百十二話 「必ず倒して私の身体に戻って来てくれ」
「あーもー、髪がボサボサになっているじゃない! 直すからそのままジッとしているのよ!」
「えへへ。ありがとう、スフロアちゃん」
椅子に座ったルクダの髪をスフロアが櫛を通して整える、保育園での遠いようで割と近い日の思い出だ。
朝食を食べていたら急に親父に保育園に入園させられ、保育園に行きたくないと愚図るアズモを宥めて、ルクダと決闘をして、スフロアと強引に交友関係を結び、スフロアとルクダも友達になって、森でフィドロクア兄さんに助けてもらってからは平和な保育園生活を送り始めていた。
……と、そうなってくれたら良かったのだが、命の危険が無くなったはずの保育園生活はただの楽しいだけの日常ではなく、何故だか生傷の絶えない保育園生活となった。
「ほんとよく飽きもせずに喧嘩ばかりするわね、あんた達は……」
「でも勝ったぞ?」
「アズモちゃんが強いんだよ! 二対五だったんだけど、勝てたんだよ!」
何故だか知らないが、俺に挑んで来る園児が非常に多かった。
前に喧嘩を売ってきたフールを返り討ちにしたのが不味かったのか、俺の宿主であるアズモが竜王の娘だから腕試しに挑んで来ているのかは定かでは無いが、連日喧嘩を吹っ掛けられる。
今朝も「アズモ・ネスティマスに決闘を申し込む!」とか言って別のクラスの男子がやって来たが、いざ行ってみると物陰からワラワラと子供が出てきて流石に今回こそは負けるかと思った。
ルクダが「決闘だけどもしかしたらルクダも戦えるかも!」とこっそり付いて来てくれてたお陰で助かった。
「そこまでボロボロになってよく言うわね……」
「俺の主な傷は、駆け付けた先生による熱血指導だ。本当は無傷だったんだ、信じてくれ」
「本当なの?」
「アズモちゃんはルクダが来た事に驚いて最初ボコボコにされていたけど、無傷だったよ!」
「なんであんたはそんな直ぐ分かるような嘘を吐くのよ!」
俺の中では初めのあれはノーカンだ。
アズモと厳正な審議を行った結果、ノーカン扱いする事になった。
『あれは戦いが始まる前の不慮の事故だったから、全面的にコウジが正しい』
ほら、アズモも言っているだろ。スフロアには聞こえていないのがネックだけど。
「よし、可愛い髪型に戻ったわ」
「スフロアちゃん、ありがとー」
「良いのよ。ルクダの髪なら私が何度でも直してあげるわ」
ルクダは椅子から立ち上がりスフロアに抱き着く。
人との距離感が近いルクダらしさが前面に出た感謝の形だ。
俺はルクダが立った事で空いた椅子に座る。
「じゃあ次は俺の番かな」
「いや、あんたは汚いから嫌よ」
「えっ?」
『えっ…………』
動揺して身体が震えた。
俺だけじゃなく、アズモにも結構効いたらしく、常人以上にブルブル震える。
「だって、泥とか血とか色々凄いじゃない。というかまずね、なんでその状態で戻って来たの、ねえ?」
「先生からもう良いから早く教室に戻ってくださいって言われて」
「もう私が先生に言っておくから外で泥くらいは落として来なさいよ」
スフロアに外に追い出され、なんとか髪と服から泥などの汚れを落とした。
捻ったら水が出て来る蛇口タイプだったので、異世界人の俺にも優しい水場で助かった。
時々どうやって水を出すのか全く分からない蛇口があるので非常に困る。
泥を落としている途中、物凄く覚悟の決まった顔をした面識の無い男子から白一色の手紙を貰った。
余程強く握っていたらしく、温もりが残ったクシャクシャの手紙だ。
男の子は俺に手紙を渡すと、直ぐに何処かに行ってしまった。
『私って好かれ易いのだな。まあ当然か、父上に似て凛々しい顔をしているのだから。さっきの子には悪いが断るが。という事で頼んだぞ、コウジ』
また俺の役目か。まあいいけどさ。
でもこれ確実に俺宛てじゃなくて、アズモ宛てだから本当はアズモが答えるべきだからな?
『コウジにも関係あるしいいだろう。それに適材適所ってやつだ』
そういうもんかなあ……。
俺の気のせいかもしれないが、なんか俺の役割が大き過ぎる気がするんだよな。
『気のせいだろう』
アズモがそう言うのならそうなんだろうな。
そうアズモと俺に言い聞かせて教室に戻る。
憑依生活で気を付ける事は宿主との円滑なコミュニケーション。
これが出来るかどうかでかなり変わって来ると思うんだ。
「綺麗になったじゃない。ん、何握っているのよ?」
教室に戻るとスフロアが俺に声を掛けて来る。
貰った手紙をスフロアに見せながら、椅子に座るとルクダがタオルをわしゃわしゃと動かして髪を拭いてくれた。
「なんか手紙貰ったわ。文字読めないから分からないけど、たぶんラブレターだと思う」
「えっと……『スフロアさんを賭けて俺と一対一で勝負だ。俺の方がスフロアさんを幸せに出来る。絶対逃げるなよアズモ。あとこの手紙を絶対スフロアさんに見せるな。頼むから』……って、これ果たし状じゃない! もー!!! 別に止めやしないけどせめて私の見える所で戦ってよね!!!」
—————
あの時は珍しくアズモが何とも言えない言い訳を俺に垂れ流してきてうるさかったからよく覚えている。
あいつあんな性格しているのに容姿に対しても結構自信家なんだよな。
素っ気無いと思いきや、人から褒められると「当然だが?」といった風に鼻を高くする。
ルクダはルクダで「良いなーアズモちゃん、ルクダも行きたいー」と駄々を捏ね、スフロアにやめさないと言われていたがなんだかんだ言って現場まで付いて来た。
結果的に手紙を渡して来た男の子の裏から二人湧いて来たので助かった。
その日は「一応私の事だし、しょうがないから行くか……」と付いて来たスフロアだったが、木の陰から出て来た男の子の仲間を見て憤り混ざって来た。
以降、「あんた達こんな事普段していたのね、心配だから私も付いて行く事にするわ」と言い本当に来るようになった。
スフロアは俺達が傷つくのが見たくないらしいが、止める事は無かった。
ただ、いつも心配はしていた。
——今、異形化したルクダに時を吸われあの頃のような背丈にまで戻ったスフロアは俺達をどう見ているのだろうか。
心配しているだろうし、傷つくのも見たくないだろう。
だが小さくなったスフロアは目を逸らさずに俺達の戦いを見ている。
異形化して皆の時を吸い歪な成長を遂げたルクダと、解放を使いアズモの身体から出て精神体となった沢畑耕司、本来の姿をした俺の戦いを木に背中を預け動かないアズモの隣に立って見ていた。
「第二フェーズと行こうか」
精神体の状態で魔物化を使って翼を生やし、暴走するルクダに向けてそう言う。
今の俺の状態で翼を生やす行為は単純に精神体で賄う場所が増えた為脆弱になる。
精神力を消耗する早さが増し、この身体を維持出来る時間も減る。
ただ、成長した身体に適応していくルクダに対抗するにはこうするしか無かった。
戦闘時に魔物化を使いアズモと一緒に戦う俺は翼を生やした方がよく動ける。
正直この状態で翼を生やすのには抵抗があったが、ルクダの為なら致し方無い。
色が薄くなり透けた翼をはためかせる。
地面を駆けて勢いをつけ、飛行に切り替え加速する。
兄さんや姉さんには全然敵わないが、翼を生やした俺とアズモの速さに付いていける奴は一人も居ない。
今はアズモが居ないので俺一人だが、それでもルクダと戦うには十分な速さだ。
見えてはいても間に合わずに攻撃を受ける。
不可視の攻撃とまではいかないが、予測しておかないと防げない速さ。
そこを俺とアズモの二人で身体を動かし相手を翻弄して立ち回る。
それがいつもの戦い方だ。
「……っ!」
すれ違い様にルクダの脇腹に拳を入れた。
物凄い速さで殴られたルクダは吹き飛びそうになるが、その前に急旋回した俺の攻撃でその場に留まる。
短時間の間に加えられた俺からの二発で、ルクダはよろけ態勢を崩す。
その隙を見逃さずに蹴り上げ、上空に飛ばす。
空に持ち込んだら、もう俺の独壇場だ。
「すまないが、俺には時間が無いから直ぐに決めさせてもらうぞ!」
意識があるのかないのか定かでは無いが、思わずルクダにそう告げた。
この世界に来てから色んな奴と戦った。
森を跋扈していたモンスターや、同園に居た子供達、クラス対抗戦で当たる他クラスの生徒などだ。
性別関係無く色んな奴と戦い、勝ったり負けたりした。
命を賭けた戦いだったり、要求を突っぱねる為の戦いだったり、試合としての戦いだったりと様々だ。
様々だったが、俺のせいで異形化した奴と戦うのは初めてだ。
色んな理由で戦って来たが、こんな理由で戦うのは初めてなんだ。
ルクダが異形化したのは、俺が自分の事を秘密にしていたからだ。
……果たして俺は本当に、こんな一方的な戦いをしてしまっていいのか?
戦う理由を何度も自分に言い聞かせ、ルクダの異形化を止める事以外考えないようにしていたが、そんな迷いが生じてしまった。
一度頭に浮かんだ迷いは行動にも表れる。
空に蹴り上げたルクダに、飛行しながら攻撃を続ける為に近づいたが、一撃目から防がれてしまった。
俺が放った蹴りは、吹き飛ばされながら反転したルクダの腕によって防がれてしまい、そのまま掴まれる。
ルクダは俺の事を引き寄せ、黒く濁った瞳で俺の目を覗く。
「戦ってくれもしないの……?」
「……っ!」
今にも泣き出しそうな目をしていた。
「なら、もういいよ……」
ルクダはそう言い俺を地面に向かって投げた。
翼で勢いを殺した為地面に激突する事は免れたが、ルクダの言葉で俺の身体は揺らいだ。
精神力で構成されたこの身体は、時間経過や、相手との戦闘によるダメージの他に、俺自身の意識の持ちようで簡単に消耗する。
この身体はとても繊細で脆かった。
「……くそ、こんな時だと言うのに俺は!」
手で顔を覆っても、透けた手のひらじゃ何も隠せなかった。
「ああ駄目だこうしているだけでどんどん身体が透けていく……」
どうすれば良い?
いいや、そんな事は分かっているだろう。
俺はルクダに勝たなきゃいけない。
じゃあなんで俺はこんなに迷っているんだ。
どこからどう考えても俺のせいだろ。
なんで自分の責任を果たそうとしない。
俺は一体どうしたいんだ。
「むぇー、重いい……!」
「落としちゃ駄目よ、ラフティー!」
「二人共どうして……」
声のした方向を見ると、小竜の姿のままのラフティリとスフロアが居た。
……それとアズモも。
ラフティリが襟裏、スフロアは足元を持ち、小さな身体を使ってここまでアズモを運んで来た。
「アズモがなんか言っていたからここまで連れて来たわ! 落としそうだから早くあたし達の代わりに持って!」
焦るラフティリに促され、二人からアズモを受け取る。
脇に手を入れ持ち上げると、微かにアズモの声が聞こえた。
「もっと耳を近づけてあげて。アズモがコウジに何かを伝えようとしているの」
スフロアに言われ、アズモを顔の近くまで持って来る。
すると今度は、はっきりとアズモの声が聞こえた。
「……コウジの罪は私も背負っている。だから、必ず倒して私の身体に戻って来てくれ」




