十二話 「今を必死に生きている一人の女の子だ!」
「アズモちゃんまだやるの!? 傷が酷いんだからやめといた方がいいよ!」
「ごめんな、ルクダ。止めないでくれ。俺はアイツに一発入れなきゃ気が済まない」
「そんな……。そんな理由で自分を痛みつけるなんて……」
俺がフールに一発入れたいのはただの私怨だ。
誰かを馬鹿にされたからだとか、何かのためだからとかは全くない。
ムカついたからやる。ただそれだけ。
何か理由を持っていたとしても暴力はよろしくはないんだけどな。
でもまだ二歳児なんだ仕方がないだろ。
『都合が良いな十八歳児。まあ私もそれに加担しようとしているが……。でも私なら二歳児だから仕方がないだろって言えるな』
羨ましい奴だ。大義名分があるじゃないか。
……で、アズモ。さっきのもう一度行けるか。
『問題ない。行ける』
流石アズモだ。
よし、じゃあもう一度行こう。
今度も俺の掛け声に合わせてくれ。
……1、2の3!
もう一度俺達は走り出す。
先程と同じように速いが、今度は転ばない。
しっかりアズモと動きを合わせられている。
今回はいけるか。
手を伸ばしながらフールに突進する。
しかし、今回もフールは躱す。
速さは良かった。
ただ、幾分距離があったのと、俺達が馬鹿正直に真っ直ぐに進んでいたから避けやすいのだろう。
俺達はまだ単純な動きしか出来ないし、迅速な方向転換も出来ない。
アズモ、5歩後に止まって方向転換するぞ!
『分かった! 1、2、3……』
……4、5! ここだ!
庭の砂を激しく舞わせながらなんとか止まる。
『方向転換は右で行く! 右足を軸にして半回転だ! 3秒後に行くぞ……1、2』
……3! ここ!
俺達は文字通り息を合わして身体を反転させる。
そして、フールが何処にいるか探す。
……いない?
フールが何処にも立っていない。
『コウジ上だ! この後すぐに右にステップ!』
……っ!
アズモに言われ急いで右に逸れる。
刹那、左から凄まじい風を感じた。
慌てて後ろを見る。
そこには滑空しているフールがいた。
フールは地面に着地し、こちらを振り返る。
「今のを避けるのか。流石、竜王の息子。勝つのはこのフールだけどな!」
声高らかに宣言したフールの広げた両腕からは何か膜のような物が生えていた。
そこだけじゃない。顔も変わっている。
初めの生意気そうだけど元気な男子の顔から、獣性の宿った獰猛な顔へ。
肩から手の先、そして両足。その全てに獣らしさが顕れている。
こいつ、魔物化を使ったのか?
それに今の滑空……。
完全に俺に当てるつもりだった。
もう鬼ごっこは終わりか。ここからはただの戦闘だ。
これなら俺も容赦なくいける。
「あんな鈍いのにぶつかるわけがねーだろ。当てるのならしっかり狙って当ててこい」
「この野郎……舐めやがって」
俺に挑発されたフールは空に飛び立つ。
身体の向きをこちらに合わせてくる。
フールはどういうモンスターの特性を持っているんだ。
どんな魔物になった。
『あれは地球にいた生物で言ったらムササビに近いのではないか』
ムササビだと。
野生動物の食物連鎖でも下位の方にいるムササビ。
『コウジ、ここは異世界だ。地球の常識で物事を考えるのをやめろ。この世界では鼠がドラゴンを倒す可能性がある』
そう、だな……。
動きを見て対策を考えるか。
フールは天高く飛び立つと空中で両手両足を伸ばし、膜を広げる。
風と重力を味方にしたフールはこちらに突っ込んでくる。
『避けるぞ! 今度は左にステップだ!』
俺はアズモと行動を合わし再びフールの滑空を躱す。
後ろでは着地する音とまた飛び立つ音が聞こえる。
さっき分かりやすく上空から来たのはブラフか。
アズモ、今度はこの場でそのままジャンプだ!
小さく飛び高速で再び突っ込んできたフールは俺達の下を通る。
空中から見てみると、さっきまで俺達のいた場所を通過したフールの頭は毛皮で覆われていた。
あれは、魔物化で現出した物だろうか。
だとしたら当たったらとても痛いのだろう。
地面に着地したフールは直ぐに方向転換し、飛んで滑空……と思いきや、こちらにそのままジャンプで突っ込んでくる。
空中……! これは避けられない!
くっ、そ!
咄嗟に魔物化に必要な言葉を唱え右手を変質させる。
そのまま右手を胸の前に持ってくる。
ワンテンポ遅れて変質された左手も胸の前にやってきた。
アズモも考える事は同じだったらしい。
一瞬のアズモに対する安堵の後、両腕に衝撃が走る。
フールの頭は硬く、勢いもある。
だが俺達の腕の方が硬い。
俺達は両腕でフールを弾き飛ばす。
フールは飛ばされた身体を魔物化で生えた膜を使い上手く整え、滑空して突撃してくる。
地面に着地した俺は、アズモと息を合わせ再び躱す。
フールは滑空したり、フェイントのジャンプで突撃してきたりで絶え間なくやって来る。
俺はアズモとそれを躱し続ける。
——厄介だな。
自分で飛ぶ事の出来るムササビがこんなにも面倒とはな。
『さっきの判断はナイスだ、コウジ。おかげであれを食らわずに済んだ』
アズモこそ。
左腕が来てくれた時はホッとした。
『して、どうやって倒す』
うーむ、戦いの素人過ぎて俺には隙というのが全く分からない。
どうすればあの馬鹿みたいに突撃してくる奴に攻撃をする事が出来る。
『私にも隙など分からない。だが、一つ思いついた』
分かった。じゃあ、それでいこう。
俺はどうすればいい。
『即決だな』
俺はアズモを信じているからな。
信じていなきゃこうやって今、身体を動かす事も出来ない。
アズモもそうだろ。
『確かにそうだ、な。なら、私の言う通りにしてくれコウジ。次、あいつが攻撃を仕掛けて来ても避けるな。避けずに迎撃して撃ち落とす。タイミングは私が出す。コウジはそれに合わせて右腕を左上から右下に振るってくれ』
分かった。
少し場を整えるぞ。
「おいフール!」
「なんだ命乞いか? スフロアちゃんをくれたらやめてやるよ!」
弾丸のように空中を縦横無尽に動いていたフールが地面に着地する。
くれるも何もスフロアは俺の所有物ではないどころか、物じゃないんだけどな。
「馬鹿言え、俺は次の一撃でお前を撃ち落とすぞ」
「なんだと……竜王の息子のくせして空も飛ばずに地面で這い回っているやつがデカイ口を叩くんじゃねーよ!」
アズモ、あいつはボコボコにしよう。
作戦が成功したら、俺がまず顔面に蹴りを入れる。
アズモはその後に腹を頼む。思いきりやってくれ。
『任された。今なら200%の力が出せそうだ……』
「やってみれば分かる。だからお前も本気で来いよ、俺は避けないからよ。おまけに、もしも俺が負けたらスフロアから手を引いてやる」
「言ったな。絶対後悔させてやる」
フールは今まで一番高く飛び、空中で体制を整える。
そして俺達に矛先を向け滑空。
重力に後押しされるフールは俺達に近づく程加速する。
舞台は整ったな。
後はアズモのタイミングに合わせるだけだ。
『まだだ……。もう少し……』
フールは徐々に俺達に近づいてくる。
距離がぐんぐんと詰められる。
『ここじゃない。まだだ…………』
フールはもう近い。
もうここからじゃ回避も間に合わないだろう。
『——今だ!』
瞬間、俺はアズモに言われた通りに腕を動かす。
振るった右腕が自分の胸の前に来たところで、フールの頭を捉える。
そのまま力を込めて振り抜こうとする。
だが、手がこれ以上進まない……俺一人の力では。
アズモも右腕に力を込め始めた気配を感じた。
今の俺達なら200%の力を出せる気がする。
「うおおおおおおお!」
雄叫びを上げ、限界を超えた力で右腕を振り抜く。
フールは地面に数回バウンドして少し離れた所に落ちた。
そんなフールに俺達は近づく。
フールが起き上がらないように早く。
「よお、フール。散々好き勝手言ってくれたな」
フールは俺達が近づいたのを察知して余力を振り絞り起き上がる。
やらせないけどな。
行くぞ、アズモ!
『ああ!』
「スフロアは物じゃねえ! 今を必死に生きている一人の女の子だ!」
俺は、少し浮いた事でがら空きになった顎を目掛けて足を振るう。
俺の一撃が命中したフールは身体が完全に持ち上がって空中に浮く。
『行くぞ、コウジ!』
おう!
「私は女だあああああ!!!」
アズモの一撃を腹に受けたフールは吹き飛ぶ。
地面を再びバウンドしたフールにはもう起き上がる気配がない。
て、え、待ってアズモって女だったの!?
『ああ、そうだよ! 私はコウジにも言いたかったのだ! 私は女だって! 全く今まで勘違いしやがって!』
え、え、え、ちょっと待って衝撃が。
衝撃がやばい!
嘘だろ!
俺って……アズモって……えええええ!!
俺って女子の……アズモの身体に憑依……!
何故今まで気づかなかったのか。
それはこの竜王の娘っていうチートみたいな血統のせいだと思う。
俺はこの世界に来てから一度も風呂に入った事がない。
親父の魔法一発で全身が綺麗になるからだ。
なお着替えた事もない。
この世界には着せ替えを全自動でその人に合った服に一瞬でやってくれる機械があるのだ。
思い返してみれば、女子のするような恰好ばかりさせてきたな、あの機械……。
そして最後に、俺はまだ一回もこの身体で排泄をした事がない。
というかする必要がない。
魔物的な特徴が外見には全くないこの身体は、実は中身が人間と全く違う。
なんと身体に取り込んだ物は栄養を全身にくまなく運んだ後に、ある器官に運ばれる。
その器官というのが、口から炎を吐いたりするのに使われる。
正式名称は分からないが、ブレス器と言った所だろうか。
飲食物は全部ここに運ばれて燃料にされるのだ。
なお魔力でも代用が効くらしい。
でも言われてみたら確かに……長年を共にしてきた大事な相棒の存在を感じられなかった。
く、気付こうと思えば気付けたな……。
『おい、最後そんな風に纏められるのは釈然としない』
いや、これはアズモには分からないだろうが、男としては大事な感覚なんだ。
『そういうものなのか……?』
ああ。
その時、身体に抱き着かれる感覚が走る。
戦いを終えた事で安心したルクダが来たのだろうか。
「あんたは本当に馬鹿ね……」
「スフロアか」
「そうよ、悪い?」
「全く」
抱き着いてきていたのはスフロアだった。
スキンシップが多いルクダが抱き着いてくるのはよくあったが、スフロアがこうしてくるのは初めてだ。
「……ありがとう。アズモは馬鹿だからどうせ何も考えずにいきなりやり始めたのよね。私には分かるわ」
「ぐ、確かにそうだが。でも、何がありがとうなんだ」
「最後の言葉」
「ああ」
そう言えば最後に叫んだな。
アズモの言った事が衝撃過ぎて薄れていたが。
「アズモは馬鹿な上にアホだから、どうせ会話の流れか何かでついそう言ったのよね」
「エスパーかよ。なんでそんなに全部分かるんだ」
「単純だからよ。良い意味でも悪い意味でも。でもあんたがそう言って、私の事をそう思ってくれているのかが分かったわ。だから、ありがとう」
「スフロ——」
何か言いかけた俺の言葉は続かなかった。
口を塞がれたわけではないが、頬に柔らかい感触が走った。
『……!!?』
「アズモが男だったらね……。でも、そんなに人生上手くいかないわよね。あんたが勝負に勝った記念に私の最初で最後の物をあげたわ。ありがたく思いなさいよ」
「な、な……?」
『コウジこいつから離れろ! こいつは危険だ! サソリじゃなくて狐だ!』
思考が停止しかける俺とは対照的にアズモはヒートアップしていく。
キイイという声まで聞こえそうな勢いだ。
「あ、でも、スフロアこれだけは……。最後にはさせないよ、俺が」
「なに、またして欲しいの?」
「ち、違うわ。……ちゃんと好きな人を見つけて恋愛する時間を俺が作ってみせる」
「動揺しながら言われても、恰好がつかないわよ。でも、ありがとうね」
そこまで言ってスフロアは離れていった。
『動揺するな十八歳児! 二歳児になんて惑わされるな!』
向こうには慌てて駆け付ける先生の姿が見える。
俺はこの後きっと、先生からまた一発もらうんだろうな……。
案の定、先生に殴られた俺は救護室に運ばれていった。
勿論フールも。
そしてまた、日常に俺達は戻っていく。
きっと、こんな風に俺の保育園生活は進んでいくんだろうな。
俺は皆と遊びながらそんな事を考えた。
しかし、現実はそんな俺をあざ笑ってくる。
——次の日、スフロアは保育園に来なかった。
というわけであらすじを回収しました(4/11)
あらすじいじりました(4/30)
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