百二十話 「今回はティアラが悪いと思うよ」
「兄様が探している鍵っていうのは確かにどっかにあるぜ。俺が探すのを手伝ってやるよ」
悪魔が「ケヒヒ」と笑いながら僕に助力を申し出る。
はっきり言ってかなり胡散臭かった。
この悪魔はダフティに創られ、先程まで僕と戦闘をしていた悪魔だ。
名前はティアラ。今は死んでしまっていない家族につけようと考えていた名前を僕がつけた。
「鍵が本当にあるとしても、どうして敵のティアラが僕の手伝いをしてくれるの?」
ティアラはダフティの使い魔であって僕の味方ではない。
そして今、ダフティは僕に会いたくなくて心を閉ざしている。
ダフティの使い魔であるティアラは僕を邪魔こそすれ、手助けなんてしないはずだ。
「つれない事言うなよ兄様。可愛い妹が手伝うって言ってんだぜ?」
「妹って事は認めてあげるよ。でも君反抗期だよね」
「兄様にはめちゃくちゃ従順だぜ! あと可愛いって事も認めてくれよ!!」
「ダフティと同じ顔だから可愛いのも認めてあげるけどさ、主よりその兄を取る悪魔って普通いないよ」
「兄様の目の前にいるぜ!」
ティアラは両手の人差し指を自分に向けてアピールした。
普通悪魔なら、契約主には絶対遵守のはずだ。
何かしらの対価を貰ってその分の働きをするのが悪魔の行動指針。
ただ、この悪魔はダフティに創られたと言っていたから、そこら辺がもしかしたら違うのかもしれない。
「そこまで言うなら手伝ってもらおうかな。扉を開く為の鍵は何処にあるの?」
「それは教えられないわ! ごめんな兄様!」
「少し期待したのに……」
手助けはするけど鍵の在処は言えない。
それはただ単に僕に付いてきたいだけでは無いだろうか。
「でもま、ヒントなら言えるぜ!」
「この城の何処かにあるってオチじゃないよね?」
「ギッ!? そそそんな訳無いぜ! この城にはまだ無いんだから!」
「えっ、この城に無いの?」
「あ、やべぇっ!」
目の前であわあわするティアラの頭を撫でる。
「ありがとうティアラ。探す場所が広大になったけど、ヒントにはなったよ」
「へへへ。……って、ちげえ! はにかんでいる場合じゃない! ごめんよ主ィ~!!」
ティアラが何度もダフティに対する謝罪の言葉を口にする。
「……もしかして、この光景をダフティは見ているの? でも考えてみたら、自分の心の中だから見えていても不思議じゃ無いよね?」
ここはダフティの心の中。
僕はダフティの異形化を解くためにここにやって来た。
自分の心の中に誰かが入って来た事なんて無い為どういう感覚なのかは分からないが、ここで行われている事がダフティに見えていてもおかしくは無い気がする。
それかもっと単純に、悪魔と創造者が繋がっているという可能性があるのではないか?
再び「やべっ」という表情をして汗をダラダラかいていたティアラを捕まえる。
ティアラの頭を両手で掴み、目を合わせた。
「ダフティは僕に会いたくないかもしれないし、この国から出たいのかもしれないけど、このまま話もせずにバイバイなんてさせないよ。……ダフティは僕の大事な妹だから」
「あわわわ……」
ティアラを解放して少しすると、城が少し揺れた。
僕の言葉はダフティに届いただろうか。
「取り敢えず城に無いっていうのが分かったし、外に出てみようかな。とは言っても、敷地内は広いし探す所は沢山あるけどね」
「あわわわ……」
「僕はもう行くけどティアラは来ないの?」
自室を出ようとしたが、ティアラが同じ場所から動かずにあわあわしていたので声を掛けた。
悪魔なティアラだが、僕にも好意的なので何かしらの手助けをしてくれるかもしれない。
「……っは!? 行く行く! 何処までも付いて行くぜ兄様~!」
「なんかやけにご機嫌だね?」
「そりゃ兄様にあれだけ真剣な顔で迫られたら悪魔なんて簡単に落ちるぜ! ほんと、まじで最高だった……! 手を繋ごうぜ兄様!!」
「よく分からないけど、悪魔にもそういう感情ってあるんだね。でもごめんね。流石に今は真面目に探したいからまた今度ね」
部屋を出て歩いて行くと、今度こそティアラが付いて来た。
ティアラは「まだ」というワードも漏らしていた。
だからその鍵はきっと動く物で、時間経過でこの城にも入って来る物。
正直、全く見当がつかないが、考えている時間も惜しい。
「可愛い妹のティアラが隠さずに教えてくれたらとても助かるんだけどな」
「ギイイイイ! 無理無理無理! ちょっと悩んだけど無理なもんは無理! 俺は兄様が大好きだけど、主も大切なんだって!!」
「残念だよ……」
「ごめんよ~……」
揺すってもティアラが漏らす事は無いだろう。
何も考えて無さそうな雰囲気はあるものの、大事な事は漏らさない律儀な悪魔だ。
直接的な表現を避けてそれとなく聞いてうっかり漏らすのを期待するべきか。
話さないように頑張ってはいるみたいだけど、不意打ちには弱そうな気がする。
歩きながら如何にこの悪魔から情報を引き出すかを考えていると、外で何かが落ちるのが見えた。
窓越しに少し見えた程度だが、何かが稽古場に落下した。
急いで駆けだす。
階段を全て飛び降りて稽古場まで向かう。
「あ、おい、兄様待ってくれよお!」
ティアラが黒い翼を生やして僕を追い掛ける。
「んん~? この感覚……まさかあいつが戻って来たのか?」
ティアラは僕に併走しながら、驚いたように呟く。
「今落ちたのが誰なのか知っているの!?」
「勿論知っているぜ! あいつは今外に出ていたはずだったんだけどな!」
「どういった人なの!?」
エントランスを抜けて、稽古場まで走って向かう。
全力疾走しているせいか声が荒げてしまった。
今落ちたのは物では無く人物のようだ。
人物なら勝手に何処かに去ってしまう可能性がある。
ティアラはまだここに鍵は無いと言っていた。
落下した誰かは充分鍵の条件には当てはまる。
逃げられる前に絶対に捕まえる。
「ん~、着いてからのお楽しみだぜ! たぶんあいつも自分で名乗りたいだろうしなぁ!」
稽古場を覆っている策を飛び越えて中に入ると、誰かが地面に倒れているのが見えた。
僕とダフティが学園に入学するまで毎日、血の滲むような訓練をした場所だ。
父さんお抱えの凄腕騎士による一対一での武器を使った実践的な訓練は勉強より楽しかった。
身体を動かせる唯一の時間だった訓練が僕は好きだった。
恐らくこればっかりはダフティも一緒だったはずだ。
僕と同じで好戦的な妹だから。
「あー、やっぱ片翼じゃ飛べないですよね。面倒だったから一つでいけるかなーって飛んでみたけどやっぱり両方生やさなきゃ飛べないですよね、あーあ…………あれ」
ティアラと同じ黒い翼を片側だけ生やした誰かが地面に座り込んで何かを呟き出した。
その誰かはティアラと同じような顔……つまりはダフティと同じ顔をしていた。
ダフティに比べて生気が圧倒的に無く、少し青白い肌をした黒髪の女の子が僕の事を少しだけ驚いた表情を浮かべながら見ていた。
「お兄様……? アズモさん達が言っていた事は本当だった?」
女の子は何故かアズモという名前を出した。
僕の知り合いで名前がアズモの子は一人しか居ない。
アズモ・ネスティマス。
竜王ネスティマス家の末娘で、僕と同じクラスの女の子だ。
どうして、この黒髪の女の子はアズモちゃんの事を知っているのだろうか?
「……君は誰?」
乱れていた息を整えて女の子に聞いた。
もしかしたらこの子が閉ざされてしまった扉を開く為の鍵かもしれない。
女の子は僕の顔を見たままゆっくりと口を開く。
「ボクは——」
「——残念ながらこいつに名前なんかねえぞ! 俺と同じく主から名前を貰って無かったからな! あ、俺にはもう兄様から貰った可愛い名前があるけどな! お前と違ってな!!」
黒髪の女の子が喋ろうとしたが、ティアラに邪魔されて喋れなくなっていた。
ティアラに頬っぺたをグネグネ動かされ続ける、黒髪の子は少しイラついているように見える。
「ぎゃっ!?」
ティアラが黒い尻尾を黒髪の女の子に引っ張られ、僕の後ろまで逃げる。
「あいつ姉妹の尻尾を思いきり引っ張りやがったぞ!」
赤くなった尻尾を両手で持ち息をフーフー吹きかけながらティアラは僕に泣きついた。
黒髪の子は怪力の持ち主だったらしく、尻尾は見事に腫れていた。
「いやでも、今回はティアラが悪いと思うよ……」
「え、ティアラ? 今お兄様、その悪魔の事ティアラって言いました? ええ、そんな……自慢しようと思って重い腰をあげて帰って来たのに、名前貰っちゃったんですかそのうるさい悪魔。ショックだなあ。またどっか行っちゃおうかなあ」
「え、うん。この子にはティアラって名前を僕がつけたけど……」
「がー-ん」
黒髪の子は無表情のまま両手を頬に添えてそう呟いているが、全くショックを受けているようには見えない。
……この子は一体なんなんだろうか。
この子とティアラの話を聞くに二人共ダフティから創られた悪魔な気がするが、性格が違い過ぎる。
同じ人から創造されて姉妹とまで名乗っているのにここまで違くなるものなのだろうか。
「えっと、それで君は誰?」
「あ、ごめんなさい。そこの悪魔に邪魔されたんでした。……では説明の前に一回だけ咳払いさせてもらいますね」
かなりマイペースな子だった。
宣言通りに「コホン」と一度咳払いをして、僕とティアラを見据える。
「ボクの名前はリピタです。ルクダさんの心に留まっていたらこの度めでたくカッコイイ名前を貰えたので自慢しようと思い帰ってきたらショックを受けた悪魔です。凄く凹んでいます。あと、お兄様の可憐な妹です」
どうやら僕の知らないところでまた妹が一人増えていたらしい。
リピタ「ティアラですか。弱そうな名前ですね。それでボクにマウントを取ろうとしてきたんですか?」
ティアラ「お前の名前こそ可愛くないだろ。なんだよ可憐って嘘吐くなよ」
リピタ「名前に可愛さって要りますか? 要りませんよ。ガサツな癖して可愛い名前っていうのもおかしいし」
ティアラ「可愛さは必要だろうが! 女の子なんだから!! クッソ~、見た目だとお前が一番弱そうな癖して」
ブラリ(え、なんで喧嘩始まってるの?)




