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百十六話 「ここがルクダの心の世界……」


「…………ジ、コウジ起きろ」


 目を開けると視界いっぱいに女の子の顔が映った。

 日光に照らされ濃紫色に輝く髪の女の子が、仰向けに寝転がる俺の顔を無表情で覗き込んでいた。


 ……いや、これはこの子なりの心配した表情か。


「どうしてアズモが目の前に?」


 俺が憑依している女の子、アズモだ。

 俺とアズモは身体を共有している為、鏡を使わずにアズモの顔を見る事は不可能なはずだ。


「忘れてしまったのか? 私達は今ルクダの心の中に居る。ここだと私達は別々の身体で存在出来るようで、気付いたらコウジの上で寝ていた」

「ここがルクダの心の世界……」


 立ち上がり、辺りを見回すと知っている記憶が広がっていた。


 高いビルが立ち並ぶ街中。手を繋いで笑顔で歩道を歩く魔物の親子、焦った表情で走るスーツ姿のエルフ、飛行禁止エリアで飛んだのか警団に取り締まられている竜、車のような直方体の機械が走る道、食べ歩きがしやすそうな食べ物を売っている店、綺麗なガラス越しに見える趣向が凝らされた服。


「俺達が昔、週末によく行っていた街に似ているな……」


 保育園生の頃に、スフロアとルクダ、それと俺かルクダの親を保護者としてよく来ていた実家近くでは一番栄えている街だ。

 ここに初めて来た時は「異世界にもこんな都会があるのか」と驚いた場所である。


「その認識で合っているだろう。店名や配置がそっくりそのままだ」

「やっぱりそうか」

「ルクダはこの場所が余程思い出深かったのだろう」


 その時、車が迫って来た。

 俺達が進行方向上にあると言うのに、その車は止まる事はおろか、スピードを緩める事も無い。


「大丈夫だ」


 慌てて避けようとしたが、アズモが逃げようとする俺の手を掴んで動かない。


「轢かれ……」


 車が俺を通り抜ける。

 車に当たっても何とも無かった。


 俺の身体も、衝突して来た車にも何とも無い。

 俺を通過した車はそのまま走り続ける。


「コウジが呑気に寝ている間にも車は通り続けていた。外からやって来た私達は、この場所にある物の影響を受けないのだろうな」

「解放を使った後の俺の身体みたいだな……」


 ともかく、先に気付いていたアズモのおかげで現在の自分の状況と使命を思い出せた。

 車に轢かれないとは言え、恐怖感は拭えないので歩道に移動した。

 ここでも、歩行者や低空飛行していく魔物に通過される為居心地は良くなかった。


「そう言えば、スフロアはどうした?」


 アズモにスフロアの場所を聞いた。

 ルクダの心の中には、俺とアズモとスフロアの三人でやって来たはずなのにスフロアの姿が見えない。


 アズモは首を振って答える。


「コウジの近くにずっと居たが見ていない。ここには私とコウジしか居なかった」

「別の場所に飛ばされたのかな」

「恐らくそうなのだろう。ただ、スフロアなら気付いたらきっとあの場所に向かう」

「ああ……スフロアなら映画館に居るだろう」


 保育園生の頃、週末が来る度にスフロアに映画館に誘われた。

 一時期は年齢制限が無い作品は全部見ていたと思う。


 特殊な環境に生まれたスフロアは、家を寝泊りにしか使わない。

 仲が良くなるに連れ、俺やルクダの家に泊まる事が多くなったので、家に帰らない日も多々あった。


 そんなスフロアはよく街へ繰り出す。

 とは言え、魔物と人間が共存しているこの国でも、子供一人で過ごせるような場所は限られている。


 昔は図書館に籠っていたらしいが、護身用に常日頃から生やしている尻尾が注目を集め、どの家の子か知られる。

 本を読んでいても、スフロアの事を話す誰かの声が耳障りとなり読書が出来ない。


 その点、映画館は一度明かりが落ちてしまえば自分の世界に没頭出来る。

 その感覚に心を奪われたスフロアは映画館によく通うようになった。


「映画館なら歩いて五分も掛からないな。早く行こう」

「待て、コウジ。ぶつかっても大丈夫とは言え、私はこの人混みの中を移動するのは大変だ」

「ああ、なら手を……」

「肩車しろ。視界が高くなり人探しにも役立つ」


 この七歳児は人見知りでコミュニケーションを取るのが苦手だ。

 勿論、人が沢山居る所も苦手である。


「……」


 しかし、このような時に臆せず肩車を強請ってくるのは少し心が強すぎると思う。

 思わず、そういう視線をアズモに向ける。


「早くしろ」

「へいへい」


 宿主の命令は絶対だ。

 憑依者の俺は何も宿主の命令を受け入れ、しゃがんで首元を差し出すのみ。


 アズモは直ぐに俺の肩に座り、頭に手を回す。


「思ったが、飛んだ方が早くないか?」

「早くない。早く立て」

「はい……」


 髪の毛を引っ張って抗議されたので、渋々立ち上がる。

 宿主と憑依者による肩車が今ここに誕生した。


 一年生にしては大きなアズモだが、十七歳の姿をしている俺から見たらやはり小さい。

 立つ時に少しだけふらついたが、直ぐに安定した。


 アズモは俺の頭を掴み、足で挟んでバランスを取る。

 人間の姿をしているアズモだが、竜でもあるアズモの太ももは少しだけトゲトゲしているので強く挟まれるちょっと痛い。


「よし、出発」

「もしかして、この状況をちょっと楽しんでいらっしゃる?」

「そんな訳無いだろ」


 そう言うアズモだが、指を差し出し進行方向を示す。

 楽しそうに揺れながら道案内をしときながら言われても説得力は無い。


 アズモに導かれるまま映画館を目指し歩いていると、違和感に出会った。

 車道に青い布団を広げ寝ている奴が居たのだ。


 都会と言っても過言では無い道の往来で、車に轢かれる事も構わずに横向きで寝息を立てている奴が居る。

 そいつはこの世界の登場人物では無いらしく、俺達と同じように車に轢かれても傷を負う事は無く、道行く人に注目される事も無い。


 異様な光景だった。


「……あれって、スフロアじゃないよな?」

「もしもあれがスフロアだったら、私は縁を切る」


 俺もアズモも、車道で寝ている人物がスフロアでは無いと思うものの、このルクダの心の世界に外からやって来た人物など俺達以外にはスフロアしか居ない。


「とにかく確認してみよう」


 恐る恐る、布団に近づく。

 そいつは反対側を向いていたが、俺達が近づくと寝返りを打つ。


 こっちを向いてくれたおかげで顔が見えた。


「……ダフティだと?」


 アズモが声を漏らす。

 ダフティとはブラリの双子の妹で、今年度の新入生代表を務めたこの国の王女。

 そして、凄惨な事態に遭遇し異形化して暴れていた人物でもある。


 今はブラリに敗れて、控室のベッドで寝ていたはずだ。

 ここに居るはずが無い人物だった。


「……あれ、誰か来ている」


 アズモの声で目を覚ましたのか、ダフティは気怠げに起き上がり大きな欠伸をする。


 本当に大きな欠伸だった。

 ダフティとは寮の同じ部屋で過ごしていたが、ここまで人目を憚らない大きな欠伸をしているのは初めて見る。


「どうしよう、侵入者なんだろうなこの人達……。主から異形化させて来いとは命令されたけど、侵入者の排除までは頼まれてないし、放っておいて良いかな……」


 頭を掻きながら、面倒そうに俺達の方を見る。

 ダフティだと思っていたが何かがおかしい。


 目の前の人物が余りにもダフティとは似ても似つかない。

 声も、動作も、俺達に対する反応も違う。


 表情もダフティでは決してしなさそうな表情をしていた。

 死んだ魚のような目をしていて、やる気が全く感じられない生気の無い表情。


「……お前は一体誰なんだ」


 知らない人だと判定された為、置物となったアズモの代わりに聞いた。


「あ、どうも、悪魔です。困った事に主から名前を貰ってないんで、名乗る名前が無いんですよね。いやー、困った困った」


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