百三話 「自分の命を軽々しく使うな!」
「——割り込み失礼します! エクセレが東女子寮の方に——ウワァ!!」
本日スイザウロ学園で行われている一組対十五組のクラス対抗戦を警備している者が皆付けている片耳ヘッドホンとマイクが一体化した機械に誰かの断末魔が流れる。
東女子寮、そこは竜王ネスティマス家の末娘、アズモ・ネスティマスが過ごしている寮である。
スイザウロ学園は広大な土地を有しており、小国程度なら軽く包めるくらいの広さを誇る。
中央にスイザウロ学園の華である在籍生徒数と建物規模が一番の高等部棟及び寮が構えられており、高等部棟から見て西南に中等部棟、東南に初等部棟、その三つの棟の間には修練場が存在する。
更に高等部棟の北方向には研究室棟があり、高等部を卒業している生徒の中から更に学びたい内外生徒や教授、果ては錬金術師や屍術死までに至るまでの実験室まで完備されているスイザウロ魔王国の叡智が集められた地である。
当然、普段から警備が行き届いている場所ではあるが、今日は竜王ネスティマス家の精鋭などを加え普段以上に警備を厳重にしていた。
一組対十五組の対抗戦が行われる二日前にとある団体からの犯行予告が届いた。
度重なるネスティマス家長女、天災竜エクセレ・ネスティマスによる災害や、竜王家末娘アズモ・ネスティマスがクラス対抗戦時に何かをしようとしていると情報を掴んでいた為ネスティマス家はそれに対処する為に家から強者を派遣しており、初等部棟と修練場を見回ろうとしていたが、犯行予告が届いた為に警備をスイザウロ学園全域に広げる事となった。
犯行予告の内容はこうだ。
『次回クラス対抗戦時に一人の生徒を頂戴する——型無より』
人の形をした生き物に雲から雷が落ちた絵が描かれた封がスイザウロ学園学長の机に突如として置かれていた。
突如として現れた執務机に置かれていた物を学長が不思議に感じながら開封するとそのような手紙が入っていた。
そして今、ネスティマス家長女エクセレが寮に出現したという情報が入った。
エクセレはこの世界の人間を襲う天災の一つに数えられている竜だ。
千六百年程前の世界が今ほど平和では無く魔物と人間が争っている事が日常風景になっている時代に、とある美食家に捕らえられた当時まだ十五歳のエクセレは兄のアギオが人間に生きたまま調理され事切れる姿を最大限の辱めを受けながら見た。
そしてエクセレは異形化した。
異形化したエクセレは昇華し、人間が吸うと確実に死んでしまう気体となった。
常軌を逸した美食家により、エクセレが初めて異形化した時はその暴走が収まるまでに生きている人間の一割が死亡した。
エクセレが異形化すると、人間は確実に死ぬ。
その事が知れ渡るまでに人間の三割は死亡した。
この世界で人間を最も死に至らしめたものはエクセレ・ネスティマスとなった。
数回の暴走から、エクセレが異形化する条件が分かった。
曰く、人間が竜を食べると異形化する。
それが判明した時から人間が竜を食べるのは禁止された。
それでも度々、それは破られエクセレが暴走する。
いつの時代にも教えを守らない者や、異形化による暴走を利用する者が一定数居るのだ。
それを痛ましく思った竜王家は、暴走を止める手段を発見し確立させ、ある時からエクセレが暴走しても死傷者はゼロになった。
しかし、エクセレレベルの異形化を鎮静化させるのはとても困難な為、竜王家でも限られた者のみが沈静化に当たる。
竜王ギニス・ネスティマスと、無限龍アギオ・ネスティマス、光線龍テリオ・ネスティマスの三名がエクセレの暴走を止めに行く事となった。
「こちらテリオ。エクセレ姉さんには私が向かう。付近にいる警備の方は人の避難もさせながら自分も逃げるように。……ただ、もしも異形化していた場合はアギオ兄さんにも来てもらいたいな」
ヘッドホンから竜王家次男テリオの声が流れた。
最後の台詞は全体通信では無く、アギオへと個別に流れて来たテリオのメッセージだ。
本当なら、長男で竜王家において最強のアギオが向かうのがもっとも確実である。
だが、テリオはエクセレ出現の直前にアギオが呟いていた事を踏まえ自分が行く事にした。
エクセレが現れる直前にアギオが担任を勤める一組生徒、ルクダ・サーウロスが異形化した。
学園が扱う過去に異形化した事のある生徒を纏めた名簿には無かった名前だ。
今、何かをきっかけに異形化した、或いは今まで隠していたという事になる。
そして、異形化はエクセレのように特定の種族に対して極めて殺傷力の高い能力を扱う事もある。
エクセレが現れたとは言え放っておく事は出来なかった。
「ああ、分かった」
アギオは個別通信でテリオにそう返し、ステージへと飛び降りた。
これにより、竜王家における二大戦力が分散される事となる。
—————
「少しだけ手を出すのを許してくれ」
突然目の前に現れて小さくなったスフロアを抱え上げたアギオが振り返りながらそう言った。
俺はアギオ兄さんが現れてくれた事で物凄くほっとした。
何を考えたのかスフロアが異形化したルクダに向かって行き抱きしめた。
異形化した今のルクダは生物の時を吸収して己の物にしてしまう。
ルクダを抱きしめたスフロアは段々小さくなっていき、もう少しで消えるところだったのだ。
俺は勿論、危機感を覚えた俺の宿主であるアズモも一緒になって慌てて身体を動かしたが、ルクダの時を吸う早さがとんでもなく早く、間に合いそうに無かった。
「ありがとう、アギオ兄さん!」
アギオの元へ駆けて行き礼を言うと、アギオは何故か縮んだスフロアを預けてきたので代わりに抱える。
「大丈夫かスフロア! 意識はあるか!?」
「……そんな大声を出さなくても大丈夫よ。あんた達と初めて会った時くらいの大きさになっちゃったけど意識ははっきりしているわ」
「良かった……」
安堵して胸を撫でおろした。
すると、腕が勝手に動きスフロアを抱きしめる形となった。
「本当に、心配したのだぞ……。お前はそうやって直ぐに自分の命を投げ出そうとして、少しは残る人の事も考えろ」
俺の宿主のアズモだった。
人見知りが激しく、喋るのも苦手なアズモは普段、俺に全部の行動を任せているが、スフロアやラフティリなどの一部の人とはこうやって喋ってくれる。
今もこうして、友達が無事でほっとしている。
「……相談も無く悪かったわ。ルクダを完全に異形化させなきゃ不味いと思ったの。じゃなきゃ止める事も出来ないじゃない」
「そうかもしれないが、自分の命を軽々しく使うな!」
「……ごめんなさい」
アズモが初めて友達に声を荒げた。
ルクダは俺達と一番目に友達になってくれて、スフロアは二番目に友達になってくれた。
二人共俺達にとって大事な友達だ。
友達の一人が異形化し、もう一人がそれを止める為に消えてしまうなんて事になっていたら、アズモも異形化してしまったかもしれない。
それ程、今のスフロアの行動は危うい物だった。
「お前達は異形化を止める方法を知っているか?」
耳元を押さえ、何かを呟いていたアギオがそう言う。
「俺とアズモは知っています」
「私も知っています」
「あたしは知らないわ!」
頭の上を竜形態のまま陣取るラフティリだけ知らないと胸を張って答えた。
「ラフティリが知らなくても大丈夫だろうからこのまま続ける。俺は今すぐ向かわなければならない所が出来た。だから、ルクダ・サーウロスの異形化を止める時間は無い」
「そんな……!?」
アギオの言葉に俺は思わずそう漏らした。
異形化を止める方法は知っているが、だからと言って実践出来るとは限らないし、今のルクダに勝つ自信が無かった。
一つ目のステップの、完全に異形化させるというのもやり方が分からない。
「手短に行く。完全な異形化は俺がさせる。そこからはお前達の出番だ。異形化は新しい力に目覚めるが初めから使うのは厳しい」
「だからと言って、俺達じゃ倒せないです……」
スフロアもラフティリもルクダに時を吸われて小さくなってしまっている。
今、俺達の中でまともに戦えるのは俺とアズモしか居ない。
二人だが、実質一人分の戦力しか無い。
「ルクダ・サーウロスの異形化は見たところ、時を奪い自分の糧にする物だと見た。それ以外はいつもと変わらない。触れなければ時を奪われる事も無い」
「それが大変じゃないですか」
「お前なら、コウジなら出来るだろう。解放を使え」
「でもあれはまだ完成して……」
アギオは俺の言葉を聞き終える前に、ルクダを抱え上げる。
「この後絶対にあいつらが助ける。今はやりたいように暴れろ」
「エオニオ先生……? うん、ルクダそうするよ……」
「……ふむ、この一瞬で百年程吸われたか。だが、目覚めたばかり故そこが一杯のようだな」
アギオはルクダを下ろし俺達の方を向いた。
時を吸われているはずなのに見た目の変化が全く無かった。
「能力を極限まで使わせた。直ぐに完全になるだろう。すまないが、俺はもう行く」
それだけ言うと、アギオは本当に何処かに行ってしまった。
俺達は暴走したルクダの前に取り残される事となる。




