づいてきてどうしたんだ兄様? ちょっと顔が怖いぜ……?」
これまでの話で色々な事が分かった。
悪魔とダフティは繋がっている。
この光景もティアラやリピタの目を通して、ダフティともう一人の悪魔が見ている可能性がある。
悪魔を創造するにはそれなりの対価が必要で、感情なら重い感情である程良い。
ティアラはダフティの家族を殺した人間を殺したい、一歩踏み出したい気持ちから創られた。
リピタは習い事を我慢出来るように、気にしなくて済むように、嫌だと思う気持ちを消す為にそれを対価に創られた。
もう一人の悪魔はどうやって創られただろうか。
僕は両手を開き、ティアラへにじり寄る。
「これはいけませんね。ボクも同伴するべきです」
「お前まで何してくるんだよ! 放せよお~!!」
リピタはティアラにくっついた。
僕には魔王家で生きていくには切り捨てなければならない感情があった。
その感情があると、この家で頑張って王になろうという気持ちが鈍るから封印した。
異常な僕が感じていたその感情はダフティにもあっただろうか?
普通に遊べる他の家の子が羨ましい、友達を作れるのが羨ましい、家族と旅行に行けるのが羨ましい……誰かを羨む気持ちは切り捨てるのが難しかった。
「わ、わぁ~!!?」
ティアラとリピタに飛び込んで抱きしめようとする。
しかし、それは叶わなかった。
誰かが僕らの間に割り込んで来ていた。
「——主様以外からの命令を渋々熟している間に、他の姉妹とイチャイチャしているなんて……覚悟は出来てるんだよね?」
突然現れた誰かが僕を抱きしめて捕らえる。
勿論、ダフティでは無い。
ダフティと同じような顔をしているが、黄色い瞳に白色のハートマークが浮かんでいる桃色の髪の女の子。
恐らく、ダフティの感情の中で一番大きかったのは、嫉妬だ。
なら、嫉妬心を擽るような行動をすればどうなるだろうか。
「兄ちゃんはワタシの物だよ? 教え込まないと駄目だった?」
もう一人の悪魔を呼ぶ事に成功した。
この悪魔は扉を開く為の最後の鍵だ。




