九十八話 「こっちは外れだったわあ~」
スイザウロ学園、修練場。
十五組が使用している控室へ黒い装束を纏った者が、三人入り込もうとしていた。
本日は一組対十五組のクラス対抗戦が行われている。
そのため、余計ないたずらをされたり、選手用の控室へ入り込む者がいたりすると大会の運営に支障が出る。
当然学園側は控室への通路に警備を置き、迷って来てしまった者や悪意を持って来る者を対応するように頼んでいたが、その三人はどうやってか十五組の扉の前までやって来ていた。
三人の中で一番背の高い者が残る二人に合図を送り、二人は合図に頷いて返した。
リーダー格の者が懐から銃のような物を取り出し扉に向ける。
音が出ないように、細工を施された銃だ。
この銃は実弾を込められないが、魔力を糧に水の弾を撃ちだす事が出来る代物である。
この武器自体は冒険者用の武器屋に置かれているが、あまり手に取る者はいない。
威力が低く、毛や鱗などで身体を覆っているモンスターに使用するには心許ないからだ。
サポーターと言われる荷物持ちが護身用に持つのが主な使われ方である。
「空いているから、そのまま入って来ていいわよお~」
扉の中から声が聞こえ、三人は驚く。
しかし、直ぐに覚悟を決め全員で銃を構え入り込んだ。
一人が扉を勢いよく開け、残る二人が突入する。
扉を開けた者は見張りの為にそのまま通路に残った。
黒ずくめの二人が銃を向ける先には、白いヒラヒラとしたスカートを見に纏いサングラスを外したエニスコスが居た。
たなびく金髪と同じ色に光る眼を侵入者に向け「成程ね」と呟く。
エニスコスはサングラスを襟にぶら下げ、耳に付けていた黒い機械を操作する。
「十五組控室エニスコスよ、残念ながらこっちは外れだったわあ~」
「こちらテリオ。了解、何か見えたかいエニスコスちゃん?」
「やっぱり本命はステージだったわ。この三人はどうすればいいの~?」
「捕縛でよろしく。粉微塵にしない限りは兄さんが居るから死んでも少しの間なら間に合うし多少手荒でも構わないよ」
「了解。じゃあマイクは切るわあ~」
エニスコスは再び耳に付けていた機械を操作した。
「さーて、どうしようかしらねえ~」
エニスコスは話している間、自身に何発も撃って来ていた集団の方を向く。
侵入者が撃っていた水弾は、エニスコスが空中に出した水晶のような物に全て吸われエニスコスには一発も届いていなかった。
代わりに水弾を全部吸った水晶のような物は初めに比べ一回りも二回りも大きくなり巨大化していた。
「化け物めっ!」
たまらず侵入者の一人がそう叫んだ。
叫んだ者の身体は己の死を理解してしまったのか震え、股の部分が湿っていた。
「そうかしらねえ? 私の所に来た貴方達は一組の所に行った人達よりラッキーだと思うわよお~? だってあっちは今頃消し炭だものねえ」
「ひっ!」
水弾を吸い続けていた水晶のような物がぱっくり割れ「ケフッ」と空気を吐き出したのを見て侵入者の一人が腰を抜かし床に座り込む。
中の様子が気になったのか通路を警戒していた者もその様子を見て震える。
叶わないと悟ったのか、通路を警戒していた者は銃を地面に放り投げ逃げ出す。
「それは流石に許さないわ。よろしくね水晶ちゃん」
空中に浮かんでいた水晶が二つに分裂し、片方が逃げ出した者に飛んで行き貫く。
貫かれた侵入者は通路に倒れ血を流した。
「あー、これじゃアギオ兄様の手を煩わせちゃうわねえ~。二人も抵抗したらああなっちゃうから気を付けてねえ~」
エニスコスにそう言われた者達は、銃を手放して首を縦にブンブンと振る。
抵抗の意思など全く見受けられなかった。
侵入者二人が大人しく捕縛されるその後ろでは、逃げ出した侵入者が水晶のような物に身体をムシャムシャと齧られていたからだ。
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「正門前テリオ、怪しそうな者はあらかた捕らえ終わったかな。アギオ兄さん、ステージの方はどう?」
ネスティマス家次男テリオはスイザウロ学園の正門付近で警護に当たっていた。
テリオに捕らえられた者達は一カ所に纏めて積み上げられている。
全員息はあるが、意識は無い。
一番人通りの多い正門前を担当していたテリオは武器を所持していた者のみを捕縛対象として捕らえていた。
この世界には人々や魔物を襲うモンスターがいるが、学園内は安全が行き届いている。
一組対十五組の試合日に当たる今日は、刃物や銃などの武器や、爆発物などの危険物の持ち込みを禁止しているため武器や危険物を所持して門を潜った者は全員漏れなくテリオに沈められた後に積み上げられていた。
他に警備会社に要請されてやって来た者や、学園案内に当たっていた教師陣が「こうなりたくなかったら危険物の持ち込みはご遠慮ください」と一種の見せしめになっている。
裏門でも同様に、ネスティマス家四女のディスティアが警備に当たり同じように不審者を捕らえていた。
ディスティアの召喚した屍隊も本日は学園内に複数存在する寮の警備に当たっていた。
「今の所問題は無い」
警備に当たっている者全員が装着している無線機器にアギオの声が響いた。
マイクとヘッドホンが一体化されたこの装置は所謂インカムという物で双方が同時に会話をする事が出来る。
「今の所雑魚しか捕まえていないし、そろそろ本命がステージに出て来るはずだよアギオ兄さん。巧妙に擬態する人も居るから気を付けてね」
巧妙に擬態する者とはオミムリの事だ。
アギオがエオニオとして一組を担当する事になる前まで、一組担任を勤めていた男である。
オミムリはテリオが唸る程の擬態を披露した。
そして、その擬態は本人のみなのか、他人にもさせる事が出来るのか分からないでいた。
「……今、異形化の気配を感じた」
アギオが不意に漏らした言葉でインカムを付けている者達の間で緊張が走る。
「飛べる者はステージ上空の警護に当たれ」
続いて流れて来た言葉を聞いたテリオやディスティアが門の警護を周りに頼み羽ばたく。
エニスコスの予言があり、ステージにはアギオやメトレイを含め腕の立つ者が多数置かれていたが、初手から異形化を使用出来る者が投入されるとは予想出来ていなかった。
「いやこれは、上空じゃない……ステージ上、出場選手からだ。あの生徒は異形化を使えたのか?」
警備している者の間に別の緊張が走る。
この学園には望まぬ事態に遭遇し異形化した者が少数だが、確かに居る。
だが、そういった生徒は資料に異形化の条件と能力を纏められ、安全に学園生活を送れるように保護されている。
今、アギオが異形化を感じた者はその資料には載っていない者だった。
ブラリやダフティなどは報告に上がり、異形化する可能性があるとして情報が行き渡っていたが、今回はそれにすら上がっていなかった人物だ。
「落ち着いてアギオ兄さん。一応確認の為にその生徒の名前を共有して欲しい」
「ルクダ・サーウロス。一組の生徒だ」
その名前は確かに異形化した事のある生徒の名簿には載っていない名前だった。
テリオ、ディスティア等の竜王家一部の者はその名前が挙がるのが信じられなかった。
その名前は、ネスティマス家末娘のアズモと保育園から親交のある友達。
よく遊んでいる姿が目撃された女の子だったからだ。
衝撃の名前が挙がったのも束の間に事態が更に悪変する。
「割り込み失礼します! エクセレが東女子寮の方に——ウワァ!!」




