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九十七話 「ダフティには兄様しか居ません」


 濃霧から出てきて上に飛んで行くアズモを見上げる。

 どうやら、僕の考えた作戦は上手くいったらしい。


 これで、ダフティに人間を知ってもらう事が出来るだろうか。


 コウジは僕が出会った中でも最高の人間だ。

 コウジなら、ダフティに人間として何かをしてくれるかもしれない。


 ……もし駄目でも、その時はこのクラス対抗戦における僕の本当の戦いを始めるまで。

 異形化したダフティを兄として僕が鎮静化させる。


 アズモに抱えられているダフティを見ていると、尻尾が生えているのに気付いた。


 ダフティは僕と同じ鬼の魔物だから、僕と同じように尻尾は生えていない。

 だけど、あの日ダンジョンの奥で見た異形化したダフティには尻尾が生えていた。


「……まさか」


 言い表しようの無い不安感を覚えた。


「……!」


 思わず喋ってしまった事に気付き、口を手で押さえる。


 アズモとスフィラが既に霧の中に入り、各々の初めの仕事を完了させた。

 霧を使い何処に僕達がいるのかを探りづらいのを利用して有利に戦闘を進めるつもりだったのに、声で位置を知らせてしまった。


 声を発して直ぐに何者かが迫って来るのが分かった。


「そこですね」

「……!?」


 避けようとしたが驚いて身体が動かなかった。

 この声は、ダフティの声だ。


 間違えるはずが無いと自信を持って言える程に、聞き慣れた僕の妹の声が霧から聞こえた。


 じゃあさっき飛んでいったのは。


「避けてブラリ!」


 近くにいたラフティリの慌てた声が聞こえた。

 でも、その時には遅かった。


 霧から水が勢いよく噴出された。

 人一人分を覆えてしまいそうな太さの水魔法だ。


 反応する事が出来ずにそれを食らってしまった僕は、水に押し出される。

 せめてもの抵抗として身体を魔物化させて水と、草や木を薙ぎ倒す衝撃を緩和させる。


 しかしこれで、想定していた戦い方が全く出来なくなった。


 恐らくアズモが運んで行ったのが、スフロアだ。

 この戦いは、アズモとコウジ対スフロア、スフィラ対ポディカスロ、僕対ダフティ、ルクダ対ラフティリの個人戦になる。


 それか、もしかしたら僕を吹き飛ばしたのを機にダフティとルクダの二人掛かりでラフティリを速攻落とす算段なのかもしれない。


 飛ばされながら様々な可能性を考えていると、やがて水の勢いが弱くなり動けるようになった。


 どれくらい飛ばされたのだろうか?

 かなり遠くまで吹き飛ばされた気がする。

 向こうはどうなっているのか、ここにダフティはやって来るのか。


 様々な考えが浮かんで来たが、思考が停止する事となる。


「二人きりになれましたね、兄様」

「ダフティ……」


 僕と同じように魔物化し、真っすぐな角を生やして身体を赤黒くしたダフティが現れた。

 一応確認してみたが、今のダフティには尻尾なんて生えていなかった。


 異形化はしていないようだ。


「はい。兄様の妹のダフティです!」


 ダフティは無邪気にはにかみながらそう言った。

 まるで、フィラフトがまだ家に居た頃のような姿を見せるダフティだが、目はあの日からずっと光が灯っていなく黒いままだ。


 何を考えているのか全く分からなくなった僕の妹だ。


「ダフティは僕と戦いたかったの?」

「いいえ! 兄様と戦うなんてそんな! 第一、ダフティじゃ兄様には勝てないです!」

「じゃあどうして僕と二人きりになりたかったのかな」


 ダフティは僕よりも強い。

 僕が家から抜け出して遊んでいる間もずっと一人で訓練をしてきたダフティだ。


 どうしてダフティがそんな事を言うのか僕には分からない。


「兄様と喋りたかっただけです、えへへ」


 ダフティは頬を掻きながら照れくさそうに言う。


 考えてみたら入学後はお互いのクラスで友達を作ってその友達と交流したが、僕達は全然喋っていなかったと思う。

 偶にすれ違ったら軽く喋る程度。


「ダフティは僕と喋りたかったんだね」

「そうですよ! ダフティは兄様とずっと喋っていたいのに、兄様はダフティを避けます! 兄様はダフティが嫌いになったのですか!?」

「まさかそんな訳が無いよ」


 ダフティが癇癪を起こしたかのように言葉を荒々しくして僕に言う。

 一人称も昔の物に戻ってしまっている。


 確かにあの日から、ダフティと喋りづらくはなったかもしれない。

 だけど、あの事でダフティから離れたく無くてずっと関わってきたはずだ。

 それに僕は異形化から解放する為に、ずっとダフティの為に行動してきている。


 僕はずっと、ダフティを大事に思っている。


「なら良いです。嫌われたのかと思いました」

「……それで、ダフティは僕と戦うつもりなんだよね?」


 ダフティはここに僕を飛ばしたのは喋る為と言っていたが、それだけでは無いはすだ。

 今日はクラス対抗戦、戦う為に僕をここに飛ばした。

 それ以外の理由は無いはずだ。


「戦いません。ダフティは喋りに来ました」

「喋るって、何を喋るの?」


 やはり、ダフティの考えている事が読めない。

 僕の作戦を看破して打ち破って僕をこんな所まで持って来て喋りたい事って一体なんだ。



「提案に来ました」

「提案? こんな時に提案なの?」

「この提案が出来るのは今しか無いです」


 クラス対抗戦の今にしか出来ない提案。

 こんな限定的な状況下でしか出来ない提案があるなんて思えない。


 一体どんな提案を言うつもりなんだろう。


「聞くから、言ってみてよ」

「ありがとうございます。……では兄様、今からダフティと一緒にこの国から逃げましょう」

「この国から逃げる……?」


 ダフティの言葉が理解出来ない。

 ダフティは一体何を言っているんだ。


 尻尾が生えていないから異形化をしていないと思っていたけど、もしかしてもう異形化をしていたのか?


「はい。ダフティに付いて来てくれればもうこんな国に居なくてすみます。ダフティの協力者が逃げる手段を整えてくれていますので安全に逃げられます。竜の方々が最近学園に集まりだしたので、逃げるのなら今しか無いです」

「逃げるって何を言っているの? この国から出ると友達と会えなくなるし、父さんや母さんとも会えなくなる。それでダフティは良いの?」


 協力者……エクセレの事だろうか。

 信じたく無かったけど、ダフティは本当に内通者だったんだ。


 ダフティが僕のクラスをめちゃくちゃにしたんだ。

 どうしてそんな事をしたのか聞きたい。


 聞きたいけど、自分の気持ちよりもダフティが優先だ。


「ダフティには昔から友達なんていません。家族も兄様だけです」

「何を言って……」


 ダフティはニコニコした表情を崩さずにそう言い切った。


 僕とダフティは父さんと母さんから、双子としてこの世に生を受けた。

 家族だけじゃなくて、スフィラのような使用人もいる。

 一組で出来た友達もいる。


 全部あるはずだ。


「子供を家に監禁してずっと勉強させる親なんて親じゃないです。親の言う事を聞いて無理をさせて来る使用人なんて嫌いです。フィラフトを殺した人間と繋がっている魔物なんて友達じゃないです。ダフティには兄様しか居ません」

「…………」


 掛ける言葉が何も思い浮かばなかった。


 ダフティがそんな事を考えて生きていたなんて知らなかった。

 親も、スフィラも、友達にもずっとそう思って生きて来たんだ。


 そうか……ダフティはずっとそう考えて過ごしていたんだ。


 それに気付かないなんて、兄として失格だ……。

 何がダフティを助けるだよ。


 全部、自己満足じゃないか。


「兄様はダフティと来てくれますよね?」



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