百一話 「大人になりたい」
ルクダが俺に触れようと手を伸ばす。
伸びて来た手が頭の上に居るラフティリにも触れないように避けた。
事情は分からないが、ルクダに触れられたラフティリが縮んでしまい、その分ルクダが大きくなった。
今のルクダに触れられるのは不味い。
「駄目だよ避けちゃ」
触れる事が叶わなかったルクダが無邪気にそう言った。
いつもと変わらず笑顔のままのルクダなのだが、瞳に光が灯っていなく笑顔が張り付いているように感じる。
ルクダは今何を考えて俺に触れようとして来たのだろうか。
今日はスイザウロ学園のイベント、学年別クラス対抗戦をやっている。
一組対十五組の試合をやっている為、一組のルクダが十五組の俺を襲ってくるという行動は別に何も間違ってはいない。
だがルクダは先程、俺の見間違いで無ければ同じ一組からの出場選手であるスフロアにも俺に迫って来たのと同じようにしていた。
今のルクダは何かがおかしい。
それにさっき言っていた『私は子供じゃなくなったんだ』というセリフ。
それとラフティリが言っていた『ルクダが歳を吸って来る』と『触れられたと思ったら、私が縮んでルクダが大きくなった』いうセリフ。
二人の言葉を踏まえたら、ルクダは俺達に触れると歳を奪い己の物にしてしまうという状態である事になる。
しかし、そんな事がありえるのだろうか。
冷静に考えて、他人の歳を奪うなんて事が出来るのか?
疑問には思うが、それを試すのは最悪死を意味する。
歳を吸われ過ぎたらどうなってしまう?
俺の宿主のアズモは七歳、スフロアとラフティリは六歳。
試す為には俺達は若過ぎる。
例えば十歳くらい吸われてしまったらどうなる?
もしかしたら、俺達の存在は消えてしまうかもしれない。
そんな事は避けなければならない。
「ねえルクダ、何があったの……?」
スフロアがルクダに質問をする。
対抗戦だと言うのに、ルクダと同じ一組のスフロアが十五組の俺達と同じようにルクダから距離を取りながらそう言うのは不思議な光景だった。
「ルクダはね、子供じゃ無くなったんだー」
「どういう事なの? 私に分かるように教えてよ」
「そうだった、“ルクダ”じゃなくて“私”だった! やっぱり難しいなー、これが出来るスフロアちゃんってルクダと違って大人だよね! ……後何歳増えれば同じようになれるかなー?」
ルクダがスフロアの質問に答えずにおかしな事を言う。
「大人って何歳からなれるのかな?」
ルクダはそう言いながらスフロアに迫りユラユラと怪しげに手を伸ばす。
スフロアはそれを避けて、再び距離を取った。
「あー、そうだ! 植物も生きているって言うよね!」
思い出したようにそう言ったルクダが近くに生えていた木に手を伸ばす。
ルクダに触れられた背の高かった木はみるみる縮み、やがて何も無くなった。
木が生えていた場所は何も無かったかのように普通の地面に戻った。
「うーん、修練場に生えている木じゃ全然駄目みたい。今日の為に魔法で生やした木じゃそんなに成長出来ないや」
ルクダが俺達の目の前で木を消滅させた。
今季のクラス対抗戦は森林ステージとなっており、試合時には修練場がアズモの実家の近くにあった森のようになる。
森林と言うだけあって、ルクダが触れた木は相当大きな物だった。
樹齢百年程あってもおかしくなさそうな木が数秒で消えた。
今のルクダに触れられたら俺達もああなってしまうんだ。
身体が震える。
まさかルクダは俺達も同じようにするつもりなのだろうか。
「お願いルクダ。何があったのか教えて」
俺が最悪の事態を考えていると、スフロアがルクダの元に居た。
少しでも触れられたらさっきの木のようになってしまうかもしれないのにスフロアは臆する事無く近づいていたのだ。
「……ルクダね、ずっと考えていたんだ。どうすればアズモちゃんやスフロアちゃんと同じようになれるかなって」
危険を顧みずに自身に問うスフロアに中てられたのかルクダが呟く。
一度言葉を漏らしたルクダは続けて呟いていく。
「ルクダは二人と違って“私”って言えないし、どこに行くのにも二人に着いていってばっかしだし、あわてんぼうだし、アズモちゃんみたいに人気者じゃないし、スフロアちゃんみたいに頭も良くないの」
そんな事は無い。
ルクダは保育園で右も左も分からない俺に話し掛けてくれたし、家の事情があり皆から恐れられていたスフロアにも勇気を出して近づき友達になってくれた。
「だからルクダがアズモちゃんとスフロアちゃんに隠し事をされるのって、ルクダが二人と違って子供だからだよね。最近やっと、それに気付けたんだ」
ルクダの言葉に俺は息を呑んだ。
ルクダが言っている隠し事と言うのはきっと、俺がアズモの身体に居る事だろう。
俺はアズモに憑依し、コミュニケーションを取るのが苦手なアズモの代わりに日常生活を送っている。
そしてそれはスフロアには伝えているが、ルクダにはまだ伝えていない。
喋るタイミングが無かったからだ。
「だって二人は大人っぽいしね。子供なルクダじゃ秘密も喋れないよね」
断じて違う。
保育園の頃はずっと喋っていたのが俺だけだったから、アズモが喋る事なんて滅多に無かったからそんな事を教えなくても別に問題無いと思っていたから。
学園に入ってからは竜王家長女であるエクセレに人間である事を理由に狙われたから。
内通者という俺を狙う存在も出てきて、簡単に喋る訳にはいかなくなった。
「だから頭の中に響いた声にこう言ったんだ。“大人になりたい”って」
頭の上に居るラフティリが動くのが分かった。
きっと俺もラフティリと同じような反応をしただろう。
頭の中に響いた声。
それはきっと、異形化へと誘う声だ。
「ほら、そのお陰でもう皆より大きいよ」
ルクダが俺達の事を見回す。
俺達の中で一番背が小さかったルクダは俺達の中で一番大きくなった。
「ルクダはもう自分が子供である事で悲しくならなくて良いんだ」
「ルクダはもう子供じゃ無いし、皆を子供に出来るんだ。皆をルクダみたいに子供にしちゃえばルクダが一番大人なの」
「そしたらもう泣かなくて済むんだ」
ルクダは全員の事を見たままニコと笑った。
光なんか一切灯ってない目で笑っていた。
俺達が可愛がっていたルクダはいつの間にか取り返しのつかない事になっていた。
俺が秘密を言うのを渋ったから、ルクダは異形化してしまった。




