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百二話 「後は頼んだわよ」


『異形化ってどうやったら解けるものなの?』


 コウジにそんな事を聞いた事がある。


 あれはそう、ラフティーが浴場でコウジの事をうっかり喋った日の事。

 ダフティがコウジ達の命を狙う内通者だと言う事をコウジから聞いた時の事。


 その事に衝撃を受けた私はそこから根掘り葉掘り聞いたっけ。


 コウジから話を聞いていたら、ダフティの異形化を終わらせる為に、アズモ達と同じ十五組でダフティの双子の兄のブラリからアズモとコウジがダフティとの戦闘を任された事が分かった。


 ダフティが内通者なのが信じられなくて聞いた私が悪かったけど、クラス対抗戦でコウジ達がダフティを担当する事まで言うとは思っていなかった。

 誰が誰を担当するかなんて、クラス対抗戦においては大事な情報だもの。


 流石に悪いと思って、一組の皆とクラス対抗戦の話し合いをしている時はその事を言わないでおいたけど、ダフティがコウジが言っていた事を当ててきて驚いたわ。

 驚きが顔に出ないようにするのは大変だった。


 ……あの日、アズモとコウジがダフティを担当すると聞いて、『また人助けをするのね、危険を顧みずに』と私は思った。


 ダフティがダンジョンで異形化して冒険者を三人も殺した事も聞いた私は、コウジの話を聞いていたら止めたくなった。

 だって、明らかに危険じゃない。


 クラス対抗戦時は魔力体に守られているとは言え、全てを防げる訳では無い。

 アズモやラフティーの吐くブレスや、私の毒とかは肩代わりしてくれるけど、精神に作用する物は肩代わり出来ないと説明を受けた。


 ダフティが異形化したらどんな事をしてくるのか分からない。

 もしかしたら、魔力体なんて関係なしに一撃で殺されてしまうかもしれない。

 それが異形化というものだ。


 ……私のお母様が蟲毒を始めたきっかけも元をたどれば異形化だったわ。

 私は誰よりも異形化の怖さを知っているつもりだ。


 だから、二人を止めたかった。

 止めたかったけど、四年前に二人は私の事も助けてくれた。

 二人が危険を冒した事で助かった私には止める権利も無ければ、何か言うのもおこがましくて出来ない。


 心配だったから、対抗戦が始まって直ぐにアズモとコウジが私の事を運んだ時は少し安心した。


 ここで私が二人を足止めすれば、二人が危険な事をしなくて済むかもしれない。

 そう思って頑張って戦っていたけど、やっぱり二人は強かった。

 私じゃ叶わないかって諦めて二人を送り出そうと思っていたらルクダが助けてくれた。


 ルクダと二人掛かりならアズモとコウジの事を止められるかもって思ったけど、その幻想は直ぐに打ち砕かれた。


 ルクダが異形化していた。



—————



「そしたらもう泣かなくて済むんだ」


 強制的に伸びた目線から私達の事を見下ろして、ルクダはニコニコしながらそう言った。


 笑っているはずなのに、目元が一切笑っていない。

 間違ってもルクダはこんな笑い方をするような子では無かった。


 いつでも笑顔で私達についてくる元気で明るい子。

 その笑顔に私がどれだけ救われた事か。


 だけど、私達のせいでルクダはこうなってしまった。

 無理に笑うようになってしまった。


 アズモの中に居るコウジの事を秘密にする為にルクダを除け者にしてしまった。

 そのせいでルクダは私達の知らない所で泣いていた。


「ごめんね、ルクダ……」

「あ、おい! スフロア!」


 後ろからコウジの私を止める声が聞こえたけど、止まらずにルクダの元へ歩いて行く。


『異形化を止める方法は聞いてみたけどかなり難しそうだったんだよな。まず、完全に異形化させる。次に、完全に異形化した状態で気絶とかさせて無力化させる。最後に、その人と縁がある人が異形化してしまった人に入り込む。……な? 行程が三つもあって難しそうだろ? おまけに最後のは意味分からないし……』


 あの日コウジはそう言っていた。


 自分の意思で異形化の切り替えが出来る人なら問題無いけど、出来ない人は誰かに止めてもらうか、衝動が収まるまで暴れるしかない。


「アズモ、コウジ、ラフティー……後は頼んだわよ」


 私より大きくなったルクダを抱きしめる。

 ルクダが戸惑うのを感じたけど構わずに力強く抱きしめた。


 こうやって戸惑ったり、少し会話が通じたりしたところから分かったけど、ルクダはまだ完全には異形化していない。

 完全に異形化してしまったら、制御出来ない人は理性を失くして暴れるのみになるもの。


 ルクダに抱き着くと、身体から何かが物凄い勢いで吸われていくのが分かった。

 体力や魔力や精神力とかでは無くまた別の何か。


 確か、ラフティーが歳を吸うと言っていたわね。

 だからこれは歳を吸われている感覚。


 直ぐに身体が少しずつ小さくなっていくのが分かった。

 ルクダの背中に回していた腕がだんだん届かなくなり、ずり落ちていく。


 異形化は逃げられるのが一番不味い。


 ここでルクダに逃げられてそこら辺にいる人達の時を吸いつくすなどと言う事をして欲しくない。

 優しいルクダはきっと誰かの時を吸いつくして、その人を消してしまったら完全に異形化する。


 誰か犠牲になるのなら、ルクダが異形化する原因を作ってしまった私がなる。

 他の誰かには犠牲になって欲しくない。


 ここでルクダに逃げられる前に私の命で異形化させてしまえば、どうにかなる。


 この会場には竜王家の強い竜達が集まっている。

 パーフェクト先生や、ディスティア先生の他にも最近急にやって来て私達の担任を勤めだした無口なエオニオ先生。

 内通者問題を解決しようと他にも沢山の竜が集まって来た。

 ここでなら、ルクダが異形化をしても止めてくれる人が居るのだ。


 ……一族で蟲毒をするエラスティス家に産まれた私の命なんて、あって無いような物。

 遅かれ早かれ誰かに殺される命。

 どうせ死ぬのならここでルクダの為に使う。


 私は、割と悪く無い生き方が出来たと思う。

 私の姉妹なんて殺されないように一人で修練に励んだり、強くなられる前に殺そうと躍起になったり、一族から身を守る為に遠くへ逃げたりと碌な生き方はしていない。


 ルクダやアズモ、コウジ、ラフティー、そしてダフティ。

 挙げていけば他にも沢山居るけど、私と関わってくれる人のお陰でかなり楽しく過ごせた。


 修練にはアズモとコウジが付き合ってくれ、フィドロクアさんから渡された召喚獣のお陰で命を狙われる事も無くなった。

 週末なんて、皆と遊びにも行っている。


『スフロアちゃん、ルクダとも友達になってください!』


 不意に、ルクダが初めて私に掛けてくれた言葉を思い出した。

 コウジが私と友達になったのを見て、ルクダももじもじしながらそう言って来た。


 呆気にとらわれてなんて返したか覚えてないけど、とても嬉しかった事だけは覚えている。


「ありがとうね、ルクダ。私と友達になってくれて」


 身体がルクダと友達になれた日と同じくらいにまで縮む。

 もう持って数秒かもしれない。


 小さくなった手でもう一度ギュッとルクダの腰を掴もうとするが空を切った。

 それが叶わなくなるほど縮んでしまった訳では無い。

 誰かに身体を持ち上げられたのだ。


 ……コウジかしら?

 こういう時にまで助けてくれるのは嬉しいけど、決心が鈍るわ。


 放っておいたら無限に成長するルクダを止めるには今しか無いのに。


「——間が悪くてすまないが、俺の生徒が消えたら困る」


 聞こえて来た声は、落ち着いていて聞き取りやすいコウジの声では無かった。

 コウジの声より若干高くて小馬鹿にするような喋り方をするアズモでも無い。

 二人よりももっと低く、大人の男の人の声。


 最近、一組の担任になったエオニオ先生だった。


「少しだけ手を出すのを許してくれ」



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